【こぼれ話】父さんの朝帰り

「ティグ、…おはよう。」

父さんは、いつもの半分くらいしか目が開いておらず、とても眠そうだ。

いや、それよりも、父さんが、朝帰り…だと。


 これが初めてではないけれど、父さんが帰ってきたタイミングで出くわしたのは初めてだった。


 「父さん。おはようございます。」


 これまで、前の晩に帰ってこず、深夜に帰ってきたのか、朝に帰ってきたのか判然としないことはあった。


 父さんは、普段、朝はギリギリまで寝ている。

あくまでも、朝食をのんびり食べられることが前提のギリギリだから、家族にはよくわからない。

だけど、父さん曰く、一分一秒の違いがあるんだとか。


 いつも俺が先に起きるから、父さんが既に食卓に座って新聞を読んでいる時が、早起きしている可能性は〇に近い。

九九パーセント、寝ていないか、朝帰りして、そのまま朝食の食卓に着いている。


 深夜の帰宅だったにしろ、朝の帰宅だったにせよ、母さんは特に気にしている様子はなかった。

信頼関係が出来ているのだろう。


 俺も、父さんが何か後ろめたいことをしているとか、疑惑の目で見たことはない。

そういうものなのだ、と、思っていた。


 「今日は随分早いな。まだ、ダナも起きていないだろう?」

たまたま、俺がいつもより早く起きたから、鉢合わせてしまったのだろうか。


 もしかしたら、父さんは、なるべく誰も起きないうちに帰宅するよう、気を付けているのかもしれない。

と、思った。

思ったけれど、すぐに言葉にするのは、ためらわれた。


 俺は、早く起きてしまったから、静かに学校に行く支度をしていた。

正確には、ティアとアルの支度の確認だ。

忘れ物をすると本当に困るから、一応いつも確認している。


 二人とも、いつも忘れ物なく準備できているし、昨晩、既に一度確認をすませていた。

もう一度確認しているのは、退屈しのぎの、てなぐさみ、だ。


 学校の先生から、一一歳になるまではおうちの人に荷物を確認してもらうように、と、言われているから、俺も一一歳になるまでは父さんに確認してもらっていた。

学校へ持っていく荷物は、準備が出来たら、家の中、所定の場所に置いておく約束になっている。


 元々は、母さんと父さんが確認する時に、子供たちが寝た後にでも出来るように、と、決められたことだ。

俺が一一歳になってからは、ティアとアルの荷物の確認を、俺がすることになり、父さんや母さんは、もう荷物確認をしていない。

それでも、準備が出来た荷物を、居間に置く習慣は、続いていた。


 「ティグもそうだったが、ティアやアルも、ほとんど忘れ物がなかったな。」

父さんが懐かしそうに眼を細めた。

三年も経てば、少し懐かしく感じるかもしれない。

「そうですね。」


 俺は、手を止めて。

「父さんは、家に帰ってこない時、どうしてるんですか?」

「ああ、城の敷地内に、宿舎があるんだ。」


 俺は、一三歳の時から、父さんに対して、意図的に敬語を使うようにした。

この国では、国民が王様に対してすら敬語を使わなかったりする。

その中で、父さんは、家族を相手に敬語を使うことがあった。


 「宿舎は、騎士団専用ではないのですね。」

なんでも、家にいたお手伝いさんの話を聞いてから、敬語を使うようになり、教わったんだとか。

だから、俺も父さんへ敬意を込めて、王城の学校へ通うようになったのを機に、父さんには敬語を使っているんだ。


 「ああ、城の職員なら、誰でも使える。たまに、城の中で倒れた国民が使用するようなこともあるな。」

医務室、というより、完全に寝るためだけのスペースなのだろう。


 保健室のような雰囲気で、ベッドだけが、部屋に置かれているようなイメージかな。

なんとなく、動物園にあった仮眠室とは違うように想えた。


 動物園では、日常的に宿直があるわけではないのだけれど、必要に応じて園に泊まることがあった。

そのため、仮眠室が設けられている動物園は多いんじゃないかな。


 日本は、限られた狭いスペースでなんとかやりくりしているから、畳の部屋なら3畳間で布団を一組敷いたら、もうほとんどスペースが埋まるような環境が多いと思う。


 きっと、この世界の環境で、あの王城なら、余裕がありそうだ。

広い空間に、二つか三つのベッドを十分に間を空けて置いた部屋を想像する。

病院の二人部屋などが近いのかもしれない。


 「仮眠を取ったり、勤務が長引いて、次の勤務までに帰宅する余裕がない場合なんかにも使うよ。家族がいる者は、大抵城下街の官舎に住んでいるけれど、人によっては一般街に家があるなんてこともあるからね。」

シャワー室は別に設けられていそうだし、寝るための部屋は、本当に寝るためだけに使われるんだろう。


 この世界にも、大人しか入れないエリアは存在している。

性的なサービスをしてくれるようなお店もあるのかな?

