王の思い

 愛の魔女アマビリスとの対面を経て、後日、一度家族揃って王城を訪れた。

アルが混乱して、ティアと一緒に帰宅する事態になったが、俺は父さんと母さん、陛下に、転生について話す必要があった。

心配ではあったが、ティアに任せ、続きを話した。


 俺がどんな前世を過ごしていたのか。

死に方が原因で、三年間トラの獣人が怖かったこと。


 母さんは、すごく泣いて、落ち着くまで話を中断した。

「ごめんなさい、ごめんなさい…」

と、繰り返す母さんに、俺はなんて言ったらいいかわからなかった。


 俺が何も言えない代わりに、陛下が、両親にたいして何度も詫びていた。

先日、マリスに叱責されたのが、よほどこたえたのか。

はたまた…


 マリスと対面したあの日から、家族揃って訪問をした今日までの間、三日間に渡り、召喚者の記録を読み漁ったんだ。


********


 召喚者は、国民の生活を浴するために、積極的に意見を述べ、魔王覚醒によって被災した地域の復興にも協力的だった様子が伺えた。


 突拍子もない話に、理解が追い付かないという点もあっただろう。

王家が理解できなければ、国民だって理解できない。


 理解できないことに、労力を強いられれば、国民が王家に不満を持つかもしれない。

そう考えると、仕方がないこともあるが、これは実現可能だっただろう!?

と、思うような事がいくつもみつかった。


 「この、通信機器については、度々案が出されているのに、いずれも採用していないんですね。あれば便利なんですが…」


 「それは、一度は着手したことが記録されている。数多くの中継地点を設置しなくてはならないが、設置するそばから魔物に壊されたらしい。」

「王都と、外の村や町との間で通信することに拘りすぎていたからでは? 

王都内だけなら、設置可能だと思いますよ。」

王都は、滅多に魔物の襲撃を受けない。

受けたとしても、結界があるから、建物や人に被害を受けることが、まずない。


 「言われてみればそうか。魔王討伐が終わったら、計画を再開しよう。」

「いえ、防衛上あった方が良いので、可能な限り今すぐ始めてもらえませんか。」

「あ、ああ…わかった。」


 発展ばかりを考えるのも良くないけれど、どちらかと言えば、転生召喚することの方が重要だったのではないか。

七七年毎に確実に災厄が訪れる事を考えると、継続的な発展に頭が行かないのはわかる。

しかし、そんなことばかり言っていては、発展は進まない。


 ここ最近だけで考えれば、転生召喚のことで手いっぱいだったんだろうな。

それにしても、地球人の資質を備えて産まれてくる保証があったのだろうか。

魔王を倒せるだけの力を持たない獣人が産まれていたら、どうするつもりだったのだろう。


 「一つ、訊きたいんですが。転生召喚が失敗していたとわかった時点で、転移召喚に切り替えるつもりでしたか?」

俺が、この世界の国民と同程度の力しか持たない者だったなら、改めて、転移召喚すれば、目的の”異世界の力”は得られる。


 「もし、仮に、転生召喚した者の力が、この国の一般国民と同程度だったならば、異世界の知識をこの国の発展に生かしてもらおうと考えていた。

魔王討伐には、ティグの言う通り、改めて転移召喚を行うことになっただろう。

ティグが、”異世界の力を持っていてくれて、本当によかった。」

「そう…ですね。」


 いずれの召喚者も、魔王討伐の後には、王都から離れたところで過ごしていたようで、物理的に王家との関係を経ったように思える。

唯一、五人目の召喚者、イタリア人のアウロラだけが、長い間王家と関りがあったようだ。


 「これまで召喚された皆さん、早々に王都から離れて生活しているようですが、王家からそうするように促したんですか?」

「召喚者は、この世界を滅ぼす力を持つ魔王をも凌ぐ力がある。

魔王の討伐が終わったら、元の世界へと帰って欲しい、と言うのが王家としての本音だ。」

なるほど、たしかにそうだろう。


 「だが、これまで、召喚者は自らこの世界に残ることを希望した。国を、この世界を脅かさないこと。有事の際には、協力すること。その条件を受け入れてもらえるのなら、王都にでも、どこにでも暮らして良いですよ、と、大抵そんなやり取りをしていたらしい。」

