攻撃は最大の防御
【無詠唱魔法】の訓練がひとまず終わったので、戦闘に有利となる使い方を習得するための訓練を開始する。
やるべきことを一つ一つやる日々は、恐ろしく早く過ぎていく。
いまは、安寧の月、第二週。
どうやら、過去の魔王討伐時には、その後の悪用を懸念して騎士団を強化しなかったらしい。
確かに、クーデターなど起こされてはたまらない。
知恵をつければつけるほど、悪用や不穏な動きに繋がる可能性が高まる。
魔法研究員は、純粋に魔法の研究をしたい者ばかりで、戦いたい者は皆無だ。
国に歯向かおうと目論む者はいない。
実際、攻撃魔法に活かせる組み合わせを研究し始めてから、所員はテンションが上がって徹夜続きらしい。
言うまでもなく、父さんもその一人だ。
父さんに限らず、魔法研究所の職員は、机上の理論を実践で試す為、合間合間で訓練に参加していた。
「魔法騎士団と魔法研究員が協力しあえば、ものすごく強力な魔法が出来そうですよね。」
無意識なつぶやきが功を奏したらしく、それからというもの、攻撃魔法のバリエーションはとてつもない速さで増えていった。
一方で、魔法に興味がないけれど、魔法が使える者はどうだろう。
攻撃力の方に目が行き、魔王討伐が無事に終わった後、使いどころを求めるのではないか?
軍事利用されたら、悲惨な戦争が起きる。
放置していても、誰かがいつか気が付く。
不測のいつかを警戒するより、計画的に教えて、使い方によっては悲劇を生むことを教える方が賢明ではないか。
陛下やエゼルさんを、そうやって説明したけれど、どうしたって使える魔法が強力であれば、使ってみたくなる輩はいる。
実際に使った経験から、威力に恐れをなすか、再び使ってみたい衝動に駆られるかは、人それぞれだ。
大概はどちらかに分かれるだろうが、中には自分自身ではそれほど強力な魔法を放てなくとも、魔法が得意な人の力を借りて戦争を仕掛けよう、と、考える者があるかもしれない。
悪いことを考え始めると、連鎖的に延々と考えてしまう。
しかし、恐れていては何もできない。
メリットとデメリットはどんな場合にも存在するし、最適解が、よりメリットの多い方とは限らない。
実際、魔法使いや魔女は、強力な魔法を使えるけれど、国に戦争を仕掛けたことはないんだ。
魔王より質が悪い連中が出てくるなら、俺が生きているうちは、俺が対処するのが責任だと思っている。
いやいや、いまはともかく、目の前の訓練に集中だ!
「属性を組み合わせて使う方が、より良い。火と風を合わせれば強力な火の旋風を起こすことになる。私が以前見せた火の渦だ。【ファイアストーム】と言う。土礫を風で飛ばせば、速度が上がる。」
「土と水を組み合わせれば、土砂。小さな氷の粒を風で飛ばすのも強力な攻撃になりそうですね。」
いずれも被害を出さない程度の小さい規模で実際にやって見せる。
「応用すれば爆発を起こすことだってできます。火の玉を大群の真ん中に落とせば一度に多くの魔物にダメージを与えられるし、その火を風で煽れば、火の旋風を巻き起こして更にダメージを与えられる。川の流れを利用して大量の水を魔物に向けれて放流すれば、魔物の進軍を抑えられることになります。」
工夫を重ねれば、新たな発見があるだろう。
イメージさえできれば可能なはず。
問題なのは、俺が全属性を使用可能だから、使用中の魔法がなんの属性に当たるのか見極められない点だ。
理屈としては全ての人間、獣人が全属性魔法を使用可能とはいえ、得手不得手は存在するのだから、発動している魔法の属性がなんなのかを正しく把握するのはとても重要だ。
使いこなせる属性によって、出来ることが変わる。
苦手なことに時間をかけて出来るようにするより、得意なことをたくさん練習する方がよほど効率的だ。
マリスにしろ、俺にしろ、全属性を使える人間にとっては難なく出来ることだ。
属性の得手不得手によって、出来ることを見極めるのが、こんなにも難しいとは、想像しなかった。
アルは、氷雪の月第三週目から訓練を開始したが、周囲の魔力を使う感覚を掴むための訓練に、だいぶ苦戦した。
何度も倒れながら必死にくらいつく様子を見て、俺の方が止めたい気持ちを抑えるのに苦労したほどだ。
