第53話

 さっきも聞いた問いだな、と思いながら肩を竦ませる。

「元冒険者だ。一応言っておくが、遺跡に潜る冒険者なら、竜を相手にするのも普通だぞ」

 単騎では滅多にないことではあるが、それについては素知らぬふりをする。

 カールは深く溜め息を吐いてから、杖を使って立ち上がった。

「冒険者とは、すごいものなのだな……。あのような巨大な生き物を、たったひとりで倒してしまうとは……目の前で見ていたことなのに信じられん」

「確かにでかいが、動きは単調だからな。武器の相性も良かったし、運が良かった」

 さらりと零したアルシスは、しんと静まり返っている辺りを見渡した。

「ああいう大物が生息すると、小物が近寄らなくなる。しばらくは安全だ。ここに来るまでかなり歩いたし、休憩するのに良い頃合いだろう」

 アルシスは言って、倒した赤竜から少し離れた位置にカールを座らせた。

 背嚢から取り出した薪を積み、カールに火起こしを任せて、自分は赤竜の元へと戻る。鱗を剥がし、比較的柔らかい上腕の肉を切り取って、手掴みのまま引き返した。

 転がっていた木の枝で串を作って刺して、肉を火にかける。

 カールはそれを見て、目を丸くした。

「竜を、食べるのか?」

「結構美味いぞ。少し硬いが、味は鶏肉と羊肉の中間って感じだな。滋養薬として干したのが出回ることがあるんだが、見たことないか?」

「いや……さすがに、この辺りに竜は出ないからな。それにしても、滋養薬……? つまり、栄養があるということか……」

 難しい顔で言って、カールは火に炙られている肉を睨みつけている。

 肉が焼けた頃合いで串ごと差し出すと、受け取ったカールは眉間に深く皺を寄せた。

 横に死体が転がっている状況だから、食べるのに抵抗を覚える気持ちは分からなくはない。だが出口まで、まだまだ先は長い。食べられる時に、食べておくのが生き残る鉄則である。

「気が進まないかもしれないが、無理をしてでも食っておいた方が良い。持ってきた干し肉には限りがあるからな」

 言ってアルシスが肉にかぶりつくと、カールも恐る恐る食べ始めた。

 塩も香辛料もなく味気ないが、肉自体は悪くない。竜の中でも赤竜は数が多く、討伐されて素材も出回ることが多い。アルシスも遺跡や、それ以外の場所で出くわして、その肉や素材には大変お世話になった相手だ。

 今のように狩ってすぐ焼いて、食べることも珍しくなかった。

 慣れ親しんた味だから何の感慨もなく腹を満たし、ついでにもう少し焼いて保存食も確保しておく。アルシスは火の始末をしてから、疲れ切っている様子のカールに言った。

「眠たかったら気にせず寝てくれ。まだ先が見えない状況で無理をするのは得策とは言えないからな」

「……すまない。何から何まで世話になっているのに、足まで引っ張っているとは情けないな……」

「片脚を失ってるんだから当然だろ。それに世話をされることに、あんたが負い目を感じる必要はない。土地をくれてやるんだから、俺にはもっと働けと言ってもいいくらいだ」

 そう軽口で応じると、カールが小さく笑いを漏らした。

「そうか。では、お言葉に甘えさせてもらうとしよう」

 カールは岩陰に身を丸めるようにして、すぐに眠りに落ちていった。

 アルシスも仮眠を取り、だが不意になにかの気配に気づいて目を覚ました。

 そうと意識するより先に剣を取る。じっと耳を澄ましていると、やがて聞こえてきたのは複数の足音だった。

 魔物の類ではない。列を成して進む人の足音だ。

 それでもアルシスは警戒は緩めず剣を握ったまま、足音のする方へと意識を向け続けた。

 しばらくしてやって来た鎧姿の騎士たちが、アルシスに気づいて声をあげた。ざわざわと騒いで、騎士たちのうちのひとりが言った。

「おい、あんた、こんなところでなにをしている」

 驚きと警戒の入り混じった声に、アルシスは苦笑して返した。

「上から落ちてきたんだ。おまえらは、デズモンドのところの騎士だろ? 俺はアルシス・フォードだ。こっちに怪我人がいる。行方不明だったオルグレンの先代領主だ。すまんが、彼を遺跡から連れ出すのに手を貸してくれ」

 騎士たちは驚いたように顔を見合わせ、だがすぐに慌てた風情で駆け寄ってくる。

 騎士のひとりは眠り込んでいるカールを見て、それからアルシスに向かって問いかけた。

「どうして、あなたがここに? オルグレンの領主館に滞在なさっていたのでは?」

「その領主館の倉庫に、遺跡に繋がる大穴が開いててな。色々あって、そこから落ちて来たんだよ。そっちの先代領主も、俺と同じく上から落ちてきた口だ」

「なんと、よくぞご無事で……」

 騎士が感嘆した口調で言う。騎士たちは竜の死体に驚き、先代領主が見つかったことに戸惑いと動揺の声を上げている。その騒ぎに目を覚ましたカールが、騎士たちを見て目を丸くする。それでも騎士たちから丁寧に扱われた彼は、貴族らしい振る舞いで応じていた。

 調査隊は十数人の小規模なもので、あいにくと医官の帯同がなかった。それでカールを一刻も早く医者に診せるべく、遺跡からの脱出を急ぐことになった。

 彼らは手持ちの装備で手早く担架を作ると、それにカールを乗せて最短距離で遺跡を脱出したのだった。

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