魔王討伐に向けての会議

 王家にはこれまでの魔王討伐で、どのように戦ってきたのか。

どう改善する必要があるか、を、まとめた文書があった。

陛下と宰相は、既に指南書を何度も読み、学んでいる。


 マリスは、水晶を使って、記録した映像を見せてくれた。

記録されていたのは、魔物の大量発生だけだったけれど、その様子はおぞましい物で、目を背けたくなるものだった。


 これまでは、魔王覚醒に対して、騎士団や、魔法騎士団が中心となり王都や、周辺の集落を瀬戸際で守っていた。

「先陣を切って魔物と戦おうとする者は、例外なく命を落としたらしい。」

陛下が苦しそうに言う。


 それはそうだ。

マリスや俺でも、おびただしい数の魔物に、何の策もなく身一つで突っ込んだらどうなるか。


 守ることに必死になるあまり、冷静な判断が出来なくなるのだろう。

今回は、そういう犠牲者を出したくない。


 「事前に訓練して、より強力な攻撃魔法を取り入れ、陣形を組み、対応に当たる方が、被害が少なく済むと思います。」

より先行して魔物の大群の先頭を叩き、なるべく王都や集落へ近付けさせないことで、被害を最小限にしたい。


 存在を明かせない魔女と、召喚者については。

「これまでは、魔物の大量発生の時点ではほとんど動かず、魔王が現れるまでは、王都内で待機していた。」

と、マリスが話してくれた。


 この構図には、強力な魔法を行使するのは、魔女と召喚者のみにしたい、と言う思惑が絡んでいる。

平和な世界には、武器は必要ない。

攻撃の手段は、より、少ない方が良い。


 たしかにそうだろう。

魔物は常に存在しているから、平常時に存在している魔物に対抗出来れば良い。

しかも、あまり積極的には狩らない。

それが、この国の在り方。

 

 現状維持が正解なのかもしれない。

それでも、俺は、被害や犠牲を最小限に抑えたいと思う。

騎士団や、魔法騎士団の意見を聴いて、訓練の進め方などを相談したい。


 もし、相談した結果、過去と同じように、別々に戦うことになるとしても、強化訓練はした方が良いと思うんだ。

俺は今までの召喚者と違って、この国に生まれ育った国民だ。


 「ティグは、全属性の魔法を使える者として、訓練の指導にあたるよう私が命を下したという事にすれば、良いだろう。」

と、陛下のお墨付きをもらっている。


 「そろそろ魔王覚醒に備えて会議を行う時期ではあるが…いますぐに招集するなら、魔法研究所所長から、魔王討伐に向けて、一時的に攻撃魔法の研究を許可するよう進言があった、と言う事にすれば良いだろう。」

