第47話

「……本当に、碌でもないな」

 心底辟易して言うと、ベティが小さく笑いを漏らした。

「抵抗するだけなら簡単なんです。でも怪我をさせては問題になりますから、カールさまが間に入っていただけて本当に助かりました。しかもカールさまは、念の為に、と使用人棟まで送ってくださったのです」

「使用人棟か。……本館を繋ぐ渡り廊下から、この倉庫が見えるな」

 ベティが頷く。

「カールさまと一緒に渡り廊下に出て、しばらくすると爆発音が聞こえてきたのです。あまり大きな音ではありませんでしたが、明らかに異常事態です。それでカールさまと私とで様子を見に行くことになりした」

「ふたりで? ずいぶんと不用心だな」

「私もそう申し上げたのですが、見に行くだけなら問題ないだろう、とカールさまがおっしゃって……」

 領主にそう言われては、逆らえなかったらしい。

「外から様子を窺った限りでは、特に異変は見当たりませんでした。それで倉庫の中に入ったんです」

 中に入ってみても、やはり異常はなかったそうだ。それで一旦引き揚げることにしたのだが、その直前で今度が物が崩れる音がしたという。

 ベティは倉庫の奥を指差した。

「あの扉の向こうです。穀物庫に入りきれなかった分や、保存食を有事のために保管している部屋です。荷が崩れても壊れるものではありませんが、だからと言って放置するわけにはいきません」

「それで、物音の原因は? やっぱり遺跡の崩落かい?」

「ええ、おっしゃるとおりです。部屋の奥が一部、崩れ落ちていました。カールさまは被害を確認したいと主張して、部屋の中に入られました。二度目の崩落が起こったのは、その直後のことでした」

 淡々と語られたそれに、アルシスは思わず目を瞠った。

「つまり……先代の領主は遺跡に落ちたのか? 崩落に巻き込まれて?」

「ええ、そうです。……あなたは私がなにかしたと考えていたようですが、誓って私はなにもしていません」

「だが落ちた領主を助けもせず、このことを打ち明けもしなかった。なぜだ?」

 鋭く問うアルシスに、ベティはそっと顔を背けた。後ろめたさが滲む声で言った。

「……カールさまは、決して悪い方ではありません。善良でしたし、とてもお優しい方でした。でも……優しいだけでは当主は務まりません。碌でなしの弟を追い出せず、それどころか借金の肩代わりもするつもりだった。……あの方はオルグレンの為になりません。それどころか、あのままではエリックさまの邪魔になります」

「だから放置したっていうのか。けど転落したことを黙ってる必要はなかったんじゃないか?」

「いいえ。言えばエリックさまは、地下に探索隊を出すはずです。それでカールさまが生きて見つかっては困ります。エリックさまこそ領主になるべきです。そのためなら、私はどんなことでもしてみせます。エリックさまは私のすべてなんです」

 冗談のようなことを、冗談には聞こえない声音で言う。

 ずいぶんな忠誠ぶりだとは思っていたが、彼女のそれはもはや崇拝に近いのであるらしい。ベティとエリックとの間になにがあったかは興味もないが、これは思った以上に面倒であるかもしれない。

 アルシスは溜め息を吐いて、渋い声の調子で疑問を口にした。

「……理由は分かった。それで、先代の領主が落ちたのはどこだ?」

 領主館の立地と地下遺跡の見取り図とを照らし合わせれば、おおよその落下地点は分かる。だが念の為に崩落がどの程度なのか、確認しておいた方が良いだろう。

 アルシスがそう言うと、ベティは反論せずに頷いた。

「――こちらです。案内しますから、ついてきてください」

 言って歩き出したベティの後に続く。ベティは立ち並ぶ扉の、一番奥まった場所にあるそれを開けた。

 位置から考えると、裏手にある井戸の近くだ。

 詳しく調べた訳ではないから確証はないが、塞いだ井戸が、なにか悪さをしている可能性は高いだろう。

 足を踏み入れた小部屋には、木箱や麻袋がごちゃごちゃと積み上げられていた。

 淀んだ空気には埃と黴と、それから微かに水の匂いがする。

 ベティは小部屋を見回してから、奥に積み上げられていた荷をどかし始めた。

「この向こう側です。もし誰かがここに入っても、穴があると分からないようにしておいたんです」

 その念の入りように呆れて、それでもアルシスは荷をどけるのを手伝った。

 麻袋は製粉されていない小麦で、木箱には酒や、干した肉類が詰め込まれているらしい。有事の際の備えとしては標準的と言える。

 ふたりで黙々と荷をどかしていって、やがて崩落箇所が露わになった。

 小部屋の角の辺りに、ぽっかりと穴が開いている。その周囲も地盤が崩れているようで、床に張られた石がいびつに隆起していた。

 穴から流れ込んでくる空気のせいで、水の匂いが強くなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る