【モノローグ】ギデオンの日常

 ウサギの獣人は、獣人の中で一番大きい。

俺もすくすく育ち、街を歩いていても頭一つ飛び出している。


 家に帰ると、すぐに獣化する。

一日に一定時間は獣化しないと、なんだか身体がムズムズするから。


 子供の頃は、感情が高ぶるとすぐに獣化しちゃって、両親は苦労したみたいだ。

今でも、本当にたま~に、うっかり獣化しちゃう時がある。


 なんていうのかな。

気持ちが膨らんで、いっぱいになって、体の中から飛び出すみたいな感じの時に、獣化しちゃうんだ。


 ベンジャミンと出会ったのは七歳の時だった。

王都の中にある森林地帯で、ぼけ~っと過ごしていた時。


 「はぁ~」

ここは平和でいい。

「静かだなぁ」

心が安らぐ。


 「ん?あんた、獣人か?」

声のした方を見ると、木の枝にシマリスがいた。

「あれ、君も?」

獣化した獣人に会うのはその時が初めてで、俺はなんだか少し嬉しくなった。


 「もしかして、ギデオン?」

前に会ったこと、あったっけ?

「え?」


 「僕は、ベンジャミン。君は知らないかもしれないけれど、学校で

見かけたことがあるよ。君は目立つからね。」

ベンジャミンが獣人の姿になり。


 「改めまして、僕はベンジャミン。シマリスの獣人だよ。」

握手のために差し出された手なのか、獣人の姿に戻り、立ち上がるのを補助してくれようとしているのか。

「そうなんだ。気が付かなくてごめんね。」

獣人の姿のなり、ベンジャミンの手を取った。


 「自己紹介してくれてありがとう。これからは学校で会った時に話せるかな?」

ベンジャミンは既に服を着ているけれど、俺は裸だ。

「ああ。獣化する者同士、仲良くしよう。」

獣化の最大の悩みは、服なんだよね。

「うん。そうだね。…服、着たら?」

「あ、うん。」


 俺は、その頃、もう一五〇センチメートルを超えていて、ベンジャミンは一メートルなかったんじゃないかな。

とっても小さいから、ただでさえ周りを良く見ていない僕には、見ようとしなければ見えなかったのかもしれない。


 「友達が出来て嬉しいな。」

「あ、ああ。そうだな。これが、友達なのか。」

ベンジャミンが驚いているから。

「あれ!?違ったのかな?俺、今まで友達がいたことがなくて、友達って、こういうものだって、なんとなく思ってたんだけど、間違ってるかな?」

俺もつられるように慌てちゃった。


 「いや、俺にも友達はいない。獣化するからなのかな。一緒に遊べなかったり、突然獣化して困らせたりしたから、誰かと友達になるのは、とても難しいことだと諦めていた。」

まだ小さいのに。


 「俺たち、まだ子供だよ。シマリスの獣人は、僕よりも寿命は短いかもしれないけど、それでも、これから大人になるだろう?たくさんチャンスはあるんじゃないかな。」

言った後に、思わず『そうだね!』と、同意しそうになった。

自分が言ったことなのにね(笑)


 そうして、七歳の時に出来た友達は、今もずっと仲良くしている。

新しい友達もたくさん出来た。

ベンジャミンに、みんなを紹介したいし、みんなにも、ベンジャミンを紹介したいな。


 一緒に街を歩く時は、いつもベンジャミンは俺の肩の上。

獣人の姿のベンジャミンが肩に乗るとバランスをとるのが難しいから、ベンジャミン専用の椅子を作ったんだ。

最初にそれを見た時には、ベンジャミンは驚きすぎて口をあんぐりと開けていた。


 「そんなの俺がいつも獣化すれば良いことじゃないか。」

と、言われたけれど。

「ベンジャミンだって、獣人の姿でいたい時はあるだろう?俺の肩にいるシマリスが言葉を喋っていたら嫌でも注目を浴びるから、って、獣化して肩に乗っている時、きみはいつだって、喋らずにおとなしくなっちゃうじゃないか。」

それは嫌だろう?

