第16話

 勝手知ったるキッチンに入って、料理の仕上げにかかっているドナの手伝いを買って出る。と言ってもアルシスに出来るのは、料理が盛られた皿を運ぶくらいだ。

 今日の料理は牛すね肉の煮込みに、パンクネル、芋のガレットと、焼き立てのパンにハムとチーズが挟まれている。付け合わせは、葉野菜と莢豆のソテーだ。

 見るからに美味そうなのはいつもどおりだが、客人のバートに気を遣ったらしく、普段よりも品数が多かった。

 テーブルにビールではなく、葡萄酒が並んでいるのも似たような理由だろう。テーブルに着いた途端、バートが感嘆の声を上げた。

「やあ、これは美味そうだ。ビルトさんのところのお嬢さんは、素晴らしい料理上手だな。これなら結婚相手も引く手数多だろう」

 ダニエルが渋い顔で言う。

「……うちの孫娘を褒めてくれるのは嬉しいが、まだそういうのは早いんじゃないかね。一応言っとくが、ドナは未成年だ」

「おっと、それは失礼。しっかりしたお嬢さんだから、てっきり大人だとばかり。危うく口説くところだったな」

 そう軽い調子で言って、バートはにこやかな笑みをドナに向ける。

「冗談だよ。アルシスにも釘を刺されているからね。噛み付いたりしないから、そう警戒しないでくれ」

 ドナが困ったふうに眉を下げている。アルシスはひとつ溜め息を吐いて、葡萄酒の入った瓶をバートに差し向けた。

「黙れとは言わないが、少しは口数を減らしてフォークを動かせ。おまえの無駄口を聞いていると、せっかくの料理が不味くなる」

「おいおい、いくらなんでも友人に対してその言い方はないだろ。それに美味い料理には、楽しいお喋りがつきものだ」

 言ってクラスを持ち上げたバートに、葡萄酒を注いでやる。

 彼は機嫌良さげに葡萄酒を煽ってから、フォークを手に品良く食事を始めた。

 口数が無駄に多く女好きのバートは、だがその悪癖さえ除けば、気遣い上手で感じの良い好青年だ。あっという間に食卓に馴染んで、ついにはドナの警戒を解いて、彼女を笑わせるまでしてのけた。

 バートが話すのはもっぱらアルシスのことで、付き合いが長いだけあって話題の種はいくらでも出てくる。

 騎士団との共同作戦においてのささやかな活躍や、飲んで失敗した話、あれやこれやを語るうちに、皿の上はすっかり空になっていた。

 ドナが淹れてくれた食後のお茶を受け取って、バートがひとつ息を吐いた。

「……そう言えば、今日来た理由を話し忘れてたな」

「なんだ、ようやく本題か?」

 アルシスが訊くと、茶を啜っていたダニエルが目を上げた。

「それなら儂らは席を外すべきかね」

 バートがぱたぱたと手を振ってみせる。

「いえいえ、そう大した話じゃないですよ。それにビルトさんも、微妙に関係者ではありますからね。一応、聞いておいて貰えると助かります」

「……儂らも? なんだい、おっかない話じゃねえだろうな」

「そこは安心してください。先の襲撃事件についての報告と、込み入った事情のあれやこれやです。全部を話せる訳ではないんですが、言っておかないとならないことがありましてね」

 言ってバートはアルシスに視線を当てた。

「さっきも言ったことだが、アルシス。あんたは今、行方不明ってことになってる。ひと月ほど前にギルドを出て、揉め事に顔を突っ込んだ後、足取りがぷっつりと途絶えてしまっているんだ」

「それなら俺も、もう一度言わせて貰うが……それの一体なにが問題なんだ? 俺がどこでなにをしようと、おまえらには関係ないだろう」

「大ありだとも。まず第一に、うちの姫さんがあんたを心配してる。自分に挨拶ひとつせずに消えるなんて有り得ない、なにか事件に巻き込まれたに違いない、そう主張して大騒ぎだ」

 バートの言う、うちの姫さん、とは彼の上官に当たる女性騎士だ。

 侯爵家の嫡女で、家訓に従い騎士となり、現在は近衛騎士団の総長を務める、いわゆる女傑である。

 彼女とは何度か魔物の討伐や戦闘作戦を共にしていて、立場は違えど気心の知れた相手だ。

 常は冷静沈着な彼女が、アルシスの行方不明程度で取り乱すとはにわかには信じがたい。それで首を傾げていると、バートが呆れたふぜいで溜め息を落とした。

「仕事の出来るうちの姫さんは、まずあんたがギルドを出た後の足取りを追った。そしたら警備隊の兵たちが、破落戸に絡まれた御老体を助けたあんたの姿を見た、って言うだろ? 調べてみたら破落戸はサナハイドと言って、街道を荒らしている盗賊団だった」

「ああ、そう言われてみれば、最初はそれだったな。その後も色々あって、すっかり忘れていたが」

「おい、忘れると言ってもほどがあるだろ。……まあ、いい。あんたの事情はともかく、サナハイドは俺たちにとっては重要な手がかりだった。それで調べを進めていくと、連中が武器を掻き集めていることが判った。そんな中――」

 言ってバートがダニエルを見る。

「ギルドお抱えの武器工房が襲撃された。街道を行く商人の荷をこそこそ狙っていたのとはわけが違う。これは間違いなくなにかある、大規模な襲撃や紛争の計画があるのでは、と誰もがそう考えた。なにせ英雄さまが行方不明、最後に目撃されたのがサナハイド絡みだ。俺たちはアルシスが巻き込まれている可能性を考慮して、万全の体制で対策に乗り出すことになったんだ」

「いや、ちょっと待て。工房が襲撃された時、俺もその場にいて事情聴取を受けてるぞ」

 話をしたのは、確か生真面目そうな顔をした若い兵士だった。

 無茶はしないように、としかつめらしく注意されたのを覚えている。

 アルシスがそう指摘すると、バートががっくりと肩を落とした。

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