第59話
「基地の司令は、遺跡の調査隊を率いるのとはわけが違う。上の人間には政治の能力が必要になるんだ。あいつには向いてないよ。それにおまえが起こすだろう問題を、デズに押し付けるのは気の毒だからな」
「おい、なんで俺が問題を起こすことが前提なんだよ。俺はただの鍛冶屋だぞ」
アルシスの主張に、バートが白けた目を向ける。
「ただの鍛冶屋は遺跡に落ちて生き延びたり、領主を助けて脱出したりしないんだよ。デズから聞いたが、遺跡で竜を伐ったんだって?」
「あれは必要にかられただけだ。それに赤竜なら、クリスでも単騎で倒せるだろ」
周囲がそんな状況にはさせないだろうが、彼女の腕なら十分に対処できるはずだ。そうアルシスが言うと、バートが苦虫を噛み潰したような顔になった。
「頼むからそれを姫さんに言うなよ。自分も遺跡に潜ると言い出しかねない」
あまりに真面目に言うのが気の毒で、アルシスは喉を低く鳴らして笑う。
しばらく笑ってから、ふと思い出して剣帯に手をやった。片手剣を鞘ごと外し、テーブルに載せて言った。
「そう言えば前に、客の第一号になってやる、って言ってただろ? 地下遺跡に落ちたときに、ちょっと面白い武器を生成したんだ。もし良かったら、おまえこれを買わないか?」
バートが驚いたように目を丸くする。それを見て、アルシスはにやりと笑った。
「おまえには軽くて物足りないだろうが、クリスなら上手く扱えるだろう。献上してやれば、あいつは喜ぶんじゃないか?」
唖然としていたバートだったが、やがて溜め息混じりに返した。
「……おまえなあ、うちの姫さんに贈るなら、もっとちゃんと考えろよ。武器を贈るにしたって、他にあるだろ。なんで俺に買わせるんだよ」
「馬鹿言え。ちゃんと考えたから、おまえを介すんだろうが。あいつは侯爵令嬢だぞ? ただの鍛冶屋になった俺が、気軽に会える相手じゃねえよ。それに俺がオルグレンに行けば、もう会うこともないだろう。……だから、まあ、よろしく言っておいてくれ」
餞別みたいなものだ。そうアルシスが言うと、バートはやれやれと首を振った。
テーブルの上の剣を手に取って、呆れとも苦笑ともつかない声音で言った。
「約束は約束だからな。宣言どおり、客の第一号になってやる。俺が買うのに俺向きの剣じゃない、ってのは釈然としないけどな」
「それなら問題ない。おまえ用の剣は、別に生成してやろう。望みの武器種と形状、それと付与させたい属性を教えてくれ。グリップと鞘は無理だが、本体だけなら今すぐにでもできる」
考え込むように腕を組んだバートだったが、ふと問いを口にした。
「……オルグレンへは、いつ発つんだ?」
「部屋と工房の後片付けがあるから、早くて明日だな。新しい工房の改装も途中で、別に急いで移動する必要はないんだが、用もないのに王都に居座っても退屈だろ」
ギルドを辞めた時に知り合いへの別れは済ませてあるし、騎士団はアルシスの移住を把握している。いつ発っても問題ないはずだ。
バートが苦笑する。
「あっさりしてると言うべきか、薄情者と言うべきか。まあ、おまえらしいっちゃらしいかもな」
言ってバートは手を差し出した。
「俺も暇ができたら、一度オルグレンに行くつもりだ。元気でやれよ」
友の手をしっかり握り返して、アルシスは親しみを込めた表情を浮かべた。
「おまえもな、バート。上があいつだと難しいだろうが、くれぐれも無理はするなよ」
ヴァラルク山脈から吹き下ろす風を頬に感じながら、アルシスは自分の住み処となる建物を見上げていた。
煉瓦積みの頑丈そうな家屋だ。二階建てで、細い煙突が数本、三角屋根に並んでいる。門の脇には背の高い鉄柱が伸びていて、木板に金属が打ち付けられた看板が下がっていた。
フォード武器工房、と洒落た字体で記されたこの看板は、エリックからの開店祝いだ。鍛冶屋と言っても商業ギルドに届けるだけで、看板を掲げるつもりはなかったのだが、こうして見ると誇らしく見えるから不思議だった。
とは言え駆け出しの鍛冶屋だから、しばらくは開店休業になることだろう。
「まずは手始めに、遺跡に潜ってみるかな」
そう独り言ちて、アルシスは再び看板を振り仰ぐ。強い風に煽られた看板が、からん、と乾いた音を立てた。
リタイア剣聖のたのしい武器づくり いちいちはる @ichi1000hal
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