【モノローグ】アルの決意

 お兄ちゃんが、違う世界から来た転生者で、魔王を倒す役割を果たさなくてはならないという。

おとぎ話みたいで、僕は困った。

お兄ちゃんが、みんなに説明してくれたけど、僕はあまりよくわからなかった。


 お兄ちゃんは、産まれる前に別の人生を送っていて、魂が世界を渡ってきたらしい。

前の人生の記憶があるんだとか。

前の人生のことを【ぜんせ】って言うんだって。


 前は【ちきゅう】という【わくせい】?の【にっぽん】という国にいた。

【ちきゅう】には、たくさんの国があって、人間だけが、家やお店を建てて暮らしていた。


 獣人はいなくて、魔物も、魔法もない世界。

それで、お兄ちゃんは【どうぶつえん】というところでお仕事をしていた。


 【どうぶつえん】は、人間に見せるために、いろんな国から、色んな種類の動物を集めて、檻に入れている場所なんだって。

【どうぶつえん】は、いろんな国に、たくさんある。


 わからなくて、頭がぐちゃぐちゃになった。

とても不安になった。

今、一緒に居るお兄ちゃんが、同じようにずっとそこにいるのに、急に遠くに行ってしまったみたいな、そんな感じになって、涙がたくさん出てきた。


 僕はティアお姉ちゃんと二人で、先に王城から出て家に帰ることになった。

あとでお父さんとお母さんが、詳しい話をしてくれるって言っていたけれど、僕はとても不安なままで、涙がずっと止まらない。

お姉ちゃんは、ずっと横で手を握っていてくれる。


 僕は、それで初めて、お姉ちゃんを、お姉ちゃんなんだ、と思った。

これまで、ずっと、ティアお姉ちゃんのことを、お兄ちゃんの妹だと思っていた。

ティアお姉ちゃんと僕は、お兄ちゃんの妹と、弟だと思っていたんだ。


 だから、僕はお兄ちゃんを取られたくなくて。

いつもいつもそればかりだった。


 でも、お姉ちゃんは、お兄ちゃんの妹だけど、僕のお姉ちゃんなんだ。

僕にはお兄ちゃんだけじゃなくて、お姉ちゃんもいたんだ、と、初めて気が付いた。


 僕は、いつの間にか眠っていたようで、目が覚めて、お兄ちゃんのベッドを見ると、お兄ちゃんが寝ていた。

話を聞きたい気持ちはあったけれど、お兄ちゃんの腕の中へともぐりこむことにする。

(話を聞くのは、明日でいいや。)


