【こぼれ話】アマビリスの愛情
私は、これまで四〇〇年以上生きてきた。
五人の召喚者と少なからず関わってきたから、この世界だけではない視点がある。
王家の人間との関わり方は、その時々で違った。
国王は四、五〇年毎には交代するから、これまで一〇人前後の国王と関わった。
最初の召喚の時、後に女神歴〇年とされたあの年、私は一九歳だった。
魔女にしては、ほんの子供。
寿命が人間や獣人の五倍ほどあるのだから、他の魔女からすれば四歳児のような感覚だろう。
当時三〇歳だった安寧の魔女クロエは五歳児で、六八歳だった太陽の魔女エリアナでさえ、一〇代の少女のような扱い、と、言うことになる。
魔女は、経験だけがものを言う。
才能があっても、努力をしなければ持て余すだけ。
いかに自分の力量を知り、効率的に魔力を使いながら、最大限の威力を発揮するか。
工夫と研鑽を怠らず、より良い魔法があるかもしれない、と、常に追究する気持ちが重要だ。
才能に甘んじて。
「そんなこと、簡単に出来るわ。」
などという態度を取ろうものなら、その無駄に高い鼻を、全力でへし折られる。
この世界の全ての者が魔法を使えるから、全員が魔女や魔法使いと言えなくもない。
特に、地球から転移してくる召喚者にとっては、その辺りが不可解だったようだ。
魔女や魔法使いは特別魔力が多く、魔法の能力に長けている者を指す。
これは種族の違いであり、外見上は人間と大差がなくとも、まったく別の存在だ。
何よりも寿命が違う。
私は、この説明を、すべての召喚者にした。
そもそも、最初に異世界からの召喚を行ったのは、他ならぬ私たち七人の魔女。
王家にその役割の一部を担わせる選択をしたのも、私たち魔女だ。
王家の身勝手を責められる立場にない。
これからも、新たな召喚者を頼る必要がある。
いつまで続くかわからない魔王覚醒と言う災厄を乗り越えるために、召喚者の力は必須。
そんな彼らにとって、全く縁もゆかりもない、異世界の危機を救うため、突然召喚されるなど、混乱して当然だ。
拒否されても仕方がないとさえ思う。
だからこそ、最大限敬意を払い、尊重してきた。
人によって理解に差が出ることだ。
魔女の中にすら、こちらの都合しか考えられない者がいたのだから、血筋の問題でなく、個人の資質なのだろう。
召喚を、転生と言う方法で行う案は、三人目の召喚者を召喚した後から、魔女の間で議論が交わされていた。
魔女は確実に数を減らし、増える気配がない。
先々、これまで通りではいかなくなる、と見当がついていた。
この国は、獣人と人間の双方が平等であることに重きを置いている。
しかし、転移召喚では、必ず人間が来ていた。
王家からは、再三、獣人を召喚できないのか、と、言われていた。
別の世界の人間とはいえ、陰で魔王覚醒から世界を救っていたのが人間だったと世間に広く知られたら。
『人間のおかげで世界が平和なのだから、獣人は人間に媚びろ、逆らうな!』
などと、言い出す輩が出てくるかもしれない。
そういう事態を避けるため、獣人と人間の王族が交互に王位を継承している王家としては、救世主たる召喚者が人間ばかりでは困る。
と、いう理屈だ。
転生召喚計画は、狭間の魔女エマが、具体的な案をまとめて立ち上げた。
魔女の生き残りが三人だった、一五〇年以上前のこと。
立案から一年もしないうちに、立案者が亡くなってしまったから、引き継いだのは、残る二人の魔女、安寧の魔女クロエ、と私だった。
五人目の召喚者であるアウロラからは、転生召喚に備えて、頻繁に話を聞いた。
アウロラは、大きな世界大戦を生き延び、全面的に終戦した二年後の世界から転移してきた、イタリアと言う国の人間だ。
戦争の空襲で死んだ者。
魔法もないのに、鉄の塊が空を飛ぶというのは、到底理解できなかった。
が、とにかく、地球と言う場所には、この世界と比べて、破壊力、殺傷力の高い武器が多数存在していたようだ。
その他にも、戦地へ赴いて人間同士が直接戦い、亡くなった者や、食料不足による栄養不足や、飢餓で死んだ者。
それらの話は既に聴いていた。
私は、アウロラの生きていた場所では、人がどんな理由で亡くなるのかを特に知りたかった。
転生召喚をするにあたり、地球で死んだ魂を転生させることになるから、その死因を探ることは、とても重要だと考えていた。
