第4話

 少ない私物を纏めて宿舎を後にしたアルシスは、ギルドを出てすぐの大通りをのんびりと歩いていた。

 冒険者ギルドは王都のほぼ中央に位置している。目の前の大通りは行き交う人も馬車も多く、立ち並ぶ店は活気で賑やかだった。

 顔見知りの店主が声をかけてくるのに手を振って返し、新人冒険者らしい少年がきらきらした目で見てくるのに苦笑する。

 自分もかつてはあんなふうだったのだろうか、そう思うと寂寥感に似たものがこみあげてくる。まったくらしくないそれを無理に飲み下し、大通りからひとつ外れた道に入った時だった。

 ざわざわと騒がしい声が聞こえてくる。それに混じって物がぶつかり、陶器かなにかが壊れるけたたましい音が響いた。

 連なる人だかりをかき分けて近づいてみると、騒ぎの中心で複数の男たちがひとりを囲んで怒鳴り声を上げていた。

「おい、ふざけんな! てめぇ、オレを誰だと思ってやがる! サナハイド団の幹部であるこのオレに恥をかかせやがって、ただで済むと思ってるのか! おい、舐めた口を利いてんじゃねえぞ、くそじじいが!」

「そう怒鳴らんでも聞こえてる。それと脅しても無駄だ。儂はギルドお抱えの鍛冶屋なんだ。どれだけ金を積まれようとも、おまえさんのような破落戸に武器はやれんよ」

「てん、めぇ……! ぶち殺されてえのか!!」

 ガラの悪い男が拳を振り上げる。

 さすがにこれは見過ごせない。アルシスは人だかり割って入ると、囲みのうちのひとりを倒し、もうひとりは足で払った。そして殴りかかっていた最後のひとりを、背後から腕を掴んで引き止めた。

 やれやれ、と思いながら言う。

「三人がかりとは、穏やかじゃねえな。しかも相手は爺さんじゃねえか。おまえら年寄りは敬え、ってお袋さんに教えて貰わなかったのか?」

 アルシスのぼやきに、腕を捕まれた男がばっと振り返った。唾を飛ばす勢いで言う。

「てめえ、なにもんだ!」

「通りがかりの一般人だ。ただの喧嘩なら見逃したが、どうもそういう雰囲気じゃなかったんでな。割り込ませてもらった」

「なんだと、てめえ、ふざけんな! くそっ、この手を放しやがれ……!」

「放せと言われて放す馬鹿はいないと思うが。……それより、良いのか? 騒ぎを聞きつけた警邏隊が来てるみたいだぞ」

 アルシスが視線を背後にやった先、押し合いへし合いしている兵士の姿がある。

 男は見たとおりに後ろ暗い身だったのだろう。アルシスに言われるまま兵士を見て、さっと顔色を変えた。先に倒しておいたふたりが、泡を食った様子で起き上がり、脱兎のごとく逃げ出して行く。捕まえた男は逃れようと暴れ、文句を喚き立てていたが、アルシスによって兵士に引き渡されると観念したように大人しくなった。

 アルシスは顔見知りの兵士に、経緯と状況をざっと説明してから、破落戸に絡まれていた人物を振り返った。

「――なあ、爺さん。あんたからも説明してやってくれ。俺は横槍を入れただけで、何が切っ掛けだったのかはさっぱりなんだ」

「そうは言っても、儂もなにがなにやらなんだがね」

 気難しそうな顔に深い皺の刻まれた、白髪の御老体だった。

 六十はとうに超えているだろう容貌だが、背筋はしゃんと伸びて、老いているという雰囲気はない。彼はアルシスを見て溜め息を吐くと、訥々とした口調でことの次第を語った。

 曰く配達帰りに裏道に入ったところで、いきなり絡まれたらしい。破落戸の言動を鑑みるに、どうやら前から目をつけられていたようで、義賊だというなんとか団に武器を寄越せ、と無理難題を吹っかけられたそうだ。

「さっきの奴が言っていたが……サナハイド団、だったか? 最近になって王都周辺をうろつくようになった義賊が、確かそんな名前だっただろ」

 事情聴取に残っていた兵士が頷く。

「さすがはアルシスさん、よくご存知だ。でもやつらは義賊ではなく、ただの盗賊崩れですよ。最初こそ悪徳商人の荷を狙ってたみたいですが、今じゃのべつ幕なしに通行人を襲ってますから。逃げ足が速くて捕まえるのに難儀してたんで、今回アルシスさんが抑えてくれて助かりました」

 さきほど捕らえた男が自称ではなく幹部であるなら、これを足がかりに捜査も進むだろう。

 単なる荒事の仲裁のつもりだったが、結果的に治安維持の役に立ったのならなによりである。

 事情聴取を済ませた兵士が「なにかあったら、また改めて話を聞かせてください」と言って去っていく。それを見送って、アルシスはやれやれと溜め息を吐いた。

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