果てしない国土と食事情
王都の外側に続いている国土は、広大だ。
北側には、北へと五つの険しい山が連なるテオラド山脈。
山脈のどこかには、ドラゴンがいる、と、噂されている。
あまりにも目撃した人が少なくて、都市伝説かと思うけど図書館にもドラゴンについて記した本があるから、きっといるんだと思う。
五つの山の中で、一番王都寄りにある、ウリゼ山のふもとには、ディヴェティールと言う町がある。
テオラド山脈に沿うように整備された街道の先にある、ノルト湖のあたりまでが、国土。
ノルト湖と山麓の間には、小さなエネスト村がある。
街道はエネスト村の手前で右に折れ、湖畔に沿って街道が続く。
街道の右手に広がる自然林は、まるまる王国の管理下にあって、街道の突き当りに王室一家の別宅があるという話だが、実際に建物を観た国民はいないんだって。
湖にはヌシと呼ばれる魔物がいて、湖面に浮かぶものをなんでも食べてしまう。
だから、湖には入ってはいけない。
と、国民は皆、聞かされている。
エネスト村までは、王都から馬車で一日ほどの距離なのだそうだ。
あまりピンと来ないが…
馬車移動を、馬が歩く速度で考えると、常歩で時速五から六キロメートル。
移動に使える時間を、明るい時間のみとして、一日あたり一〇時間。
と、考えると、おおよそ五、六〇キロメートルくらいだろう。
王室の別宅までの距離も、エネスト村までの距離と同じくらいだというが、あくまでも、通説だ。
確かめようがないから、仕方がない。
王室の別宅は、即位していない方の王族の住まいになっており、今は、獣人のリアティネス王家が滞在している。
王が変わる時に、一族まとめて引っ越しをするそうで、その時には盛大なパレードが行われるのそうだ。
北東には野生の馬や牛、羊、ヤギなどがいる平原が、どこまでも続いている。
そこに住み、畜産と酪農を生業にしている人間と草食性の獣人によって、二つの町が形成されている。
我々肉食性の獣人にとって、大変重要な職業である。
大森林寄りに位置するオルフィンと、ノルト湖へ向かう途中にあるティルフィンだ。
両方とも、割と頻繁に魔物の被害に遭うことがあり、なかなか町が大きくならないらしい。
六歳の時に、この世界の様子を見てからというもの、より良い魔物対策がないか、色々と考えてみてはいるのだが、なかなか良策が思いつかない。
町以外にも、空を飛ぶことのできる魔物が、野生動物を狙い、時折草原地帯のど真ん中に垂直落下してくることがあり、注意が必要だ。
ただ、草原地帯には陸上の魔物はほとんど現れず、現れたとしても大森林の極近くのみ。
東には、どこまでも続いているように見える大森林。
大森林の手前に集落があるのは、魔物が王都に襲来するのを防ぐため騎士団が駐屯しているためだ。
大森林に住む魔物は、多種多様で数も多く、大変危険とされている。
南には、同じくどのくらいの範囲に広がっているのか不明の砂漠地帯。
王都から見た砂漠の入り口には、土壁の建物が並んだ町、ヌアンラトゥがある。
砂漠地帯には小型から超大型までの魔物がいるが、遭遇情報によると、種類と数はそれほど多くないらしい。
西側にこれまたその先に陸地があるのか未解明の海。
海岸線からはやや距離がある、海が見える街はグラウディール。
この街に、父さんの実家がある。
この国で、最も恐れられているのが、海だ。
小型でも大群で襲い掛かってくるものや、超大型の魔物でさえも種類がいくつもある。
現れる魔物の危険度としては、大森林と同等なんだけど、海上で超大型の魔物に出くわしたら船ごと持っていかれて、まず助からない。
海水浴はもちろんのこと、海辺で遊ぶことすら危険視されているから、前世のような海のレジャーは一切存在していない。
命がけで行う漁をする者は極わずかだから、海で獲れるものは超高級品だ。
