交流会と全種族の学校

 一〇歳の年、全ての獣人が集まる『交流会』と言う名の、運動会に似た行事がある。

一一歳から同じ学校に通う全員が、前もって一同に会する場を設けているのだ。


 俺は、楽しみだった。

それまでは、ほとんどずっと、肉食性と雑食性の大型獣人ばかりを見てきた。


 城の図書館を利用するにしても、未成年者の読書エリアは、分類されているから、すれ違う程度で、まじまじと観察するような機会がない。

もし見かけたとしても、肉食獣人に見つめられたら、動物界で狩られる側の動物の獣人は、本能的に身の危険を感じるから、すぐに目を反らすのがマナーなのだ。


 だから、ほぼ初めて思う存分に見る小型と中型の獣人は、どんな風だろう、と、ワクワクしていた。


 残念なことに、現実は想像と大いに違った。

いや、かわいかったんだよ。

前世の俺のままだったのなら、喜びと興奮で目を輝かせ、鼻息を荒くしたはず。


 だが、あの時すでに、俺の妹弟が一番かわいい!状態だった。

成人になっても一三〇センチメートルにも満たない獣人がいるのだから、一〇歳の姿ではかなり小さい。

小動物をこよなく愛していた前世の俺からしたら、たまらなくかわいい、と感じるはずなのに、どうにも物足りない。


 やはり、俺の妹と弟は天使だ!と、再確認しただけだった。

大変失礼ながら、俺の妹と弟がかわいいことを証明するために、小動物の獣人たちが存在しているようにさえ感じた。


 一〇歳未満の子供は、交流会を見学することもできない決まりだ。

通常どおりに学校の授業を受けている弟と妹に、帰ってからどんな獣人がいたのかを話して聞かせるため、終始冷静な観察に徹していた。

まさか俺が、いくら相手が獣人とはいえ、小動物に対してこんな冷めた反応をする日が来るとは。


 そして、この『交流会』の時、チーターの獣人が、やたらと大型獣人に対抗心を燃やして絡んできた。


 「あんたたち、どうせ身体が大きいだけでしょ。こっちは小回りが利くしめっちゃ早いんだからね!」

みたいなことである。


 俺は。

『僕たちは獣人だから、動物みたいに鋭い爪がないよね。早すぎると急に曲がれないんじゃない?』

と、冷静に返そうとも思ったが、面倒くさいことになりそうだったのでやめた。


 チーターって好戦的な動物ではないはずだから、個性なのかもしれない。

俺は、何かとひとくくりにしがちな悪癖を自覚し、反省した。


 一一歳からは、全ての獣人が同じ学校に通うことになり。

『食性や身体の大きさが違っても、みんな共存できる』

という教育からスタートする。


 その頃になると、さすがに交流会でダル絡みをしてきたチーターの獣人はおとなしくなっていた。

きっと、初めて対峙する大型獣人に対して、虚勢を張りたかったんだろう。


 更に一三歳からは人間と同じ学校に通う。

人間は、草食性の獣人と隣り合ったエリアで生活していて、人間専用の小学校へ一〇歳まで。

草食性の獣人と一緒の中等学校へ一一歳から一二歳終わりまで通った後にその他の獣人全てと同じ高等学校に通うことになるんだ。


 肉食性の大型獣人からは、最も遠いところにいるから、人間はほとんど見たことがなかった。

王陛下や、城の中にいる人くらいだ。


 今、俺は一四歳で、城内に設置されている、人間と獣人が入り混じった学校に通っている。

それこそ、前世の世界からイメージして、差別やいじめがあるのかと警戒したが、杞憂だった。


 大部分の獣人が、人間との間に微妙な距離感があることは否めない。

が、人間と獣人のどちらかが滅びるまで、戦いを終わらせない勢いで争っていた歴史を考えれば、平和が成り立っているだけ良いと言える。

もちろん、人間の中にも獣人に積極的に話しかける者はいる。

逆もまた然りだ。


 俺が学校で仲良くしている一人に、パルヴィナと言う人間の女性がいる。

愛称はルヴィ。


 ルヴィは、獣人が苦手だったらしいけれど、俺があまりにも獣人っぽくなくて興味を持ったらしい。

何度か話しているうちに仲良くなった。


 獣人同士は、体の大きさや食性に関わらず、概ね仲良くやっている。

獣人同士と人間同士と比較すると、人間同士の方がトラブルが多いと言える。


 獣人同士は、ネコ科とイヌ科が対立しがちだったり、タヌキとキツネの睨み合いは、異世界でも起こるものなのだな…と、感じることはある。

それも、些細な揉め事で、問題視するほどではない。


 実際に、俺の親友はオオカミの獣人、ニコライだ。

名前が似ているのがきっかけで仲良くなった。


 ある日、教室に一番乗りした俺は、王立図書館で借りた本を読もうかとも思ったが、少し眠い。

ほんの五分程度になるだろうが、仮眠を取ろう。

と、机にうつ伏せになった途端。

「ネコは自由で良いな。」

と、中型のイヌの獣人から絡まれた。


 イヌは、ネコと喧嘩をするものだと思っている輩がいるのは、事実なのだ。

だから、俺は動じないことにしている。


 「イヌは、忠誠心で動くから、不自由を感じているのか?」

心は生粋の人間だから、あるいは人間はどうの、と、言われたら、多少腹が立つのかもしれない。


 「いや…そういうわけじゃない。」

なんだか困っている。


 「なに? 喧嘩したいの?」

挑発したつもりだったらしい。


 それにしたって、他のネコ科獣人は、こんなのが挑発になるのか?

