第44話

「この下に、遺跡があるんですか?」

 アルシスはちらと笑う。

「自分たちの暮らしてる足元に、そんな空間があるなんて驚きだよな。……地下遺跡については、今も判明していないことだらけだが、建国以前より存在していることは確実だ。この街を拓いた人物は、ある意味では先見の明があったんだろう」

「建国より昔……。そんなに古いものが地下にあるなんて、本当に、不思議な感じがします」

「俺にしてみれば、今まで気づかなかったことの方が意外だけどな。井戸を掘ったら遺跡に繋がった、って話はそう珍しいことじゃない」

 アルシスが他の遺跡の例を持ち出して言うと、エリックが納得したふうの表情になった。

「オルグレン一帯は水源が浅いんです。ヴァラルク山から流れる水量が豊富で、井戸も深く掘る必要がありません。もしかしたら、そのせいで今まで気づけなかったのかもしれません」

「そう言えば領主館の敷地内にも、いくつか井戸があったな」

「ええ、普段使っているだけで四箇所あります。厨房側と厩舎脇、中庭と使用人棟の近くですね。倉庫の近くにもひとつあるんですが、動線が悪くて今は使われていません。ずいぶんと昔……祖父の代に塞いだ、と聞いています」

 領主館の規模の割にかなりの数だが、ここがかつての防衛拠点だったと考えれば妥当な数だろう。

「遺跡の上に水源か。位置と範囲によっては、遺跡に染み出している可能性もあるな……。少年。もし手間じゃなかったら、騎士団に連絡を入れてやってくれ。そういう情報は、調査の役に立つ」

「わかりました。では、後ほど手紙を送っておきますね」

 頷いたエリックに、アルシスは続ける。

「それで遺跡についての伝言なんだが、この辺りは地表から近い箇所があるらしい。場合によっては地面に穴が開くこともあるから、それらしき物を見つけても、近づかないよう注意してくれ、だそうだ。使用人たちにも、そう伝えておいて欲しい」

 エリックが驚いたふうに目を瞬かせる。

 給仕をしていたベティも、同様に小さく息を呑んだ。感情表現に乏しい彼女にしては、珍しい反応だ。

 まさかな、と思っていると彼女と視線がぶつかった。

 墨のように暗い瞳に、動揺の色が浮かんで消える。だがそれはほんの一瞬のことで、ベティはすぐに普段どおりの無表情に戻ってしまった。

 エリックはメイドの異変に気づいた様子もなく、首を傾けた。

「地面に穴、ですか?」

「……地表からの距離が近い、と言っただろう? それはつまり、領主館を建てる際に、この辺りを整地したってことだ。土地を削れば、脆くなった地点があってもおかしくない」

「ええと……穴が開いたせいで建物が崩落する、ということはないのでしょうか?」

「遺跡の構造自体が支えになるから、そういうことは滅多に起こらないらしい。地盤の弱い土地に建物を作る時、地面に杭を刺すことがあるだろ? あれと似た役割を、遺跡内の柱が果たしているそうだ」

 ずいぶんと昔に聞いた、研究者たちの受け売りをそのまま口にする。とは言え遺跡に潜ったことのないエリックには、イメージできるものごとではなかったようだ。

 難しい顔をしている少年に、アルシスは苦笑を浮かべてみせた。

「遺跡内にある柱を壊していけば、上の建物ごと崩れる可能性はある。だが魔物が跋扈する遺跡内で、そんな馬鹿な真似をする余裕なんてないからな」

「それはつまり……普通にしていれば問題ない、ということでしょうか?」

「まあ、そういうことだ。――だから、ベティ。あんたもできるだけ注意を払ってくれ。メイドのあんたなら、館内のあちこちに目を配れるだろう? 少年は気づいてなくても、なにか思い当たることがあるんじゃないか?」

 たっぷりと含みをもたせて問いかける。

 ベティはアルシスをじっと見つめてから、そうですね、と淡々とした声で言った。

「使用人棟や専用通路、それ以外にもエリックさまが立ち入らない場所はいくつかございます。念の為に、一度確認しておいた方が良いかもしれません。……後ほど、報告いたしますね」

 最後だけエリックに向けて、微笑みながら言う。だがエリックはそれに頷かず、きっぱりとした口調で告げた。

「駄目だよ、ベティ。ただでさえ人手が足りていなくて忙しいのに、これ以上きみに負担はかけられない。それに館内の調査なら、他の者に任せるべきだ」

「ですが……」

 ベティは言葉を濁して眉を寄せた。主の言葉に従いたいのに、従えない理由がある、そんな表情をしている。

 ふたりの様子を眺めていたアルシスは、テーブルに散らかした文房具を片づけながら言った。

「それなら俺が今から行って調べてこよう。館内を熟知してる訳じゃないが、だからこそ気づけるものごともあるかもしれないしな。少年の護衛は、ベティが付いているから問題ないだろう?」

 エリックは躊躇う表情になったが、人が足りていない現状、背に腹は代えられないと思ったのだろう。こくりと頷いて言った。

「すみません、アルシスさん。あなたに頼むことではないと思うのですが……お願いできますか?」

「ああ、まかせておけ」

 そう気安く請け負ってから、アルシスは茶会室を後にした。

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