この世界の常識を覆そう
魔力強化訓練が一通り終わった頃に、訓練参加者へ向けて、魔法属性についての概念を覆す話をする計画を立てていた。
ほぼ見込み通り、黄金の月、三週目に、教示することとなった。
「魔力訓練の基本は、ひとまず済みました。これからは、魔法の具体的な使用方法についてお話します。」
主に、マリスから、魔法への意識を根本的に改革するため、証言してもらうことにしていた。
「マリスから説明をしてもらいます。」
「どこから話そうか。」
最も伝えたいのは、全ての人が全属性を使える可能性を秘めているということ。
とっかかりとして、真実味を持たせるため、マリスから聞き出す形で。
「魔法使いや、魔女は、全属性使えるんですよね?」
と、インタビュアーのように話を振る。
「ああ、得手不得手はあるが、魔法使い、魔女は、全属性の魔法を使える。」
魔法使い、魔女は、魔族と混同されることがあるが、魔族とは別物なのだそうだ。
「人間や獣人があまり強大な魔力や魔法を使うと、生命力を消費する。安全の為、月ごとに異なる魔法が使えるよう、加護を与え、守ってくださっている。」
加護が与えられているというのは、はっきり言って全くの嘘だ。
そもそも女神が実在しないのだから、加護も何もあったものではない。
「女神様が加護をお与え下さる以前は、獣人や人間は、今よりずっと
実際に、この世界に産まれる人間や獣人は漏れなく魔法が使えるのだ。
放っておけば、全属性を使える者も現れる。
魔女が制限をかけていない時代には、実際に全属性の魔法を使用可能な人間や獣人が、何人も存在していた。
「だが、みなは、これまで魔力量を上げる訓練をしてきた。強大な魔力に耐えうる心身が備われば、元より、この世界に産まれる全ての人間に与えられている可能性を享受できるようになる。」
そして、制限をかける前には、魔力暴走を起こして魔物化する者が多くいた。
根本的に、この世界に産まれる人間や獣人たちは、この世界に満ちている魔力や魔法の可能性を、受け止められるだけの肉体構造をしていない。
裏を返すと、その肉体構造上の問題点を解決すれば済む、と、いう事だ。
「訓練すれば全ての属性を使いこなせるわけではないが、使える属性が増える余地は十分にある。」
自分自身の魔力量の上限を上げる意外にも、使用できる魔力量の上限を増やす方法はある。
魔力を、死にかけるところまで使い切ってから、さらに魔法を使おうとすると、枯渇しかけた魔力を補うために、周囲にある魔力を使用できるようになることがある。
魔力の許容量上限を更新することが出来なかった者も、周囲にある魔力の素を体内に取り込まず、魔力に変換して利用することさえできれば、肉体に取り込める魔力量は無関係と言っても過言ではない。
何もわざわざ瀕死になるまで、魔力を消費せずとも、感覚さえわかれば良い。
最低でも一度は瀕死になることで、初めて周囲にある魔力の素を使う感覚がわかるようになる者がほとんどだ。
一度も瀕死にならず、会得出来るのは、魔法使い、または魔女くらいのものらしい。
最初の段階で、体内の魔力が枯渇するまで使用するようにしていたのは、体内の魔力許容量が多くなる可能性を求めてやっていたことだ。
初めから、二つの目的で行っていた訓練なのだが、最初から二つの目的を伝えると、ややこしい。
それに、魔力量の許容量が上がらなくて落胆した時点で、他にも可能性があると提示した方が、訓練を受ける者にとっては良いだろうという結論に至った。
他にも可能性があるという理由付けが、新たな目標になるからこそ、進んで何度も瀕死になれるというものだろう。
実際問題として、魔力はこの世界に満ちているから、体内にある分だけで発動しなくとも良いのだ。
空間にある魔力の素を集めて、空間中で魔力に変換し、魔法を発動するコツを掴めばいい。