いま、振り返って考えると、アウロラに、周囲で死んだ人の話を聞き出すのは、酷なことだったかもしれない。
自分がやらなくてはならない、という思いに駆られて、周りが見えなくなっていた。
と、いまになって振り返ると、思う。
アウロラの優しさに、一番甘えていたのは、私だったのかもしれないな。
「何も食事の時にまでそんな話をしなくても良いだろう。」
アウロラは、現国王のアロームとも仲が良く、三人で食事をすることも多かった。
当時、二九歳だったアロームが露骨に不快感を表し、私を非難した。
実際には、世界を過去五回救っている魔女として、私は国王よりも立場が上。
だが、魔女だと知られてはいけないから、公の場には、魔法研究所所長として顔を出していた。
表向きの立場は、国王より下になる。
王城の職員や、学生たちが使う食堂で昼を摂る時には、もちろん外見は変えるが、三人で食事を摂る時には、諸々気を使わずに済むよう、もっぱら王族専用の食卓を囲んでいた。
それでも、給仕などが出入りするから、私は国王より偉そうな態度を取るわけにはいかなかった。
当然、アウロラも、救世主としての立場は秘匿されているから、陛下を敬っているように振舞う必要がある。
「私は構わないわよ。」
アウロラは、至って平静な様子で、私に向かって語り掛けた。
「食事の時くらいは、楽しい話がしたい。」
こうなると、もはやアロームのわがままでしかないのだが、この頃のアロームは自覚していなかっただろう。
あの頃、アロームは、まだ若く、王位に就いて三年ほど。
いまよりずっと、わがままで独善的だった。
いまでも大して成長はしていないが、いくらかマシにはなっている。
最初の頃は、何度、魔法で拘束してやろうかと考えたことか。
王族なので、そうそう滅多なことはできないが、人目がないところでは、アロームもそれほど強気には出てこなかった。
どちらかと言うと、周囲に他の国民がいる時にこそ、私やアウロラに対して強気な態度をとっていたから、威厳と言うものを勘違いしていたのだと思う。
アウロラは、最初はアロームのわがままを嗜めていた。
それが、だんだんとあしらうようになり、アウロラもそれまでの四人の召喚者と同様、徐々に王城から足が遠のいた。
そうなって初めて、アロームは己に疑問を抱いた。
「私は散々忠告していた。アウロラだって、散々言っていたのを、お前が聴かずにいたから嫌気がさしたのだろう。当然の結果だ。」
私は、努めて厳しく接した。
アロームは、私が知る歴代の国王の中で、最も幼稚で浅はかだ。
それは、繕っても仕方がないことだから、私は何度となく注意してきた。
しかし、私は子供を育てたことがない。
アロームも既にいい年だったし、子育てと言うものではないかもしれないが、どうしてか、親のような存在が必要なのだとわかった。
「アマビリス…俺はどうしたらいい?」
すっかり自信を喪失していたアロームを、叱咤激励する者は宰相のエゼルくらい。
エゼルもまた、アロームに振り回されていた。
どうしたらいいか聞きたいのは、私とエゼルも同じだった。
姿を変えることなど朝飯前だから、何年もの間、別人として城の中に存在し続けた。
魔法研究所の所長として、国の発展に尽力してきたのは、魔女の中では私くらいのものだ。
他の六人は、あまり王室と密に関わりたがらず、全く表には出なかった。
あくまでも国王よりも立場が上の存在として接していたから、魔女の中では唯一私だけが、言いたいことを言える存在だったに違いない。
王室の裏の顔を、他の魔女より見てきたという自覚がある。
アロームが知っているのは、安寧の魔女クロエと私の二人。
クロエに至っては、本当に知っているというだけで、一言も言葉を交わしたことがないかもしれない。
アロームの両親は王族として王城内で生活をしている。
が、王の役割に就いている者を除いては、あくまでも王族としての理想的な生活、質素倹約かつ誰よりも勤勉であれ、を体現するのが役割。
王城内で、王族に出会っても、面識がなければ一国民にしか見えないのが、王族の正しい在り方だ。
この国では獣人と人間の王族が交互に王位を継承するから、アロームの父親は王位についた経験がない。
先代の宰相ではあるが、引退した身ゆえ、政治的なことに口を出してはならない立場だ。
あくまでも親として。
「王たる者、自信をもって励め。」