 翌朝、お兄ちゃんは、また王城へ行った。

少しだけ話したけれど、魔王覚醒の対策を進めるために、これから毎日話し合いに行くらしい。


 朝ご飯を食べて、お兄ちゃんが出かけたあとに、お母さんが話をしてくれた。

お兄ちゃんには、前の人生で妹がいたんだって。


お兄ちゃんにとって、僕は初めての弟なんだ。

そう思ったら、嬉しかった。


 僕は、お兄ちゃんのことが大好きだ。

同学年の子からからかわれたことや、おかしいとも言われたけれど、他の人が何を言おうと、僕には関係のないことだ。


 お兄ちゃんは僕のお兄ちゃんだし、僕はお兄ちゃんの弟。

弟と妹が、僕にも出来たけれど、お兄ちゃんにとって初めての弟が僕なことはずっと変わらない。


 お兄ちゃんが、魔王と戦うのなら、僕も一緒に行く。

おとなしく家で待っていることなんてできない。


 その日、お兄ちゃんが帰ってきて、夕飯を食べた後、僕はお兄ちゃんの戦いについていく、と、家族に言った。


 「アル、お前はまだ九歳だ。」

これほど真剣なお父さんの顔は初めて見た。

「そうよ、魔王と戦うなんて、危険すぎるわ。」

お母さんは、言葉通り心配している顔だ。


 ティアお姉ちゃんは、ティグお兄ちゃんのことに関して、僕がやることに、いつも何も言わない。

だから、いつも通り…

と、思ったら、何かを考えている雰囲気だけど、いまは、それどころじゃない。


 「お兄ちゃんがその危険なことをするから、僕も一緒にやるんだよ。」

両親は、止めても無駄だとわかってるんだ。

だって、僕のことだから。

お兄ちゃんのことになると、家族に対しても牽制する。


 ティアお姉ちゃんは。

『お兄ちゃんを取ったら許さない!』

と、言う念を、僕がずっと送り続けてきたから、

お兄ちゃんから離れたんだ。

けど、みんなは知らない。


 お母さんやお父さんが、お兄ちゃんから僕を引きはがそうとしてもしがみついたし、引き離されても無駄だ。

すごく抵抗するから、お父さんもお母さんも最初は驚いていた。

これ以上やると、お兄ちゃんの身体に爪を立てて傷つけてしまうかもしれない、と、思ったから、僕はなるべく洋服を掴むようにして抵抗した。


 だから、一時期、お兄ちゃんの服が伸び伸びになってしまった。

お兄ちゃんの洋服が全てダメになってしまう前に、お父さんもお母さんも諦めてくれたけれど、どうしてここまでお兄ちゃんから離れたくないのか、僕も不思議だ。


 どうしても、離れたくない。

ずっと一緒に居たい。

くっついていたい。

お兄ちゃんの体温を感じていたい。


 もしも、お兄ちゃんがいなくなってしまったら?


 そんなことを考えたくもないし、お兄ちゃんがいない世界を生きていくのは嫌だ。

お兄ちゃんが危険な戦いに行くのなら、絶対に一緒に行く。


 「僕は行く。一緒に訓練するし、足手まといにならないようにする。

訓練して、お兄ちゃんが、来るなっていうなら、行かない。僕が足手まといになってお兄ちゃんがケガをするなんて、あり得ないから。」

邪魔になるくらいなら、仕方がないから待ってる。


 僕は普段からあまり喋らない。

お兄ちゃんとは喋るけれど、他の人に対しては、最低限の会話で済ませようとする。

そんな僕が、とてもよく喋っているから、みんな戸惑っているみたい。


 「お兄ちゃんは、止めないんだね。」

と、ティアお姉ちゃんが言った。

お兄ちゃんは、ずっと何も言わずにいる。

「いま止めても無駄なことを、俺が一番よくわかっている。」


 それから、誰も何も言わない時間が少しあったあと。


 「訓練についてこれなかったり、無理だとか、つらいとか、そういうことを少しでも言ったら置いていく。」

僕が訓練について行けたなら、戦いに役に立てるとわかったなら、連れて行ってくれるんだ!


 「はい!」

どんなに苦しくても、つらくても、大丈夫だ。

お兄ちゃんと一緒に居るためなら、どんなことだって耐えられる。


 「父さん、母さん、ひとまずアルを訓練に参加させます。それで、連れて行かないと判断した場合も、アルはみんなを守る術を学ぶことになるのだから、有意義です。」


 最後は、お兄ちゃんが説得してくれた。

何よりも、魔王覚醒に備えて戦闘指導をするのがお兄ちゃんだから、両親も任せようと決心してくれたのかもしれない。


 ティアお姉ちゃんは、結局お兄ちゃんへの一言だけで、あとはずっと双子の面倒を見続けていた。

もしかしたら、お兄ちゃんよりも僕のことをわかっているかもしれない。


 僕のこの気持ちは、どう言い表せば良いのかわからない。

僕は、ただ、ずっとずっとお兄ちゃんと一緒に居たいだけ。


 僕意外にお兄ちゃんの横にいる人なんて、必要ないよ。

そう思っていたから、お姉ちゃんを威嚇した。

お兄ちゃんのお友達も敵視して、わかりやすく態度が悪かった時には、普段何も言わないティア姉ちゃんが僕に注意した。


 「そういうことをすると、いつかお兄ちゃんに嫌われるわよ」

と。


 さすがに嫌われるのは困るから、お兄ちゃんの友達と仲良くしようと頑張ったら、僕も友達の弟だからと可愛がられている。

友達なら、仕方がない。


 でも、恋人はちょっと許せないかな。

人によるのかな?


 …どんな良い人でも、その人がお兄ちゃんの恋人だとなると、受け入れられない人になるような気がする。


 「そんなにいつまでもアルがくっついていたら、ティグは恋人ができないし、結婚もできないんじゃないかしら。」

そう、心配するお母さんに。

「結婚がすべてではないし、互いが良ければいいんじゃないのか。あの二人は、ただただ一緒に居たいだけなのだろう。」

お父さんは、何でもない風にこたえていた。


 一緒に居たいから、一緒に居る。

わがままだとか、兄離れしろとか、そんなの知らない。


 僕には、お兄ちゃんがいない人生なんて考えられない。

考えたくもない。

それが僕なんだ。

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