第38話

「それで――俺の寝込みを襲え、と命じたのはクリフ・ノルディンか?」

「は、はい。そのとおりです。生意気な男だから、痛い目を見せてやれ……と。それに雇った護衛が使い物にならないと分かれば、エリックさまも恥をかくことになって一挙両得、だそうです」

「やれやれ、あの男は小狡いことばかりに頭が回るようだな。……街でエリックを追ったのも、クリフの命令だろ?」

「あ、あれは……領主館を抜け出したエリックさまを、保護するよう命じられたんです。未成年の領主が、ひとりで街を出歩くなどあってはならないことですから」

「そうか、保護か。俺には子どもを拐かそうとする悪漢にしか見えなかったが……なるほど、物は言いようだな」

 街へ抜け出した被後見人を保護する、というのはケチのつけようのない言い訳である。

 保身ばかりは上手くて、まったくうんざりさせられる男だ。

 アルシスは溜め息を吐いて、目の前の男と、それから倒れている連中に視線を向けた。

「ところで、おまえたちは領主館の使用人、で合ってるか?」

 襲撃者はひとりを除いて、ずぶの素人だった。今も目覚めているのに大人しく無抵抗な辺り、破落戸では有り得ない振る舞いである。

 エリックを追っていた連中が着ていた外套も、使用人に支給された物だった、と考えれば質の良さも納得がいく。エリックが妙に言葉を濁していたのも、襲撃者に心当たりがあったからなのだろう。

 それらから当たりを付けての問いに、男はこくりと頷いてみせた。

「……ええ、そうです。私は普段、倉庫の管理を任されています。クリフさまとは若い頃、良くない遊びをご一緒したことがあって、それで……」

「声をかけられた、という訳か」

 聞けば他の連中も、似たようなものらしい。

 貴族からの命令と、昔のよしみで断りきれなかった、と考えると少し気の毒に思えたが、だからと言って襲撃を見過ごすことはできない。

 アルシスは護衛の立場だが、同時に客分でもあるのだ。

 彼らの振る舞いは、エリックの顔に泥を塗る行為になる。叩きのめして、それで解決するものごとではなかった。

 肩を落としてしょぼくれている男に、アルシスは淡々と告げた。

「分かっているだろうが、このことは領主に報告させてもらう。どういう処分が下されるにしても、逆恨みはするなよ」

 男は項垂れるように頷いた。

 襲撃の後始末には、少しばかり手間取ることになった。ことが真夜中に起こったために、メイドのベティがエリックの立ち会いを拒否したからだ。

 眠っているのをお起こしいたしかねる、と主張して頑として譲らず、それで代わりに家令を呼ぶことになった。

 使用人棟で寝起きしている彼が来るのに時間がかかり、彼がエリックを呼んだ方が良いのでは、と主張して更に時間を消費した。

 その話し声に気づいて起き出したエリックが姿を見せて、それでひとまずの決着をつけることができた。

 エリックは襲撃が起こったことに驚き、それが使用人によるものだと知って、ショックを受けたようだった。

 暗い顔で丁寧に謝罪する彼に、アルシスは慰めるように言った。

「襲撃自体は予想していたことだから、少年が気に病む必要はない。……処罰すること考えたら、気は重いだろうが」

 エリックは、処罰、と口の中で呟いてからアルシスを見上げた。

「ひとまず彼らは拘束したまま、会議室にでも閉じ込めておこうと思います。警備隊に届け出るのは、日が昇ってからになるでしょう」

「あいつらから事情は聞かないのかい?」

 アルシスの問いに、エリックは首を横に振る。

「武器を持って誰かを襲った時点で、彼らは犯罪者です。領内で起こった犯罪行為ですから、その対処は警備隊に任せなければなりません。それに……彼らの事情を聞いてしまえば、きっと公平な判断ができなくなるでしょう」

「……そうか。少年がそう決めているなら、俺は余計な口を挟む気はない。睡眠不足になった以外は、特に被害もないしな」

 冗談めかして言うと、エリックが僅かに表情を緩めた。

「元剣聖であるあなたに対して、これを言っては失礼になるのかもしれませんが、お怪我がないようで良かったです。僕たちは引き上げますから、どうぞゆっくり休んでください」

「それは少年もだぞ。子どもは寝るのも仕事だからな」

 メイドのベティが隣で、もっともです、と言わんばかりに頷いている。

 しばらくすると下働きの者たちがやって来て、拘束された襲撃者たちを連れていった。

 慌ただしいその様子を見送りながら、アルシスはエリックに問いかけた。

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