第46話
「確かに状況だけ見れば、あの男が一番怪しいんだがな。でも本人にそこまでの度胸はない。せいぜい人を使って、くだらない嫌がらせをする程度だ」
そして実際、アルシスは寝込みを襲われた訳だが、その襲撃も素人を使った、なんともお粗末なものだった。
喧嘩を売って良い相手かどうかの見極めもできず、相応しい戦力を用立てることもできない。警備隊に伝手があるのは厄介だが、しかしそれを保身に使うばかりで、有利に立ち回ろうという発想はもっていなかったらしい。
そもそも先代領主を排除する気概があったなら、もっと早い段階で行動に移していたはずだ。
「突発的に、ということはあるかもしれない。だが罪を犯したにしては、あの男の言動はあまりに暢気すぎる。後ろ暗いところのある人間ってのは普通、振る舞いにそれが滲み出るもんだ」
例えば、と言ってアルシスは、ベティに視線を当てた。
「遺跡に崩落の可能性がある、と聞かされた時のあんたのように」
ベティが小さく息を吐いた。
「……たったそれだけのことで、私に疑いを向けるのですか?」
「決め手とするには十分だろう。一応言っておくが、まったくの当て推量じゃないからな。状況と情報を積み重ねていけば、見えてくるものは意外とあるもんだ」
むっつりと黙り込んでしまったベティに、アルシスはこんこんと説く口調で言った。
「まずひとつ。人がひとり忽然と姿を消す、なんてことは普通は有り得ない。例外はあるにしたって、大抵は拐かされるかは、死んでいるかのどちらかだ。そして今回の件で、前者の可能性は限りなく低い。これは騎士団が調べて出した結果で、俺はそれを支持してる。つまり先代領主は既に亡くなっているんだろう」
だとすると、とアルシスは続ける。
「今度は別の疑問が発生する。先代領主は何故亡くなったのか。自殺か、他殺か、自然死か。状況から考えると他殺の可能性が高いだろう。だが遺体が見つからない以上、他の可能性も排除できない。そして次に考えるのが、何故遺体が見つからないのか、だ」
「……殺されているなら、遺体を隠すのが普通では?」
「そうだな、そう考えるのが普通だ。だが、いったいどこに隠すって言うんだ? 掘って埋めるにしたって、使用人の目から隠れてやるのは不可能だ」
「使用人に命じればできます。もしエリックさまが命じれば、私はなにも言わずに従うでしょう」
ベティは当然のように言うが、それができるのは使用人のごく一部だけだ。ましてや埋める遺体が領主で、それを命じるのが領主の弟であれば、黙って従う者など皆無だろう。
余所者を痛めつけるのとはわけが違う。
「あんたの忠義は大したものだが、それよりももっと良い方法がある」
アルシスは言って、つま先で叩いて地面を指し示した。
「ここオルグレンの領主館の下には、地下遺跡が広がっている。そして騎士団の調査によって、崩落の可能性も示唆されている。もし既にどこかで崩落が起きていたとしたら? 遺体を捨てるのに、これ以上便利なものはないだろう」
それどころか、とアルシスは続ける。
「崩落箇所から突き落として、領主を殺すことだってできる」
「…………それはさすがに、考えが飛躍し過ぎているのでは?」
「それは否定しない。だからこそ、こうして崩落した場所がないか、探しにきたわけだしな。だが飛躍していると言うのなら、どうしてあんたは俺を追って来たんだ?」
つまりベティにとって見られなくないものが、この倉庫には存在するという証左である。
アルシスがそう指摘すると、ベティは静かに目を閉じて、ゆっくりと細く長い息を吐いた。
そして次に彼女が目を開けたときには、墨色の瞳は凪いで感情の揺らぎは少しも窺えなかった。
ベティは普段どおりの、淡々とした声で言った。
「あなたの推測が、概ね正しいということは認めます。ですが、私はカールさまに危害を加えたことは一度としてありません」
「それなら、なにがあったんだ?」
訊くとベティは僅かに目を伏せた。
「……クリフさまが碌でもない方なのは、あなたもご存知かと思います」
「そりゃあ、まあな。ちょっと話をしただけでも、あの男のクズさ加減は分かったし、下働きの連中から良くない噂も聞いてる」
「実際は、噂以上に醜悪です。それが原因で領地を出されたと言うのに、あの方は自らを省みるどころか、今も私たちメイドに対して傲慢に振る舞っています」
淡々とした口調の中に、抑えきれない嫌悪が滲んでいる。おそらく手癖の悪さだけではない、異性のアルシスには言いにくいことを、あの男は山ほどやっているのだろう。
げんなりと溜め息を吐いたアルシスに、ベティはほんの少しだけ表情を緩めて言った。
「旦那さま――カールさまが失踪した晩も、そうでした。借金の申し出をしたクリフさまを、カールさまは強く跳ね除けることができなかったのです。ですが金額の多さに肩代わりはできず、それで話し合いは後日改めて、ということになったのです」
「……なるほどな。あんたが目撃していたから、あの男は疑われても痛くも痒くもなかった訳か」
「と言っても私は使用人です。証言しても、どこまで信用されるかは分かりません。主に命じられて逆らえない、ということは少なくありませんから」
自嘲するように言って、ベティは話を続ける。
「そして話し合いを終えた後、クリフさまが私を寝室に引きずり込もうとしたのです。それを止めてくださったのがカールさまでした」
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