第43話

 領主館に戻ると、ちょうど午後のお茶の時間だった。それで報告は茶会室で行うことになり、移動の埃を落としたアルシスも、エリックのご相伴に与ることになった。

 茶会室は中庭に面した日当たりの良い部屋だった。他の部屋とは異なり壁面は板張りで、薄青の壁紙が張られている。

 聞けばこの茶会室を整えたのはエリックの母である先代領主夫人で、調度品の数々は彼女の嫁入り道具なのだという。

 彼女は体調を理由に五年前に離縁して、今は王都で新しい夫と共に商売をしているそうだ。

 貴族女性とは思えない、なかなかの破天荒ぶりである。とは言え息子であるエリックとの仲は良好で、頻繁に手紙のやり取りをしているらしい。

「……母が既婚者でなければ、後見人として引っ張り出すこともできたのですが」

 血の繋がった母親であっても、離縁して余所へ嫁げば他人の扱いになる。平民の目から見ると薄情に思えるのだが、爵位や領地の継承が絡む以上は、やむを得ないことであるらしい。

 お茶請けの軽食を勧めながら、エリックが本題に移った。

「アンデル司令は、お変わりありませんでしたか?」

「忙しそうだったが、騎士団の基地はあんなものだろう。そう言えば、デズモンドが少年の手紙を褒めてたぞ」

 エリックがほっとしたように微笑む。

「騎士団に連絡を入れるよう、助言してくださったアルシスさんのおかげです。ですが手紙では詳細を書けませんし、アルシスさんが話を聞いてきてくださって本当に助かりました。では……他にどのような話が出たのか、お聞かせください」

 アルシスはひとつ頷くと、デズモンドから聞いた話を丁寧に説明していった。

 騎士団と警備隊の関係性と、彼らに対する印象、いざという時に助力するという伝言。地下遺跡の調査状況と、冒険者ギルドが支部を置くだろうこと、それを起因とする人流増加で起こるだろうあれやこれやだ。

 そして最も気になっていただろう先代領主の探索について話が及ぶと、エリックは表情を暗くして溜め息を吐いた。

「そうなるだろうとは思っていましたが、実際に聞くと落ち込みますね。……調査をするなら領主館に一度、司令をお招きしても良いかもしれません。遺跡調査の進展を知りたい、という名目なら叔父も反対はしないでしょう」

「その代わり、同席させろと言うんじゃないか?」

 アルシスの指摘に、エリックが苦虫を噛み潰したような顔になった。

「なかなか、ままなりませんね……。いっそ建前もなにもかも無視して、騎士団に家探しをお願いしたくなります」

「短気は損気だぞ、少年」

 苦笑して言うと、エリックはしょんぼりと肩を落とした。

「……ええ、分かっています。ですが父が最後に会った人物と、行方を断った場所が目の前にあるのに、なにもできないのが本当に悔しいんです」

「警備隊が、まともに動いてくれれば良いんだがな」

 アルシスに対する襲撃は、クリフ・ノルディンの指示によるものだった。そこから情報を辿ることができれば、領主失踪について掴めるものもあるだろう。

 だが捜査の指揮を執っているのは、クリフ・ノルディンと懇意にしている人物だ。都合の悪いことは握りつぶされる可能性がある。

 アルシスは小さく息を吐いて、だがふと思いつくものがあって面を上げた。

「そう言えば地下遺跡について、デズモンドから伝言があるんだった」

 話を変えるにしても、いささか唐突に過ぎたからだろう。

 エリックは不思議そうな顔で首を傾げた。

「遺跡について、ですか」

「オルグレンで見つかった地下遺跡の、規模のデカさは知っているだろう?」

「ええ、それは、もちろん。ただ面積のことを言われても、あまり上手く想像できないんです。地下にあるせいで、実際に目にした訳でもありませんし……」

「確かに潜ったことがなければ、実感はしにくいかもな。……地図があれば、少しは分かりやすいか」

 言ってアルシスは腰に下げている道具袋から、羊皮紙とインク、それとペンを取り出した。

 茶器を脇に追いやってから、テーブルに羊皮紙を広げる。

 オルグレン周辺の地図をざっくり描いてから、目印をいくつか書き加えていく。

「オルグレンの地理については、少年に説明は不要だな。ここが街道で、騎士団の駐屯地がここ。領主館は街のほぼ中央だ」

 ペンを動かすアルシスの手元を、エリックが興味深げに覗き込んでいる。メイドのベティも給仕の手を留めて、地図に視線を落としていた。

 アルシスはペン先にインクを浸すと、駐屯地で見た地下遺跡の調査図を更に書き込んでいった。

「騎士団の調査によって、判明している地下遺跡はこんな感じだな。街の南東部から広がって、街の中央部にまで及んでいる。騎士団が今調査してるのが、領主館のちょうど真下だそうだ」

 言ってペン先で領主館のある辺りを突くと、エリックが驚いたように目を瞠った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る