職種と進路希望

 一四歳の安寧の月が、進路希望の提出期限だ。

翌月の海と空の月から、順次試験が始まり、愛の月の終わりまでには進路が決まる。

進路が決まってしまえば自由の身なので、一四歳の狭間の月は、いわゆる卒業旅行に適した時期だ。


 一歩間違うと、旅先で死亡するリスクが高いのがこの世の中。

王都が一番安全だから、王都に四か所ある温泉施設で過ごしたり、水路観光をして過ごす者が多い。

王都に張り巡らされた水路は運河としても有用なもので、少数ながら観光船が運航している。


 真鑑定で初めて判明する魔法属性もあるんだ。

だから、その属性を使えることが就職の最低条件になっている職業を志望する場合には。

『真鑑定後に進路決定』

と、いう進路希望を記載することになる。

そのため、真鑑定以降に就職試験を受ける者がいるのが必然。


 そういう者にとっては、進路が決まらないままで真鑑定を迎えるという焦りが多少なりあるから、当然旅行どころではない。

中には、進路が決まったところで、家の手伝いをするなどの理由で、旅行をする暇などない、と言う者もいる。


 それにしても、今の仕組みって、なんだか不便だ。

真鑑定は、もう少し前にやっても良いんじゃないかと思う。

きっと一四歳の安寧の月までには、出現する魔法は全て出そろうのだと思う。

少なくとも俺は、今の時点で全属性が使えるようになっている。


 成人後に発現する魔法があったとしても、結局進路を決める時期に使える魔法が基準になるのだから、真鑑定を進路の締め切りに合わせる方が、合理的なのではないだろうか。


 簡易鑑定は、その名の通り、簡易的な鑑定で、一度に鑑定できる魔法の種類は三つまで。

この魔法具の作りに大きな問題がある、と俺は考えている。

一〇歳の簡易鑑定の時だ。


 「あれ?鑑定具の故障かな??」

五歳と一〇歳の簡易鑑定は学校で行うから、鑑定を担当するのはクラス担任。

その時、鑑定結果に出ていたのは、光属性と精神魔法だけで、火属性が確認できずにいた。


 「あれ?五歳の時、火属性、光属性が確認できていたんだよね?」

異変を感じ取った別の先生が駆け付け、鑑定具を横から覗き込みながら、俺に問いかけた。

「はい。プレートに記録されるのは鑑定具で鑑定された属性ですから、間違いないと思いますよ。」


 俺は、努めて柔らかく言ったつもりなのだが、多少はとげを感じたかもしれない。

駆け付けるなり、俺を疑うような発言をするなんて、あまりにも失礼だと感じたんだ。

ごまかしたり、偽造したりできるものではないんだから。


 「あ、疑ってるわけじゃないんだよ。あくまでも、確認だから、ね。」

もう、面倒くさいなぁ。


 この先生が土佐犬の獣人だから、トラの獣人として、本能的に苦手なのかもしれない。

駆けつけてきた先生は、隣のクラスの副担任。

副担任の先生は、普段は使っていない教室で、簡易鑑定へ訪れる通学していない子供の鑑定を担当している。


 全部で四クラスあるから、副担任も四人いる。

五歳と一〇歳の鑑定は、それぞれ一人ずつで事足りるから、残り二人の副担任は、鑑定中の教室を見回るんだ。

鑑定を終えた生徒が大人しく待っているかを確認したり、鑑定に問題が起きていないかを確認して、問題があれば対処する役割。


 っていうか、なんで土佐犬の獣人がいるのさ!

土佐犬にしか見えないのは、俺の前世が日本人だからか?


 犬種についてはそれほど詳しくないけど、土佐犬は、なんだか色々な犬種を掛け合わせたんだったよな。

なんだっけ…

えーっと…


 あ!イングリッシュ・マスティフだ!

