第9話

「後継者問題か。……彼女の父親では駄目なのか?」

「出来るなら継がせてやりたかったが、息子にゃ魔力がない。こればっかりは天賦のものだから、どうにもならんのさ。逆にドナは魔力持ちだなんが、女の細腕じゃあ鍛冶屋は厳しい。なにより武器を打つには、武器をよくよく識る必要があるからな」

 ダニエルの言う武器を識る、とは手にするだけのことを指すのではないそうだ。実際に武器として使わなければ、本当の意味で識ったことにはならない。

 それはつまり魔物か獣、もしくは人を傷つけなくてはいけない、ということだ。料理が得意、と言って屈託ない笑みを浮かべた少女に、そんな重荷を背負わせるのはあまりにも酷な話だろう。

「跡継ぎに関しては、別に今すぐ決めなくても良いと思うけどな。あんたの孫娘が婿を取って、そいつに継がせるって手もあるだろ?」

「婿ぉ? 冗談言うんじゃねえ。ドナはまだ十七だぞ。仕事だってまだ決まってないのに、結婚なんて話を出すのも早すぎる」

「そうかい? いい歳して独身の俺が言うのもなんだが、結婚なんて勢いで決めてるのも少なくないぜ。子供が先に、って場合もあるしな」

「いいや、そんなのは駄目だ! 絶対に許さん! たとえ息子が良いと言っても、儂の目の黒いうちはドナに手出しはさせんからな!」

 そう噛み付く勢いで言って、ダニエルはお茶を酒のように喉に流し込んだ。

 空にしたカップを乱暴に置いて、むっつりと黙り込んでしまう。なんとなく予想はしていたが、ダニエルは相当な孫馬鹿であるらしい。

 やれやれ、とアルシスが胸中で零した時だった。渦中の人物であるドナが、キッチンからひょっこりと顔を覗かせて言った。

「ふたりとも、お待たせ! ご飯の用意が出来たよ。あのね、ちょっと張り切り過ぎちゃって、量が多いから運ぶの手伝って欲しいんだけど……」

 そこまで言ってから渋い顔をしているダニエルに気づいたのか、近づいてきたドナが首を傾げる。

「どうしたの、おじいちゃん。そんな変な顔して。あ、分かった。どうせまた偏屈なこと言い出して拗ねてるんでしょ」

「……別に拗ねとらんわい。ちいとばかし、難しい話をしてただけだ」

「そう? それなら良いけど。――さあ、ほら、立って。料理が冷めちゃう前に、テーブルに運んじゃって。キッチンは狭いから、こっちのテーブルにしちゃうけど別に良いよね?」

 問うと言うより確認する体で言って、ドナはキッチンに引き返していく。手伝いを命じられたアルシスとダニエルは、彼女に言われるまま料理の盛られた皿を運んだ。

 料理が得意、と言っていただけあって、ドナの作ったものはどれも手が込んでいて美味しそうだった。

 温野菜のサラダに肉の入ったスープ、メインは牛肉のリブステーキで、こんがりと綺麗な焼き目がついている。湯気の立つソースが、丸いポットになみなみと注がれていた。

 これだけでもご馳走であるのに、宣言したとおりに川魚のフライも添えられている。

 川魚は王都周辺で良く食べられているもので、成体は人の腕ほどの長さがある。それを半身に捌いて、パン粉を塗して揚げるのが定番で、柑橘のソースで食べるとビールが何杯でも進む一品だ。

 どこの飲食店でも見る料理なのだが、それを苦手とするダニエルは、フライが載った皿を手に渋い顔をしている。テーブルに並べる時も、さりげなく自分の席から遠い位置に追いやっていて、子供のようなそれに思わず笑ってしまう。

 ドナは呆れたように肩を竦ませたが、いつものことなのか、とくに咎めはしなかった。

 テーブルいっぱいの料理を並べて席に着く。ダニエルがゴブレットに注いでくれたビールを受け取って、勧められるまま口を付けた。

 自家製だというビールは苦味が強く、炭酸も強烈だった。ダニエルはビール醸造に一家言あるようで、飲みながら拘りをつらつらと語っている。

 それを聞き流すドナが川魚のフライを切り分けてくれて、皿をアルシスに差し出した。

「はい、どうぞ。うちは柑橘をソースにするんじゃなくて、生のまま絞って食べるの。他ではあんまりしない食べ方ですけど、良かったら試してみてくださいね」

 美味しいですよ、とドナが自信たっぷりに言ったとおり、川魚のフライは絶品だった。

 もちろんそれ以外の料理も素晴らしく、ダニエルは皿に盛られたものをせっせと口に運んだ。

 飲んで食べて腹がくちくなった頃、ダニエルがテーブルを片付ける横でドナがお茶を淹れてくれる。ひとりのんびりさせて貰っていたアルシスは、カップを受け取りながら口を開いた。

「すっかりご馳走になってしまったな。どれもこれも美味かった。本職顔負けの腕前だと思うんだが、将来はそっち方面に進むのかい?」

 ドナが照れたように微笑う。

「そう言ってくれるのは嬉しいですけど、料理は趣味だけにしようと思ってるんです。学校では経理の勉強してて、実を言うを父の手伝いもそれで。父の知り合いが、うちで働かないか、って声かけてくれてるの」

「へえ、経理か。頭が良いんだな」

 感心して言うと、なぜかダニエルが自慢そうに頷いた。

「おうよ、自慢の孫娘だ。美人でかしこくて、気立ても良い。……アルシス、いくらおまえさんでも、ドナに手を出したら許さねえからな」

「もう、おじいちゃんったら。アルシスさんに失礼なこと言わないの。……ごめんなさい、アルシスさん。おじいちゃんったら、ちょっと飲みすぎちゃったみたい」

 取りなすように言うドナの隣で、ダニエルがふんと鼻を鳴らす。

「あの程度で酔ったりせんわい。それよりも、ドナ。片付けは儂らがやっとくから、アルシスに客室を用意してやってくれ。こんな時間まで引き止めちまったからな。まあ、なんだ。客室と言ってもベッドがあるくらいだが、良かったら泊まっていってくれ」

「それは助かるが、良いのか?」

「部屋は余っとるし、客人を泊めるのも珍しいことじゃない。依頼人が来ることも多いからな。だからおまえさんも気兼ねせんでくれ。……それに、おまえさんがいれば万が一のことがあっても安心だ」

「なるほど、用心棒代わりか。そういうことなら、お言葉に甘えるとするかね」

 アルシスが頷くと、ドナが軽い足取りで居間を出ていく。

 残されたダニエルとアルシスは、後片付けに取り掛かった。

 アルシスに用意された客室は、居間と同様に家庭的で温かな雰囲気の部屋だった。浴室も借りて汗を流し、さっぱりした気分で清潔な寝床に潜り込む。幸い警戒していた破落戸の襲撃はなく、ありがたいことに一晩ぐっすり眠ることが出来た。

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