あっても行かなそうだ。

多分… 

少なくとも、お酒を飲んでいるところは見たことがない。


 「うちは城からだいぶ近いように思うのですが?」

「うん。そうだね。」

父さんが少し困惑しているように見えた。


 「えーと…ずっと前。ティグがまだ小さい頃に、加減が出来ないことは悪いこととは限らないって、話したの、覚えてるかな?」

「俺がアルの耳の毛を禿げるまで毛繕いした時ですね。」

あの時のことは、印象的だったから、はっきりと覚えている。


 「わたしは、研究となると、つい熱が入ってしまう質なんだ。研究者にとって、ティグのような気質は歓迎される。あの時、ティグはわたしと似ているところがある、と感じたよ。」

父さん、それは…

研究対象がアルエルトでも良いということになるのでは!?


 どのくらい毛繕いしたら禿げるのかと言う研究テーマで実証実験をしようか。

しかし、アルの毛を禿げさせるのは避けたいから、アルに俺のトラの耳を毛繕いしてもらって…

と、いかんいかん。


 「家に帰るまでに、歩きながらでも寝てしまいそうだから、宿舎で寝ているということにしているんだけれど…本当のところは、研究室で寝落ちしていることが多い。ダナには内緒にしてくれ。」


 ふむ。そうか。

研究に夢中になりすぎて、自分の体力の限界を超えて活動してしまう父さんの性格を十分に把握しているであろう母さん。

風邪を引きやしないか、身体を壊すんじゃないか、などと、心配をかけないよう、黙っていて欲しい、と、いうわけか。

疑っているわけじゃないけれど…


 「安心しました。外に弟妹が産まれたなんて話を聞かされる日が来たらどうしようかと。」

「それはない! わたしはダナ一筋だ!」

反応、早っ!


 俺、今このセリフが聴きたくて、敢えてカマかけるようなことを言った気がする。

ああ、うちの両親ホントに感動的なほど仲良し~。

癒されるなぁ。


 仲が良い男女のもとには、必ずしも子供が産まれるわけではない。

それは重々承知しているんだ。

俺がそうだから。


 おっぱいのさわり心地に、癒されることはあっても、それで安心して眠るだけ。

おっぱいに似せて作られたものでも、十分に同じ効果を得られていた。


 けれど、癒されるばかりで、興奮したことはなかった。

そんな俺を、たまたま同僚に知られて、ひどく不思議そうな反応をされたことがあったな。


 どんなに色っぽく迫られても、劣情に駆られたことはない。

そもそも、そういう感情がすっぽり抜け落ちているみたいな。

可愛いとか、愛しいという感情はあるけど、性的な情動は抱かないんだ。

この世界に転生してからも、その点は同じみたい。


 俺は、かわいいものやふわふわ温かく柔らかいものを見たり触ったりして、癒されていたい。

有名なアニメ映画に登場する、熊よりも大きそうな丸っこいおばけ??

妖怪?

妖精?


 あのお腹に寝るとか。

間違いなくふかふかもふもふであったかいだろう。

同じアニメの中に出てくる、座りごこちが最高に良さそうな乗り物とか、憧れだったなぁ。

モフモフした小動物を手に乗せるとか、膝の上で撫でるとか。

それが俺の幸せなんだ。


 前世では、恋人がいたこともあったけれど、俺のせいでうまくいかなかった。

相手にしてみれば、なるのが自然のことで、行為を望まれるのが当然のことなんだよね。


 でも、俺は違った。

誰に対してもそうで、君が魅力がないとかそういう事じゃないんだ、と、伝えても理解してもらえない。


 俺が、ただ、そういうことをしたいと思わないだけ。

そのことを自覚してからは、自分が欠けている気がして、誰かと付き合うという気が起きなくなってしまった。


 前世で交際していた相手は、二人だけだ。

一人目で相手が傷ついて悲しむ姿を見て、二人目の相手には、前もって説明していたけれど、結局同じようなことになった。

穏やかな時間を過ごせる相手は、欲しかったんだけど、諦めるしかなかったな。


 本人たちが納得していても、結婚とかになれば、孫はいつなのかとか言われるだろう。

ただただ、二人で、穏やかな時間を過ごして、一緒に年を取る。

そんな夫婦がいたって良いと思うんだけどな。


 大人になってから、異性の友達は何人かいたけれど、恋人が出来ると、大抵は縁を切られてしまう。

彼氏がヤキモチを焼くから、とか、浮気を疑われるから、とか。

それはとても寂しいことだったけれど、仕方のないこと、と、考えるしかなかった。


 妹弟はもちろん、両親も仲睦まじくてかわいい。

親戚のみんなも、いつも幸せなオーラを放っている。


 俺は、この世界で、家族にすごく癒されている。

この家族の一員で、本当に良かった。

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