果てのない戦い

 死傷者を増やしながら、確実に疲弊していく魔王討伐軍。

「気を確かに持て!」

負傷者にかける声が耳に届く。


 集中力が落ちることで、しなくて良いケガをする者が出てくる。

「いまは応急処置しかできない。耐えてくれ。」

注意していれば、軽いケガで済んだであろう者が、大けがをしたりするケースも増えていた。


 「もうこれ以上…」

限界を感じるのも無理はない。


 絶え間なく押し寄せる魔物の大群を前に、部隊毎に交代で休んでも、休息の時間は、確実に減っていた。

一つの部隊として機能しなくなっているところもあった。


 {一度回復の時間を作る。}

俺が結界を出来る限り大幅に展開し、訓練時に行った通りにけが人へ回復治療をするよう指示する。


 回復魔法を使える者は限られている。

欠損を回復できないまま、戦線離脱する者は、治療を受けられないまま待機所で過ごす。


 ある程度人数が増えた頃に、まとめて回復する方が効率が良いため、しばらくは我慢してもらっていた。

何度もケガをしては回復した者もいる。


 身体は回復しても、心が回復しないままでは足がすくむ。

そうして、再びケガをすれば、心の傷は深くなるばかり。

これ以上、最前線に立つのは難しいと判断した者は、王都に運ばれる。


 時折、王都から、増員が来るが、それでも実数は確実に減っていた。

前へと進む意志を保つのに苦労する。

自分の意志だけならまだしも、最前線にいる全員の意志を維持する必要がある。


 いつまで続くのか。

魔王がこんなタイミングで現れたら、全滅してしまいそうだ。

連日、死傷者が王都に運び込まれ、疑心暗鬼になる国民。


 ニコライは大丈夫だろうか。

サーシャ、ルヴィ、ギデオン、ベン、どうかみんな無事でいてくれ。


 マリスが、疲れた様子で。

「これまでなら、もうとっくに魔王は覚醒している。」

と、言った。


 魔王覚醒に必要なのは、おそらく膨大な魔力。

それを、主に俺が消費している。

当然、俺だけではない。


 魔法を効率的に使用できるように、多くの者に空間中の魔力の素を消費する方法を教えたのだから。

魔力は、魔物からも奪っている。


 魔物を倒した時に、体内に使用されずに残っていた魔力が放出されるから、それを吸収、または、そのまま使用することが可能だ。

それらはすべて、本来なら魔王が覚醒するために使われるものなのかもしれない。


 魔力が足りずに覚醒に至らないのか。

だとしたら、魔王に、覚醒に必要なだけの魔力を、あえて吸収させなければ、覚醒しないままで終わってしまうのでは。

魔王が、本来覚醒するタイミングで覚醒しないとなると、今度いつ、魔王覚醒が起きるのか。


 世界の歪みが、七七年毎に起きる規則さえも、変わってしまうかもしれない。

空気中にある魔力の素や、魔物を倒した後に魔力を吸収せず、放置した方が得策だろうか…


 今後の作戦を、急ぎ、確認する必要がある。

マリスと相談して、改めて部隊全体が休めるように整えてから、各部隊長を集めて相談をすることにした。

全員に念話で伝達して、計画的に周囲の魔物をある程度倒し、安全を確保する。


 結界が万が一破られた時に魔物を撃退する待機要員と、純粋に休息する隊、それから装備を整えたり、回復に専念する部隊。

全ての部隊を一度に集めるのは難しいから順番に調整や休憩を取ってもらいながら、順番に話をしていった。


 回復部隊は戦闘部隊とは別で、常に安全地帯に設置した待機所に詰めている為、決定事項を伝達するだけだ。


 いつまで続くのかわからない戦いを、このまま延々と続ければ、疲弊は免れない。

その果てに魔王が覚醒したら、一体どうなるか。

皆、一様にそういった声を上げた。

結果、魔王覚醒を促し、魔王を討伐するという結論に至った。


 {全員へ伝達する。これ以降の戦いにおいて、空気中に存在する魔力の素、及び魔物の遺体に残留している魔力は使用禁止とする。最前線で戦う者の後方で、すぐに戦える者が常に待機し、部隊の枠を気にせず、一人が抜けたら一番近くにいる戦える者が交代するように。}


