無詠唱魔法を覚えよう

 魔法を使用する時には、詠唱をするもの。

と、いうのが、この世界での常識。


 マリスと俺は詠唱をしない。

詠唱をせずに発動する魔法を【無詠唱魔法】と、言い、大魔法使いや、相当な魔力を持つ者にだけ使える。

と、言うイメージが先行している。


 もちろん、これまでの訓練の中で、俺が無詠唱魔法を使っていることに気がついた参加者から、質問されたことはある。

その時には。

「今度お教えしますね。」

と、答えていた。


 日常生活では、攻撃魔法を使用しないから、訓練参加者の半分くらいは、これから初めて攻撃魔法を使用する。

特にその方々が、実際に攻撃魔法を使用する前に、無詠唱魔法を教えたかった。


 例えば、生活魔法であっても、火属性の魔法を使う際には、冒頭に必ず。

「太陽の女神よ、火の魔法を行使することをお許しください。」

から始まる。


 火属性を使えるのは、太陽の月と、愛の月と言うことになっているから、愛の月産まれの人間が火属性魔法を使う場合には。

『太陽』の部分が『愛』に換わる。


 攻撃魔法ともなると、それこそ詠唱が長くなる。

『適した詠唱を唱えなくては、魔法は発動しない。』

と、いう思い込みを、払拭してから攻撃魔法の訓練をしたい。


 なるべく見ないようにしているのだが、正式な騎士団員や、チェイサーとして攻撃魔法を習った方々は、絶望的な表情を浮かべて話を聴いている。


 ちなみに、攻撃魔法を使用しない魔法騎士団員は、騎士団予備学校を修了する必要はない。

あくまでも、攻撃魔法を使用する任務を希望する者が通う。

だから、父さんは騎士団予備学校へは行っていないんだ。


 俺は、マリスと示し合わせ。

「海と空の女神よ、火の魔法を行使することをお許しください。風の力を集約し、矢のごとく早く遠くへ飛べ!」

などと、矛盾した詠唱を唱えれば、正しく魔法が発動しないどころか、何が起きるかわからない大変に危険なこと、と学校で教わるのだ。

皆一様にそう思っているのは当然のこと。


 俺のめちゃくちゃな詠唱に反して、【ファイヤアロー】と呼ばれる技は、正常に発動する。

海と空の女神は、火属性を加護していないはずなのに、だ。


 俺が無詠唱で魔法を発動することに疑問を感じ、実際に質問してくる者は、数えるほどだった。

全属性使える奴は、何もかも違うと思われている節がある。


 それでも、詠唱は魔法に影響すると考えていたのだろう。

最初は、『何言ってんだこいつ』という気持ちが表れていた皆の顔が、一瞬で驚きや戸惑いに変わった。


 「はっきり言います。詠唱は無意味です。」

と、言いつつ、【ファイヤアロー】を飛ばし、続けて【ウォータースピア】を飛ばし、更には無から作り出した石礫を飛ばす【キャストストーン】、周囲に結界【バリア】を張ってから【バリア】の外を【フローズン】で凍り付かせた。

火、水、土、風、無、氷魔法を続けて放った形だ。


 それから息つく間もなく。

【ダークソード】を出現させて自らの腕を切りつけ、傷口に広がる闇の効果を【グレア】で打ち消した後に回復魔法【ヒール】で治した。

闇、光、回復魔法。


 続けて、金属をコップの形に生み出すと、その中へと水を注いで、氷をいれてから飲んで見せた。

(すんげぇ、気持ちぃぃいいいいいい!)


