王様説教を食らう

 「陛下!ティグ様は、一旦お怒りを納めくださっていただけです。温情を下さっていたのですよ。」

エゼルさんが、ものすごく慌てた様子で陛下を諫める。

「そうだ、アローム。お前の犯した罪は、死をもってしても償いきれないものだ。許されるのなら、一〇〇回くらい殺してやりたい。」


 その時、マリスが持つ狂気の片鱗を感じた気がした。

陛下とエゼルさんが、これほどまでに恐れおののく人物だ。

マリスは相当に恐ろしいのだろう。


 「…」

先ほど感じた片鱗が、本当にわずかな片鱗でしかないことを、間もなく目の当たりにした。

「かかわった魔法研究員、全員を死刑にしたいくらいだ。」

冷淡なつぶやきに、それまで体験したことがない恐怖感を覚えた。

虎に咬み殺された時を思い出すよりも、恐ろしく感じた。


 同時に、疑問を持った。

マリスがここまで怒る理由は、なんだ?


 「そんなに、ですか。」

俺の問いかけに、マリスは怒りモードから、急激に消沈モードに切り替わる。

「計画のずさんさは、ひどいものだ。下手をしたら、お前の人生そのものにも干渉していたかもしれない。」

一体どういうことだ。


 「…本来死ぬ予定ではないタイミングで、こちら側の召喚によって死を引き起こす恐れがあったんだ。」

ほう…

さすがにそれは、聞き捨てならないな。


 「計画の初期段階で、その可能性を指摘したが『こんな状態で、転生召喚を行うのは現実的ではないから、更に七七年後の機会まで見送ろう。』とまでは、言えなかった。私は今から七七年後には生きていない。だから、強く止められなかった私の責任でもある。」

いや、おそらくマリスが制止したところで、この人たちは、強引に実行しただろう。


 「知らない間に、事が進められていて、気が付いた時にはお前が召喚された後だった。慌てて、あらゆる角度から検証した。」

マリスは、これまで、五人の召喚者と災厄を乗り越えて生きている。

だから、召喚者を一人の人間として考えられるのだ。


 けれど、王室関係者は、話を伝え聞くだけ。

それも、機密事項に関わることなら、詳細を知らされないまま、目の前のノルマをこなそうとしていただけかもしれない。


 「不幸中の幸いで、魔法陣の構成を徹底的に調べたところ、お前の寿命や死に方には干渉していなかった。気休めにもならないだろうがな。」

「いえ、十分気が休まります。それがわかっただけでも、本当に。俺は、あの時、ああいう死に方をする運命だった。それがわかっただけで、だいぶ心が休まります。」


 「そうか。それでも、やはり…すまない。」

マリスが頭を下げ、陛下とエゼルさんが声を漏らした。

意志とは関係なく、漏れてしまったようだった。


 「ティグ…本当に、申し訳なかった。」

マリスの謝罪を目の当りにして、陛下は事の重大さを理解しつつあるらしい。

「いえ、マリスの罰を受けてくださるのならば、それで水に流します。」

時は戻らないのだから、せめて甘んじて罰を受けてほしい。

「わかった。」


 先ほどは、免れようとしていた陛下が、今は罰を受け入れたようだ。

「では、その際はぜひ立ち会ってくれ。」

けれど、罰さえ受ければ許される、と、思っている風にも感じられた。

「はい。」


 「アローム、お前はまだ理解していないな。自分が何をしたのか。ティグがどんな目に遭ったのか。」

マリスは、この場で、陛下に全てを認識させるつもりらしい。


 「マリスは、ご存じなのですか?」

俺の死に方。

この世界に産まれてきてから感じた絶望。


 「召喚時の記録を見たからな。転生前の状況も、私なら確認できる。」

異世界で起きた出来事の詳細を確認できるなんて、魔女の力がどれ程のものなのか、計り知れない。

かなりのチート能力を保有していそうだけれど、それでも魔王を倒すには異世界の力が必要になるんだな。


 「魔女の私だから、魔法陣で呼び出された魂の記憶を見ることができたのであって、ここの魔法研究員には無理だろうな。」

マリスが話さない限り、陛下は、知り得なかった、と、いうことか。

そして、陛下は、これまで一度も知ろうともしなかったんだな。

「そう、ですか。」


 「聞かせてやろう。きっと、死んで詫びたい気持ちになるだろうから、これまでは敢えて伏せていた。だが、お前のティグに対する態度を見ていると、話した方が良さそうだからな。」

陛下は、混乱していた。

まだ、何かあるのか?

