友人たちへの告白

 友人たちや、ブラムおじさんは、俺に問いかけることはしなかった。

訓練中は、常に質問されたり、説得したりで、忙しかったから、そんな隙が無かったのも、また事実。

俺が、意図して機会を設ける必要があった。


 ブラムおじさんは、きっともう、父さんあたりから話を聴いているだろうから、問題は友人たちだ。

この場にいない、サーシャとルヴィにも話したい。


 「ベン!」

「ティグ…」

そばにいたニコライとギデオンが振り向く。


 「ベン、行くぞ。」

ニコライが俺を無視して去ろうとして、ギデオンがあたふたする。


 「先に行ってくれ。」

ベンは、あくまで自分の意志で行動すると言う態度だ。

「ニコライ、ギデオン、話がしたいんだ。時間をくれないか。」


 「…俺は、聴きたいけど。」

「…わかったよ。」

「ベンにサーシャとルヴィを呼んできて欲しいんだ。みんなに話したいから。お願いできるかな?」

「ああ、お安い御用だ。」


 言うなり、ベンはシマリスの姿へと獣化して駆けて行った。

訓練を終えた人たちの中には、自主的に練習を続けたり、マリスに質問したりしている。


 毎日こんな感じで、俺も質問を受けていた。

今日はマリスに任せきりだから、大変そうだ。


 「ごめん。マリスが大変そうだから、サーシャとルヴィが来るまで、手伝ってきて良いかな?」

「うん、いいよ。」

「…ああ。」


 ニコライがへそを曲げているのは、俺がちゃんと話さなかったからに違いない。

ギデオンとベンはもともと王族騎士団への入団を希望しているから、有志に志願することはあり得ると思っていた。

まさか、ニコライまで志願するなんて。


 いや、ニコライが志願するにしろしないにしろ、俺が話さなかったことはいずれわかったことだ。

このタイミングで話す機会を持てたのは、不幸中の幸い。


 質問者がまばらになったころ、ちょうど、サーシャとルヴィがやってきた。

俺はマリスに声をかけ、みんなに近付く。


 こうしてみんなが揃うのは、成人の儀依頼…八十日くらい?

およそ一か月半ぶり。


 「みんな、久しぶり。サーシャ、ルヴィ、急に呼び出してごめん。ベンありがとうね。」

「いいわよ。」

「いいえ~、大事な話が、あるのよねぇ~。」

「うん、そうなんだ。ニコライ、ギデオン、待っていてくれて、ありがとう。」


 「あっちで話そうか。」

訓練は、王城の一角にある、騎士団の訓練場で行っている。

もうすぐ暗くなる、いまの時間帯には、ほとんど人気がなくなるが、俺は更に人気のない場所へ、みんなを誘導した。


 「みんな、時間を作ってくれてありがとう。…何から、どう話したらいいのか、難しいんだけどね…」

俺は、友人たちへ話す覚悟を決めたあと、陛下に、俺が転生者であることを話す許可を得ていた。

転生の経緯とか、七人の女神のことは、もちろん秘密だ。


 「身近な親友とか、家族には話すことにしていたんだけど、家族にも去年ようやく話したばかりで。」

その言葉に、ニコライをはじめ、みんなの動物の耳がピクリと動いた。


 「俺は、もともと別の世界で生きていた人間だった。二九歳の生涯を終えて、この世界に産まれてきたんだ。前世の記憶があるから、二九年の経験は生きてる。前世の分と合わせたら、俺はいま四四歳と言うことになるのかな。」

みんなは静まり返っているが、一様に驚きの表情を浮かべていた。


 「意味が、わからないよね…? 信じられないかもしれないけど、本当の話だ。異世界からこの世界にきた魂だから、この世に生まれた肉体でも全属性魔法を使えるみたいで。魔力量もこの世界の人と比べたらかなり多い。」

みんなは、困惑している様子だ。

それでも。

いや、だからこそ、俺は話を続けた。


 「急遽行われた真鑑定の時、魔王討伐に尽力するよう、陛下から求められた。けど、その時には、まだ話せなかったんだ。陛下から口止めされていたのも一つの理由だけど、みんなが成人の儀を心底祝えるようにしたかったから。」

俺のことを知れば、それどころじゃなくなってしまうだろう。


 「もし、訊きたいことがあれば、訊いて欲しい。俺個人の話は、出来る限りするから。」

とても信じられないよね…

「俺からしたい話は、これだけ。」


 しばしの沈黙が流れる。

「やっぱり、そう簡単に受け入れられる話じゃないよね。」

俺は、友達を失うのかな。


 「そんなの…言えるわけないよ。信じるよ!信じるけどさ、全然イメージわかない。知らない世界のことだもんね。信じてもらえるかわからなくて、大好きな大事な人ほど、話せるもんじゃないよ。」

