◆第六章◆アマビリスの魔法指南

 魔法について、俺が知っていることは、この世界で教育されている内容と、図書館で調べられた範囲だ。

戦いに使うような魔法は、教わらないし、図書室にもそういう本はない。


 戦いに備えて、七人の魔女、唯一の生き残りである愛の魔女アマビリスに、魔法を基礎から教わることになった。

当然、他の者には教えられない内容もあるから、基本的にはマンツーマン。


 そのため、マリスが住んでいる大森林の真っ只中にある小屋で、指南を受けることになった。

結界は張られているが、常にたくさんの魔物があちらこちらで結界にぶつかっているような環境。


 「ティグは、これまで自分でいろいろと調べてきたようだから、一般的な国民に比べたら知識は豊富だろう。だが、知り得ないことも多かったはずだ。」

意図的に、攻撃系の魔法に関することは教えないよう、国が管理していることは周知の事実だ。

 

 魔法騎士団や、チェイサーの方たちは、攻撃魔法を習う為に、専門の学校に二年間通うんだ。

成人後に学校に行くから、新人騎士団員や、新人チェイサーは一部の例外を除いて、みな一七歳。


 俺は、これから、他の人たちが二年間で習う以上の内容を、一ヵ月ほどでマリスから教わることになる。


 「既に知っているかもしれないが、念のため魔法に関する基本的なことから教える。そのまま聞いていても構わないが、時間の無駄だと感じるなら声をかけてくれ。疑問は、都度聞けよ。」

