第50話

「この状況だから包み隠さず言うが、このままではあんたは死ぬことになる。だが脚を落とせば、命だけは助かるかもしれない。……どうする?」

 カールは微かに息をのみ、それから声を震わせて言った。

「命には、変えられない。……切ってくれ」

 それに頷いたアルシスは、急いで準備を始めた。

 落ちていた木箱をあさって蒸留酒を見つけると、カールの元へ取って返す。途中で拾った麻袋を裂いて縄にすると、それでカールの膝上をきつく縛り上げた。

 そしてナイフを取り出し、刃に蒸留酒を振りかける。膝の辺りにたっぷりかけてから、残りをカールに手渡した。

「痛み止め代わりだ。飲んでくれ」

 頷いたカールが酒瓶を傾けるのを横目に、アルシスは革袋から傷薬を取り出した。

 効果の高さは折り紙付きだ。後は切って落とすのみである。ただ問題は、どこを切り落とすかだった。

 この先のことを考えれば、残す部分は多い方がいい。だが壊死した部分は全て取り除かなくてはならない。であれば膝のすぐ下で落とすのが良いだろう。

 アルシスは軽く息を吐くと、裂いた麻袋の残りをカールに差し出した。

「これを噛んでろ。分かってると思うが、痛むぞ」

「ああ、だろうな……」

 弱々しく笑ったカールが、麻袋を咥えてぐっと噛み締めた。

 アルシスはナイフを順手に握り、そのまま一息に振り下ろした。肉と骨を断ったナイフの刃が、地面を噛んで止まる。アルシスはナイフを手放すと、傷薬を切り口にぶち撒けた。

「ぐ、うぁっ……!」

 カールは苦痛に呻き、身をよじるようにして藻掻いたが、傷が塞がるにつれて、その動きは大人しくなった。身体を縮こませて、浅く荒い呼吸を繰り返している。

 アルシスは彼の口から麻袋を取ってやってから、その口元に傷薬が入った瓶を宛てがった。傷薬を飲ませると、カールは疲労の色の濃い溜め息を吐いた。

「アルシスどの、と言ったか……。心から、感謝する。このまま……死ぬかと、思っていた……」

「まだ助かったとは言えねえよ。遺跡から脱出しなきゃならん。この辺りは遺跡の入り口から、かなり距離がある。騎士団の調査隊とかち合えれば良いが、そう都合のいいことは起こらんだろうしな」

 それに問題は出口までの距離ばかりではない。地下遺跡には魔物がうじゃうじゃ棲み着いているのだ。遺跡に落ちて負傷したカールが、今の今まで魔物に喰われずに済んだのは、ほとんど奇跡に等しいことだった。

 池と見紛うほどの水場に、魔物が湧いていないのもかなりの幸運だろう。アルシスが遺跡に落ちてきたタイミングも、脚を一本失っただけで済んだことも、運がいいとしか思えなかった。

 こういう星回りの良さは、何故か他へ影響することが多かった。今の状況を楽観視するつもりはないが、不思議となんとかなるような気がしてくる。

 アルシスは軽く息を吐くと、疲れ切った様子のカールに言った。

「とりあえずは、あんたの体力をどうにかするのが先だな。傷薬を飲んだとは言え、体調は万全とはほど遠い。見張りは俺に任せて、あんたは眠っておけ」

「……すまない」

 とうに限界だったのだろう。辛うじてそう口にしたカールは、気絶するように眠りに落ちた。

「さて、まずは支度だな」

 そう独りごちて立ち上がる。

 まずは火が必要だ。カールは体温を維持する必要があるし、火は弱い魔物なら遠ざける効果もある。なによりアルシス自身が、濡れた衣服を乾かしたかった。

 幸い、ここには落ちてきた木箱が山ほどある。薪に困ることがないのは有り難かった。

 アルシスは木箱をばらし、大量にあった木屑を火口にして、あっという間に火を熾した。それに息吐く間もなく次に取り掛かったのは、武器の作成だった。

 遺跡を切り抜けるには、ナイフ一本ではさすがに心許ない。愛剣のノールとまでは言わないが、せめて複数属性を持つ武器が欲しかった。

 素材は手持ちの銑鉄とナイフ、それと木箱をばらした時に手に入れた釘だ。地下で金属が手に入ったのは助かるが、釘は錆びているので製銑し直す必要がある。

 アルシスは濡れた上着を脱いでから、羊皮紙に生成陣を書き込んでいった。ひと掴み分はあった釘は、生成すれば嵩が半分ほどに減っていた。

「この量だと長剣……いや、片手剣がせいぜいか」

 呟きながら脳裏に過ぎったのは、ベティが使っていた短剣だった。

 断つのではなく切ることに向いたあの形状は、片手が満足に使えないアルシスには、案外丁度いいかもしれない。

 ベティが持っていたものより長く、もう少し重さがあれば、振るって剣身が折れる、ということもないだろう。後は属性をどうするかだが、水場が近いここは水の属性が扱いやすい。それに周囲に魔物の気配を感じないことを鑑みると、水を主軸にするのが良さそうだ。

 アルシスは新しい羊皮紙に生成陣を書き込み、その上にグリップを外したナイフ、銑鉄、そして魔石を配置していった。

「さて、久々だな」

 呟いて陣に両手で触れる。

 師の元にいた頃は毎日のように武器の生成に励んでいたが、オルグレンに来てからはからきしだ。失敗の可能性がちらりと頭を過ぎったが、生成陣に魔力を流してしまえば、それが杞憂でしかないことが分かった。

 魔力を受けた陣が、ばちばちと火花を散らす。それが青いのは水の属性が上手く廻っているからだ。火花はすぐに収まって、次の瞬間には思い描いていたとおりの曲刀が、生成陣の上に鎮座していた。

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