獣人だから、顔は人間なんだけどな…


 俺は後から来た先生の存在をなかったことにして、チーターの獣人である担任の先生へ向けて発言した。

「先生、試しにもう一回やっても良いですか?」

「ああ、そうだね。そうしてみよう。」

俺は自分の魔法が火属性、光属性、精神魔法であることを強くイメージし、鑑定具に手をかざした。


 「精神魔法が増えて全部で三つになったんだね。三種類出ることなんて滅多にないから、魔法具がビックリしちゃったのかも。」

横から都合のいいことを言ってらぁ。

「あはは、そうかもしれませんね。」

思わず、すごく棒読みになってしまった。


 「ごめんね、ティグ。手間取っちゃって。」

「いいえ、先生。大丈夫です。」

先生こそ、色々と大変ですね。

と、言葉に出すと嫌味になってしまいそうだったから、俺は黙って新しい属性が刻まれたプレートを受け取り、自分の席に戻った。


 もし、俺が火属性のことだけを考えていたら、きっと火属性だけを示しただろう。

それが、この鑑定具の問題だ。


 最初に鑑定具へ手を翳した時、俺は七歳の時に発現した精神魔法のことばかりを考えていた。

仮に精神魔法が闇魔法だとするなら、光魔法とは反対属性。

反対魔法が同時に出現した前例がないから、おかしなことになるなぁ。

と、気にしていたら、火属性が鑑定結果に出てこなかった。


 愛の月産まれで、火属性と精神魔法、火属性と光属性と言う組み合わせはあっても、光属性と精神魔法が同時に出た例はないらしい。


 仮に、魔法が使えるようになる直前に発露するのではなく、産まれたころから出現予定の魔法が休眠状態だったとしよう。

更に、強く念じることで発現する可能性があるとする。

そうすると、一〇歳の時には意識していなかった職業に、一四歳の時には就きたいと考えるようになった場合、一五歳の真鑑定では出現する可能性が高くなるんじゃないだろうか。

一五歳の年最初の日に行う真鑑定の日まで、確認できないまま過ごすことになるというのは、なんとも不毛だ。


 そんなことを頻繁に考えている自分に気が付いたから、俺は進路を決めた。

魔法研究員になろう、と。

前世には魔法がなかったし、興味を持つのは当然なのかもしれない。

何より、魔法鑑定の仕組みを変えたい。


 アルも、五歳時の鑑定では風属性のみだけだったけれど、七歳の時には闇属性が使えるようになっていた。

九歳になった今となっては、無属性まで使える。


 ティアも、一〇歳の簡易鑑定の時に火属性のみで、一一歳の今では無属性が使えるんだ。

それも、本来なら、一〇歳の簡易鑑定で見つけられて然りだった。

と、いうのも、ティアは、六歳の頃、無意識に結界を張ったらしい。

けれど、火属性だけを使えるものとばかり思っていたから、その時のことは気のせいだと思うことにしたのだそうだ。

その後も、自分には無属性魔法が使えるはずがない、と、思い続けた。

きっと、それで鑑定具では出てこなかったんだ。


 ティアが、無属性魔法を使える可能性を受け入れたのは。

「お兄ちゃんが、色々な属性を使えるみたいだったから、私も使えるのかも? って、思って試したら、出来た。」

のだそうだ。


 俺は自分の進路を決めるなり、父さんに報告した。

「父さん、俺は魔法研究員になります。」

まだ提出していなかった進路希望申請書を、やっと提出できる。


 双子が産まれて、より一層、兄としての自覚が出たのか。

双子が産まれるまでは、気が気じゃなくて進路を落ち着いて考えられなかったのか。

いずれにしても締め切りまでに間に合うのだから、それでいい。


 一五歳の年初日に、真鑑定及び成人の儀を済ませた翌週から、各研究学校への入学が可能となる。

大抵、お祝いや親類への成人報告で1~2週間は余裕を持たせる者が多い。


 わかりやすい例を挙げると、騎士団の入団式は毎月三週目の最初の稼働日と決まっている。

騎士団へ入団するには、適性検査合格が必須だ。


 いつも人手不足の職種は、毎月求人を行っていて、特に騎士団は多すぎることがないから、募集していない瞬間を見たことがない。

適性検査に合格した後も、訓練や演習などを経て、正式に騎士団員になるのは少なくとも三か月後。


 荷運び業社も、常に求人を行っている。

特に、無属性である空間制御魔法を使用可能な者が優遇されるから、出現する可能性がある太陽の月と、狭間の月産まれの者は、荷運び業者に産まれ月を知られると目を付けられてしまう。