 魔法の手順で言うと、錬金魔法で【アイアン】を発動して、空間制御魔法【スカスプト】でコップを削り出し、水魔法【ウォーター】で水を発生させ、氷魔法【アイス】を細かいサイズでたくさん発生させた。


 俺の心情を察してか、マリスが苦笑しているのが、視界の端に見えた。

こんなに大っぴらに、全属性魔法を立て続けに使うことが初めてだったから。


 「俺ってすごいかな?」

この質問を、本当にしたいわけではない。

「すごいです。」

言わせるための、振り、だ。


 「本当に?」

俺がごり押しで訊ねると、答えた人は、少々混乱した様子を見せた後、我に返り。

「え、あ、実際すごいけど、さっきのは精神魔法で言わされた。」


 「ね?詠唱なんて、何の意味もない。」

全員、呆然としていた。


 全属性魔法が使える俺だから出来ることをやっているとはいえ、詠唱無しに息つく間もなく実際にやって見せたのだから、驚くのも当然だ。

訓練を開始する前に見せていたら、俺に対する目が変わっていたかもしれない。

けれど、同時にやり辛くなっていただろうと思う。


 別次元だとか、比べ者にならない力の差を感じて、絶望されたら終わりだ。

魔物の大群と戦う時には、戦う人数が必要不可欠なんだ。


 全てを真似することは不可能にしろ、無詠唱で続けて魔法を発動することは誰にでも可能なこと。

『自分にもできる』と、感じてもらう必要があった。

だから全ての属性を続けて発動して見せたんだ。


 一年ほどの間に、出来るだけ多くの人に、これまでの魔法の常識の認識を改め、有効な技術を出来る限り身に着けてもらいたい。


 魔法で大切なことは、『出来る』と、思うこと。

より具体的にイメージすることこそ重要で、『詠唱しないとできない』と言うイメージは天敵なんだ。


 特に錬金・錬成魔法においては、分子構造まで知っているとそれこそ完全なものが出来上がる。

それほど、イメージの影響を受ける。

俺は、一部の金属の分子構造なら知っていて、知っている金属と、知らない金属だと、出来が違うように感じる、ってだけなんだけどね。


 冒頭の詠唱が、女神への魔法使用許可申請の文句なのだから、正しく無意味だ。

女神は存在しないし、そもそも魔法を使う為に女神の許可を得る必要などない。

さすがにそこまで露骨に話すわけにはいかないから。


 「ここに実際出来る者がいるのだから、一度試してみろ。」

と、マリスが言う。


 これまで、ずっと無駄なことをしていたというわけだが、それは、戦争の再発を回避するためだ。

魔法の起動を遅くする目的で、王国主導で詠唱が大切だ、と、意図的に広めた。


 魔法の発動が遅ければ、早い展開の戦いには対応できない。

戦争は、ひたすら疲弊するだけの行為だ。

回復魔法や、結界魔法の発動時には詠唱が不要なのがその証拠だ。


 マリスは魔女であるからこそ、魔法について良く知っている。

正確には、詠唱が全くの無意味ということではないのだそうだ。

詠唱することで、イメージを明確化し、魔法を発現しやすくする効果はある。

裏を返すと、イメージさえできれば、詠唱など不要と言うことだ、と、教えてくれた。


 イメージをしやすくする方法は、実際に見せるのが一番だ。 

「火が燃えるのは、この世界に満ちている空気と、燃える物体があるからです。魔法の場合は物体がないけれど、火が付く原理をイメージすることで、火が付きやすくなる。だから、燃えるものに火をつける方が、より発動しやすい。」

木の枝の先端に炎をともす。


 「おお!」

方々で感嘆の声が上がる。

空気って表現は、正確じゃないけど、今は端的に伝えたい。


 「水魔法や氷魔法、土魔法、全てにおいて、そこにある物を動かす方が節約になるかもしれません。ただ、物質を動かすには、引力を理解しておく必要があります。」

重力に逆らう力をイメージするなり、物質の重さを軽くするようなイメージをすれば持ち上げやすくなる。


 重力に逆らうイメージは、単純な力ではあるが、そこに魔力を消費する可能性は十分にある。

物質の重さを軽くするイメージは、そういう魔法を発動してしまっている可能性がある。


 それが、どの程度の消費量になるのか、無から物質を生み出すのにかかる魔力と、どちらの方が節約できるかはわからない。

もしかしたら、人によって違うかもしれないから、実際に試してみるのが一番だろう。


 「いんりょくって、なんだ?」

やっぱり、そうだよね。

学校に通っている間、習わなかったから、きっとこの世界に重力と言う概念は浸透していないだろうと想っていた。

引力の概念がなくても、量りがあるのは、召喚者の影響かなぁ。


 地球でもこの辺り、詳しく説明できる人は、そう多くなさそうだもんね。

えーと…リンゴが落ちるのはニュートン?

