新しい家族
出産はどんな生物でも命がけ。
母さんが妊娠していることに、しばらく気が付かずにいた結果、ちょっとした騒ぎになったのは記憶に新しい。
あの時は太陽の月のはじめ。
黄金の月を経て、今は安寧の月になったばかり。
間もなく妹か弟が産まれる予定だ。
ビルキル先生はあの日。
「よくもまあここまで気が付かずに過ごしたものだ。」
と、眉間に皺を寄せていた。
「まあ、なんにせよ、めでたいことじゃ。」
と、最終的には笑っていて、みんなと一緒に遅くなってしまった昼食を食べてから帰って行った。
ビルキル先生は、一人で馬に乗れないから、帰りは父さんが送り、そのまま仕事に戻って行った。
医療がそこまで発達していなこの世界では、弟が産まれるのか妹が生まれるのか、まだわからない。
ティアは、どうやら仲間が欲しいらしく、妹を所望している。
アルも、妹と言う存在に憧れがあるようで、妹の方が良いらしい。
けれど、どちらでもお兄ちゃんになるのは変わらないから、と、俺を見て。
「お兄ちゃんみたいなお兄ちゃんになるんだ!」
と、宣った我が弟、マジ天使!
抱きしめて舐めまわしたのは言うまでもない。
あ、もしかして俺とアルの仲が良すぎるからティアは疎外感を感じてしまっているのだろうか。
だとしたら、ごめんな、ティア。
しかし、ティアは、アルの毛が禿げるほどに毛繕いをした俺に恐れをなして以来、愛情表現には応じてくれなくなっていた。
アルに対する過剰なまでの愛情を。
「気持ち悪い」
と、言った手前、ティアが俺の愛情を再度受け入れることはないだろう。
「うぅ…アル。」
アルは、嫌がるどころか、とても嬉しそうにしてくれる。
このままずっと変わらないと、良いような、悪いような…。
ちょっと複雑な気持ちだ。
「えへへ、お兄ちゃん。」
うん。
このままでいいと思う。
そんな俺たちを、冷めた目で見ているティアの希望通り、
俺は、ティアが産まれた時と、アルが産まれた時を、知っている。
母さんのお腹は明らかに、二人が産まれた時より、膨らみが大きい。
医療は進んでいなくとも、双子が産まれるかどうかは、わかるような気がするんだよね。
両親からも、なんとなくそんな雰囲気が出ている。
少なくとも、お母さんはわかってるんじゃないかな。
でも、俺は気付かないふりをしていた。
それにしても、双子がお腹の中にいるなら、ますます気が付かなかったことが不思議でならない。
条件が重なって、妊娠している可能性に思い至らなかったのだろうけれど、双子はさすがになぁ。
不調の原因がわかって、すっきりしているようだから、まあ、いっか。
とにかく、無事に産まれてきて欲しい。
迎えた女神歴三八四年安寧の月三週目。
ついに産まれた、弟と妹。
そう、まんまと双子である。
弟はキース、妹はウラと名付けられた。
赤ちゃんが二人並んでいる姿の破壊力たるや、並大抵のものではない。
家族全員がメロメロだ。
だが、何よりもうれしかったことは、お兄ちゃんになったと同時に。
「お兄ちゃん!僕もお兄ちゃんになった!でも、僕はお兄ちゃんの最初の弟だからね。」
と、一瞬理解不能なことをアルが言ったことだった。
アルよ、君はあれか。
弟の中では僕を一番として認識しろと、俺に言っているのか。
可愛い!可愛すぎるぞ!
俺は、キースを抱っこするアルを、背後から抱きしめた。
アルがキースを落とさないよう、耳の毛繕いをするのは我慢した。
超絶ブラコンは自覚している。
何とでも好きなように言ってくれ!