「俺には関係のないことですが、転移召喚者って、元の世界に戻れるものなのですか?」


 正直、出来たとしても、やらない方がいいだろう、と思う。

時空間回廊を通じさせる機会を無闇に増やすと、少なくとも普段は人が行き来できる状態にはない回廊が、安定して常に通れる状態になる。

などと言う現象が起こりそうな気がするんだ。


 「少なくとも魔法陣では出来ない。元々、魔女が始めたことだから、魔女には出来るのか聞いてみたら、出来ないという回答だった、と、記録されている。

詳しくは、アマビリスに訊いてみると良い。」

「そうします。」


 「さっき話していた、召喚者からの提案のことだが…。どの召喚者も、異世界の知識を自ら踏み込んで提案したわけではないんだ。」

「そうなんですか?」

「こちらがアドバイスを求めたことに対して、過剰にならない程度に配慮して応えようとしていたんだそうだ。この世界と、異世界は、魔法のあるなしの違いがあり、文明の進化の方向性が違うから、と。」

召喚者の方が、遠慮していたのか。


 「召喚者の日記の終盤に書かれている。異世界の者でも、この世界の者でも、一様に、死期を悟ると、一生を振り返り、独白をしたくなるものらしい。」

陛下は、あの資料を何年かけて読んだのだろうか。

膨大な資料を全て読み、様々なことを考え、何が正しいか考えてきたのだろう。


********


 三日間にわたり、陛下とはそんなやり取りを交わしてきた。

話を通じて、俺が異世界で人生を送っていた人間だという実感を、多少なり持ったのかもしれない。


 本質的なことは、一瞬で本能が見抜くことはある。

けれど、その人がどんな考え方をするのか。

物事にどんなふうに向き合い、取り組むのか。

そういうことは、一日や二日でわかることではない。


 家族へ話す前に、陛下と三日間を過ごせてよかった。

事前に備えるというだけでなく、気持ちの在り様が変わったからだ。


 三日間を経ていなければ、家族の前で陛下のことを責めたかもしれない。

容認できないことがある。

けれど、それを家族にまで知らせて、家族が陛下に対して不信感や、敵対心を持つのは不本意だ。


 家族へは、まず陛下が、俺がこの世界に産まれた経緯を、伝えられる範囲で話す。

その上で、これから俺が何をするのかを説明してくれる。

俺の体験や、気持ちは、都度補足話の流れに沿って伝えることにした。


 さすがに家族全員を執務室に通すわけにはいかない、と、いうことで、場所は王家の食卓。

一般国民は入ることがない場所だから、特に母さんが緊張していた。

話を聞いた途端、緊張など吹き飛んだのだと想う。


 アルは、早々に脱落してしまったけれど、父さんと母さんは、時折泣いたり、困惑したりしながらも、最後まで聞き届けてくれた。


 自分の子供が、前世の記憶を持って、この世界に産まれてきた。

それも、魔王覚醒のため、国が召喚した、などと言われたら。

一体どんな気持ちになるか、想像すらできない。


 アルも、少し時間をかければ、全てを聴いてくれるだろう。

受け入れてくれるのかは、別問題。

だけど、俺は信じている。


 これから、一週間かけて、今後について、家族と具体的な話をする。

一度学校に戻るのか。

このまま、魔王覚醒に向けて準備を進めるのか。


 本格的な訓練は、成人の儀以降になることは決まっていて、その前にマリスから魔法について詳しく教わることになっている。

俺は、これから魔王覚醒に対処するのだから、そのあとのことを考えるのは正直すごく難しい。


 俺は、家族への話を終えた後。

「もう少し執務室で書物を読んで帰る。」

と、一人王城に残った。


 前世の話をしたことで、家に帰るのをためらっていた。