と、いうことで、各団長、副団長を集めての会議が行われることになった。


 マリスが、七人の魔女の一人であることは、なるべく限られた人間のみが知る情報として留めおきたい。

【七人の女神】を守るという、王室としての方針は絶対だ。

これまで、長年押し通してきたことを、自分の代で変える決断が出来るほど、陛下は肝が据わっていない。


 王家は、よくも悪くも現状維持することで精いっぱいなのだ。

どうやら、これまでも、発展や変化は、召喚者に起因するものばかり。

王家から口火を切ったことはないようだった。

そういう意味でも、召喚者は、この世界に必要なのだろう。


 これまで、マリスは、姿を変えて…

と、言うよりは、空間制御魔法を使い、相手に見える状態を変化させる。

簡単に言うと、目の錯覚だ。

別人として存在出来るから、長期間にわたって魔法研究所の所長という立場に在り続けていた。


 どんな職種でも同様だが、仕事さえできれば、素性など知る必要がない。

中でも、魔法研究員は特に、揃いも揃って、魔法のことにしか興味がないような連中である。


 上に立つ者として重要なのは、いかに自分よりも博識で、研究熱心だと感じられるか、だ。

マリスは、若い見た目からやり直しても、自ずとすぐに魔法研究所のトップに立つことになる。


 現在も、イザベラとして魔法研究所のトップに立っているのだから、そのまま利用すればいい。

と、言う方向で話が進んでいたが、エゼルが不安を口にした。


 話によると、通常、魔王研究所は、戦闘に関することに直接関わらない。

戦闘に使用出来る魔法具を管理しているのは、魔法騎士団。

日常生活に使用する魔法具を開発、管理するのは魔法研究所だから、互いに揉めることがある。


 しかも、魔法研究所の所長イザベラの正体であるマリスは、実際には四〇〇歳を超えているから、揉めた際、相手に勝ち目がない。

「別人として登場する方が穏便に話が進むような気がするのですが…」

と、いうことだった。


 「うーむ。試してみて、うまくいかないようなら、別の方法を考えよう。」

陛下がエゼルさんを嗜め、会議は翌日決行された。


 今回の会議は、最少人数での会議だ。

各総団長と、副総団長だけを集めて行われる。


 魔法騎士団は、王都に三師団。

王都周辺に七師団ある。

総団長を務めているのは、クマの獣人、ルイスさん。

クマの獣人はトラの獣人よりも背が高いし全体的に大柄だから、とても迫力がある。

丸くて小さい眼鏡をかけていて、聡明そうな雰囲気。


 副総団長のジャンティーヌさんは、ジャーマンシェパードの獣人と人間のハーフなんだって。

でも、なんだか言動を見ていると、猫みたいな雰囲気を発している、不思議な感じだ。


 お二人が、イザベラを見た途端、一瞬顔をひきつらせたのは、見なかったことにしたい。


 王族騎士団は、総団長を務めているのは、人間の男性リーヴェンタさん。

王都に三師団。

王都周辺に四師団。


 王族騎士団は剣術や弓術などの物理攻撃に特化しており、リーヴェンタさんに剣術で敵う者は誰もいないんだって。

「俺の名前、呼びづらいだろう。リーって呼んでくれ。」

明朗快活。

よく喋る元気な人。


 副総団長のマルクさんは、弓術の名人で、チーターの獣人。

中でも長弓が得意で、遠距離攻撃が素晴らしいのだそうだ。

二〇〇メートル以上先にあるリンゴを、正確に射抜けるらしい。

すごく寡黙だ。

総団長との対比に驚く。


 騎士団専属回復院は、一番の大所帯だ。

王都に六院。

王都周辺に一四院。

その総院長を務めているのが、マシューさん。

とても穏やかで、優しそうな初老のタヌキの獣人だ。


 副総院長は、ウサギの獣人、カリンさんだ。

とても優しそうに見えるけれど、聞き分けのない怪我人を蹴り飛ばすことがあるらしい。


 「騎士団の皆さんは、本当に考えが足りない方ばかりでね。つい、足が出ちゃうのよ~。」

カリンさんがにこやかに話す背後で、総団長や副団長が凍り付いていた。


 俺は、全属性魔法が使用可能だというだけで『女神の加護を受けている』とか『女神の寵愛を受けた奇跡の存在』などと、勝手に見てもらえる。

だが、訓練の指揮をするとなると話は別だ。

実力を見せて、初めて納得してもらえるだろう。


 「普段は別の職に就いていても、腕に覚えのある方がいると思いますから、そういった方々には、是非有志として参加して頂きたいと考えています。」

魔物の数が多いのだから、こちらも出来る限り頭数を増やしたい。


 俺が前世からの知識を持っていると言うことを伝えられたら、話がもっとスムーズに運ぶと思うのだが、それは許されない。

来年の魔王覚醒を無事に乗り切ったところで、七七年後には再びその時が来る。

その際、俺と同じように転生召喚の方式を取っているとも限らないし、噂に、変な尾ひれがついて広まったら、王家に対する不信感に繋がる。


 俺は、七七年後までは生きていないだろうから、そんな先を見据えた話をされたら、何も言えなくなる。

これまでの召喚者も、同じ経験をしたのかもしれない。


 有志を募る話は、反対意見こそ上がったものの、最終的には、戦える者の数は多い方が良い、と、結論付けられた。

俺は、自分自身が来年成人の儀を迎える者として。

「成人の儀を心から祝った後に、触書を出して欲しいです。」

と、伝え、了承された。


 戦いたいという意志のある者が、一から訓練を初める場合であっても、成人の儀を終え、二週間後辺りに触書を出して、十分に間に合う。

訓練は熾烈を極めるだろうが、災厄から家族や大切な人を守るためなら、と、名乗り出るはずだ。


 有志が合流するまでの間は、団長、副団長を集めた訓練を、順次行っていくということで、話がついた。

まずは、俺の実力を各団のトップに認めてもらう意図もある。


 攻撃魔法の研究については、話が決着せず。

「陛下、マリスを大森林の奥で暮らしている魔女として紹介するのは問題がありますか? 魔女や、魔法使いは、あまり世間と関わりませんが、存在自体は認識されていますよね。」

攻撃魔法の研究をこれからすると言うより、既に攻撃魔法を知っている者がいた方が都合がいい。


 「なにも七人の女神が本当は魔女だった、と、明かす必要はありません。大森林の中で暮らしている魔女というだけで、戦闘力の説明はつくでしょうし、俺の師匠の魔女として紹介すれば、受け入れられると思うんです。マリスには、共に訓練の指導をしてもらいたいです。」


 マリスの存在があまりに近すぎて、マリスが愛の女神に当たる魔女だから、その姿を人前に晒してはいけない、と言う固定観念。

陛下や、エゼルは無自覚に縛られていた。


 「魔女なら、全属性魔法を使用できても不思議ではありません。もし、魔女が指導に当たる旨を触書に記せば、それがきっかけで、いまはひっそり暮らしている魔法使いや魔女が、戦いに参加してくれるかもしれませんよ。」


 陛下とエゼルさんは、愕然としたのち、少々落胆しつつ、納得してくれた。

今までこだわっていたものが、こだわる必要のないことだと気が付いた時って、大抵こうなるよね。


 マリスは、七人の魔女意外に魔法使いや魔女が存在していない、とは言わなかった。

もしかしたら、マリスや他の六人ほどに強力な力は持っていないのかもしれない。

だとしても、少なくとも他の獣人や人間よりは魔力を持っているはずだ。

魔法だって、相当使えるんじゃないだろうか。


 わざとらしいほどに、この国の法律は、全て獣人と人間を対象に記されている。

あえて、魔法使いと魔女は、この国で暮らしていたとしても、治外法権の状態にしているようにも思える。


 魔法使いや、魔女が攻撃魔法の研究を行おうが、その魔法を行使しようが、違法とならない。

だから、マリスは大森林で好き勝手に魔法を使える。


 例えば、山脈の洞窟の中でひっそりと暮らしている魔法使いがいるかもしれない。

湖の底や、海の底にさえ、居てもおかしくない。

砂漠のど真ん中にだって、いるかもしれないんだ。


 そして、俺は、ふと、あることに気が付いてしまった。

もしかして、マリスは、この世界の構造を知っているのではないか?

他に国が存在しているのかどうかも。


 そうか!

魔法使いと魔女だけが暮らしている国が存在しているのかも!?


 いまは、触れずにおこう。

魔王討伐が無事に済んだらやりたいことが、一つ増えた。

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