万有引力だっけ?

引力と重力って違いって、何!?

なんか、相対性理論も関係あるんだっけ?

よくわからんから、それっぽく話しておこう。


 「引力は、引っ張る力です。例えばこれが地面に落ちるのは、地面に引っ張られているからです。」

なんとなく感覚で理解している部分はあるんだろうけれど、物が重いとか、物が下に落ちるとか、そういう事実をありのままに認識しているだけだと思う。


 「引っ張られている?」

引力について、知らない人に説明するのは大変そうだ。


 改めて考えてみると、俺が前世で引力のことを理解できたのは何故だったのだろうか。

どう教わったのか、いつ教わったのか。

思い出そうとしても、思い出せない。

誰もが揺らぐことなく、引力とはそういうものだ、と、理解していたから、当たり前のこととして受け入れていた。


 この世界が地球と同じく丸いのか、それとも、想像もつかないような形をしているのか。

地球と同じように、重力と説明して良いのか。


 どの方向からどんなふうに引力がが働いているのか、一概には言えないよな。

が、少なくとも、大地に引き寄せられる引力が存在している。

俺も詳しくはないから、詳細までは説明できない。


 「見てもらいたいのですが…」

 めぼしいものを探していると。

マリスが、木の枝と、手のひらほどの大きさの石を、俺に手渡してくれる。


 「ありがとう。」

と、受け取った二つを、なるべく同じ高さ、同じタイミングで落として見せた。


 石の方が早く地面に落ちるが、目視では、ほんのわずかな差に見えるだろう。

それでも、おおよそ言いたいことは伝わったらしい。

本当は木の葉と石とか、鳥の羽と石、とかの方がわかりやすかったと思う。


 たとえどんなに軽いものでも、最終的には地面に落ちる。

ん?

これが、重力か?

まあ、いいや。


 「ゼロから物質を生み出すより、川や池があれば、川の水を動かしたり、氷にする、大地の土を動かす。風魔法は、吹いている風を煽るとか、空気を動かすイメージをすると言うことも出来ると思うんです。」

無から有を産むより、既に在るものを動かす方が効率的だ。


 これって、もしかして空間制御魔法なんじゃあ…

俺が川の水を動かせるのって、何をどうしているんだろうか。

こういう時、全属性使えるのが困る。


 水属性の魔法が使えると、水と親和性が高い、と考えると、水属性で水が動かせるということになるのかな。


 あれ?

と、いう事は、空間制御魔法を使える者は、使いようによっては属性を偽装できるのか。

偽装を必要とする場面があるのかはわからないけど、もしかしたら役に立つ時が来るかもしれない。


 火によって上昇気流が起きて、雲が出来ると雨が降る。

そうして自然は巡りゆくもの。

魔法はそうした自然の循環を反映している。

全て繋がり、関連しているんだ。

互いに補い合えば、大きな力になるはず。


 「では、実際に【無詠唱魔法】の練習を始めてください。魔法の名前にはこだわらなくて良いです。頭の中で、自由に想像してそれを実際に出現させるイメージで。」


 参加者が練習を始めるのを見て、俺はマリスにだけ聞こえる音量で話しかけた。

「マリス、もしかして、無属性の空間制御魔法って、補助程度ならだれでも使えるんじゃあ…」

発生させた水の塊とか、土礫、火の矢、氷の槍を目的の場所へ放つ力って、空間制御魔法なんじゃないか。


 「最初に言ったろ?分類なんて不確かで曖昧なものなんだよ。」

なんだか、魔法じゃなく、全てのことに通ずる格言のように聞こえた。

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