◆第七章◆ 戦いの始まり

 魔王覚醒の前兆現象が、魔物の大量発生だ。

獣人と人間が、もっとも多く生活している王都はもちろん、各地の集落へと押し寄せる。


 最前線で守りを固めるのは、騎士団だけでなく、それぞれの街の住人もだ。

今回、訓練に参加していたのは、俺と共に戦う人ばかりではない。

各地の住人も含まれている。


 約一年をかけ、訓練をしてきた。

以前に比べて、皆だいぶ強くなったと思う。


 俺が、転生してこの世界に産まれた召喚者という事実を明かすわけにはいかない。

異世界の話は一切していないから、反発もあった。

もしかしたら、最初から、異世界からの転生者だと名乗った方が、説得力があったかもしれない。


 けれど後々のことを考えると、隠しておいた方が良いだろうと、俺自身が感じていた。

何より、今更、たらればの話をしても仕方のないことだ。


 家族と、親友に真実を話したのは、不可抗力の部分もあったけれど、いずれ、自ら話していただろう、と思う。

正直、最初は、大切な人たちにこそ、真実を知られるのが怖かった。

あまりにも非現実的な内容だし、話を聞いてどんな反応をするのか、想像もつかない。

未知のものは、多かれ少なかれ不安が付きまとうもの。


 結局、家族、親友とも、俺の話をちゃんと聞いてくれたし、信じてくれた。

実感しているかと言うと、きっと具体的なイメージは涌かないだろうし、ピンと来ていないだろう。


 もし、将来仮に、もう一度、前世の世界に俺が転生することがあったとする。

その時、向こうの人間が、こちらの世界ついての話を鵜呑みにするとは、到底思えない。


 想像のつかない、掴みどころのない、未知の、とても信じがたい話。

それを、俺が話すことだから本当なのだろう、と、信じてくれる人がいる。

俺は、ただその事実が、嬉しかった。


 『彗星が飛来する時魔王が覚醒する。』

果たして、彗星が飛来するタイミングで魔物の大群が押し寄せるのか。

魔物の大群が押し寄せるのは彗星の飛来よりも前で、彗星の飛来で魔王が覚醒するのか。


 そのあたりの詳細が明確に残されていないのが、伝説やら昔話と言われる類のものだ。

しかし、この伝説には生き証人がいる。


 「マリス。彗星の飛来は、魔王覚醒のタイミングなの?」

俺はマリスに対してすっかり砕けた話し方をしていた。

「ああ、彗星の飛来よりも前に、まず魔物の大群が押し寄せる。しばらくしてから、彗星の飛来と共に、魔王が覚醒するんだ。」


 魔王が覚醒すると、魔物の大群は噓のようにいなくなるらしい。

そして、魔王一人が、この星を滅ぼそうとするのだそうだ。


 魔王は、実体を持たないが故に、魔力容量が多く、魔王の魔力に耐えうる身体へ憑依する、と考えられている。

精神を支配し、内側から魔王たる肉体構造に作り替えてしまう。


 魔王に憑依されて討伐された遺体を解剖、分析した結果、細胞が変質していたらしい。

魔女の細胞が人間や獣人のそれとは違い、より多くの魔力を生み出せる構造になっているように、魔王も魔王たる細胞の構造があるのだとか。


 覚醒したのち、憑依した身体を改造し、なじませる為に、人目のつかないところへ身をひそめる。

過去の文献を調べた上、マリスの話を聞いたのによると、なじませるまでには二週間ほどかかるようだ。


 魔王覚醒以降、魔物の大群が押し寄せてくることはなくなり、嘘のように静かな二週間ほどが過ぎた後、魔王との直接対決が待っている。


 憑依された者は、細胞変化が進むにつれ、元の魔力量が少ない者であれば、魔物化と似た変化が生じ、見た目が全く別物に変わってしまう。


 そうして、少なくともマリスが知る限りは、これまで憑依された者は、例外なく全くの別物になり、魔王として討伐されてきた。

魔王が死んだあとに残るのは、憑依前の面影は少しもない、抜け殻としての死体。

だから、例え家族がいても、とても返せない。


 魔王に憑依されるのは、適性がある人間か獣人らしいが、何をもって適性とされるのかは、解明されていない。

少なくとも魔力量が平均より多いという事は間違いないが、魔力量が多い獣人や人間は、少ないとはいえ、それなりに存在している。

対策方法として考えられるのは、魔力量の多い者を、全員戦力として前線に立たせるか、王都意外の集落に移動させるか、だろう。


 幸い、これまでは、王都の外にいる者が魔王に憑依されてきたから、王都が内部から破壊されたことはないそうだ。

五人の召喚者が全て生き残っているから、戦い自体はそれほど大変ではないらしい。


 二つの大きな力が衝突することで、大きな爆発が起きた時のような衝撃はがかなりの範囲に及ぶ。

この段階になると、騎士団や、有志団の役割は結界魔法でなるべく広範囲を守ることになる。


 戦力に合わせた人員配置。

班分け、陣形、それぞれの役割は、何度も確認した。

最前線では、結界はあくまでも俺とマリス、無属性魔法が使えるアルの三人が担当する。


 結界の向こう側にいる魔物へと、なるべく結界に大量の魔物が同時にぶつからないよう、大打撃を与えるための攻撃を担う部隊。

結界を破って進行しようとする魔物へ攻撃する部隊。