基本的には覚えが早いし、素直だから、魔力操作を覚えて、無詠唱魔法の訓練に入ってからは、目覚ましい成長を見せた。
アルは、今年一〇歳時の魔法鑑定を受けたばかり。
魔力量は、平均よりもずば抜けていたらしい。
一〇歳時の鑑定で、平均的に出る数値は一〇〇〇。
アルは、一八〇六二だった、と、話してくれた。
いま計測したら、きっと、その時の数値を、大きく上回っているはずだ。
アルは、体外の魔力を使用する能力に長けていた。
コツを掴むまでには他の人より時間がかかったものの、コツを掴んでからがすごかった。
俺がコツをつかむのが早いのは、空中に存在している魔力を想像しやすいからだろう。
この世界のみんなより、イメージしやすい条件が整っているのだから、いわゆるチートだな。
俺は、一〇歳時鑑定の際には、魔力量を調整して鑑定し、二九八九一だった。
もう少し下げているつもりだったのだが、意外に高く出てしまい。
『しまった!』
と、思ったんだ。
当然、俺以上に困惑していたのは、担任の先生だ。
実際には、一〇歳の時点で測定不能だったと思う。
桁違いの魔力量が出た時点で、国側に報告が行く。
魔力量は全て国に報告されるから、異常に魔力量が高い者がいれば、当然目に留まる。
俺のことを、転生者の可能性が高い、とは見ていた、と、エゼルさんから聞いた。
母さんは、平均的な魔力量に近いけれど、父さんや、ティア、アルは、みんな平均値より高い。
父さんは真鑑定時に二六七二〇あったそうで、ティアは一〇歳時鑑定の時に一一二九八だった。
父さんの例があるから、俺は一〇歳当時としてはあり得ない数値でも、遺伝的な要因も考えられたから、確信は持てなかったのだと言う。
あまりに逸脱している数値は、平均値を算出する際に除外するらしいから、特別高い魔力量を示す者を除いては、その数値に大差はないだろう。
いずれにせよ、いまは、詳しく調べられる時間がないから、魔王討伐を無事に終えたら、詳しく調べてみようかな。
これからの戦いは、大量の魔物と戦うことが前提だから、より広範囲に攻撃出来る方が良い。
俺は、土魔法と風魔法を組みわせた【大砲】と言う技や、錬金術でガドリング砲の銃座を作り出し、弾倉は土魔法で魔力が続く限り、延々と発射できるようにした。
他にも、弓をつかって魔法の矢を射る方法を編み出した。
使える属性は土属性と氷魔法に限られるけど、魔力で飛ばすよりも消費量を抑えられる。
専用の弓を生産してもらうのに、職人さんにも頑張ってもらった。
前線で戦いに参加せずとも、武器を提供したり、物資を提供したり、何かしら各々が手伝えることがある。
どんな形でも参加すれば、自分もこの国を守るために貢献出来たのだ、と、思えるだろう。
実際に戦う者の助力になるのだから、みな協力を惜しまなかった。
補給専用の部隊を編成するにしても、ある程度保存の効く食料は必要だ。
何がどの程度必要になるのか、不要なのかを確認するためにも、実施演習は不可欠だ。
攻撃的であるために、どの程度の食料や物資が必要になるのかを実際に動いてみて試算する。
実際には、魔物の数や、強さも現状の比ではないかもしれない。
魔物が絶え間なく押し寄せ、悠長に食事を摂っている暇などないだろうし、睡眠はおろか休息すらままならないだろう。
それでも、前線部隊を回転させることで、順次多少なり体力回復するために、敢えて魔物を集中させて円滑に交代する流れを体に覚えさせる。
時間に余裕を持って訓練出来る利点、と、本当に言えるのかは、わからない。
手探りのまま、それでも信じてやるしかなかった。
食料に関して言えば、保存食を作るための期間が、いまならまだある。
最前線に持ち込む食料はもちろんだが、王都や街に居る人たちが、最低一ヶ月は暮らしていける量を、用意しておく必要がある。
缶詰を作る技術はあるから、何を缶詰にするかを提案した。
ハッシュドビーフは絶対に作ってくれ!と、懇願した。
乾パンと氷砂糖という、前世では一般的な非常用の缶詰を提案してみたところ、なんだかひどく感動された。
氷砂糖は、工場でないと作るのが難しいと思ったが、そこは魔法の力が大活躍だった。
肉を煮て缶詰にすることで、長持ちするようになり、料理に使える、と、話しながら、ふと、これまで召喚者が過去に提案していないのか?
