学校生活の終わり

 一週間の話し合いの中で、陛下に進路希望を伝えたところ、マリスから。

「ティグなら、論文免除で採用する。何しろ、これから、私が直々に指南するのだ。その後は、論文の主題にを何にするか、選択肢が多すぎて困ることになるだろうよ。」


 説得力がありすぎた。

魔女は、生涯をかけて魔法の研究をするそうだ。

これまで、四〇〇近く続けてきた研究の成果を直伝されるなど、魔法研究所の一員なら、誰もがのどから手が出るほどに得たい機会だと思う。


 中には、広めてはいけない内容もあるだろうから、無尽蔵に論文を書くことは不可能でも、軽く数本は書けそうだ。

とはいえ、甘んじて受けてよいのだろうか。


 陛下や宰相のエゼルさんは、口を揃えて。

「魔王討伐の褒賞とでも思えば良い。」

と、言う。


 マリスは。

「ティグはまだ自覚していないと思うが、この世界のあらゆる職種から求められる人材であるに違いないんだ。苦情が上がるとしても、うちも欲しかったのに!と言う内容だろうな。」

などと言う。


 「少なくとも、魔法研究所員には、私の判断に異を唱える者はいないはずだ。

居ても、黙らせるから、心配するな。」

「それが一番心配です!」


 どちらにしても、魔王討伐の先にある話だ。

魔法研究員になるという事は確定として、詳細は、その時に考えることにする。

魔王討伐を乗り越えるために描く未来は、家族との平和な毎日とか。

友人との食事会。


 そうだ!

「陛下。俺は、魔王討伐が無事に済んだら、この世界にはこの国だけが存在しているのかを確かめるために、海や湖、山脈、草原、砂漠、そして大森林の果て、その向こうまで、旅をしたい。」

