受け入れられない現実

 死なないでほしい。

一人でも多くの人に、無事帰還して欲しい。

無事でなくとも、身体の一部が欠損したとしても、命さえあれば。


 それでも、死者は出てしまう。

目の当たりにする現実。

痛む心。


 どんなに鍛えても、訓練を積んでも、万全の準備を整えたとしても、死傷者が出るのが、戦い。


 俺が前世を過ごしたのは、戦争を放棄した国。

平和で、戦争をしないことを掲げた国で生きていた。

目の前で起こる現実を、容易に受け入れることが出来ない。


 過去にあった、悲惨な戦争の記録を見聞きしたことはあったけれど、目の当たりにするのは初めてのことだ。

色々な感情が渦巻く。

ケガは治せるけれど、死んでしまってはどうにも出来ない。


 蘇生魔法は、禁じられた魔法だと、マリスから教えられた。

戦いの中で死者が出ると、それが、特に見知った人や親しい間柄の者だと、蘇生させたいという思いを抱くものだ。


 だけど、蘇生魔法は使ってはいけない。

欠損は、時間が経ちすぎていなければ治せる。

けれど、死んでしまったらそれまでだから、死なないで欲しい。


 死者が出る度に、心が折れそうになる。

その間も、絶え間なく襲い来る魔物の大群。


 救えなかった命を惜しんでいる時間はない。

悔やんでいる暇はない。


 何度も、逃げ出したい気持ちになった。

それでも、父さんやアルがそばにいて一緒に戦ってくれるから、俺は家族のために戦う。


 ここで逃げ出せば、いま、最前線で戦っている者達は、間違いなく全滅する。

そして、王都へと、すごい勢いで魔物の大群が押し寄せることになるだろう。


 そうなれば、王都に避難している者達が犠牲になる。

そのまま魔王覚醒が起きれば、この世界は滅びるだろう。

魔王に対抗できる戦力は、実質、俺一人のこの世界。

逃げ出すわけにはいかない。


 訓練を重ねる中で、連携によって大きなダメージを与えられるであろう魔法の組み合わせを発見した。

魔王討伐以降にも、戦争に有利になるようなことばかりだ。


 国にとって、相当なリスクを背負うことを許可した王の覚悟を考える。

戦い方を覚えた国民が、今後国に不満を抱けば、やがてクーデターを起こすだろう。


 俺は、今回の魔王討伐で、死傷者を少しでも減らせるように。

その思いだけで、訓練をしたいと申し出た。

俺が、リスクに気が付いたのは実際に訓練を初めて、相当な威力を持つ連携魔法が出来上がった頃だ。


 マリスは最初から気が付いていて、俺に何も言わなかった。

王は、知っていて、訓練を許可した。

その思いを受け止めた上で、今この場所にいる。

この戦いを、最小限の犠牲で終わらせるために、やってきたことんなんだ。


 魔王討伐後に、クーデターが起きれば、いずれかの勢力について戦うことになるやもしれない。

その時、俺はどちら側につくだろうか。

召喚者は、暗黙の了解で王族付きのようになっているが、これまでについても、召喚者中心となりクーデターを起こしても不思議ではなかったはずだ。


 今は、目の前の魔物を倒すことを最優先にすべきだとわかっているのに、余計なことばかり、頭をよぎる。


 最初の召喚者は、ことの直前に召喚されたようだから、ほとんど準備をする時間はなかっただろう。

次に召喚された人は、一年ほどの余裕を持って召喚されているものの、訓練をするという話は一切出ていなかった様子。

三人目、四人目、五人目と、それぞれの思うところがあったらしく、各々で一年の過ごし方が違った。


 二人目の召喚者、フランス人のフランソワは平和主義だったから、魔王討伐時にのみ戦うことが理想的と考えていた。

討伐へ参加する人数を最低限にして、魔女と自分が主に戦うことで犠牲を最小限に抑えようとした。


 なにしろ、この頃には、まだ七人の魔女が全員存命だった。

力を合わせて戦えば、事足りる。

それでも、多少なり死傷者がでていたようだ。


 三人目の召喚者、アメリカ人のハロナは、ひたすら自身の魔法を研鑽した。

まだ、六人の魔女が存命だったから、ハロナは失った魔女一人分を補おうと必死になっていたらしい。

恐らく、ハロナが短命だったのは、過剰な魔力強化が原因なのではないかと、俺は思う。


 四人目の召喚者、イギリス人のテオドール。

彼は、五人の魔女と共に戦うにあたり、足りない人員を補充することを要請した。

それだけで、特に訓練は積まなかったようだから、犠牲者は多かっただろう。


 正確な人数は記録されていないが、おそらくこの時の犠牲者が最も多い。

何しろ、当時の国勢は戦争占領が続いていたイギリス。

お国の為に命を懸けるのは当然のこと、と言う考え方が根付いていた時代だ。

かつての日本も、大日本帝国だったころには、命を賭してお国の為、が、当然の価値観だった。


 五人目の召喚者、イタリア人のアウロラは、第二次世界大戦が終わったばかりのイタリアから召喚されている。

イタリアは、日本より先に降伏したけど、降伏したら即座に平和になるわけではないし、復興の真っ只中にあった頃じゃないだろうか。

この世界で一年間過ごしても、凄惨な時を生き抜いて生きた記憶はあり続ける。


 一四歳の女性が戦争や、貧困で家族を失い、どう生きていたのか。