とでも、言いたそうだ。


 マリスは、目をギラつかせている。

自分自身に対する怒りも含まれているのだと思う。


 俺の肩を徐に抱き寄せ。

「私から話すので構わないか?」

温もりを感じる優しい囁きに、俺の頬は少し赤くなっていたと思う。


 「お願いします。」

自分で話す気持ちにはなれなかった。

あの時の恐怖は、どうしたって拭い去れない。


 「この者の前世は、虎に噛み殺されて終わったんだ。」

陛下と、宰相様は、理解するのに時間がかかったらしい。

やがて、みるみるうちに血の気が引いて、陛下は倒れそうになる寸前に、自ら床に膝をつくことを選んだ。


 虎に噛み殺された人間が、トラの獣人として生まれ変わるということ。

獣人の中には、獣化する者もいる。

そんな世界に、自らがトラの獣人として転生するのが、どういう意味を持つのか。


 「不幸な事故、と、一言で片づけて良いことではないと、いくら考えの足りない愚かな頭でもわかるだろう?」

「…」

陛下は、きっと想像が追い付いてない。


 「こいつが心に深く刻んだ恐怖の対象が、獣人とは言え、目の前に両親として現れたらどうなると思う?」

その想像を、補い、具体化させるように、マリスは言葉を重ねる。

「前世、己に死をもたらした存在だぞ。」


 「この話をするために、今日は父さんを呼ばずにおいてくれたんですね。ご配慮、ありがとうございます。」

今日は、俺だけで執務室へと来てほしいという話を受け、既に魔女の存在を知っている父さんをなぜ呼ばないのか、疑問に思っていた。

そして、父さんを呼ばないように指示したのは、マリスであることも、聞かされていた。


 「…ティグ…」

陛下が俺を見る。

ならば、俺自身の口から語ろう。


 ただ、事実をありのままに告げるほうが、マリスのやり方よりもダメージが大きいかもしれない。

そう、俺は、陛下にダメージを与えたい、と、明確に思っている。


 マリスが、具体的にどんなお仕置きをするのかはわからない。

けれど、事実そのものが精神的に与えるダメージこそ、もっとも大きくあって欲しい。

陛下には、事実を認識して欲しい。


 「俺は、虎に咬み殺されました。死の間際に感じた痛みや恐怖は、今でも思い出すと震えるほどの恐怖です。両親の、虎の耳としっぽが恐ろしかった。三歳まで両親を怖がり、拒否し続けました。」

理屈じゃないんだ。


 「自分自身にしっぽが付いていることで、状況は理解したけれど、とても受け入れられなかった。親戚にも一切会わな…いえ。会えなかった。」

あの頃の時間を取り戻したいという思いは、きっと、ずっと在り続ける。


 「当然だろうな。」

マリスが、肩を撫でてくれる。

「…なんということを…」

エゼルさんが、居たたまれないという様子で震えている。


 陛下のしたのこと重大さ。

その本当の意味を、エゼルさんもこの時初めて理解したのかもしれない。

おそらく、こんなに動揺している宰相さんの姿を見る国民は、後にも先にも俺だけだろう。


 「想像しなかったんだよな? だから愚かだというんだ。さんざん言っただろう。どういう結果を招くのか、考えなければならなかったんだ。」

陛下は、呼吸をすることすらままならないのか、苦悶の表情を浮かべている。


 「ティグ、地球と言う場所で、人が虎に噛み殺されるという状況は、頻繁に起こることか?」

マリスが俺に尋ねた。

「俺が暮らしていた国では、ほとんど起こり得ないことです。けれど、暮らしている国や地域によっては、ライオンや、熊、狼に襲われることがあると思いますし、多くの人間にとって、それらの動物は、むやみに近付くのが恐ろしい存在です。俺が生きていた国なら、日常的に教われる可能性が一番高い動物は、熊ですかね。」


 俺の言葉を聞きながら、陛下とエゼルさんは、ますます血の気が引いている。

この世界で、五歳の頃から俺が通った学校は、周囲を見回せば、いま挙げた動物ばかり。


 「アロームよ、もし、仮にお前が魔物に殺されたとして、魔物に転生したらどう思う? 周囲には、自分を殺した魔物があふれ、また同じ目に遭うのではないか、と、考えるよりも先に身体が拒否する。両親、自分自身、家族も魔物であるという事実、受け入れられるか?」