と、疑問に感じたから、調べてみたところ、記録が見つかった。
陛下やエルゼさんが、そういえば…と、心当たりがある様子だったから、俺は頭を抱えた。
こういう有用なことを、後回しにしたまま失念するのはやめてほしい。
他にも、豚の生ハムやチーズ、ボロニアソーセージがあったり、ソーセージもあるのは、召喚者の影響を感じるところだ。
いま、保存食として流通しているのは、干し肉。
これはあくまでも干し肉であって、ジャーキーとは違う。
ジャーキーって、とてもおいしい味がするよね。
前世で市場に出回っていたものには漏れなく化学調味料が使われていたから、そこは比較するものじゃないにしても、この世界に流通している干し肉って、ただの塩ゆで肉を干したものなんだ。
色んな味がするわけではないから、血なまぐささが残っていてあまり美味しくない。
漬け込みようの液を、ハーブやスパイスなどを用いてしっかり作ることで、かなり美味しくなると思われることを伝えた。
アイテムボックスがあれば、温かいものをそのまま時間提示状態で保存できるんだけれど、アイテムボックスを使える人は、あまり多くない。
これを機に、アイテムボックスのように、実際の見た目よりも空間があり、多くの者を収納可能な、カバン状なり、箱状の魔法道具にできないだろうか。
それがあれば、運送業の皆さんが血眼になって空間制御魔法を使える者を探し回らなくて済むじゃないか!
是非早急に作ってもらいたい。
結界魔法は、アイテムボックスと似たようなもので、空間を遮断している。
周囲を覆ったら中にいる生物が窒息しそうだけど、結界そのものが層になっていて、結界の中に真空の層が挟まっているイメージだ。
空気ごと空間を切り取って生物を覆えば、内部に空気がある限りは生きられる。
大きさや中にいる人数によっては長くはもたない。
部分的に酸素確保用の穴を作ることはできるけれど、その部分が脆弱になる。
安全を重視した場合、隙間なく覆いつくす方が良いのだが、大抵、結界は盾のようにして使う。
一度密閉した結界を、部分的に調整して喚起したりも出来る。
空間制御魔法だから、制御可能というわけだ。
俺は、前世の西暦二〇一〇年に死んだ。
今ごろ、あちらの世界は、順当にいけば、今年二〇二五年と言うことになるだろう。
いまは、どんな世界になっているんだろうか。
俺が産まれて、生活していた日本では戦争がなかったけれど、世界に目を向ければ紛争はあった。
いまもどこかで争いが続いているのだろうか。
真の平和が訪れた時、人々は一体何を願うのだろう。
平和が継続することだろうか。
平和であろうと積極的になりすぎれば、今度は平和のための戦争が起こるだろう。
結局、人はどこまでも争い続けるように思える。
一五年の間にどんな変化が起きたのか、今すぐにでも召喚者を呼んで聞いてみたい。
俺が持っている知識だけでは、不十分な気がする。
同じ世界、違う時代を生きた人と、意見交換すれば、何か違うものがみえてくるのではないか。
などと、ない物ねだりを始める自分がいた。
日本では、縁がない戦争。
どちらかと言えば、この世界で起きている魔王との戦いは、純粋な生存競争に近い。
利害や主義主張を押し通す為に反対意見を武力で押さえつけようとするような戦争とは根本的に違う。
だが、命を懸けた戦いになるという点においては、同じ。
本音を言えば、何が正解なのかわからない。
そんなことを判断できるような立場にない、と思う。
それでも、俺は必要とされている。
だから、出来る限りのことを精いっぱいしよう、と、奔走し続けた。
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