訓練開始

 「私が、皆を魔王覚醒に備え、みなを鍛えるよう陛下より命を受けた魔女、マリスだ。」

アマビリスと言う名前は、愛の女神の名前として、知る者がいる。

他の名前を考える手もあったが、マリスが、アマビリスの愛称だと知られなければ済むこと。


 何より、俺がマリスの呼称がそういくつもあると混乱して呼び間違えそうだったから、ちょっと強引にマリスで押し通した。


 「私は全属性の魔法が使える。いま私を紹介してくれたこの者、二コラティグは、私の弟子だ。我々二人が、そなたらを指導し鍛え上げる。」

腹の底から出された声は、大地を震わすような迫力があった。


 話の内容から、もう少しざわついても不思議ではないと思うが、皆圧倒され、ただただ、マリスへ向けて呆けた表情をしている。

俺は、マリスのその姿に、ジャンヌ・ダルクのイメージを重ねた。


 「改めまして、俺は二コラティグ・フィルスター・グラウディールと申します。一五歳になったばかりの若輩者ですが、全魔法を使える能力を買われ、皆さまの指導者に任命されました。よろしくお願いします。」


 成人したばかりの一五歳は、一般的にはまだまだひよっこ扱いされる。

だが、全属性魔法が使えるということで、見方が大きく変わるはずだ。


 元より、年上の方が偉いというような風潮は、それほどない。

年齢そのものというより、年月を多く経ている者の方が知識や経験が豊富であることを前提に、尊敬の対象として考えられている。

裏を返せば、若くして人よりたくさんの努力をしている者は、より尊敬される。


 俺は、これまで、自分なりに努力してきた。

この訓練が始まる前に、マリス指導の下で、更に研鑽を重ねた。


 少なくともいまの時点では、訓練に参加している多くの人が知らないであろうことを知っている。

知って初めて出来る努力を、既にしている。

だから、年上の人に対してだとか、経験豊富な人に対して教えることに抵抗や、恐縮する感覚はない。


 まず最初に行うのは、命を削るような訓練だ。

そのため、参加の最終意思確認を行った。


 「これから行う訓練によって、本来生きるはずの寿命より、短い一生になるかもしれません。そのリスクを承知し上で、それでも参加するか、考えて結論を出してください。」

結果、数名の有志が参加を見送ったが、ほとんどの者が参加の意思を示した。


 「生活の中で使う魔法は、魔力の消費が少なく、体内に滞留する魔力を使い果たす機会など滅多にありません。魔物と対峙するにしても、使う魔力はたかが知れている。」

さっそく訓練の説明を始めたが、俺の視界には気になる人物が数名いた。


 ニコライ、ギデオン、ベン。

そして、ブラムおじさんだ。


 「魔法を使用して、魔物二、三体を一度に倒せる程度の魔力なら、誰もが持ち合わせています。よほど、たまたま魔物の大群に遭遇したとか、ドラゴンに遭遇したとか、稀な経験をしていない限り、魔力を使い果たすなどと言う経験はしませんよね。」

俺は、あとの説明をマリスに任せる。


 「訓練では、魔力が枯渇するまでとにかく魔法を使用する。もう、これ以上何も魔法を発動できない、と、いう状態まで魔力を使用した後に、それでもなんとか魔法を発動しようとすることにより、魔力量の上限値が上がることがあるんだ。」

