◆第三章◆ 暦と七人の女神


 この世界での一日は、二五時間だ。

一〇日で一週間。

五週間で一ヵ月。

七ヵ月で一年。


 一年で三五〇日だけど、一日が二五時間だから、一年間の総時間が前世とほとんど同じになる計算だ。


 毎年、最後の月の最初の日から、二週間以内へ各世帯に順次、翌年のカレンダーが配布されている。

前世で言う平日と休日があって、最初の四日間が稼働日、一日の休日のあとに三日間稼働、最後の二日が休みだ。


 もちろん、多くの人が休日を満喫している日に、働いている方々がいる。

例えば騎士は二五時間交代制で年中無休だから、休日と定義されている日であろうとなかろうと関係ない。


 むしろ、休日の方が街を往来する者が増えるため、城の警備にあたる数を増やして対応する。

二五時間勤務だから、城には騎士や城の職員が仮眠をとることができる宿舎がある。


 一日まるまる働く分、週の半分以上の日が休みだ。

ただし、急な対応を求められることがあるから、完全な休日は、存在していないのかもしれない。

前世で言うところの、警察官とか消防士の皆さんと同じような勤務体系だと想像している。


 騎士団の人が全ての時間帯、国民のために働いてくれているという事は、教えられるでもなく、なんとなく情報として入ってくるのはなんでなんだろう。

前世の時にもそうだった。

具体的に教わるわけでもないのに、何故か気が付いた時には知っているんだよね。

憧れの職業として、物語に描かれたりするからだろうか。


 食堂は、たいていの店が、朝七時くらいから夜二三時まで、営業している。

中にはランチのみだったり、深夜まで営業している、酒場に近いような飲食店もあるみたいだ。


 酒場は、夕暮れ少し前に開く店が多い。

深夜までやっているんだろうけど、成人前の俺はよく知らない。


 パン屋は、未明から支度を初め、日の出とともに店を開けていて、大抵のパン屋は週の中間にある休日だけを休みにしているそうだ。

友人のサーシャがパン屋の娘で、夜は両親がとても早く寝ていて、朝になる前からパンを焼き始めている、と話していた。


 ブラム伯父さんが働いている建築業者は、工期によっては休日を返上することがあるようだが、大抵は基本の休日通りに休んでいるみたい。


 屋台は、時間がバラバラだから、なんとも言えない。

「店を構えていて、小さな別の店みたいな感じで屋台をやっている場合は、従業員が交代制で屋台に入るから、長時間営業出来る。けど、屋台だけやっている場合は、殆ど一人でやってるから、一人で出来る範囲になるだろ。」

と、オオカミの獣人である友人ニコライが以前話していた。


 「俺が手伝える時間は手伝うけど、未成年は暗くなったら働けないから、うまくやらないとな。」

友人同士が数人で協力しあって屋台だけを営んでる場合なんかもあるし、本当に屋台の営業時間はバラバラだ。


 俺が街で見かけたり、学校で家族についての話を聞いたりして、なんとなく休日を把握できているのはこれくらいかな。

職業や、運営方針によって、状況は様々だが、どこも一人一人の職員や従業員が週に三日は必ず休めるように調整することが、法律で決められてる。


 そうそう、魔物討伐や魔植物の採取を主な目的としているチェイサーギルドや、商業組合であるオーナーギルド、生産者組合のクリエイターギルドが中央街にあるけど、どのギルドも定休日はない。