「…そりゃあ、そうだけどさ…」


 なんだか、ベンジャミンは少し照れているみたいだ。

「俺は、ベンジャミンが快適に俺といられるようにしたかっただけだから、遠慮なく座ってくれよな。」


 王都の森林地区で見つけた大きな切り株を、先生に相談して許可をもらって切り出して作ったんだ。

森林地区のものは、獣化した姿でなら、少しくらいその場で食べるのは良いんだけど、勝手に切ったり採って帰ったりするのはダメなんだ。


 なんでも、動物を放し飼いにしている動物たちも木の実を食べたりするから、動物としての活動のうちなら、良いんだって。

切り株を材料に作りたいものがある、って、先生に相談したら、国のえらい人に聞いてくれた。

先生は、俺の話をとてもよく聴いてくれる良い人だから、ついついたくさん喋ってしまう。


 俺の友達も、みんな俺の話をとてもよく聴いてくれるから、いつもたくさん話をしている。

みんな、とても大好きで大切な友達だ。


 大好きな人同士も、お互い大好きでいてくれたら、嬉しい。

だから、ベンジャミンをみんなに紹介したんだ。


 家族からは、のんびりしていて、話すのが上手じゃないから、ギデオンの話を聴くのは大変だって言われてるんだ。

他のみんなが、沢山話しているのを、俺だけが黙って聞いていると、寂しい。だから、俺はいつも拗ねて獣化した状態でご飯を食べる。


 「その方がごはん代を節約できるから、助かるわ。」

なんて、ママが言うから、俺は、いつも獣化していて、みんなとは少し離れた場所で食事をするんだ。

獣人の姿に戻ったらまたお腹がすくし、結局同じくらい食べるんだけどね。


 その話をティグにしたら。

「なんだか、ペットみたいだね…」

と、少し悲しそうにしていた。


 「ねえ、ティグ。この間言ってたペットってなぁに?」

その時には聞けなかったんだけど、気になっていた言葉だった。

俺が訊くと。


 「うーん…ごめんね、俺がこないだ無意識に呟いちゃったから、気になっちゃったよね。」

なんだかとても居心地が悪そうにしていた。

「ペットってね、人によっては色々な考え方があるんだ。大切な家族と考えている人もいるから、誤解しないで欲しいんだけれど…ペットっていうのは、人間が飼育している動物のこと。」


 聞いたことがない言葉なんだけど、ティグはどこでそれを知ったんだろう?

ティグは、時々僕らの知らないことを言ってみんなを驚かせたり、不思議がらせたりすることがある。

そういう時は、決まって悲しそうな、寂しそうな、切なそうな…

困ったような?


 なんだか、たくさんの感情が混ざったような顔をするから、俺はいつも話を変える。

ティグのそんな顔を見ていたくないからね。


 「ところで、ティグ!今日のお昼は何にする?」

俺は、わざと明るくする。

「そうだな、今日は肉の盛り合わせかな。」


 国が、獣人の生息が確認されている動物については狩猟を禁じているんだ。

獣人の気持ちを考えているという話だったけれど、俺は本当は違うと思ってる。

俺やベンジャミンみたいに、獣化している獣人と動物の見分けがつかないから、間違って獣人を殺してしまわないようにしているんだと思うんだ。


 「今日のお肉は何だろうね。」

まあ、確かに、ウサギの肉が食堂に並んでいたら、俺はとても複雑な気持ちになると思う。


 でも、そんな気持ちになるのは、俺が獣化する獣人だからなんじゃないか、って気もしてるんだ。

普通の獣人にしてみれば、動物のウサギと、ウサギの獣人は別物だから。


 「今日はビッグディアがあったから、肉の盛り合わせ。きっとニコライもビッグディアの肉を選ぶと思うよ。」


 ティグはトラ、ニコライはオオカミの獣人だから、二人とも似たようなものを食べるんだ。

クマの獣人サーシャは、お肉も食べるけど、ちょっと二人とは違うんだよね。


 「サーシャもビッグディアなら、食べそうだね。」

「ああ、そうだね。」


 人間のパルヴィナは、本当に毎日いろいろなものを食べている。

メニューはほとんどいつも同じものを選んでいるけど、中身が違うんだ。

【日替わり定食】と言う、その日におすすめのメイン料理を2~3品盛り合わせたものと、ご飯やパンの主食に、汁物と、ちょっとしたおかずを小さい器に盛ったものがセットになっているやつだ。


 肉食性、草食性、雑食性の獣人、人間がいるから、メニューの数があまりに豊富で、選ぶのに苦労するんだって。

ベンジャミンは、木の実ばかり食べる上に、ときどき、ポケットにしまい込んでいる。


 「ベンジャミン、僕ら獣人なんだし、いつだって木の実を食べられるよ。冬眠もしないし、貯め込んでおくのやめたら?」

何気なくそう言ったら。


 「おまえ、獣化するくせに本能と言うものを全く理解していないな!?」

と、ベンジャミンにしては珍しく怒たんだ。

自分でも、どうにもならない、無意識にしてしまう行動なんだって。

「ベンジャミン、俺も何かそういうことしてるのかな?」

と、尋ねてみた。


 「ああ…時々、足を地面に。」

ベンジャミンが実際にやって見せてくれると、本当に軽い音がした。

俺が同じようにやってみると、結構な音が出る。

「え!?」

ちょっと、ビックリした。

俺、こんなことしてるんだ。


 「安心しろ、友達と一緒に居る時にはほとんど見たことも聞いたこともない。街中で俺がじろじろ見られたり、ろくでもない輩の、いけ好かない言動を目撃した時なんかに多いから。」

どんな意味があるんだろう?