ティアや、アルに、両親から話をしてくれる時間があった方がいい。

そんな言い訳を心の内でしながら、陛下と共に執務室へ向かった。


 最悪、負けてしまったら、その先の未来なんてない。

俺自身だけの問題ではない。

あまりにも責任重大で、実感がわいていないんだ。


 友達は、皆進路が決まっているから、じき学校には来なくなる。

そうしたら、学校に通う意味はなくなるけれど、友達が学校に通っている限りは俺も行くのか。


 友達と一緒に過ごせる時間が、もしかしたらこの先なくなるかもしれない。

そう考えると、怖くなる。

いま、この時間を大切にしておいた方が良いのではないか。


 一方で、一日でも長く、魔王討伐の準備を進めた方が、勝利する確率を一パーセントでも高められるかもしれない。

その方が良いのではないか。

とも、思える。


 「何か苦しいこと、逃げ出したいことがあると、その先にある未来を、具体的に想像するんだ。辿り着きたい未来のためには、目の前にある苦難に立ち向かい、乗り越える必要がある。そうして、自分を奮い立たせるんだ。」

国王陛下と言うのは、産まれた時から王族として、国民のために生きる。


 考え込んでいる俺へ、言葉をかけた陛下は、それまでのイメージと異なる『国王』の雰囲気だ。

ああ、そうか。

「陛下は、産まれた瞬間から、国王だったんですよね。」

王族の長子として産まれたのなら、その瞬間から次期国王。

選ぶことはできない。


 選ぶことが出来なかったのは、俺も同じだけれど、産まれたその瞬間から国、国民を背負って生きることを、想像するのは不可能だ。

「陛下…もしかして、俺を探すのをやめたのって…」


 召喚後しばらくは探したが、検討の結果、成人の儀のタイミングで見つければ良いという事にした、と、陛下は言っていた。

実際には、少し早まったとはいえ、俺は一四年間、一般国民として家族と暮らしてこれた。


 「何も、産まれて間もなくから、魔王討伐の責を認識して生きなくともな。これまでの召喚者は、一人を除いて一四歳の時に召喚され、魔王討伐を担ってきたのだから。」

自分と同じ思いを、させたくなかった?


「転移者と転生者の違いは大きいかもしれない。『特別な力を持って産まれてきた国民がいる』と、広めた方が、あるいはこの一四年が、国民にとって希望に満ちたものになったかもしれない。」

一方で、俺は一国民ではいられなかっただろう。


「それでも私は…。いや、だからこそ、一国民に、産まれて間もない頃から、魔王討伐の重責を背負わせたくはなかった。皆には呑気だと言われたが、マリスとエゼルは味方になってくれた。」


「『一国民として、家族と共に、愛すべき生活を営んでいる方が、成人した自分が家族と国民を守る役目に対して、より熱心に取り組めるんじゃないか』と、言う、アマビリスの言葉が決め手になって、周囲は了承してくれたんだ。」


「俺は、一人では何もできない国王だ。それは十分承知している。」


「ティグに許してほしいから言うんじゃないんだ。ただ、言い訳をしたいだけだから、聞き流してくれて構わない。」


 「アマビリスの許可を得ずに召喚をしたのは、アマビリスを死なせたくなかったからだ。」

高齢のマリスは、以前召喚の際に命を落とした魔女のように、命を落とす可能性があったのだろう。


 「マリスを、召喚に立ち会わせたくなかったんですね。」

「ああ…。すまない。ティグ。私の勝手で、辛い思いをさせてしまった。」


 俺は、何と応えて良いか、わからなかった。

何が正解なのかは、考えてもわかりそうになかったから、いま、一番伝えたい思いを言葉にした。


 「…アローム様、ありがとうございます。」

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