第39話
「警備隊を呼ぶなら、俺も当事者として話を訊かれるだろう。黙っておくべきことはあるかい?」
場合によっては、エリックに雇われる経緯に話が及ぶ可能性がある。そうなると当然、先代の領主の失踪とその弟との関係、それについてエリックが疑念を抱いていることを話さなければならなくなるだろう。
だがエリックが先代領主の探索を依頼したのは、警備隊ではなく遺跡調査のために派遣された騎士団だった。
警備隊には頼れない理由があるのでは、とアルシスが考えたのは自然なことだった。
エリックは考え込むように口元に拳を当てて、それからきっぱりと言った。
「すべて話していただいて構いません。彼らの罪が明らかになれば、アルシスさんを護衛に雇った経緯にも触れることになるでしょう。父の失踪について、警備隊は関わりを避けたいようですが、そこを下手に伏せては、要らぬ疑いを持たれかねません」
「……そうか。やっぱり、連中の正体に気づいていたのか」
街で追われていたエリックを助けた際、彼の表情がやけに暗いことには気がついていた。
荒事に巻き込まれただけにしては鬱々としたそれが引っかかっていたが、犯人が身内であると判っていたなら、それも当然の反応だろう。
アルシスが零した呟きに、エリックは苦く溜め息を吐いた。
「はっきりと顔を見てはいなかったんですが……声の感じで、なんとなく。ただ確信があった訳ではないので、疑いを口にするのも良くないと思ったんです。僕が言えば、捕らえて調べなくてはならなくなりますから。ですが……僕がそれを躊躇したせいで、アルシスさんに迷惑をおかけすることになってしまいました。この点については、申し訳ないと思っています」
「さっきも言ったが、今夜の襲撃は予想していたことだ。それに煽って誘導した自覚もある。だから少年は気にしないでくれ」
「……はい」
慰めても暗い表情のままのエリックを見送って、アルシスは小さく息を吐いた。
既に東の空がうっすらと白み始めている。眠るには中途半端な刻限だったが、アルシスは迷わずにベッドに転がった。
短い睡眠を取って目覚めると、領館内は俄に騒がしくなっていた。
朝食を運んできてくれたメイドに話を聞いてみると、どうやら昨夜の襲撃で話題がもちきりらしい。
今朝早くに警備隊へ伝令が出され、もうじき襲撃者たちの回収に来るそうだ。
メイドは同僚の起こした事件に憤慨していたが、一方で警備隊が来ることに浮き立っているようだった。
聞けばメイドたちの中で、警備隊の兵士は結婚相手として、かなりの優良株であるらしい。
普段は出会う切っ掛けもないので、ここぞとばかりにはりきっているそうだ。
メイドおしゃべりで賑やかな朝食を終えたアルシスは、ノールを手にエリックの執務室へと足を向けた。
アルシスが護衛を担当するは。ベティが日中業務に追われている間だ。すなわちエリックが朝食を終えた後から、夕食を終える迄である。とは言え彼女は部屋付きのメイドだ。基本的には、エリックの側に控えている。ただ今朝は警備隊の来訪予定があるので、その対応と調整に追われているようだった。
警備隊がやって来たのは、昼にはまだ余裕のある刻限だった。
襲撃者たちは護送用の馬車に押し込められ、一足先に警備隊の本部へと運ばれて行った。
事情聴取のために残ったのは、部隊長とその部下二名だ。
彼らは領主の執務室に通されると、生真面目な態度で敬礼を取った。
「ご尊父の葬儀の際に、一度ご挨拶をさせていただいておりますが、改めて名乗らせてください。私は第一警備部隊長、コリン・アルムと申します。こちらは部下のビル・ダールマンとエディ・フレクセルです」
紹介された若い兵士ふたりが、改めて敬礼する。
領主を前に緊張しているのか、表情が硬い。だが視線は領主のエリックではなく、背後に控えているアルシスをちらちらと伺っていた。
見知らぬ人物を怪しむ、といったふうではない。どちらかと言えば好意的なそれで、エリックが名を名乗り、それからアルシスの名を口にすると、一気に高揚したふうの顔つきになった。
部隊長のコリンが、そんな部下の様子に呆れた目を向ける。
こほん、と咳払いしてからアルシスに向かって言った。
「あなたが領主館に滞在されていることは、噂で耳にしておりました。音に聞く英雄とお会いできて、とても光栄に思います」
やけに丁寧な挨拶をされて、アルシスは思わず苦笑を浮かべてしまった。
「そんな大したものでもないんだがな。とっくに冒険者を引退して、今は臨時の護衛役だ」
「ですが昨夜も、大層ご活躍だったと伺っております。……なにがあったのか、お聞かせいただけますか?」
さすがは部隊長だ。話の運び方が実に手慣れている。
アルシスはエリックにちらと視線を向け、彼が頷くのを見て口を開いた。
「俺が言うまでもなく、既に話は聞いているだろうが……昨夜、寝込みを襲われた。相手は四人。ずぶの素人だったんで、伸して縛り上げておいた。後の対処は少年――領主に任せて、それで今に至る、ってところだな」
「なるほど。……彼らがこの領主館の使用人であったことは、ご存知ですか?」
「ああ、もちろん。昨夜のうちに聞いている。俺を襲うよう命じたのが誰なのかも知ってるが、その話も必要かい?」
彼らが触れたくない話題だと分かっていて、敢えてそう問いかける。
部隊長のコリンは一瞬苦い顔になったが、すぐに表情を繕って頷いてみせた。
「ぜひ、お聞かせください」
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