◆第五章◆ 魔女との対面
「よぉ。お前が、転生者か。」
愛の魔女を紹介する、と、急に言われて、俺はろくな覚悟も出来ないまま、目の前の人と対面している。
絵本に描かれているピンクの髪の毛を想像していたが、実際には真っ白だ。
重ねた年月によるものなのか、あまり手入れをしていないのか、パサついている。
ひとまとめに括られているけれど、なんだか雑な様子で、おくれ毛やら、あらぬ方向を向いてる毛が無数にあった。
洋服は、全身が落ち着いたピンク色で、だいぶ年季が入った雰囲気だ。
不思議と、くたびれた感じはなく、いわゆるヴィンテージの風格。
極々薄いピンクのYシャツ、シンプルなベストに、腰回りと太もも回りがゆったりとしていて、膝から下は足首にかけて窄まっているパンツ。
羽織っているフード付きのドレスローブは、とても長く足首まである。
表面に細かい刺繍の模様があり、高級なものだと感じられた。
全体的に、薄汚れた感じや、くたびれた感じはしない。
なにか、とてつもない矛盾を感じる。
髪だけがボサボサなのだ。
肌のきめ細かさには、自然と気が付いた。
透明感があり、手入れの行き届いた感じがする。
正確な年齢は知らないから、推測の域をでないけれど、きっと年齢の割には皺も少ない方なのではないだろうか。
まるで、元来はきちんとした人が、とってつけたように、がさつな人物を装っているかのような…
「初めまして。俺は二コラティグ・フィルスター・グラウディールと申します。ティグとお呼びください。」
俺は、フルネームで名乗り、一礼した。
「ああ、私はアマビリス。世間では愛の女神と言うことになっているが、本当のところ愛の魔女だ。」
右手を差し出されたので。
「お会いできて幸栄です、アマビリス様。」
応じて握手をした。
ふと、鼻を掠めたのは、甘すぎない花の香り。
香水ほどの強さはない、優しい香りだった。
(やはり、この人は…)
「敬称などいらぬ。敬語もな。堅苦しいのは嫌いなんだ。」
俺は困った。
もしかして、この乱暴なきつい口調も、わざとやっているのだろうか?
「多少の敬語は許してください。特に、王城と言う場所がそうさせるんです。」
アマビリスは、疑惑の表情を浮かべる。
「敬意を払う必要のある者など、ここにはいないと思うのだがな。」
何かすごくトゲトゲしい気配を感じ、アマビリスさんの表情を改めて見ると、ものすごい勢いで陛下を睨みつけていた。
陛下は、蛇に睨まれたカエル状態。
緊張して肩に力が入っているのが、見ただけではっきりとわかった。
「お前をティグと呼ぶのは、いささか躊躇われる。お前が転生者であるがゆえ、なのだが、本当にティグと呼んで構わないのだろうか?」
アマビリスさんは、陛下を意識の外へ追いやるや否や、どこか申し訳なさそうに訊ねてきた。
乱暴さもキツさも感じられない。
やはり、この人はとてつもない矛盾を抱えている。
「今の俺はティグですから、ティグと呼んで欲しいです。」
俺は、努めて明るい笑顔を見せる。
「お前も、アマビリスでいいぞ。長ければ、なんとでも略して構わない。」
再び乱暴なキツい口調でそう言われ、少し考えた。
最初にアリスと言う呼び方が思い浮かんだが、なんとなく不相応な気がして。
「マリスなんてどうでしょう。」
俺の勝手なイメージだけど、アリスと言う名前は、結構うっかりさんって感じなんだよね。
アマビリスには、うっかりしている印象はない。
有名な物語があると、どうしてもそのキャラクターのイメージが重なってしまうから、敢えて外した。
「フランソワはアリスと呼んでいたが、マリスとは…長く生きてきて、初めての呼ばれ方だ。だか、それで構わないよ。」
ああ、以前アリスって呼んでいた人がいたのか。
それなら、思い入れもあるだろうし、違うものにして正解だったかな。
「フランソワさんって…たしか2代目の召喚者のフランソワさんですか?」
フランスの人だったはず。
アリスって、フランス語圏の名前なんだっけ?
「ああ。彼は男性の方が好きだったから、良い友達だった。あの頃の私はまだ若くてな、男性と友達になれるなんて、思ってもいなかった。男の友達なんて初めてで、新鮮だった。」
愛の魔女と言うからには、愛を重んじてきたのだろう。
彼女にとっては男性は恋愛対象。
だから、友達になるなんて、考えられなかった、と言うことだろうな。
愛を追究する人なら、同性にも恋愛感情が及ぶこともあるんじゃないか?