俺には到底想像できない。

共に戦う魔女が、二人しかいないという中。

『人手不足を補うことが重要』

として、個々の戦力の増強については、アドバイス程度に留めていた。


 本意ではなかっただろうが、この時も、国を守るために戦う人間は、命を懸けるもの、と言う意識があったと思う。

そんな風には記録されていないにしても、様子から読み取れるものがある。

あるいは、手記に何か心情が残されているかもしれないが、そこまではまだ読めていない。


 テオドールとアウロラ、二人とも、国に人員を割くよう要請しただけだから、共に戦う、と言う感覚はなかっただろう。

言わば、命を捨てる覚悟で戦う者を出来るだけ人数揃えろ、と、要求しているようなものだ。


 今回の戦いにおいて、俺の目標は、これまでで最も死傷者を少なくすることだ。

魔女の生き残りはたった一人。

俺一人の力で魔王が倒せるとしても、数の暴力に対して、二人だけでは到底太刀打ちできない。


 この戦闘に参加している全員と共に、俺とマリスは訓練してきた。

全く会話を交わしていない者もいると思うが、それでも、一人一人に家族があるのだから、家族を守るために戦い、家族の元へ無事に帰って欲しい。

その思いは常に持っていた。


 マリスは、訓練中に。

「こういう戦い方も、あるんだな。」

と、呟き、微かに笑みを浮かべたことがあった。

マリスにとって、仲間として戦ってきた魔女たちは、もうこの世にいない。

けれど、新たに仲間を得たような気持ちでいてくれていたのなら、嬉しい。


 俺は、目の前の惨状を何とかしようと、一人で出来る限りのことを、頭が痛くなるほどに考えながら実行していた。

頭が痛くなりながら、いまは余計なことばかりが頭の中を駆け巡るのをどうにも出来ず。


 どうにかしようとあがいても仕方がないから、そのままに。

空間制御魔法で空中に浮かんだ状態で、魔物の動きを確認し、自分で魔法を放ったり、指示を出したりして魔物の進行方向を強制的に変更しながら、進軍の合図を出していく。

方々に飛ばした使い魔と感覚共有で様子をみつつ、使い魔に攻撃もさせる。


 使い魔は、訓練中に得た。

マリスには。

「所詮魔物は魔物だから、心をかけすぎるな。魔王の影響を受けて願える可能性だってある。いざと言う時には、お前がこいつらを始末する覚悟でいろ。」

と、言われていたから、俺に服従しているだけの存在だと言い聞かせていた。

名前も、至極適当につけていた。


 一号、二号、三号、だ。

一号は、おなじみの鹿のような魔物、ビッグディア。

二号は、巨大な象のような見た目のマッシブエレファント。

三号は、巨大な蛇、マッシブスネークだ。

それぞれ訓練の中で俺が倒し、とどめを刺そうとした時に命乞いをしてきた。


 その状況になって、はじめてマリスが。

「使い魔にするか?」

と、訊ねてきたんだ。


 並列思考にも限度があるから、そこは魔力で分身の術に近いようなことをして、対応した。

身体をいくつもつくるのではなく、脳だけを分けるようなイメージだ。

実際には脳を分けることはできないから、活動領域を広げて分散させた。


 ひっきりなしに、念話で、次はどうするかの確認連絡が入る。

それらに全て対応することはできず、その場で個別に判断して動いてもらうしかない。

事前に、返答がない場合には自己判断で、人間と獣人の命を最優先に魔物の大群の進行を食い止めるように伝えていた。


 魔物たちと感覚共有をしていたことで、俺は全ての場所で発生する死傷者を見ることになっていた。

勿論、隅から隅まで全てとはいかないが、それでも十分すぎるほどの情報が飛び込んできた。


 目の前にある以上の情報が流れ込んでくる。

次の指示を求める声が、俺を責め立てているように聞こえて、全てを遮断したくなった。


 マリスが喝を入れる。

{お前ら、いちいち指示を求めるな。何のために今まで訓練してきた!?目の前のことに集中しろ。}

その後、俺だけに聞こえる念話で。

{落ち着けティグ。私がしばらく時間を稼ぐから、お前自身を立て直せ。}


 マリスが、大結界魔法で大森林の端から端までに及ぶ防壁を作る。

恐らく、もって数十秒。

ここでこんなにマリスが魔力を消費したら、今後に響く。

焦りを、一度横に置いて、深呼吸した。


 俺自身を立て直して、マリスが回復できる時間を稼げばいい。

大丈夫だ。

大丈夫。


 ほんの数十秒、静寂の中に自分を置いた。

自己暗示に近いのかもしれない。

それでもいい。

今、この難局を乗り切れるのならば。

とにかく、俺は。

俺たちは、大丈夫だ!


 {訓練通り、命を最優先に、結界が保てない場合のみ俺を呼べ。}

俺はマリスの横へ移動し、直接声をかけた。

「マリス、ありがとう。代わるから、回復してくれ。」

「ああ。頼んだ。」


 魔力回復薬は、まだ二、三本程度しか消費していない。

三日三晩戦い続けている中だから、それくらい使っても全然不思議じゃない。

問題なのは魔力よりも、精神だった。

削られるばかりで、回復する余地がない。

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