人間に置き換えたら、いつも忙しなく働いているな、と言われたようなものだろう。


 「…お前、ネコ科っぽくないな。」

「ネコ科だとかイヌ科だとか、一括りに考えるのは良くないと思う。」

俺も、はっきりとそう思ったのは、この世界で一〇歳の年だけどね。

前世の二九年プラス一〇年で三九歳の時ってことになるのかな。


 「個性があるんだからさ。君もそう考えてみれば良いんじゃないのか?」

急に、自分の言っていることが、ひどくおっさん臭く思えてきた。

まあ、そんなことはいい。


 なんか、イヌ科もネコ科も、互いについて間違ったイメージに染まっている気がする。

親や、周りの大人から植え付けられるのだろうか?


 元はと言えば、獣人と人間が争っていた世界だ。

和平が結ばれて今に至るまでに、徐々に差別意識を改めたのだろう。


 「ああ、そうだな。そうしてみる。」

後から聴けば、そいつはネコ科の獣人に対して、頻繁に喧嘩を吹っかけていたらしい。


 「俺だったら、そんなこと言われたら許せないわ。」

さっきのやつが立ち去るのを見たジャガーの獣人に訊かれ、事情を話すと、そんな答えが返ってきた。


 「え?なんで!?」

俺はそんなことで腹が立つのかと驚いた。


 「えぇ…? だって、ネコはお気楽だなって言いたいんだろ。」

「だとしても、別に良いじゃないか。お気楽がうらやましいなら、お気楽に生きれば? って話だよ。」

そういう嫌味の類には、前世で慣れているんだ。


「それも、そうか。」

「そうだよ。」

「ティグはすごいな。」

なんだか嬉しそうな顔をしているから、つられて頬が緩んだ。

大したことをしている気はなかったから尚更である。


 初等学校と中等学校は、クラス分けがされており、皆が決まった時間に授業を受ける。

中等部では、一部、例外を認められた場合には午後の授業を受けることがある。


 一方で、城内に設置されている高等学校の授業時間は二部制に分かれている。

そうすることで、一一歳以上の兄姉が、五歳から一〇歳までの弟妹を学校に送った後に、自身も学校へ行くことを可能にしている側面もある。


 何かと忙しい朝の時間に、親や保護者が学校に送り届けなければならない負担を軽減できる。


 あるいは、二部制のどちらか一方と言う方法に限らず、四時限を分けて受けてもいい。

例えば、前半の部では一限のみを受講し、後半で二限から四限を続けて受けるという方法だ。


 一時限ごとに出席証明が発行されるため、一日に受けるべき計四時限を全て受けさえすれば、どのような組み合わせも可能だ。

家の手伝いがあったり、アルバイトをしながら学校に通いたい者が、自由に調整できる幅を持たせている。


 俺は、前半で四時限全てを受講するけれど、実際に組み合わせて受講している者がいる。


 食堂を営んでいる家の子供が、わかりやすい例だろう。

お昼時には店の手伝いをするため、前半で二時限を受け、一〇時に学校を出て、一一時までには余裕で店に到着。


 開店準備を手伝い、一一時に開店。

一三時過ぎまで手伝った後に、後半の三、四限を受ける、と言う具合だ。


 中には、前半で三、四限を受け、そのまま続けて後半の一、二限を受けるという者もいる。


 給食は、一日につき一枚の食券で支給され、食堂が開いている時間ならいつでも利用できる。

王城の食堂は一〇時から一七時まで開いている。


 夜行性の魔物は特に狂暴で危険だ。

夜間に出歩くのはなるべく避けてほしいという国の考えがあり、夜間の活動は全体的にかなり控えめらしい。


 実際には、隠れて営業しているようなケースがあるかもしれないが、少なくとも国の方針としては、夜間は危険だからなるべく出歩かないように!ということなのだ。


 特に、子供が通う学校に関しては、陽が出ている間のみ稼働している。

その上で、間口を少しでも広げるため、前半の部と、後半の部に分けられている。


 一年間を通じて、日の出は六時前後で、日が暮れるのは一八時前後。

日中の中間にあたる一二時が前半と後半の境目だ。

前半の部は八時から一二時、後半の部は一二時から一六時まで。


 どうしても、夜間にしか学ぶ時間がない場合は、学ぶ意思さえあれば、自宅学習に特化した教材を国が支給してくれる。

毎月行われるテストで、きちんと学んでいる証明が出来れば、給食に代わる食料引換券をもらえるシステムだ。


 家の手伝いをする分には年齢制限がないものの、雇用契約を結んで仕事をするのは一三歳以上で可能となる。

ギルドへの登録も可能になるが、成人であれば無条件で登録可能なところ、一三歳から成人になる前までの間は、試験に合格する必要がある。


 一五歳以降、学校に通う為の予めためておきたい場合や、一五歳から起業を目指す場合など一三、四歳の二年間を、アルバイトをしながら学ぶ者は全体の三割ほどじゃないかな。

俺の感覚値だけどね。

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