ルヴィが、ものすごく早口で、これ以上ないくらい共感を示してくれる。


 「ティグ…話してくれてありがとう。」

サーシャの笑顔を見たら、急に熱いものがこみあげてきた。

喉の奥が詰まって、鼻の奥がツンとする。


 「今まで言えなくて、ごめん。」

声が震えた。

ニコライが激しく動揺して、どうしていいかわからなくなっている様子が、滲んで見えた。


 「びっくりしたけど、ティグはティグだよね。」

ギデオンのいつになく低い声に、安心する。


 ギャップがすごいんだよね、ギデオンって。

声の範囲が広くて、普段は低めの落ち着いたトーンで、サーシャほどではないけれど、割とのんびり、穏やかに話す。


 細かいことは気にしなくて、ちょっと抜けてるところがあるんだ。

ウサギの獣人だけど、可愛いのは耳としっぽだけ。

顔は凛々しい雰囲気で、ガタイがしっかりしている。

声も低くて、なんでもきっちりこなす雰囲気が漂っているけれど、実際はかなり印象が違う。


 ベンと話す時などは、楽し気に少し高いトーンで話しているし、妻のイリアの前では取引先と交渉する商人のような腰の低さと、顔色伺いっぷり。

ちょっと甘えた風な口調になるんだよね。

あと、前髪がくせ毛で、毛先が算用数字の六みたいになってるのがかわいいんだ。


 「…アルは、知ってるのか?」

ニコライが恐る恐る聞いてきた。

「うん。話したよ。イメージは、わかないみたいだけどね。」


 「そりゃ、あんまり突拍子もなくて…」

ニコライは、後頭部を掻いていた状態から、急に両手で頭を掻きむしり。

「あんな態度とって、ごめんな!」

ひどく申し訳なさそうにしている。


 こういう時、獣人はわかりやすくていい。

耳やしっぽに表れるから。


 ニコライは、すごく真面目なんだ。

だから、親友たるもの、なんでも話して当たり前だろう!と、考えているのはわかっていた。


 それでも話せないことが世の中にはある。

けれど、それでも話してほしいって思うんだよね。

わかるよ。


 一五歳は、多感な時期だ。

理屈ではどうにもならないことがある。

内面的には四四歳のはずな俺が、こんな風に泣くのも、身体が一五歳だから、ってことにしておきたい。


 「ねえ、別の世界ってどんなところ?」

ギデオンが無邪気に聞いてくる。

「その話は、魔王討伐の後にゆっくりしよう。」

それはつまり、全員で無事に魔王討伐を完遂しようという意味だ。


 「そうだな。」

ニコライが同意して、笑った。

ああ、よかった、この笑顔をまた見ることが出来て、本当に嬉しい。


 サーシャが徐に俺の正面に立った。

「ご家族にも話さないまま、一五年近く過ごしてきたってことよね~…」

サーシャの理解力に驚いていると。


 「ティグ…つらかったわね。」

珍しく語尾が伸びないから、余計に驚いた。


 アルも訓練には参加しているけれど、父さんと一緒にさっき帰ったから、いまはここにいない。

アルの不在を承知の上で、サーシャが俺を抱きしめた。

続いて他のみんなも俺を抱きしめてくれる。

ベンは遠慮がちに、シマリスの姿で頬を寄せてくれた。


 サーシャは、優しいからこそ、厳しさを持っている。

穏やかで、柔らかい雰囲気からは、おおよそ想像がつかなかったけれど、叱責を受けたことは数知れず。


 俺は、無自覚に他人を傷つけてしまう言葉を発することが結構あって、度々叱られたんだ。

大抵は。

「俺なんかのために」

とか、そういう発言に対してだった。


 俺は他人が自分のことを大切に思う感覚に対して、とても鈍感だ。

前世の悪いところが、そのままだった。


 だから、俺を蔑むことが、俺のことを大切に思ってくれる人を蔑むことになる、なんて、想いもしなかったんだ。


 「私の大好きで大切な友人のことを『俺なんか』なんて言わないで。」

本気で怒るサーシャは、口調がきつくなったり、いつもののんびり口調が大きく崩れるわけでもないのに、すごく怖いんだ。


 ルヴィは、内面に闇を抱えているけれど、それを外には決して出さないように努めている。

小さい頃、ご両親からそうするよう指摘されたのか、怒りに任せて汚い言葉を吐きそうになると、深呼吸をして自分を落ち着かせるんだ。


 僕たち友達には、時折本心を聞かせてくれるけれど、凍り付くような暴言が飛び出ることがある。

いわゆる放送禁止用語だらけの、とんでもない内容だから、残念ながら、とても紹介出来ない。


 ベンは、他のみんなと比べて、後から仲間に加わったからなのか、あまり積極的には発言しない。

シマリスのあまり懐かない性格があるのかもしれないね。

遠慮が感じられる。


過ごした時間の長さなんて、関係ないのに。

いつだって、一歩下がって様子を見ているんだ。

俺は、それを寂しく感じる度に、前世の自分を思い出していた。

きっと、俺は前世の家族にこういう思いをさせていたんだな、って。


 獣化をする獣人は希少と言う程ではないが、珍しい。

王都にいる獣人一種類につき、一人か二人獣化する者がいるという程度。

理解されないこともあるから、隠そうとする者も多いとか。

ベンも小さい頃は隠そうとしていたみたいだ。

同じく獣化するギデオンが、全く気にしないタイプだから、きっとギデオンに救われたんだろうな。


 俺が、こんなに素晴らしい友人に恵まれた幸せを噛みしめている時。

「あたしも有志に参加するわ。」

と、ルヴィが言い出し。

「わたしも~。そう言おうと思っていたところよ~」

と、サーシャが続いた。


 「え!?」

有志団への参加募集は、太陽の月…つまり、今月末で締め切る予定だから、いまからでも参加は可能だけれど。


 「サーシャ、許嫁に了承を得なくていいのかい?」

「了承しないなら、結婚はとりやめよ~」

サーシャ、本当にそれでいいのか!?


 「俺はルヴィに惚れ直した。現場では俺が守る。」

ベンは、出会った時からルヴィにべた惚れで、みんなでいる時にも、幾度となく口説いている。

「自分の身は自分で守るわよ! あんたは自分の身を守りなさい!」

こんなやり取りを、また、見ることが出来るなんて。


 「訓練中は気を引き締めてね。」

もう、何を言っても無駄だろうから、友人たちの和気あいあいが、訓練中に出ないよう、くぎを刺しつつつも。

「また、みんな一緒だね。」

俺の顔は、笑み崩れていたと思う。

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