 陛下は、すぐに答えられない。

きっと、自分以外の立場に立って物事を考えたことがないのだ。

だから、マリスも、極端な例として魔物を挙げたのだと感じた。

「…とても、受け入れられないことです。」


 俺はマリスをじっと見ていたから、マリスは、何も言わずに、エゼルさんに一瞥をくれたことに気が付いた。

具体的に言葉にしなくとも、視線で宰相さんにも。

『お前も考えろよ』

と、言っているようだった。


 「いまとなっては、ティグはそういった苦しさも乗り越え、平穏に暮らしるようだが、結果が良ければそれで良いか?」

マリスは、逃げ場がないところまで追いつめる。

「いいえ、いいえ!そんなことは…決して…」

窮鼠猫を噛むという状態には至らない、絶妙な加減で、少しずつ追い詰めていく。


 「しかも、一時は第一案の研究を私が止めるまで推し進めようとしていたのだから、この国の王は全く愚かだよ。」

「アマビリス様、それは…」

エゼルさんがマリスに抗議しようとしたが、言葉に詰まった。

「エゼル!構わない。私の勉強不足であることは変わらない。」


 「おおかた、魔法研究員が功を焦り、虚偽の報告でもしていたか。そんなことをする奴が出てくるとは、この国の民も随分知恵をつけてきたものだな。」

マリスは、言い訳を絶対に許さないという気迫で追い立てた。


 「上に立つものとして、お前はあらゆる狡猾さにも対処しなければならないんだ。国民を舐めるな。知恵を与えれば、悪用する者が出るのは自然なことだ。野心が芽生えることだって、あるんだ。」


 陛下は、いつからか、片膝をついて頭を下げる姿勢でマリスの話を聞いている。

「はい。」


 「これからますます、そういうことが増えるだろう。」

マリスは、言いながら苦々しい表情をした。

自分自身に言葉が返っているのだろう。


 今日が初対面で、ほんの少しの時間話しただけだが、『愛』を冠している魔女だ。

どちらかと言えば、人を信じたいタイプなんだと思う。


 「ティグ、お前を救ったのは、お前の父だ。それだけは知っておいて欲しい。」

このタイミングで、俺に対して救いのような話をするのは、マリスが長く生きている故の知恵なのだろう。

意識が、陛下への憎しみや怒りに傾きすぎないよう、配慮してくれたのだ、と、少なくとも俺はそう感じた。


 「どういうことでしょうか。父さんは魔法研究員ですが、俺が転生召喚されたことは知りませんでしたし、計画には関わっていませんよね?」

「ああ、ブライは、お前が召喚される二か月ほど前に、研究対象を魔法陣から魔法原理へと変更したからな。」

「そういうことでしたか。父さんが魔法陣を研究していたのは、初耳です。」


 「もともと魔法陣の論文がきっかけで、予備研究員に採用したからな。」

ん?

「いま『採用』って仰いました?」

「ああ、私は五代にわたって魔法研究所の所長をしている。ブライは部下だぞ。普段は名前や顔を偽っているから、いまの状態で会ってもわからないだろうがな。」


 「五代続けて、顔と名前を変えて、魔法研究所の所長を…」

「ああ、代替わりのタイミングでは、一人二役をしなければならないから、なかなか大変だ。」

実際、魔法の知識や技能に長けている魔女以上の適任はいないだろうが、まさか五代続けてとは。


 人間の平均寿命が七〇年。

時には獣人の姿にもなっていたと考えて、合計三〇〇年くらいだろうか?

「私が魔法研究所を創立させたから、魔法研究所創立当初から私が所長をずっと担っている。」

俺が計算していることがわかったのだろう。

魔法研究所の創立って、たしか…

「女神歴一五五年が創立の年でしたか?」


 「ああ、そうだ。」

「え~と…二二九年。あ、そうか! 一五歳からだから。」

成人後に研究員になるのだから、寿命から一五年は最低でも引く必要があった。

しかし、歴代の所長が皆若年と言うことになると…

「二度は、不幸な事故で、若くして亡くなった、身寄りのない優秀な研究員の身分を借りた。」

なるほど、死を表向きなかったことにしたのか。

これだけ王室と近ければ、容易なことだろう。

 

 「私の話は、さておき。ティグを召喚する時に使用された魔法陣の構造は、ブライの研究が元になっている。それが、幸いして、お前の人生に干渉しなかったんだ。あのまま第一案のまま進められていたら、あるいは…」

あるいは、なんだ!?