 こういった戦い方は訓練していない。

うまくいくかはわからない。

{交代時、どちらがより近くにいるか迷うようなケースもあるだろうが、皆、積極的に動いて欲しい。}

と、マリスが補足してくれた。


 俺が会議に参加する間、結界を保持しているアルへ、少し休むよう伝えて交代する。

アルは素直に応じて休息を取りに行った。

父さんは一隊を指揮している為、会議に参加していた。


 アルは、結界魔法を扱うのが、俺よりもうまい。

マリスに言わせると。


 「二人とも、同じくらいだぞ。私でも結界を破るのが難しいのは、今のところお前ら二人だけだな。」

と、いうことだから、俺はアルを贔屓目で見ているのかもしれない。


 それにしても、マリスは俺たちの結界を破れないとは言わなかった。

難しくても破る事が出来るということなら、魔王に対抗できるのではないか。

そう思い、尋ねた。


 「マリスは、七人の魔女の中では一番強かったの?」

魔女が七人揃っていた時でさえ、召喚者を必要としていた。

もはや一人の魔女では、とても対応が出来ない。

そういう話なのだろう、と、思っていた。


 しかし、訓練を積むうちに、マリスが相当強いことがとても気になった。

一人の力では、地球からの召喚は不可能だというが、それも本当なのだろうか。


 「そうだな。いまこの時の私の力なら、あとの六人を相手に良い戦いが出来るかもしれない。けれど、勝てはしないだろうな。」

一体どういうことだろう。


 「私は、魔力を効率的に利用することを追究してきた。元より、得手不得手がなく、まんべんなく魔法を使える強味はあった。どんなに強力な魔法でも、その効力をまともに食らわなければいい。魔法の構造から理解しているから、どう避ければ良いのかを理解している。」


 相手が強いなら、その力を利用すればいい、と、マリスは言った。

俺は合気道を習ったことはないけれど、相手の力を受け流す。

相手の力を利用する。

と、いう発想は合気道と通ずるのではないか。


 「私は、いざと言う時に魔王に対して一人でも戦える方法を追究してきたから、ティグにも勝てるかもしれない。私の弱点を知られたら、絶対に勝てないけれど、魔王すら私の弱点は知らないはずだ。」

「…全方向から同等の力で包み込むように攻撃をすれば、ほとんどの場合対応不可能、とか?」


 「お前は、本当に…。まあ、いい。魔王と戦う時にも有効な、相手の力を利用する戦い方をお前に伝授する。」

俺がずっとマリスから教わってきたのは、より強い存在との戦い方だった。


 召喚者はもちろん、マリスも、これまで、犠牲者を少なくするための戦い方をしてこなかった。

考えたこともなかったかもしれない。


 魔王を倒すことが目的で、最低限の世界を守ることが当たり前の感覚なら。

『犠牲はやむを得ない』

と、わざわざ考えるまでもなう、当たり前のことなのだろう、な。

俺には、どうしたってわからないことだ。


 「これまでの召喚者は、国民一人一人を強くして犠牲者を少なくしようなどと言う者はいなかった。私はもちろん、他の魔女も誰も考えたことがなかった。」

良いとか、悪いとか、俺には判断できない。


 俺は日本に産まれて育ったから、まず、戦争はないに越したことはない、と思う。

戦争に巻き込まれるようなことがあっても、一般市民の犠牲者が出るなどもってのほか。

例え自衛隊員であろうとも、犠牲者は出ないで欲しい。


 平和ボケとも言われた国で生まれ育った俺は、何度も戦争をしている国で生まれ育った人にしてみれば、あまりに非現実的なことを言っているのかもしれない。

だか、俺は、それで良いと思ってきた。


 戦争は二度としない。

そう誓った国に産まれ育ったことを、特に意識したことはなかったけれど、いまは誇りに思う。


 一時的な休憩とはいえ、本当に息つく間もない戦いから、ほんの少し離れられただけでも、気が休まる。

同時に、もう、あの戦いに戻りたくないという思いも湧いてくるものだ。


 幸い、いま必要なのは、魔物の大群の数を減らすことではない。

これまでは、出来る限り数を減らそうという意識があった。

今後は、本当に王都や各集落ギリギリまで大群を広げても構わないから、とにかく王都や集落を結界で守るという方針だから、多少なり前線に留まる人員が減っても構わない。


 {いま、すでに限界を感じて、離脱したいと思っている者は、遠慮なく離脱してくれ。}

俺が念話でそう告げると、マリスは一瞬驚いた。

しかし、すぐに平静を装い様子を見守っていた。


 しかし、ほとんどの者は動かない。

この場で、自分の出来ることをするのだ、と、決意してるようで。


 {俺は残る}{俺もだ}

と、一人一人の念話が聞き取れないくらいうるさくなり、俺は念話が聞こえる音量を、一時的に下げた。


 {この先は守ることが主な行動になる。万が一、王都や集落に魔物が押し寄せた時に対応する方へ回る者を、各部隊長が選出して派遣してくれ。}

マリスが感情論でなく、指示をすると、各部隊長が指示を出したのか、今度はさすがに多くの者が動いた。


 「マリス、ありがとう。」

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