日本人としては、魚が恋しくなるところだが、一生のうちに食べられるかどうかと言うレベルの貴重品で、買い手もほとんどいないから、漁自体が廃れているんだとか。
おいしさを知る者がいなければ、命がけで漁に出ようという者もいないだろう。
六歳になると、グループごとに日時を変えて、城ツアーに参加することになる。
その時に、城の屋上にも行かせてもらえて、海賊みたいな手持ち式の単眼望遠鏡で周囲を見回す機会があるんだ。
お城の中、普段は職員のみが通行できる場所は初めてだったから、他の子供たちと同様、ワクワクしたのを覚えている。
実際に城の屋上から見ると、平原、大森林、砂漠、海の果てが全く見えず、文字通り果てしない国土なのだ。
隣接している国家があるのかも怪しい。
この世界に他の国があるか否かはともかく、現状、国内の生産物で生活している。
存在している農作物は、ほとんど前世と変わらないと思う。
小麦、とうもろこし、大豆、稲、野菜各種、果物各種。
ナッツ類が出回っていたり、おしゃれなレストランでは、飾りつけに花が使われていることもある。
米も食べられていて、リゾットとか、ハッシュドビーフがある。
カレーライスがないことが不思議だ。
調味料は塩、コショウ、唐辛子は簡単に手が入る。
食べられそうなものは片っ端から試した時期があったようで、おかげでハーブやスパイスも手に入る。
そういえば、研究職の中に食物の分野があった。
食物研究院は、食べられるか否かを日々研究していて、時折回復院送りになる職員がいるんだとか。
回復院とはこの世界で言う病院のことで、回復魔法使いが数名常駐している施設を指す。
国民が回復院送りにならないよう、食物を研究してくれる人たちのことを、失念するなんて、申し訳ないことをした。
食物研究所の研究成果があり、魔物討伐ギルドによって集められた魔物や魔植物の中から、安全に食べられるものだけが市場に出回る。
驚くべきことに、この世界には骨を煮込んでスープを作るという食文化がある。
そして、ラーメンに近いような食べ物が存在している。
ラーメンと言うよりは、スープパスタだ。
この体でもおいしく感じるのかは謎だし、家族が興味を示さないから、食べたことはない。
ミートパイは食べるのだし、小麦粉を食べる事は問題ないだろう。
いつか挑戦してみようと思う。
麺が見えないほどに、炙りチャーシューが上に乗っていたら、家族も興味を示しそうだ。
いっそ自分で開発してみようか…
あまり知られていないけれど、動物の虎は時々フルーツとか木の実を食べる。
猫の食性に似ていて、消化器官の問題で肉しか食べられないとかではない。
毛玉を吐くために草を食べるし、便秘にならないよう適度に食物繊維をとることが大切なんだ。
自然界だと、狩った草食動物の消化器官内に残った草や、草が分解された栄養分なんかを肉ごと摂取できる。
だから、自然界の肉食獣は、敢えて草だけを食べなくても良い。
動物園で飼育されている肉食獣のように、切り分けられた肉部分のみを食べていると、栄養バランスを考える必要がある。
あと、動物園の肉食獣は、食餌を与えない日を敢えて設けているんだ。
自然界で暮らしている動物は、毎日餌にありつけるわけではないから、毎日食べなくても生きられるような身体になっている。
裏を返すと、健やかでいるためには、絶食が必要と言う考え方だ。
トラの獣人にとって、肉が主食であることは間違いないけど、前世が日本人だから、おいしいお肉を食べると、ご飯が欲しくなる。
糖質が過剰になると肥満になるから、バランスと量に気を付けるのはどの生物でも同じだよね。
俺たちの生活を言い表すと、すごい肉好きで、毎日焼き肉やステーキを食べているけれど、肉でお腹いっぱいにしたいから、ご飯はたまにしか食べない人、って感じかな。
俺にとって、ハッシュドビーフは、かなりの救済なんだけど、お肉が入っている料理だから、お肉が中途半端に余っている時だけ、我が家の食卓に上がる。
それをご飯にかけて食べよう!