結界の綻びを補う部隊。

補給人員は、回復魔法と結界魔法が得意な者を集め、回復の役割も担っている。

救護専門の部隊もあり、自力で動けなくなった者を回収して後方で手当に回る手はずだ。


 父さんは、俺のそばで、結界を破って進行しようとする魔物へ攻撃する部隊の一つを指揮することになっている。

狭間の月を目前に控え、みんな、不安や緊張感よりも、これまでの訓練によって得た自信を感じていたと思う。


 そして、魔物の大量発生は唐突に起きた。

前触れもなく、押し寄せる魔物の大群。

実際には前触れがあるのかもしれないが、魔物が発生するであろう、魔力の素が濃い地域がある、と、仮定すると、きっと大森林の奥だ。

国民が足を踏み入れたことのない土地で、起きているに違いない。


 地鳴りがしたと思ったら、もう目前に大群が迫っていた。

ものすごい勢いで押し寄せる、あらゆる種類の魔物。

的確に攻撃する必要があるが、一先ず、結界魔法で後退させられる範囲は抑え込む。


 漏れた分を順次前線部隊が倒していく。

事前に何度も繰り返した訓練だが、実戦では予想外のトラブルに見舞われたり、何かしら思い描いていた通りにはことが運ばないものだ。


 現場は騒然として、混乱している者も多くいた。

大声を出しても届かないから、念話を使うしかない。

頭の中へと直接語りかける念話は、序盤では使用せずに済む予定だった。


 あっけなく予定は崩れ去り、俺も次から次に起こる不測の事態への対応に追われる。

一つ一つなんて、悠長なことを言っていられない。

マリスや、各部隊長の力をかりながら、部隊を立て直していく。


 目まぐるしく、息つく暇もない。

油断すれば、俺自身も攻撃を食らう。


 絶え間なく押し寄せる魔物の大群をさばきながら、俺はひたすら部隊に指示を飛ばし続けた。


 視野が狭くなる。

全体を見通せない。


 自覚はあっても、どうにもできなかった。

次の瞬間、一つの部隊が大量の魔物の下敷きになる。


 あちらこちらから上がる悲鳴。

魔法部隊と遠距離部隊は、比較的遠方からの攻撃をしているから、下敷きになったのは剣術部隊だ。


 俺は、一瞬頭が真っ白になり、反射的に辺り一帯の魔物を吹き飛ばしていた。

俺の魔法に巻き込まれた者もいたが、仲間同士で支えあい、ふっ飛ばされることは回避している。

いざと言う時に使う手段として周知していたから、みんなあまり驚いてはいない。


 即座に、魔物の下敷きになった者達へ回復魔法をかけ、結界魔法で保護する。

徐々に王都に迫る大群を、何とか一旦押し戻したい。


 俺は念話で。

{一度、魔物を後退させます。衝撃に備えてください。}

と、言うと、空間制御魔法、土魔法、風魔法の合わせ技で魔物の大群を吹っ飛ばした。


 まず、空間制御魔法で魔物の大群を出来る限り覆う。

結界とは少し異なる構造のものだ。

魔物を守っても仕方がないから、ふっ飛んで着地する時には崩壊する強度の結界と言えばいいだろう。


 そして、大きな箱状のそれを発射台のように土魔法を使って斜め前方へ跳ね上げる。

そこへ風魔法で追い打ちをかけて、なるべく飛距離を伸ばす。

再び迫ってくる間にこちらが進行し、前線を押し戻すのだ。


ものすごい数の大群なので、漏れて王都に向かってしまう部分は多少ある。

それらは、担当の部隊が適宜対応する。


 俺は、三国志とか、戦略に関わることは何も学んでこなかった。

だから、そういう事をみっちり二年かけて学んでいる騎士団の皆さんに、やりたいことを伝えてあとは全て任せている。


 具体的に何部隊が居て、どう動かすのか、それでどういうリスクがあるのか、何度も実際に動かして試してみて、改善して今日に至っている。

起こり得ることは、全て想定したつもりだった。

最善の部隊構成、配置だと、思っていた。


 前世で何度か聞いたことがある。

『想定を上回る』と言う表現。

いま、俺は目の当たりにしている。


 映像で見せてもらった魔物の大群を目の前にして、立ち尽くさないよう。

目をつぶらないようにするのが、精いっぱいだった。


 どこか、他人事だったのかもしれない。

日本人の俺にとって、戦争は対岸の火事だ。

大量の殺意が眼前に押し寄せ渦を巻く機会など、自ら進んで渦中に飛込みでもしなければ、ほとんどの人は体験せずに一生を終える。


 平和な国。

つくづく、なんて平和な国だ、と、思う。


 ある日、宇宙人が侵略してきたらどうなるか。

そんなアニメやゲーム、映画があった。

実際には起こらないことを、エンターテイメントとして楽しむ世界で生きてきた自分。

この世界で、俺に、出来ることなんて、なかったんじゃないだろうか。


 「おい!ティグ、集中しろ!」

気が付くと、アルが必死に結界を保持していた。

「お前が気を逸らしている間、こいつはずっと必死でやっていた。早く変わってやれ。」

「…はい!」


 俺が変わると、アルは倒れそうになる。

「アル!」

「私に任せろ。」

俺は、目の前の魔物の大群を足止めすることに、再び集中した。

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