第51話

 グリップに金属が剥き出しのそれを手に取り、しげしげと眺めてみる。

 長さは七○ヴィセ。刃には厚みがあって、剣幅は三ヴィセほど。湾曲は緩やかで、刃は冴え冴えと鋭い。試しに魔力を流してみれば、しっかりと属性の手応えがある。

 久しぶりの生成にしては悪くない仕上がりだった。

 革紐でグリップを巻いて、鞘の代わりは麻袋だ。見た目は非常によろしくないが、材料がないのだから仕方がない。

 さて、これで武器は手に入れた。後は細々とした道具が欲しい。具体的にはカールが使う杖と、煮炊きが出来る鍋だ。そう思って木箱を漁ってみたが、そんな都合良く見つかる訳もない。それで杖は木箱をバラした木材で作り、鍋と小型ナイフはふたたび釘を集めて生成した。

 鍋など作れるのか不明だったが、意外にやればなんとかなるものだ。

 少しばかりいびつなそれで湯を沸かし、干し肉を削り入れ、石で脱穀した麦を入れる。味は良いとは言えないが、なんの準備もなかったことを思えば上出来だろう。

 カールが目を覚ましたのは、アルシスが手すさびに作った木匙が二本になった頃だった。

 はっと息を呑み身を起こしたカールは、驚いたようにアルシスを見て、それからようやくなにがあったのかを思い出したらしい。

 ひとつ、ふたつ、呼吸してから、穏やかな声で言った。

「……私は、どのくらい眠っていたのだろうか」

 そう問われてアルシスは肩を竦ませる。

「ここじゃ正確な時間は分からんが、体感では四半日といったところだろう。……だいぶ、回復したようだな」

 先ほどの死にそうな様子が、嘘のような落ち着きぶりだ。話す声にも力がある。

 どうやら無事、峠は越えたらしい。

 カールは頷いてから、左脚の膝を撫でながら言った。

「あなたのおかげだ。片脚は失ったが、あの痛みと苦しみと引き換えと思えば安いものだ。まだもう片方は残っているからな」

「そうか。……物は食えそうかい?」

 訊きながら木匙を差し出すと、カールは驚いたように目を丸くした。さすがに器まで作る余裕はなかったので、男ふたりで鍋を突きあう。

 がっつく様子がないのを不思議に思っていると、聞けば動けないなりに水や干し肉で飢えをしのいでいたらしい。

「温かい食べ物が、こんなにありがたいとは思わなかった」

 そうしみじみと言う。

 カールが行方不明になって、約ひと月だ。その間、水と干し肉だけで過ごしていたなら、なるほど味気ないスープですら美味しく感じられるのだろう。

 空腹を満たすと、話題に上るのはやはりオルグレンと家族のことだった。

「……エリックは、元気でやっているだろうか。私が行方をくらませたせいで、さぞ苦労しただろう。次期領主になるための教育はしていたが、まだ十分とは言えなかったからな」

 肩を落とすカールに、アルシスは慰めるように言う。

「俺が言うまでもなく分かってるだろうが、少年は優秀だ。碌でもない叔父を抱えながらだって言うのに、立派に領主業をこなしている。俺を巻き込む運も持っているしな。あれは間違いなく大成する」

 アルシスの賛辞に、少年の父親であるカールは髭面を嬉しそうに緩ませた。

「あれは見た目ばかりは私に似たが、中身は別れた妻譲りで頭がいい。私よりも、よほど優れた領主になるだろう」

「あんただって、そう捨てたもんじゃないだろ。下働きの連中から話を聞いたが、孤児を掬い上げてたそうじゃないか。そんなことは並の領主にはできないと思うぞ」

「いや、あれは妻の発案だ。私は書類にサインをしただけに過ぎない。私は現状を維持するのがせいぜいで、領地を発展させるのには向いていないのだろう」

 それだって立派なことだと思うのだが、当の本人は納得できないらしい。とは言え領民ですらないアルシスが、口を挟んで良いものごとではないだろう。

 アルシスは深入りはせずに、別のことを問いかけた。

「それよりも、あんたは弟のことをどうにかすべきだな」

 エリックを手中に収めようとしたことから始まり、後見人の立場を笠に着たあれこれを話して聞かせると、カールは苦虫を噛み潰したような顔になった。

 ぼさぼさの髪に指を突っ込んで、低く呻いた。

「警備隊との癒着は、さすがに予想外だ。しかもエリックを拐かそうとしただと……? 父に領地を追い出されたことを哀れと思っていたが……さすがに、これは見過ごすわけにはいかない」

「それを聞いて安心したぜ。それじゃあ少年のためにも、遺跡から抜け出して、あの碌でなしをどうにかするとしよう」

 あっさり言って、アルシスはカールに杖を差し出した。

「まずは歩くところからだな。走れるようになれとは言わないが、せめて俺が担がずに済むくらいにはなってくれ」

 遺跡からの脱出に最大限の手は尽くすつもりだが、いざという時にアルシスが優先するのは自分自身だ。

 他人に命をかけるつもりはない、とアルシスが言うと、カールはごくりと唾を飲んでから頷いた。

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