と、言ったのは、他ならぬ僕。
近所の食堂のおじさんにその話をしたら、いつの間にかメニューになっていた。
我が家の食卓にハッシュドビーフが上るのは、三か月に一回ほどだった。
けれど、どうしても米が食べたい時、自分の分のお肉を残してまで。
「これで、明日ハッシュドビーフを作ってほしい。」
と、お願いする俺を見かねた母さんが、少しずつ機会を増やしてくれ、ついには一か月中に二度は作ってくれるようになった。
もし改善されていなければ、僕は食堂のおじさんに、アイデア料としてハッシュドビーフをねだっていたに違いない。
野菜炒めは却下されたけれど、何か他にご飯に合う、肉を使う料理がないか。
日々、食卓にご飯が上がる機会を増やそうと画策している。
焼き豚とごはんだったら、いけるかな?
あまり頻繁にごはんを食べたがると、不思議がられるから、一応自制はしている。
トラの獣人とはいえ、ほとんど身体の作りが人間だから、むしろ人間の食生活に近い方が健康的なのでは?
とも思うけれど、そのあたりもこの世界の仕組みなのだろう。
見かけはほとんど人間でも、中身に動物の部分が残っている。
そうだ!
レバニラ炒め!
この世界でも、ホルモンや、内臓を食べる習慣があるのには少し驚いた。
俺は、レバーやハツが好きだから、嬉しかったんだけどね。
ああ、でも、猫はニラを食べたら死ぬかもしれないから、トラの獣人も食べない方が良いのだろうか?
ちなみに、我が家でハッシュドビーフを作る時には、玉ねぎを入れない。
牛肉の細切れを少しのバターで炒めて、マッシュルームとトマトを加えて煮込む。
あとは塩コショウで味を整える。
ちなみにトマトは、缶詰が存在している。
缶詰があることを知った時、とても不思議に感じた。
きっと人間の部分が多いから、虎が食べたらダメなものを食べても平気だとは思う。
むしろ生肉を食べるとお腹壊す位だから、だいぶ人間寄りに出来ているんじゃないかな。
そのあたりの匙加減が、探り探りなんだよね。
何にしても、研究してくれている人のおかげでおいしいものが食べられることには違いない。
いつもありがとうございます。
「ねぇ、父さん。俺、気になっていることがあるんです。」
六歳の時に城の屋上から国土を眺めた時から、ずっと疑問に感じていた。
「ん? なんだい?」
父さんは、俺が10歳の頃依頼、度々魔法について尋ねているからなのか、また魔法の話かと期待しているようだ。
「この国には王都が一つだけですよね。」
元々戦争をしていたのならば、獣人と人間の国が別々に存在していたはずだ。
獣人が勝利したということだから、今、獣人の城が王都になっているのだとして、一体もとあったであろう人間の城はどこにあるのだろうか?
跡形もなく壊れたのだろうか。
それとも、今の王都がもとは人間の土地だったのだろうか。
いずれにしても、もう一つの王都がないのはおかしいんじゃないだろうか。
「ああ、そうだね。」
父さんは少しだけ消沈した様子だ。
心の中で詫びつつも、話を続ける。
「二つの国が争っていたはずなのに、一つしか国がないのが不思議なんです。」
すると、父さんは。
「言われてみればそうだね。考えたこともなかった。」
なるほど。
そういう感じなのか。
図書館で探してみても、このあたりの詳細は見つからなかった。
まだ探したりないのか、探しても見つからないのか。
地球には紀元前の話まで存在していたから、この世界で歴史として語られている内容が、ほとんど女神歴が始まって以降、今に至るまでの三八四年間についてのみなのは、すごく違和感を覚える。
記録が残されるようになってからの期間が短い割に、文明が発達しすぎているように感じるから、余計に違和感が強いのかもしれない。
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