アルと二人で。


 そうして具体的に思い描いてみると、本当に、絶対に魔王討伐を成功させるぞ!と、言う気持ちがわいてきた。

同時に、魔王討伐より先の未来に焦点がずれたことで、魔王討伐のことを考えると少し気が重くなっていた気持ちが軽くなった。


 学校の授業には、もう出ないことにした。

もともと、卒業という概念がなく、通学を終了とした時点で、学んだ内容を学習記録として身分証明プレートに記録してもらうだけだ。


 オオカミの獣人ニコライ、クマの獣人サーシャ、人間ルヴィ、ウサギの獣人ギデオン、シマリスの獣人ベン。

皆、進路が決まっているから、来月、愛の月からは、授業に出なくなるはずだ。

俺は、進路が確定していなかったから、ギリギリまで授業を受けるものと思っていた。

皆も、そう思っているだろう。


 学生として、みんな揃って最後に食事をしたいから、それだけは実現させることに決めた。

いつもと同じ時間同じ場所。

みんなが集まるその場所へ、一〇日ぶりに訪れると、いつも通り全員が揃った。


 「ティグ、一週間何してたんだ?」

ニコライがなんでもない風に訊く。

本当は、一番心配していただろうな。 

「進路が決まったから、準備してたよ。」


 「論文を~、書いていたの、かしらぁ~?」

サーシャののんびりした口調、ものすごく久しぶりに聴いた気がする。

ほんの一〇日だったのに。

「調べ物だよ。」

論文を書くための調べ物ではないけれど、嘘は言ってない。


 「なんだか、曖昧ね。」

ルヴィのきつい口調にも、微笑んでしまう。

いつもは、苛つきこそしないけれど、多少緊張感を持つ。

常に喧嘩腰みたいな感じだから、油断すると、すぐニコライと口論になるんだよね。


 「良いじゃないか、何をしていても。いま、元気でここに居るんだから。」

ギデオン、ありがとう。

おかげでこれ以上追及されずに済みそうだ。


 「こうして一緒に揃って食事が出来るのは、あと二週間くらいかな。

俺は、来月の頭から、ギデオンと一緒に、騎士団の予備訓練に参加する予定なんだ。」

「うん。だから、俺たちは、今月末までここに来たら、次に来るのは、成人の儀の日になると思う。」


 「騎士団の訓練ってぇ~、王城の中でぇ、するんじゃあ、ないのぉ~?」

「騎士団の予備訓練中は、野営の訓練として、例え、訓練の場所が王城内でも、外で食事を摂るんだよ。」

ベンがサーシャの問いにハキハキと答え。

「うん、そうそう。」

と、ギデオンが頷いた。


 「俺は、もう、オーナーズギルドの試験には合格してるからな。」

王城の学校で愛の月と狭間の月に行われる授業は、実質ない。

進路は決定したものの、論文が採用されていなかったり、成人後に採用試験を受ける者は、試験に向けて学習することになる。


 勉強は、家や図書館でもできるけれど、空き教室を利用して自習すると、食券をもらえる。

自習申請をして、先生に自習内容を報告することで、食券をもらえるシステムだ。

大抵の者は、勉強に適した環境を求めているが、中には食事代を浮かせる目的で通ってる者もいる。


 「食事代は、成人するまで浮かせたいから、自習にはくるかもな。」

ニコライは、伯父さんが営んでいる商店の手伝いをしているが。

『伯父さんの家でお世話になっている』

と、言う意識を持っている。

だから、なるべく、伯父さんが自分にお金を使わずに済むよう、考えている。


 「私はねぇ~、オーナーズギルドの試験をぉ、これから受けるからぁ~。

家の手伝いをしながらぁ、勉強するのぉ~。来月からねぇ~。」


 「ティグは?」

「俺は…今日までなんだ。」

言葉にしたら、急に寂しくなった。


 「この一週間、調べてみてわかったんだ。魔法を研究するには、実際に魔法を使うことも必要なんだな、って。」

もっともらしく、嘘にはならないように、慎重に言葉を選んだ。


 「魔法を使うって…」

ニコライが不思議そうにするのは無理もない。

日常生活の中で、魔法を使うこともあるし、改めて『使ってみる』と言うものではない。


 俺がこれからマリスに教わりながらすることになるのは、魔法騎士団の訓練に近いだろう。

魔法での戦闘訓練。

魔法騎士団か、チェイサーぐらいしかしないことだ。


 『攻撃魔法を使ってみることが必要』と、進路希望が魔法研究員の俺が鼻うのは、『攻撃魔法の研究をしたい』と言っているのと同義。

だが、この国では攻撃魔法の研究は禁止されている。


 攻撃魔法が強力になると、争いの火種になるかもしれない。

だから、魔法騎士団、チェイサーともに、使用できる魔法が厳しく制限されている。


 実際に魔法を使って試してみる理由は、魔法道具への応用が妥当な線だ。

「例えば、いま、一般的に流通している湯沸し器は、水を出す魔法道具と、水を温める魔法道具が、別々になって組み合わせることで機能しているよね。」

面倒くさいから、もういいや。

なんとなくわかった、と言う空気になることを願いながら、話した。


 「それを一つの魔法道具に出来ないかな? とか、そういうことを考え出したら、色々試したくなっちゃってさ。そもそも、相反する属性の魔法は、同時に発動して混ざりあうことが可能なのか、っていう…」

よし、全員が呆然としているぞ。


 「…加減が難しいよな。下手したら、爆発したり。」

「そう!だから、獣人や人間はもちろん、動物や魔物すらもいないところで、試してみたいんだ。」

実害を出したら、問題になる実験をしたい。

なんか、思い付きで話していたはずなのに、結果的にものすごく最適な展開になった。


 隠し事をするのは心苦しい。

俺からはまだ明言していないけれど、きっと皆の耳にも俺が全属性の魔法が使えるという話は耳に入っている。

それすらも、まとめて説明がつく。


 「俺、お触書で真鑑定したら全属性の魔法が使えることがわかって。それで、今後の身の振り方を、考えなくちゃいけなくて。」

全属性魔法が使える者は珍しい。

お触書が出た理由の説明の仕方は、陛下から指示されている。


 「あのお触書は、俺が一〇歳の簡易鑑定の時に三属性確認できていたことが理由だったんだ。」

実際、簡易鑑定の結果は王城に報告される。


 「当時は、取り急ぎ対処する問題ではない、と、考えられていたみたいなんだけど。成人の儀の時にわかると、それから進路を変更するには苦労するだろうし、本当ならもう少し早い方が良かったんだけど、手続きとか準備に時間がかかって、このタイミングになっちゃったんだって。」


 本当に、もっともらしい話だ。

しかし、陛下に指示されているからとはいえ、友人に対して本当のことを隠して、ごまかしているのは事実だ。

心苦しい。

でも、それを悟られてはいけない。


 「俺は全属性使えるからって、進路希望は変わらないです、って、話した。そういうのもあって、この一週間、ここに来られなかった。」

「全属性使える者なら、国の為に尽力してほしい、と言う話にもなるよね。」

うん。

実際、そうだけど…


 「う~ん…魔法研究員なら、国の役に立つよな。」

ニコライが顎に手を当てて、言った。

「そうね。」

ルヴィも何かを考えながら応じた。


 「だから納得してくれたのかしらぁ~。」

少し遅れてサーシャが反応して。

「研究対象としても魔法研究員に来てほしかったんじゃないのか?」

ベンが思いついたように言い。

「え!? ティグ、研究対象?」

ギデオンが驚く。

「協力はするよ。」


 本当のことを話したいけれど、いまは、まだ話せない。

きっと、みんな、魔王覚醒のことを、まだ先のことだと思っている。

それで良いんだ。


 俺の話が、だんだんうやむやになって、冗談が混ざり、皆で笑い合う時間がしばらく続いた。

いつもより、長い時間。

終わるのを惜しむように、話が終わりそうになると、誰かがまた話して。

でも、やがて静寂が訪れた。


 「…永遠のお別れってわけじゃないから、さ。」

俺が言うと。

「当たり前だろ。」

「当たり前でしょ。」

「当たり前よ~。」

「当たり前じゃないか!」

「当たり前だ。」

全員が見事に声を揃え、皆で大爆笑した。

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