ティグは動物に詳しいから、今度聞いてみよう。


 そして、それから何日か後に、聞いてみた。

ティグは、すぐ。

「動物のウサギが、足を地面に叩きつける動作は、危険を感じた時に、それを仲間に知らせるためだったり、何か気に入らないことがあった時とか、訴えたいことがある時。ものすごくうれしい時にもやるみたいだよ。」

と、教えてくれた。


 ものすごくうれしい時にもやるのか。

「俺、みんなといる時に、やってたことある?」

俺があまりに不安な顔をしていたのだろうか。


 「安心して。何回か気が付いたことがあるけど、多分みんな気が付いてないと思うよ。」

え、ティグは気が付いて、みんなは気が付いていない?


 「ギデオンは、すぐに飛び跳ねるから、そっちの方がみんな気になるんだよ。」

「え、俺ってすぐ飛び跳ねるの!?」

「え、うん。割と。」

新たな癖がわかり、ベンジャミンの気持ちがわかったような気がした。

自覚なくやってしまうことを、やめろと言われても困るよね。


 成人の儀を終えて、俺とベンジャミンは、騎士団予備学校へ通う予定だった。

けれど。

『魔王討伐に向け、有志団が結成される。

参加希望者を募る。』

と言う触書が出され、予備学校へ通う者は、有志団に率先して参加するよう、話があった。


 騎士団になろうと、予備学校に通っているんだから、みんな進んで有志団に参加した。

そして、訓練初日。

俺は、ニコライと再会して、驚きながらも、少し話をしながら、訓練教官を待っていた。


 やってきたのは、ティグだった。

俺は自分の驚きよりも、そばにいたニコライの驚きに気を取られ、どうしていいかわからなくなる。

と、ベンジャミンに太もものあたりをつねられた。


 そうだ。

落ち着こう。

(ありがとう。ベンジャミン。)


 ニコライは、訓練中には何も言わず、不機嫌そうにしているだけだった。

けど、訓練が終わり、帰り道。


 「なんであいつがあんなことしてるんだ。俺たちに何も言わないなんて。」

と、ティグのことをずっと話していた。


 ニコライは、ティグを避けるようにしている。

ティグは忙しそうで、話をするタイミングがない。


 ベンジャミンは。

「そのうち、向こうから話をしに来るだろうよ。」

と、冷静だった。


 数日後。

本当にティグが話しかけてきた。

ベンジャミンの言う通りだったから、俺は、ベンジャミンは本当にすごいな、って思ったんだ。


 それから、ティグは『異世界から転生してきた』と、聞かされた。

俺は、ティグが動物について色々知っているのは、そのせいなのかな?

と、思って、詳しく聴きたくて。


 「ねえ、別の世界ってどんなところ?」

って、聴いたんだ。

「その話は、魔王討伐の後にゆっくりしよう。」

ティグがそう言うと、ニコライがなんだかうれしそうに笑って。

「そうだな。」

って、言った。


 俺は、早く聴きたい気持ちがあって、ちょっと残念な気持ちと、ニコライとティグが前みたいに笑いあって、嬉しい気持ちと、なんだか胸がいっぱいになった。


 それから、みんなで抱き合って、サーシャとパルヴィナも有志団に参加することになって。

一緒に笑いあって…

俺はついに。


 「あっ」

獣化してしまった。

この気持ちを、言い表すと…


 ふとした時におならが出ちゃった時。

かがんだ時に、ズボンのお尻が破けちゃった時。

知り合いだと思って話しかけたら、全然違った時。


 そんな感じだ。

獣化すると、しばらくは元に戻れない。

四分の一時間くらいすると、元に戻れるんだ。


 「うっかり獣化、久しぶりに見たな。」

ベンジャミンが俺の頭をポンポンする。

「あらぁ~、ギデオンちゃん、わたしがおうちまで送ってあげるわ~」


 ベンジャミンは、シマリスだから、家の屋根を伝って人混みを避けて行けるけど、俺は獣化した姿でもなかなかの大きさだ。

豚くらいの大きさはあると思う。

街中を歩くのは難しい。


 クマの獣人は力持ちだから、サーシャはそんな俺を、軽々と持ち上げるんだ。

暗くなる前に帰らないといけないから、そろそろお開きにはなる感じだったけど…

俺が獣化したことで、帰るきっかけになったのは、結果的に良かったのかな。

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