マリスの説明に、その場にいる者がみな感嘆のため息を漏らした。


 俺自身、なんとなく小さいころから、色々試しているうち、その事実に気が付いた。

だから、魔力を使い果たして倒れても大丈夫な寝る前に、無駄に結界魔法を発動して魔力を消費させては、魔力枯渇で意識を失う、という事を繰り返していたんだ。


 俺は、密度の高い筋肉を仕上げるように意識して鍛えてきたから、見た目はそれほど鍛えている感じはしないかもしれない。

だが、実際はかなり鍛えているし、ネコ科特有の柔軟性も持ち合わせている。

体力もある。


 きっと騎士団の皆さんや、有志の皆さんは、俺がそこまで出来るとは想像もしていなかっただろう。

実際にこの訓練に至る前、総団長や副団長と共に訓練をしたが、俺の実力には全員が驚いていた。


 今回も、見本をやって見せるし、同じメニューを一緒にやっているのに、俺が平然としている状況で、屈強な男たちがどんどんぶっ倒れていく。

俺は、回復魔法が使えるから、回復魔法を使ってズルをしているのではないか、と、やっかむ者もあった。


 「もし仮に、回復魔法をかけていたとして、それはズルになると思いますか?」

余分に魔力を消費するのだから、果たしてそれはズルなのだろうか。

実際に、回復魔法をかけながら訓練に参加している者へと問いかけた。


 「いえ…。わたしは、回復魔法をかけながら訓練していましたが、魔力の減りが早くなり、枯渇するのが早くなりました。」

皆、悔し紛れに言っていることは俺もわかっていた。

何か、俺に落ち度を探そうとする気持ちは、わからなくもない。


 「ティグは、この訓練に臨む前に一通りこなしてきたから、今この状態なのだ。いずれ、皆も今よりずっと楽になる。そのために訓練しているんだ。」

マリスが言うと。


 「魔女は俺たちと魔力量が最初から違うからな。」

などと、ぼやく者がいる。

訓練があまりにも厳しいから、不満が噴出する。

参加している人数が多いから、そういった感情が伝染していく。

そうして不満が漏れた時、俺は決まって。


 「俺は、誰にも死んでほしくないんです。」

厳しい戦いで命を落とさないように、訓練する。

その思いを必死で伝えた。


 毎日参加できない者もいるから、日々メンバーが変わる。

仕事の都合などで、初めて参加する者が少なからずいる状況が、しばらく続いた。

だから、その度に同じようなやり取りを繰り返した。


 厳しい戦いだから、世界を、家族を守るため、誰かが犠牲にならなければならない、と、いう考え。

多くは、死んでも構わない、と、考えていた。


 俺は、『少しでも強くなって、生きて帰るんだ!』と、思ってほしい。訓練をすれば、実力は向上する。

だが、誰かの気持ちを変えることは、とても難しいことだ。


 中には、戦いへの参加を希望しているが、訓練には参加しないという者がいた。

それで死んでも構わない、と、言うのだ。


 『いま、これほどつらい思いをして強くなって、生にしがみつくことに意味があるのか。』

そんな問いかけに、俺は少しも揺らぐことなく答えた。


 「俺は、死にに行くのを放ってはおけない。苦労してでも、自分自身の命を守って欲しいんです。」

守るために自分の命を捧げるなんて気持ちで、その場にいてほしくない。


 「あなた自身の生にしがみつくことでもあるけれど、他の命を守ることにもなる。魔王と言う強大な力に挑むからには、多少なり犠牲は伴うでしょう。どうしたって出てしまう犠牲はある。それは現実だ。」

一人も犠牲を出さずに終わらせることなど不可能かもしれない。


 「それでも…一パーセントの確率を二パーセントにあげられるなら、俺はやる。もしあなたが今の実力では一体の魔物も倒す力がないとしたら、あなたが魔物に倒されるまでのほんの数秒、魔物を足止めするだけ。けれど、魔物を一体倒せるようになれば? 二体倒せるようになったら?」


 「そうして一人一人が確実に戦力を高めていけば、魔物の大群に対抗しうる大きな戦力になる。あなた一人が頑張るなら、それはたしかに無意味なのかもしれない。だけど、こうしてたくさんの方が今よりも強くなろうと、努力している。それは、必ず大きな力になります。」


 殆どの場合は、納得してくれた。

しかし、中には考えを変えようとしない者もいる。


 俺は、ギリギリまで説得を試みた。

「あまりにも強大な、想像もつかないほど大きな敵を前に、この小さな努力の積み重ねに、意味を見出せない気持ちも理解できます。でもね、無駄な努力なんて、ないんですよ。」


 もし、今回の戦いに貢献出来なかったとしても、魔王討伐の後にだって、何かの役には立つかもしれない。

敵前逃亡しても構わない。

いざその場に立ったら、死ぬのが怖いなら逃げだしてくれていい。


 「死が目前に迫った時、自らの命を差し出すことで貢献できるなどと考えないで欲しい。生きることを優先してほしい。」

俺が、出来る限りのことをするから。


 「自ら進んで、命を差し出す者を、俺は、助けようとする。

けれど、マリスは絶対に止める。助けたくても助けられないと、心を削ってしまう。結局は、俺のわがままなんです。」


 俺が説得をするうちに、みんなの士気が徐々に上がっていった。

命を無駄にするな、と、言う説得そのものが功を奏したのではなく、マリスと俺がいれば、自分たちは犠牲にならなくてもいいのだ、と、悟ったようだった。


 自らの命を守ることを最優先にしながら、魔物の足止めをする。

冷静に考えれば、無茶なことを要求していると思う。

だけど、最前線に立つのは、俺とマリスだから。

多すぎる魔物を、対処しきれず漏れたところをフォローするような動きをしてほしいんだ。

話をする中で、何よりその思いが強く伝わったのだと思う。


 俺は、大人数と共に命がけで戦うような局面は初めてだから、いつ何をどんなふうに伝えたらいいのかなんて、ちっともわからない。

それでも、伝えようとする気持ちがあれば、伝わるものなんだな。

と、思った。


 と、同時に、誰よりも、伝えなくてはいけない友人の存在。

いま向き合わなければ、この先へは進めないだろう。

いや、進んではいけない。

俺は、覚悟を決めた。

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