俺は幸せだからそれで良い。
それからと言うもの、俺たち家族は双子の面倒を見るのに忙しくしていた。
ティアは、主に母を手伝い、俺がウラを、アルがキースを抱っこしていることが多かった。
その様を、なんとも言えない目で見てくるティア。
念願の妹と弟が産まれたのに、兄と弟に取られたようで、複雑なのか、と思っていたのだが…
「なんかさ…きょうだい四人っていうか、こう、なんか、親子のような雰囲気なんだよね。」
と、ある日ふいに呆れたような口調で言ってきて、問題発言をした当人であるティアと、内容を理解していないであろう双子以外の全員が硬直した。
「ティア、何言ってるの。」
普段は朗らかな母が、嗜めるように言ったのが、異様に恐ろしかった。
ティアは肩をすくめるだけで、意に介していない。
父さんは咳払いをして、再び本を読み始めた風だったが、目が泳いでいる。
あれ、俺ら兄弟って、そんなにヤバい雰囲気醸し出して…
ちょっとアル、君は何をもじもじしているのかな。
頬を赤く染めて恥ずかしそうに、どこか嬉しそうで、誇らしそう。
待ってくれ、このままでは兄弟BLになってしまう。
いや、もうなっているのか?
そんなつもりはないのだが、改めた方が良いのだろうか。
いや、まあ、アルはまだ九歳だし、もう少ししたらアルの方が兄離れを…。
無理だ、考えただけで泣きそう。
BLだと思われる分には構わない。
別のことを考えよう。
今日は、子供が産まれてすぐに行う、占いの日だ。
この世界には、毎年誕生日を祝うという概念はない。
どの月に産まれようとも、翌年の最初の日から一歳と数え、五歳、一〇歳の時に簡易鑑定を行う日がお祝いだ。
産まれたら、およそ一週間後に、占いをしてもらう習慣がある。
俺の時は、占い師がかなり驚いた様子で。
『とんでもなく大きな偉業を成し遂げる。』
と、話していた。
俺が転生してきた使命のようなものがある、と、思う根拠の一つになっている。
ティアの時には、占い師がなんだか思いつめたような表情で、俺が一〇歳の年に、もう一度占うように言われていた。
言われた通り、その時に改めて占っていた。
結果は本人だけに伝えられているから、他の誰も知らない。
まあ、母さんあたりにはティアが報告か相談をしているかも?
アルは、産まれた年月が大凶とされる安寧の年、狭間の月だったから、良くない兆しがあると言われていた。
狭間の年の安寧の月は問題視されていないが、安寧の年、狭間の月は、なぜだか問題視されているらしい。
とにかく、不吉だとされている年月に生まれたからこそ、必要以上に、アルのことを"希望の子"として扱ったのだろう。
ホワイトタイガーという珍しい容姿に特異性が現れているから、そう言い聞かせないと不安だったのかもしれない。
両親としては、安寧の年、狭間の月に産まれると分かった時点で、覚悟を決めていたのか、想定の範囲内だったのか、特に動揺した様子もなかった。
俺は気になって仕方がなかったから、当時、図書館で調べてみた。
けれど、結局、理由はよくわからなかったんだ。
都市伝説のようなものだろうか。
当のキースとウラは、共に。
「兄をおおいに助ける」とされたが、どちらの兄の事だろうか?
どちらの兄も、だろうか?
占いは、前世からあまり気にしていないし、悪いことでもなさそうだから、俺は気にしないことにした。
二人が元気に育ってくれたら、それでいい。
少し気がかりなのは、占いの結果を聞いたティアが、うんざりした表情をしていたことだ。
はっきり聞いたわけではないけれど、どうやらティアが弟妹を望み、両親がそれに応じたらしい。
ティアにしてみれば、この二人からは、お姉ちゃんとして慕われたいという気持ちが強いんだろう。
一か八かで聞いてみるか…
「あの、この子達の姉に対しては何かありますか?」
「…そうね…この子達は、お姉さんを慕い、頼りにするようね。」
ティアが嬉しそうにほほ笑んだから、俺が安心していると、占い師と目が合い、ウインクされた。
空気を読んでくれたということだろうか。
まあ、ウソは言わないだろうし、助かった。
心ばかりのお礼をしようと。
「俺、占い師さんをそこまで送ってくるね。」
と、家をでて少し歩いたところで。
「ありがとうございました。」
と、お小遣いの中から銀貨を二枚渡した。
占い師さんは俺の手を押し返し。
「子供はそんな風に気を使わなくていいのよ。ところで、あなたに…何か…そうね大きなうねりみたいなものが迫っているのを感じるわ。…大切なのは、信じることよ。」
それだけ言うと、占い師さんは去って行った。
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