誤って魔力の素を体内に取り込んでしまうと、許容量を超えた時に身体が崩壊してしまう。
だから、確実に体外で魔力の素を魔力へと変換させる必要があるのが、難しい点だ。
魔力の素を体外で魔力に変換させるのは、【魔力生成】という、立派な一つの魔法だ。
微量ながらも魔力を消費するため、魔力が全く体内にない場合は、使用不可能だ。
それ以前に、魔力が体内から全くなくなると、気絶する。
魔力の素を体内に取り込むのは、【魔力吸収】と、言う魔法。
消費した魔力を早急に回復させる有効な手段ではある。
だが、何回も繰り返すと、身体にダメージを生じるらしい。
これはマリスとの訓練で理解したことだが、魔力は細胞一つ一つに宿ってるため、細胞の周期に合わせて魔力が復活している。
魔力を細胞のサイクルを超えて回復させるのは、細胞を無理やり活性化させ、再生を促進することになるため、文字通り寿命を削る行為だ。
魔力回復薬の過剰摂取でも、細胞が破壊されることがあり、一日の使用上限が設定されている。
現状、俺はこの世界の誰よりも魔力量が突出していることだけは確かだ。
【魔力生成】、【魔力吸収】共に使用可能だから、ほとんど無尽蔵に魔法を使用できる。
俺にも、魔力量の上限はあるから、これ以上補充したら危ないという感覚はわかる。
マリスから個人指導を受けた時に、ほぼ満タンだと感じている状態から、魔力を限界まで取り込んでみたところ、周囲に魔物の死体の山が出来ていた。
一帯にあった、魔力や魔力の素を、全て消費してしまったらしい。
「もしかして、魔力を遮断する結界が出来れば、その中に魔物を閉じ込めると、いずれ死ぬということ、なのでは?」
と、言ってみたところ、その場でマリスが試し、実際に魔物が死亡。
それにより、魔物にとって、空気中にある魔力の素は、動物にとっての酸素と同等のものらしい、と、言うことが判明。
即座に魔物研究所に報告されることになった。
その他にも多々発見や、気が付いたことを色々言っていたところ。
「ティグ、お前、本当に魔法研究所に十分貢献しているから、論文を提出しないことを後ろめたく思う必要はない。」
と、言われ、つい、納得してしまった。
動物は、酸素を吸って二酸化炭素を吐き出しているわけだけれども、魔物は魔力の素を吸って、代わりに何を吐き出しているのだろうか。
意識を集中させると、なぜかイメージ映像が見えた。
魔力の素は中が空洞の球体で、リバーシブル構造になっている。
わかりやすいように、内面の色が白で外側の色が黒だとする。
吸い口から強く吸われると、ひっくりかえり、外側が白色で内側が黒色の状態へ。
そしてもう一度吸われると、また内側が白色で、外側が黒色の状態になる。
内側にあるのが、白色の時には内部に魔力の素があり。
内側にあるのが黒色の場合には、魔植物の栄養となる何かがある。
と、いうことのようだ。
魔力の素が吸いだされひっくり返ると、黒色の内側の中には一体何が産生されているのだろうか。
もしかして、黒色面が内側の時には空っぽなのか!?
あくまで空っぽの容器を魔植物は欲し、延々と産生する魔力の素を容器に入れては周囲に放つ。
魔植物の栄養源は、あくまでも大地から根っこでくみ上げるものだとするなら、産生された魔力の素が、容器へと一方的に注入されてもおかしくない。
容器を持たない魔力の素も放出されているとしたら…
「魔植物の近くでは魔力酔いが起きやすいのはそれが原因か!」
魔植物からは、魔力の素がダダ漏れているんだ。
「ティグ、どうした?」
突然声を上げた俺に、マリスが心配そうに顔を覗き込んだ。
「魔力の素の…構造?が、急に頭の中に浮かんだんです。」
魔植物が、魔力の素を生み出している。
大森林には他の地域よりも魔物が多い説明も、つく。
ん?
魔植物があれば、魔力放出症の患者は普通に暮らせるということになるのでは?