 身分証明プレートには産まれ月の石がはめ込まれているから、プレートは服の中に隠す。

または、簡単には石が見えないように、石がついた面を身体の側にして首から下げている者が多い。

ティアとアルは、両親からきつく言いつけられている。

絶対に安易に人前でプレートの石を見られないように、と。


 「空間制御魔法を使えるようになったら、是非とも荷運び業者へ!」

と、執拗な勧誘を受けるだけなので、危険はないが、煩わしいことは間違いない。


 空間制御魔法が使えるという事は、すなわちアイテムボックスが使えるということだ。

このアイテムボックス、今の時点でティアとアル、俺も使うことが出来る。

けれど、表向き、使えないことにしている。

だから、買い物をする時、わざわざ荷物を手に持っているんだ。


 隠す必要がなければ、ティア一人で買い物が出来る上、一度に大量の買い物も可能だし、もっと言うなら、冷蔵庫も不要だ。

アイテムボックス内では、入れた時の状態で時が止まるから。

我が家では、時々、暑い時期に食べ残した夕飯を翌朝まで保存しておきたい場合に、俺のアイテムボックスを使用している。


 予備学校へ進学する場合には、試験は五歳から一四歳の終わりまでに学ぶ内容を基準にしたテストが行われる。

一〇〇問中八〇問以上正解できれば、入学可能だ。


 入学時に入学金と、一ヵ月分の学費が必要となる。

前世で言うと、学習内容は専門学校、学費の支払いシステムがカルチャ―スクールや、塾のようなものだ。

授業は週に三日。

残りの日は、自宅や王立図書館で勉強する者が多い。


 学費を稼ぐために、いわゆるアルバイトやパートのように仕事をしながら、勉強する者もいる。

大抵は、論文が通らなくて予備学校に通うようになるから、氷雪の月の間は仕事をして、太陽の月から通う者など、とにかく様々だ。

月ごとに入学できるから、自由が利く。


 主な研究は、魔法、魔物の生態、魔王覚醒について、植物学、薬草学、動物学、食物学、獣人学、人間学、昆虫学、地質学、鉱物・鉱石学など、多岐にわたる。

ギルドが運営している、予備学校もあって、チェイサーギルドなら戦闘訓練を中心に。

オーナーギルドは経営や計算を中心に。

クリエイターギルドは、素材の知識や加工について学ぶことになる。

学生でいられるのは、基本的に最長二〇歳まで。


 成人した時点ですぐに研究員になる者もいるが、試験は難易度が高いと言える。

まず、論文を提出し、認められると面接試験に臨む。


 一定の学力はもちろんだが、発想力や熱意を見られるため、対策を取れるようなものではない。

四六時中、自然とそのことを考えているような人が求められる。

人格に多少難があったところで、それを上回る成果が見込める者ならば厭わないんだって。


 一方で、成果を上げるためにも、二〇歳まで最大限学ぶ方を中心にしたい者は、予備研究員を選択する。

研究員としての資質を認められた当人が、研究員としてすぐに働き始めるか、予備研究員になるかを選択する。


 給食が出るのは一四歳までの学生に限るから、予備研究員には衣食住に困らない程度の賃金が支給される仕組みだ。

嗜好品を買う余裕などない生活を送ることになる。

けれど、そもそも研究対象が趣味嗜好の対象のような人間が予備研究員になるから、なにも支障がない、というわけなのだ。


 ただし、予備研究員は、緊急性の高い研究を行うために、人手が足りない際、否応なしにサポートに入る決まりだ。

サポートに就いた時間分の賃金は、別途発生する。

アルバイトのような感覚だけれども、必要とされる時にはやらなくてはいけないから、学業に専念することが難しいと言える。


 稀に一五歳に満たない者が予備研究員となることがあり、最年少記録は11歳だとか。

この場合には、あくまでも成人するまでの間は、学業を優先することが義務付けられ、学業と研究を同時進行することになる。


 成人前の者は、研究のサポートに入る義務はない。

学業との両立が可能なら、サポートに入ることは可能だし、研究を主導することも出来る。


 研究員試験を受けられるのが、実質二〇歳までと言うことになる。

けれど、二〇歳を過ぎている場合にも、研究者の推薦がある場合のみ、選考の対象となる。

それ以外にも、色々と例外はあるらしい。


 父さんは、成人直後から一七歳までは、王国直属の魔法騎士団に所属。

騎士団の中でも、特に魔法騎士団の仕事って、城の警備や、魔物が王都に近付いた時に侵入を防ぐこと以外にもさまざまな役割があるんだって。


 父さんは、光魔法で”灯り守”を担当していたのだそうだ。

街灯は魔法具で、光属性の魔力をこめるんだけど、電池みたいに容量の上限があるから、補充しないといけない。

国が管理している街灯が、常に点灯している状態を保つのが役割。


 王都には結界が張られていて、結界維持の担当とか、前世で言うところのおまわりさんみたいに、街を巡回して困っている者がいたら助ける担当とか。

担当によって、衣装が変わるから、一見してわかるようになっている。


 父さんは灯り守の仕事をしながら、一七歳の時に論文を提出して認められ、予備研究員になった。

二〇歳から、正式に研究員として働くようになったのを機に結婚したんだそうだ。

騎士団に勤めながら論文を書いて認められるなんて、わが父ながらすごいと思う。

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