 ギルドは魔物が急に襲ってきたら対応するし、魔物の肉を買い取ったり、依頼を受けたりするために、窓口は常に開けておく必要があるからね。


 もちろん、職員が最低限休みを取れるようにはなっているけれど、噂によるとギルドマスターだけは、かなり過酷な勤務形態なんだとか。

あくまで噂だから、実態はわからないけれど、あながち間違っていないような気がする。


 学校に決まった長期休暇がないのは、いつでも自由に休めて、その期間に行われた授業内容を自分で勉強することになっているからだ。


 テストや通信簿は、生徒がどこまでできるのかを、本人が。

どんな学校生活を送っているのかを、家族が。

それぞれ、あくまでも確認するためだけに存在している。


 学校に通うことそのものより、どれだけ学んでいるか。

学んだ結果を活かせるかと言うのが、重要視されている。

段階評価をするような成績表は存在しない。


 どういうことが得意なようだとか、客観的な感想を、先生たちは通信簿に記録するんだ。

あくまで評価にならないように、ね。


 先生たちは、間違いなく大変だと思う。

ここに、尊敬と感謝の念を捧げておく。


 学校に通い始める五歳までに、七人の女神について書かれた絵本を暗唱できるくらいほど読み込むことが、『誰もが知っていて、特に疑問を抱くでもなくやっていること』だ。


 強制はされていないんだけど、やっていない人はいないから、見えない圧力によって強制されている感覚を持つ類のやつだね。


 「昔々、この国には七人の女神様がいました。

世界は平和で、みんなが楽しく暮らしていました。

女神様は、みんなが、より良く暮らせるよう、魔法の力を与えてくださいました。」


子供が誕生したり、養子を迎えた時に、国へ申請すると贈呈される。

親や兄弟から受け継いでいれば不要だから、支給制ではない。


「一人目は、氷雪の女神。

氷と水の魔法を使うことが出来ました。

二人目は、太陽の女神。

火と属性のない魔法を使うことが出来ました。

三人目は、黄金の女神。

光と土の魔法、そして輝く黄金を生み出す魔法を使えます。」


ボロボロになってしまった場合には、城の図書館へ持っていくと、交換してくれるのだそうだ。


「四人目は、安寧の女神。

風と回復の魔法を使えました。

五人目は、海と空の女神。

水と風の魔法を使うことが出来ます。」


俺も、四歳のころには毎日のように寝物語として聞かされた。

なかなか面白い話だから、何度聞いても飽きることはなかった。


「六人目は、愛の女神。

火と光の魔法の他にも心を操る魔法が使えました。

七人目は、狭間の女神。

闇と風、属性のない魔法を使うことが出来ました。」


 よくできたおとぎ話、と言うわけでもなさそうだから、歴史上実際にあった出来事や、魔法について、子供がわかりやすく学べるようにしているのだろう。


 「ある時、平和な世界を、恐ろしい闇が覆いました。

その時、七人の女神様は力を尽くして闇を払い、この世界に平和を取り戻してくださったのです。」


 この国では、女神の名前で月を表している。

単に数字で月を数えることもあるけれど、圧倒的に女神の名前で月を呼ぶ人が多い。

一年で最初の月なら氷雪の月、二月は太陽の月と言う具合だ。


 「女神様は今でも私たちに加護を与え、七七年毎に起こる災厄から、この世界を守ってくださっているのです。」


 年についても、女神の名で数える方法がある。

ややこしいから、あまり一般的ではないけれど、カレンダーには書かれているから、誰もがいつでも確認できることだ。


 「女神様への感謝を忘れないために、女神様が世界を救ってくれた年が女神歴〇年と定められたのよ。」

この世界では、誰もが魔法を使えるが、産まれ月によって出現する魔法の属性や種類が違う。


 「ティグ、あなたは愛の月に産まれたから、火属性か、光属性、それから精神魔法のどれかが使えるようになるはずよ。」

「おかーさんは?」

「わたしは、海と空の月産まれで、水魔法が使えるのよ。ブライエンは、あなたと同じ愛の月産まれで、火属性、光属性魔法が使えるわ。」


 これは俺が四歳の頃の出来事だから、女神歴三七四年の時のこと。

女神の名で表す場合は、”五四番目の黄金の年”だ。

この数え方は、七七年を把握しやすくしている。

必ず、一一の倍数番目の狭間の年、狭間の月が、七七年毎に訪れる災厄の時だから。


 七人の女神は、それぞれ色のイメージがある。

絵本には、女神の髪の色と、着ている洋服が夫々対応する色で描かれている。


 氷雪は、白または透明。

太陽は、赤またはオレンジ色。

黄金は、金色か黄色。

安寧は、緑。

海と空は、青。

愛は、ピンク。

狭間は、紫。

カレンダーのそれぞれの月には、女神の色を基調にした絵が描かれている。


 絵本の読み聞かせは、ティアとアルの時には俺がやった。

ティアは、自分の産まれ月である太陽の女神が大のお気に入り。

狭間の月は災厄が起こるからこそ、その月に産まれるのは奇跡なんだ!

というお決まりの話がある。


 災厄のイメージが強くなりすぎないよう、同じくらい特別感を持たせようとしているのだろう。

狭間の月産まれの子供は”希望の子”と、呼ばれている。

アルも、産まれた時から”希望の子”だ。


 だが、アルは、俺が産まれた愛の月に、特別感を見出しているらしかった。

同じ愛の月に産まれたかったとか、うらやましい、という風ではないらしいけれど。

どうも、『お兄ちゃんが産まれた愛の月』と言う目で特別視している。

自分自身のアルに対する愛情は、過剰だと思うが、アルも相当だと思う。

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