この人になら訊いても許される気がして。
「マリスは、女性に対して恋愛感情を持たないのですか?」
思いつくままに、言葉にしていた。
そんな自分に、少し驚きと違和感。
あ、これはもしかして…
「そうだな。友愛の感情は持つが、恋愛感情は持ったことがないな。」
案の定、平然と答えてくれたマリス。
なるほど、愛にはいろんな種類があるということなんだな。
「そうなんですね。」
愛の魔女という形容がすごく似合う人だと腑に落ちた。
それにしても、マリスって、一体何歳なんだろう…
少なくとも、二人目の召喚者がいたころには、最低でも九〇歳を超えていただろうし、女神歴以上は生きているはずだ。
四〇〇歳を超えている計算になるのだが…
女性に年齢を尋ねるのは失礼だと教わってきたから、魔女とは言え、さすがに訊けない。
はず、なのだが…
「マリスは、何歳ですか?」
ああ…やはりな…
「女神歴〇年の時、一九だった。計算が面倒だから自分で確認してくれ。」
マリスは平然と答えるが、俺は釈然としない。
「はい…」
その計算はあとでするとして。
「ところで、マリス。俺に精神魔法を使うのは止めてもらえませんか。」
先ほどから、胸の内にしまっておこうとすることを、どうしても口に出してしまう。
俺は精神魔法を使用したことはあっても、自分が使われるのは始めてだった。
「腹を割って話したくてな。許せ。」
「ちゃんと思ったことは言葉にすると約束しますから。」
マリスのことを、七人の魔女の中で、唯一の存命者だと聞いていた。
そして、これまで亡くなった六人は自然死だったことも、マリスに会う前に教えてもらっていた。
どちらにしても、七人の魔女の中で最年少であることは、ほぼ間違いないだろう。
「改めて、私の力が及ばず、こんなことになって、すまない。」
どういうことだろうか。
何を謝られたのか、俺が呆けていると。
「お前、まさか説明していないのか?」
マリスは、彼女自身の頭が飛ぶんじゃないかという勢いで、陛下の方を向いた。
「すみません、アマビリス様。わたくしの不手際です。」
陛下を守るように、マリスと国王陛下の間へと立つ宰相のエゼルさん。
いつも冷静で、何を考えているかを相手に悟らせないライオンの獣人が、今は小動物のように怯えて警戒しているように見えた。
「ほお。…と、言うことで、良いのか?アローム。」
マリスは、エゼルさんと目を合わせたまま、言葉だけを陛下へと飛ばした。
睨みつけられるより、むしろずっと怖いんじゃないだろうか。
「い、いえ。申し訳ありません。」
陛下は、目の前のエゼルさんを脇に押しやり、自ら前へ出ると、まっすぐにマリスの目を見た。
人間の陛下に対して、エゼルさんはライオンの獣人だ。
体格はもちろん、力でも圧倒的にエゼルさんの方が勝っているだろう。
腕に手を添えて力を籠められたエゼルさんが、陛下の意図を汲んで、従ったのだとわかる。
宰相と言う役割は、陛下の護衛を担っていない。
あくまで政治的な助言をする立場だ。
エゼルさんは、その辺りをよくわきまえているんだと思う。
「よく覚えておけ。死なない程度に叩き直してやる。」
低く響く声には迫力がある。
マリスの声は、かっこいいと形容したくなる、低く艶のある声だ。
「すまない。こいつらのせいでひどい目に遭っただろう。私の目の行き届かないところで、こいつらは勝手に。」
ん?
つまりあれか。
本来は、愛の魔女が監督して転生召喚用の魔法陣を完成させる予定が、魔女の助言や指導を無視して魔法陣の完成を急いだとか、そういうこと、か?
「元の計画では、転生を伝え、本人の希望を聞く予定だったんだ。ただでさえ、異世界への転生を強いるのだから、獣人の種類に希望あるかくらいは聞くべきだろう。」
是非聞いて欲しかった。
「獣人になることは、あくまでこちらの事情で譲れない。ならばせめて、獣人の種類くらいは選んでもらおう、という話だ。」
なるほど。
マリスは、転生者の立場になって、考えてくれていたのか。
俺なら、間違いなく小動物を選択しただろうな。
「結果的には、今の家族でよかったと思っています。」
小動物の獣人だと、トラの獣人と関わる機会は少ない。
シマリスの獣人ベンジャミンと出会ったのは、ごく最近のこと。
ギデオンから紹介されて、初めて交流が始まった。
それまでは、本当に小型の獣人とはほとんど関わってこなかった。
今の両親で良かったと思うし、ティア、アル、キース、ウラという弟妹は代えがたい。
「あくまで、結果論だろう?」
「はい。確かに、結果論です。だけど、結果が良かったのだから、それでいいです。」
「まあ、取り戻したい時間とか、多少なりわだかまりはありますよ。
それでも、今の自分なら、迷わず今の家族の元へ転生することを選択するのだから、これはこれでいいんですよ。」
マリスは、それでも納得していない様子だ。
「召喚にあたっては、私が責任をもって執り行うところ、こいつらが勝手に暴走しやがってな。お前にとっては、こちらの事情など知ったこっちゃないだろう。」
召喚についての研究は許していたが、それを行使することなどもっての他で、事前にマリスの許可もなく実行された召喚は、異例中の異例。
指揮をとった陛下を、マリスは散々しかりつけたらしいが、どうにも、その罪深さを理解しておらず、まだ叱責が足りていない、と、マリスは感じているらしい。
散々陛下からの謝罪は受けていたが、なるほど。
これは、是非ともマリスのおしおきを受けてもらいたいところだ。
「マリスがそこまで仰るなら、是非ともしかるべき制裁を、お願いします。」
理解できないのも、わからなくはない。
陛下は、異世界を知らないのだから。
少なくとも、七人の魔女の一人であるマリスよりはずっと無知だろう。
だからこそ、下手に手を出すべきではないのだ。
自分がしたことの重大さは、認識してもらいたい。
「ティグ!?」
陛下は、俺に裏切られたかのような反応をする。
どうして、そんな反応になるのか、俺はため息をつきたい気持ちになった。
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