そして、俺が思いついた限りのことを話した。
すると、マリスは慌てて。
「ちょっと待て、お前…鑑定する。リラックスしていろ。私にすべてを委ねるイメージで。」
「わかった。」
鑑定魔法は、無属性に分類されるらしい。
これまで、使うことが出来たのは魔法使い、魔女、召喚者のみだという。
俺は、鑑定魔法が良くわかっていない。
いまのところ、使えなくても困らないし、マリスも今の時点で使えるようにならなくてもいい、と、後回しにしていた。
「…なるほどな。わからん。」
マリスが鑑定魔法を使ったことはわかったが、どうやら鑑定することが出来なかったらしい。
「え?」
たしか、鑑定魔法で鑑定できないのって…
「少なくとも、一つわかったことは、お前の方が私よりも魔法使いとしての実力が上だという事だ。」
「一体、何を鑑定しようとしたんですか?」
「ティグのスキルだよ。」
スキル?
スキルってなんだ!?
マリスは俺の口の前に手をかざす。
日本で言うところの、自分の口の前で人差し指を立てる仕草に相当する。
『言わないで!』というジェスチャーだ。
この国で一五年生きてきて【スキル】という単語を耳にしたのは、いまが初めてだ。
もしかして、鑑定は、スキルなのか?
無属性魔法という事にしているだけで。
え…
もしかして、他にも属性分類できないものは、スキルなんじゃあ。
訓練に参加しているみんなに対して、この世界の常識を覆すはずが、何故俺の中で常識が覆りそうになっている!?
「マリス、あとでじっくり聴かせてもらうからね。」
俺は恨めしさを込めてマリスに言うと、気を取り直して。
「皆さんが、いま、月ごとの属性魔法だけを使っているのは、その属性しか使えないと思い込んでいるからです。」
訓練参加者の空気が凍り付く。
「魔法は思い描く力であり、創り上げるものだ。魔女や魔法使いは、魔法の研究と発展に生涯取り組む。いかに魔力を効率的に消費するか。
どんな魔法の組み合わせが可能か。」
参加者は、ますます凍り付いた。
想像力が追い付かないんだろう。
「マリス、実際にやって見せては?」
俺が促すと、マリスは短く返事するなり。
炎の渦を発生させた。
火属性と、風属性は同時に発露するとされている月は、稀に全属性が発露する愛の月のみだ。
マリスは愛の魔女だし、全属性が使えるから、当然のことと言えば、当然なのだが。
「これは、火属性と風属性の混成魔法だ。」
全員が呆けている。
「まあ、私とティグは全属性使えるから、当たり前だがな。」
一同ががっかりしかけたところに、マリスは。
「全属性使える者がいるという事実を、受け止めてみろ。」
そもそも、愛の月だけ全属性が産まれる可能性があるのは何故なのか。
俺は前世で一一月産まれだった。
こちらの世界に置き換えると、愛の月に当てはまると思う。
もしかして、これまでの召喚者も、九、一〇、一一月産まれだったのだろうか。
何かあるのかな。
その月の産まれの地球人は、魔力量が多い、とか?
「単純に、自分の産まれ月では使えないはずの属性魔法を、使える想像をしてみてください。」
素直な人ほど、簡単に実現する。
そして、驚く。
そこかしこで、驚嘆の声があがる。
「ね? 出来たでしょう?」
更に驚嘆の声が広がる。
「いま出来なかった方は、心のどこかで、『出来るはずがない』と思っていませんか? 出来ない場合もありますが、その時は、出来ることを伸ばしていけば良いことですからね。」
俺が言うと、どうも説得力がない気がするなぁ。
「ああ、そうだぞ。使える属性を確認するだけのことだ。使える属性が増えれば、出来ることが増える。一つの属性だけでも、出来ることは増やせる。
全属性使える魔法使いや魔女でも、得意な属性だけを追究して、極めた者がいるんだからな。」
…ああ、そうか。
もしかして、七人の魔女って、得意な属性を極めた者の集まりだったのかな。
「大魔法使いと呼ばれる、特別魔力の強い者ほど、そういう極端なことをしたがるんだ。全属性魔法が使える我々が言っても説得力がない、と、思っている者は、考えを改めた方が良い。結局、全属性が使えようが研鑽を怠ればそれまでだ。何かを極めることは、最も困難で、価値がある。」
マリスの声には、本当に力がある。
「それぞれに考えはあるだろうが、少なくとも、私はそう思っている。」
「俺も、そう思います。」
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