「はい。よろしくお願いします。」

俺は、深々とお辞儀をした。


 「…始める前に、そのかしこまった態度と口調を直してくれ。どうにもやりづらい。」

日本人ならば、そこまでかしこまった態度ではない、と、思うのだが…

「あはは。わかったよ、マリス。」

マリスがやりやすいように、俺も努力しよう。


 「うむ。それでは、さっそく。お前は、全属性魔法が使えるようだが、そもそも属性と言うのは、そこまで明確に分けられるものではないんだ。」

やはりそうだったか。

要素が混ざっているものもあるだろうし、ここまでがこっち!と言う線引きは難しいように感じていた。


 しょっぱなから、これ今まで習ったことが覆される。

マリスは、それを見越して、基本から始めに違いない。


 マリスが魔法研究所の所長をしているのは、情報管理をするためでもあるんだろうな。

魔法研究員が今の話を聞いたら、一瞬で解決するようなことも多いだろうし、世の中の常識が変わっているはずだ。


 「大きく分けて七属性と言うだけなんだ。そして、七つの大きな流れを汲んでいるのが七人の魔女だ。」


 得手不得手や相性があるだけで、基本は、誰もが全属性を使える可能性がある。

それを、無闇に魔力の許容量を超えないようにするために、魔女が制限をかけているというのは既に聞いた。

制限をかけるにあたり、分割したのは魔女七人で、そのために曖昧な部分が多い、と言うのが実のところらしい。


 「実際に女神の祝福のような効果は与えているんだ。産まれ月によって、特異な魔法の系統を絞っているからな。」


 事実、七人の魔女は全員すべての魔法を使うことが出来たようだ。

例えば、氷雪の魔女が火魔法を使えると聞くと、広まっている話と差がありすぎて、驚きのあまりパニックに陥るものさえいるだろう。


 そもそも、女神ではなく、”魔女”なのだ。

”魔法使い”についても同じことが言える。


 人間、獣人、魔物、全てが魔法を使えるにも関わらず、敢えて魔女や魔法使いと呼ぶのだから、それなりの理由があって当然だろう。と、俺は色々と調べる中で思っていた。


 その当時は”女神”だと思っていたが、魔法が細分化されてそれぞれの属性に特化した女神がいる。

にしても、これだけたくさんの人が当たり前に魔法を使えるのだから、いくら属性特化型で超強力な魔法を使えたとしても、いささか説得力に欠けるではないか。

女神の加護により魔法の出現が変わるとされている各月で、出現する魔法が一つの属性ではないことが、裏付けと言ってもいい。


 氷魔法は水魔法に風魔法で補正をかけることで氷を産む。

精神魔法は、闇属性魔法の精神操作魔法だが、発動には無属性魔法の空間操作魔法が不可欠な要素だ。


 錬金・錬成魔法は、土属性魔法が基本ではあるが、火、水、風の計四属性の要素が含まれていると、マリスが説明してくれた。


 光属性の魔法を使う機会は、光源を除けば現状殆どない。

かつては、おおいに使われていたという。


 生物が死亡すると、肉体と霊魂の繋がりが切断される。

しかし、切断された繋がりを元に戻せば生き返るわけではないらしい。


 蘇生魔法は、魔法の力で肉体と霊魂を強制的に接続する。

無理やりに接続した時点で、死体の性質が、外部から魔力を取り込み、生きているように見せかけている状態が出来上がる。


 最初は記憶が残存していて、生き返ったように錯覚するかもしれない。

しかし、霊魂は記憶を留める術を持たないから、確実に別の何かになっていく。

かつて生きていた存在とは全く別の何かとなりはて、まるで人形に様になる。


 もう一度霊魂を切り離すと、魔力を取り込み動き続ける死体だけが残される。

すると、魔物と同等の存在に変質。

最終的に、いわゆるゾンビとなってしまう。


 だから、蘇生魔法は使ってはならない。

一定時間を経て、確実に魔物を生み出す魔法だから。

俺はこの話を聞いた時に、かつての獣人対人間の戦争に、蘇生魔法が関わっていたのではないか、と、感じた。


 魔法は基本的に魔力で何かを生み出すものだ。

既に存在しているものを、変化させたり強化させたりすることも出来るけれど、必要なエネルギーは魔力から生み出されている。


 だが、蘇生魔法だけは通常の魔法理論から外れているようだ。

単に魔力をエネルギーに死体を動かすだけなら、蘇生魔法とは言わない。

理論上、元から命のない人形を動かすのと同じだからだ。


 元に人間として蘇らそうとする過程に問題がある。

一般的には、闇魔法として認識されているが、実際には蘇生魔法はあくまでも『蘇生魔法』あるいは『死霊魔法』と言う独自のものなのだそうだ。


 「光属性は、かつて聖属性ともいわれ、闇属性は、死霊属性と言われていた。光属性は魔法理論の極みみたいなもので、対局にあるのが闇属性と言える。だが、細かく言えば全て違うものだ。魔法使いや魔女にすら、明確に分類できないものを、人間が理解できるはずもないから妥協した。」


 光属性で蘇生の魔法が存在しているが、究極魔法と言われ、魔法を発動した者の命を確実に奪う。

「なにしろ代償が大きすぎるから、最初から存在しないものとして扱っている。」

と、マリスが話してくれた。


 死んだものを蘇らせるのは、実質不可能ということだ。

だから、死者は出さないようにけが人は前線から即座に離脱させる。

負傷者が多数の場合は撤退する。

そういう方針でいなければならない。

と、教わった。


 魔法はイメージさえできれば、自然の法則すらも覆す。

しかし、自然界に存在している者は、自然の法則に則っているため、実のところイメージできることは全て自然の法則の中にあると言える。

出来ると思えば、なんでも出来る。


 ただし、出来るからと言って、それをすることによって起きる副作用があまりにも甚大な場合は、やらない選択をすること。

それが”魔女”や”魔法使い”にとって一番重要な責務らしい。


 この世界に、未だ、わずかに存在する不治の病は、生月症候群せいげつしょうこうぐんと言う。

生まれた月に起こる、成長痛のようなものがある。

魔力の増強は、生まれた月に起こるから、生月症候群は必ず生まれ月に起こる。


 それも、七人の魔女が制限したことによる現象だそうだ。

急激な魔力の増強に肉体が追い付かず、ひどい時には全身の筋肉が引きちぎられるような症状が出る。

あまりの痛みに気を失う者もおり、最悪死に至ることも。


 そして、あまりにも強大な魔力である場合には、本当に体が引き裂かれてしまう。

そうして魔物に変身する。


 そうなると、病は名前を変え、魔物化初期症状から末期症状に分類され、魔物化が確定すると、討伐の対象になる。

人間や獣人が魔物に変化すると、通常の魔物よりも強力なことが殆どなのだ。


 人間や獣人に対する執着心を持っている為、確実に街を襲うから、早急に討伐しなければ、被害は甚大なものになる。

かつては、病気療養中の獣人や人間が街中にいて治療中に変化することが殆どだったから、街の中に突如魔物が出現する状態にだった。

当然、街の内部から破壊される。


 過去から学び、いつしか対策が取られるようになった。

まず、生月症候群になると、中央街よりも外側の回復院に入ることが義務付けられており、進行と共に一般街へと移っていく。


 最後は、大森林の近くにある騎士団の駐屯所にある回復院へと送られる。

魔物化初期症状がみられる患者が収容されている間は、いつ魔物化しても対応できるように周囲の警備が強化される。


 俺は、魔法について教わるうちに、この病気が一つの方法で治せるのではないかと言う仮説を立てた。

魔力を過剰に吸収してしまう事で魔物化が進行するのなら、魔力の吸収を阻害すればいいのではないか?

と、言う理論だ。


 アマビリスに伝えると。

「確かにお前の言う通りだ。なぜ今まで思いつかなかったのか。」

「吸い取る側にも負担がかかることですし、魔力の容量の問題で、実行できる者は限られるのではないかと。」

「そうか!その通りだな。あるいは私にも出来るかもしれないが、出来たとしてもティグと私の二人だけだろうな。」


 魔力は、吸収することが可能、と、いう話を聞いたから思いついたことだ。

外気中にある魔力はもちろん、魔物や、人間、獣人からでさえ、魔力を吸い取ることが出来る。


 魔力が延々外に流れ出てしまい、魔力を注ぎ続けないと死んでしまう病気の患者なら吸い取ることは可能だろう。

「マリス! 魔力放出症の患者にも、きっと出来ます!」

「魔力放出症の患者か!」

魔力の許容量が極端に少ない者の多くは、魔力放出症だ。

体内に魔力を留めておくと、身体が内部から破壊される為、自己防衛本能で魔力を放出し続ける、と、考えられている。


 「人を助けながら、自分の為に定期的に魔力を補えるのであれば、正に天職だな。ティグ、お前すごいな。」

「魔力を適度に補充し続ける魔法具があれば、魔力放出症の人は他の人と変わらない生活が送れるのでは?」


 「そうか! その魔法具に、生月症候群の患者の魔力をためておけば…」

「任意で魔法吸収を行うよう、魔法道具に設定しておいて、回復院に備え付ければ、各回復院で生月症候群の患者を治療できる、ということになります。」

「その魔法具を、魔力放出症の患者に届けるようにすれば。」

なんだか、献血みたいな仕組みだな。


 魔法の勉強をしているうちに、次々にアイデアが涌いてきた。

これまでは、この世界を知ることなく、地球から急にこの世界に転移した召喚者ばかりだったから、あまりアイデアも出なかったのかもしれない。

あまり魔法理論から教えるような機会もなかったのかな。

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