 「…え?もしかして、第一案のままだと、寿命や死に方にまで干渉していたかもしれないということですか!?」

「魔法陣というのは、時に予測不能なことが起きる。転移系の魔法陣は特に繊細なんだ。ましてや、異世界からの転移となれば、その複雑さを理解するには、軽く数年はかかるだろう。


 「努めて簡単に言うと…元来魔法陣では複雑な指示は不可能とされていたものを、ブライの研究が可能にしたことで、ティグを安全に召喚するに至った。と、いうことだ。」

多分詳しく聴こうとすると、大変なことになるのだろうから、いまはやめておこう。


 「ブライを魔法陣の研究にあのまま関わらせていたら、お前が産まれる前に亡くなっていたかもしれない。熱心過ぎて、魔法陣を使用する際に立ち会いたがっただろうしな。」

「その言い方だと、マリスが研究の変更を促したんですね。」

「その通りだ。」

「ありがとうございます。」

おかげで、俺にはティア、アル、キース、ウラと言う可愛い妹、弟たちがいる。


 この世界からの転生召喚によって、本来死ぬはずではないタイミングで死ぬ。

死に方すら影響を受ける。

それは、俺が最も懸念していたことだ。

回避されていた。

しかも、父さんの研究成果で、回避されていたなんて。

俺が父さんのところに産まれてきたのは、運命だったのかもしれない。


 「全く、本当に。この国がいかに召喚者に頼り切りであるか、わかるだろう。」

巡り巡って地球を守ることにも繋がるのかもしれないし、俺は地球での人生を全うしてからこちらの世界に来ている。

俺がこの世界のために出来ることがあるのなら、この世界の住人として、出来る限りのことをするつもりだ。

しかし、たしかに、この国の在り方は、随分危ういのかもしれない。


 「国民に寄り添った王家などと言われているが、召喚者には寄り添ってこなかった。」

俺も、記録をざっと見ただけだが、魔王覚醒が終われば、用済み感がにじみ出ていた。

身分を明かさなければ、何をしてもかまいませんよ、と放り出す。

まるで使い捨てられてにされているような印象を受けた。


 召喚者がこの世界に来てからの生涯を一冊にまとめた文書を、ざっと見ただけだから、他の資料を見れば印象が変わるかもしれない。

そう思っていたけれど、マリスが言うからには、実際そうだったのかな。


 この世界から地球に召喚者を送り返すことは、不可能らしい。

地球に帰されても困るような人ばかりだったし、この世界で生涯生きていくという選択をしたのは、個々の事情だとして。

きっと、マリスが言っているのは、金銭的なことではない。


 「しかし、これまでとは違い、今回の召喚者は、生まれながらにして国民でもあるわけだ。さて、どうする?」

マリスから陛下への、過ぎるほどの厳しさは、子供に対するそれとはまた違う。

弟子に対する厳しさに近いだろうか。


 国王陛下と言う立場に居ると、進言を受けることはあれど、叱責を受ける機会はほとんどないだろう。

マリスだからこそ、言えることがあるのだろうな。


 「陛下、マリスがいて、良かったですね。」

なんとなくマリスがいれば、この国は大きく間違った方向には進まないだろう、と、感じたことが、するっと口から出てしまった。

既に、精神魔法は解かれているはずなんだけれど、精神魔法の余韻みたいなものかな。


 陛下は、力なく項垂れている。

よほどの衝撃だったのだろう。


「マリス、ありがとう。」

「なんだ?特に礼を言われるようなことをした覚えはないぞ。」

「良いんだ。俺が言いたかっただけなんだ。」

俺だけでは、こんな風に陛下を問責できなかっただろうから。


 ところで、マリスが陛下に罰を与えるって、一体どんなことをするのだろうか…

立ち会ってくれと、言われたけれど、なんだかちょっと怖い気もする。

だが、陛下と長い付き合いのマリスが、罰を与えなければわからない、と、判断している。


 実際問題、事の重大さを認識してもらわねば困るんだ。

今後も同じような被害者が出ないようにするためにも、俺の転生召喚が、一つの成功例として引き継がれることだけは避けたい。


 既に、だいぶわかっているとは思うけれど、まだまだ認識が甘い印象がある。

一時的とはいえ、転生させるために殺してしまうという可能性がある状態で進めようとしていたことが、心底信じられない。

それが、どういうことなのか。

他の世界に生きている人間のこととはいえ、国の勝手な都合で人が生涯を終えることなど、あってはならないんだからね。


  「ティグ、しばらくは、魔王覚醒に備えて、私が魔法を教えるからな。」

マリスが話を変えてくれたことで、俺は気分転換できた。

四〇〇年以上生きている状態は、想像することすら難しいけれど、話している相手の気分とか、考えていることがなんとなくわかるようになっていても不思議ではないと思う。


 「そうなんですか。よろしくお願いします。」

俺は、改まってマリスに向かい頭を下げた。

「さっきみたいに楽に話せ。丁寧に話されるとムズムズする。」

「あはは。わかったよ。」


師匠になるわけだから、きちんとしたかったのだけれど、師であるからこそ言うことをきくことにした。

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