第42話
「領主の護衛役を受ける前だったら、喜んで、と言ったんだがな。すまないな。その気持ちだけ、ありがたく受け取らせてくれ」
「いいえ、どうぞお気になさらず。アルシスどのと、またご一緒できれば、と単なる思いつきを口にしただけですから」
そう言ってあっさり引いたデズモンドは、拘る様子もなく本題に舵を切った。
「ご領主どのと言えば、その後ご様子はいかがですか? 襲撃犯は使用人だった、と伺っております。あなたを狙うとは、ずいぶんと馬鹿な真似をするものだと思いましたが……身内の裏切りに遭ったようなものですからね。心理的な負担は、かなりのものだったでしょう」
「傍目には落ち着いているように見えるが、実際のところがどうかは分からん。あの年齢でそういう振る舞いができるのは、大したものだと思うがな」
アルシスの評価に、デズモンドが同意を示して頷く。
「まったくです。いただいた手紙を読んだだけでも、ご領主どのの人柄と聡明さがよく分かります。……我々を頼ったのは、貴族の揉めごとだから、という理由以外にも、警備隊に間者がいることを疑っていたからだったのですね」
「クリフ・ノルディンに買収されているのは、第一部隊の隊長だ。……面識は?」
訊くとデズモンドは首を横に振った。
「オルグレン着任時に、警備隊参謀とは少し話しましたが、その下の者たちとなるとさっぱりです。挨拶ぐらいは、されたと思うのですが……」
「おまえたちは遺跡の調査隊だからな。長居しないと判っている相手に、わざわざ媚びを売る必要もない、とでも考えたんだろ」
「世知辛い話ですな」
そうひと言で片付けて、デズモンドはアルシスに視線を当てた。
「警備隊に信が置けないのでは、不便なことも多いでしょう。ですからいざという時は、我々が駆けつけます、とご領主どのにお伝えください」
「それは助かる。おまえたちが力になってくれれば、少年も少しは気が休まるだろう。これで父親の行方が分かれば良いんだが。……なにか足取りは掴めたのか?」
アルシスの問いに、デズモンドは苦い顔で首を横に振る。
「残念ながら、まだなにも。オルグレンは狭い街ですから、領主の身分を伏せて滞在できる場所はありません。近隣の集落も同様です。念の為に鉱山も見てきましたが、あまりに寂れ過ぎていて、却ってひと目を引くことになる。街中より逃亡先にも、幽閉場所にも向かないでしょう。かと言って、領外に連れ出す意味があるとは思えません」
「つまり、誘拐の線は消えた訳だな」
「可能性は、限りなく低いと思います。となると残るは領主自ら身を隠したか、誰かに害されて身動きが取れないか、のどちらかです」
前者はまず有り得ないだろう。そして失踪当時の状況を考えれば、残るはひとつしかない。
「……生きていると思うか?」
アルシスが問うと、デズモンドは苦い顔になった。
「正直なところ、難しいと思っています。ノルディンどのには酷なことですが、近々遺体の捜索に切り替えるつもりです」
「少年も、既にその覚悟はしているだろう。それよりも重要なのは、父親の失踪に誰が関わったか、だ」
「……例の後見人の様子はいかですか? あなたに手を出すくらいですから、短絡的な行動を取ってもおかしくはなさそうですが」
アルシスは小さく息を吐いた。
「煽れば尻尾を出すかと思ったんだが、どうにも手応えがない。領主の失踪で一番特をしたのがあの男だから、まったくの無関係とは考えにくいんだがな……」
「ふむ。なかなか、一筋縄ではいきませんね。我々も手を尽くしますが、アルシスどのも引き続きお願いいたします」
「もちろん、できる限りのことはするつもりだ」
言ってアルシスは席を立った。暇を告げて天幕を出る間際、デズモンドが思い出したように声をかけた。
「遺跡について、ひとつお伝えするのを忘れていました」
アルシスは振り返り、首を傾げる。
「遺跡に? なにかあったのか?」
「ああ、いえ。そう深刻なことではないのですが、現在調査に入っている辺りが、ちょうど領主館の真下になるんです。地形の関係なのか、一部地表からの距離がずいぶんと近いようです。場合によっては、崩落の可能性もあります。敷地内の様子に異変がありましたら、決して近づかず我々に連絡を入れてください」
遺跡の一部が地表に露出することは、そう珍しいことではない。特にオルグレンのように、地下遺跡の存在に気づかず都市を形成した土地では、よく見られることだった。
市街を築く際の整地や耕作、井戸を掘った先に遺跡が現れた、なんて話はいくらでも耳にする。
地表からの距離が近いと言っても、空間の分だけ深さがあるのだ。落ちてしまえばひとたまりもないし、それで亡くなったであろう遺体を目にしたことは幾度もあった。
落ちて運良く生き延びたとしても、地下遺跡は魔物の跋扈する場所だ。なんの準備もなしに生き延びることは不可能だろう。デズモンドの言うとおり、近づかないのが一番だ。
「分かった、少年に伝えておく」
アルシスはひらりと手を振って、駐屯地を後にした。
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