第26話

 ウェプリコッドの資料をそっと脇に追いやったアルシスは、改めて移住先選びに取り掛かった。

 目ぼしい都市をピックアップしてから、集めた資料から情報を引き比べてみる。更には冒険者時代から世話になっていた飲み屋にも顔をだして、顔なじみたちからも話を聞いてみたが、これという候補は見つからなかった。

 と言うよりもオルグレンの地下遺跡が気になって、他の都市が色あせて見える、というのが本当のところだった。骨の髄まで染み込んだ冒険者根性は、どうやら簡単に拭い去れるものではなかったらしい。

 それでアルシスは建前を取り繕うのをすっぱり諦めると、興味の向くままにオルグレンについて調べることにした。だがクリスティアナも言っていたように、中央街道から外れた場所にあって、特筆すべき産業もない地方都市の情報は、ほとんど無いに等しかった。

 これはいっそ、自分の足で確かめた方が早いかもしれない。

 良い口実を得たアルシスは、師であるダニエルに報告をしてから、オルグレンへの旅路をいそいそと整えた。

 長距離の移動は普通、馬か馬車を使うのが一般的である。

 とは言え主要都市と違って、オルグレン行きの旅馬車は存在しない。となると個人で手配しなくてはならず、費用もそれなりにかかってしまう。

 さして荷がある訳でもない旅に、わざわざ馬車を手配するのは金の無駄だ。その値段を出すくらいなら、飛獣か竜を喚んだ方が時間の節約にもなるだろう。

 幸い、飛獣も竜も扱いには慣れている。それでアルシスは召喚符を買って、王都郊外で竜を喚び出した。

 召喚に応えたのは、緑色の鱗が美しい翼竜だった。購入できる召喚符で呼べる竜としてはごくごく一般的である。

 アルシスは手綱なしに竜に跨がると、一路オルグレンへと翼を向けたのだった。

 馬車であれば数日かかる旅程も、翼竜なら一刻もかからない。アルシスが王都を発ったのは昼過ぎだったが、オルグレンに着いたのはまだずいぶんと日の高い刻限だった。

 多くの地方都市がそうであるように、オルグレンも街の出入り口に検問所を設けている。と言っても王都や国境の街にあるような仰々しいものではなく、テントを立てて旅人の荷や人相を検めるだけの、小ぢんまりしたものだった。

 アルシスの旅券は冒険者時代に発行したもので、それなりに信用度の高い代物である。おかげで検問もあっさり通過して、オルグレンの街に足を踏み入れた。

 国北部は獣海嘯による被害が少なく、それで王都周辺に比べると古い建物が壊れずに残っている。オルグレンもご多分に漏れず、立ち並ぶ建物は王都では見られない様式のものばかりだった。

 アルシスが以前オルグレンを訪れたのは、ヴァラルク山に出現した魔獣の討伐作戦、その経由地としてだった。

 討伐は騎士団との共同作戦で、それで編成された部隊もかなり大所帯となった。そうなると補給の回数も増えるから、立ち寄る街も多くなる。

 覚えているのは閑散とした街並みくらいで、作戦から数年経った今もそれはあまり変わっていないようだった。

 街道から繋がる目抜き通りだと言うのに、行き交う人の姿も、開いている店の数も少ない。

 おそらく地下遺跡の話は騎士団で止まって、まだ民間には流れていないのだろう。

 これは戒厳令の結果ではなく、ただ単に情報の担い手である冒険者が不足しているからだ。オルグレンには冒険者ギルドが置かれておらず、潜るべき遺跡もなければ、冒険者が集まるはずもない。

 アルシスは寂れた通りをのんびり進み、街の中心からやや離れた位置にある宿に部屋を取った。

 アルシスの見るからに冒険者、という風体が珍しかったのか、それとも暇を持て余していたからか、宿の主人はあれこれとよく喋った。

 試しに街の郊外に拠点を設置している騎士団について水を向けてみると、主人は考え込むように腕を組んだ。

「あんまり詳しくは知らんのですが、なにかの作戦予定があって、そのための調査をしてるらしいですよ。食料品店や道具屋なんかは、売り先が増えて大喜びしとります。まあ、うちは宿屋なんで、大した恩恵もなくてご覧のとおりの有様ですが」

「騎士団の食事は、基本的に自前だからな。だが休日には、さすがに街へ出てくるだろう?」

 作戦行動中であっても、よほど逼迫した状況でもない限り、騎士たちには週に一度は休暇が与えられる。もちろん羽目を外すことはできないので、食うか飲むか寝るかの三択になる。

 若い騎士たちがどれを選ぶかは、問うまでもないだろう。

 宿なら酒も食事も出すはずだが、主人は愛想の良さそうな顔に、思い切り渋い表情を浮かべて言った。

「街の入り口側に、安くて美味いと評判の食事処があるんで、騎士の方々はそっちに行っちまうんです。しかも給仕に若い娘さんを使ってるんで、うちなんかじゃあ見向きもされません」

「なるほど、そいつは商売上手だ」

「まったくです。……お願いですから、旦那もそっちに行くって言わんでくださいよ。せっかくのお客さんまで取られたら、商売上がったりです」

 そう言って嘆く姿が気の毒だったので、アルシスはチップに少しだけ色を付けておくことにした。

 宿の主人は途端に機嫌を良くして、街の様子だけでなく他愛ない噂話まで口にした。

 領地に騎士団が来ている関係なのか、領主さまは忙しくなさっているだとか、手伝いに呼ばれた領主の弟がしょっちゅう面倒を起こしているだとか、それ以外にもあれやこれやだ。

 雑談ついでにアルシスが移住先を探していると言うと、宿の主人は役所よりも商業ギルドへ行くよう勧めてくれた。

 騎士団の対応に追われているから、役所は他の仕事に割く余裕がないらしい。

 寂れかけた街だから、役所の職員も数を絞っているようだった。

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