第58話
「水の属性は確かに強いな。とは言え素材によく馴染んでいるから、魔力の流れは申し分ない。特に異常は見当たらんし、むしろ出来の良い剣だ」
師であるダニエルからお墨付きを貰って、アルシスは機嫌よく笑いを零した。それから片手剣を手に戦った時のことを脳裏に描き、ふと思いついたままを口にした。
「……もしかしたら、なんだが。俺が自分で生成したから、ってことはないか? 生成陣を動かしたのが俺の魔力で、武器を使うのも俺だった。だから他人が作ったものより馴染みが良くなる、ということはあるんじゃないか?」
ダニエルが低く唸る。
「鍛冶屋が属性が必要な状況で剣を振るう、なんてことは滅多にないからな。おまえさんは特殊例が過ぎる。検証する価値はありそうだが、さすがに儂が試すのは不可能だろうなあ……」
「それなら俺が試して、その結果を報せても良いぞ。素材を集めるのは、買うよりも自分で遺跡に潜った方が楽だって分かったからな。オルグレンの領主に頼んで、遺跡に潜る許可を取るつもりだ」
「ほほう、そいつは面白そうだ。それなら、ついでに調べて欲しいんだが――」
ダニエルが身を乗り出した時だった。工房の戸口に立っていたドナが、こほんとひとつ咳払いをした。
「楽しそうなところ悪いんだけど、アルシスさんにお客さん。前にもうちに来てた、騎士のバートさんが来てる。アルシスさんが王都を発つ前に、話しておきたいことがあるんだって」
そう少し不機嫌な声の調子で言う。どうも彼女は祖父の思いつきを本気に取っていたようで、アルシスを婿に迎える気でいたらしい。
ところがアルシスのオルグレン行きが決まり、彼女の目論見は外れてしまった、というわけだ。拗ねているのは可愛らしいが、だからと言って十も年下の娘に婿入りは勘弁願いたい。
アルシスはドナの不機嫌をさらりと流すと、なんてことない口調で問いかけた。
「バートは居間かい?」
「うん、そう。あのね、アルシスさん。もうすぐ夕食の用意を始めるんだけど、バートさんの分も用意した方が良いかな」
「いや、用が済めばすぐに変えるだろう。そこまで気を使ってやる必要はない。……悪いな、手間をかけて」
「ううん、大丈夫。急なお客さんには慣れてるから」
はにかむように微笑んだドナに礼を言ってから、アルシスはバートの待つ居間へと向かった。
居間に陣取っていたバートは、ティーカップを片手にひらりと手を振ってみせた。
「よお、久し振り。オルグレンでは、たいそうな活躍だったそうじゃないか。デズが手紙で文句を言ってたぞ」
アルシスの行動に頭を抱えていたデズモンドは、どうやらバートを愚痴のはけ口にしたようだった。
今回の事情を把握していて、機密の漏洩に気を配る必要がない。なるほど吐き出すには相応しい相手ではある。
アルシスはバートの斜向かいに腰を落ち着けると、呆れた声の調子で言った。
「そもそも今回の件で、俺に話を持ってきたのはクリスだぞ。文句があるなら彼女に言ってくれ」
「おいおい、勘弁してくれよ。うちの姫さんが、言って聞くと思うのか? むしろ、おまえの活躍を聞いて大喜びだ」
バートは処置なし、とでも言いたげに首を振り、それから少しだけ表情を改めた。
「それより、オルグレンに移住を決めたそうだな」
「ああ。オルグレンの領主が、工房用の土地をくれるって言うんでな。……なんだよ、オルグレンはまずかったか?」
バートが首を振る。
「そうじゃない。おまえが鍛冶師になると決めた時点で、こっちも移住については織り込み済みだ。むしろ国内に定住すると決まって、ほっとしてるところだよ」
ただなあ、と言ってバートが苦笑と言うには渋い顔になる。
「オルグレンに地下遺跡が見つかって、ギルドの支部が置かれることが決まっただろ? それなら騎士団も臨時じゃなく、基地を置いてはどうだ、って話になったんだが……」
バートは深く溜め息を吐く。
「困ったことに、頭に据えられる人材がいないんだ」
「人がいない? ならデズモンドをそのまま使えばいいだろ」
デズモンドは今回の件で、オルグレンの領主と顔繋ぎを済ませてある。それに隊を率いるだけの度量はあるし、実力が確かで人望も厚い。
オルグレンを僅かも知らない者が上に立つよりも、駐屯司令をそのまま据えた方が上手くいくのではないだろうか。
アルシスはそう言ったが、バートは首を横に振った。
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