と、だけ言っているのを、何度か目撃した。
アロームは時折、小さい子供がするように母親へ甘えていたようだが、母親は少し慰めたあとに。
『一国の主がいつまでも子供のようでは困りますよ。』
と、優しく諭すだけらしい。
アロームの妻は、主人よりもよほど勤勉で賢く、落ち着いた女性。
だからこそ、ただただ見守っていた。
アロームは、さぞかし孤独だったに違いない。
私は、数百年、自分を律してきた。
愛の魔女という名は、性質そのものを表している。
男と見ればすぐに恋心を抱き、迫る。
とても短い期間だったけれど、かつて、そんな風に生きた時代があった。
例え子供を産んだとして、その子に愛情を注がなかったかもしれない。
産んだことがないからわからないけれど、恋愛を追究し続けるなら、子供の存在は枷になるだろう。
子供が産まれたら、子供への愛情に移り変わったかもしれないが、それも、今となっては確かめようがなく、わからない。
私は、色々と葛藤はしたが、結局、七人の魔女の一人として、この世界を愛することを選んだ。
決めてから、自分が他人に対してどう在るか、考えに考えて、三〇年くらいかかって『厳しさ』を選んだ。
精神魔法を使える私にとって、相手をその気にさせるくらい容易い。
気を緩めれば、恋愛に走ってしまう己を制御するため、冷たく恐ろしい、近づきがたい人間だと思わせることが、最適な手段だと悟った。
「愛情があるからこそ厳しさを持てる。」
と、言われた時には、救われた思いだった。
その時に、私は自分の生き方を、心底肯定することが出来た。
だから、ずっとそうしている。
今更、変えるのは、な。
「アローム、お仕置きの時間だ。」
どういうわけか、アロームは私にお仕置きされるのが、好きなようだ。
今も、悦びを滲ませている。
地下牢で、拘束されて、何がそんなに嬉しいのか。
「そう喜ばれては、お仕置きにならないのだがな。」
こんな私のやり方から、愛情を感じ取っているのだとしたら、こいつの愛情不足も深刻なものだ。
アロームのおしおきは、これまで三度。
前の時からは、一五年ほどか。
あの時は、エゼルに立ち会わせたな。
今日は、地下牢がある場所に誰も入ってこないよう、エゼルが見張っている。
立ち会いを望まれたティグが、横で慄いているから。
「なにも、常に、誰に対しても例外なく厳しくすることこそが愛情と思っているわけではないぞ。」
と、敢えて笑顔を見せた。
どうやら逆効果だったようで、ティグの顔は引きつっている。
「厳しさが必要な者に、愛を持って厳しく接することが必要だと考えているだけだ。特にこいつはな。」
「王と言う立場にある者を、叱れる者は限られるから、私はその一人であろう、と、努めているんだ。」
アロームが情けない悲鳴をあげているが、まだ悦んでいるとわかる。
「こいつは、私におしおきされることが嬉しいらしくてな。本心から止めてほしい、と、泣き叫ぶまでには、かなり時間がかかるんだ。ティグ、付き合えるか?」
「…出来れば、途中で帰りたいです。」
「そうか。まあ、そうだろうな。実際に罰を与えたという事がわかれば、十分だろう。…なぁ? アローム!」
「はっ…はいぃっ…」
王としての威厳など微塵もない。
一国民でもあるティグに、こんな姿を見せてよかったのだろうか。
「…ココマデ、シンセイノドエムハ、ハジメテミタ。」
と、なにやらティグが呟いていたが、私には意味がよくわからなかった。
いまは尋ねている余裕がないから、今度改めて訊ねてみよう。
やれやれ、アロームが王位についてる間、糾弾必至の大失態だけはさせないよう、私がこいつの手綱を握っておかなくてはならないらしい。
もうそろそろ、先に逝ってしまった六人に再会できると思っていたのだが。
少なくとも、アロームが退官するその日までは、生きていなくてはならないということか。
「まったく、世話が焼ける。」
「…コッチハ、シンセイノドエスダヨ。」
と、ティグは目尻に涙を滲ませていた。
ここまで怖がらせると、今後の訓練がやり辛くなりそうだが…
「ティグには、こんなことをしないから、安心しろ。」
「…はい。」
ティグは最後まで顔を引きつらせ、数時間後に、青白い顔で帰って行った。
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