◆第四章◆ 突然の真鑑定


 翌月。

女神歴三八四年、海と空の月、一日目。

街は騒然とした。

突然、お触書が出されたのである。


『女神歴三七〇年

五三番目の愛の年 愛の月に産まれた者は

現時点で真鑑定を行う

至急 王城に来られたし』


 それは、まさしく俺に当てはまる内容だった。

日の出と共に発布されたらしいその知らせを、俺はアルを学校まで送り届ける最中に知った。


 アルが通っている初等学校の方が近いから、中等学校まで通うティアにとっては通り道。

アルの送り迎えをティアに任せても良いのだけれど、アルの機嫌がすこぶる悪くなる。

いつも初等学校まで三人揃って歩き、中等学校まではティア一人で通っている。


 初等学校までは歩いて一〇分くらいだが、五分ほど進んだところで、触書がいつも立つところに人だかりができており、ざわついている。

確認する必要がありそうだ、と感じて、人混みをかきわけた。


 ティアは先行して小走りで人だかりに突っ込んでいった。

器用に先へ進んでおり、既に姿は見えない。

俺はアルを気遣いながらだから、遅れる。


 「お兄ちゃん…これって。」

ティアが俺を振り返り、心配そうに見てくる。

目の前にある触書の内容を読み、内心『ついに来たか』と、思った。

だから、動揺はしなかった。


 「そうだな。心配することはないさ。」

ティアの頭を撫で、アルを引き寄せた。

「うん。」

「…ぅん。」


 二人は頷くものの、ティアは心配そうな顔で見ている。

繋いだアルの手には、力がこめられたのを感じた。


 ふと時間が気になり、時計を見ると、もう七時半を回っていた。

アルの頭を撫で、ひとまず学校へ向かうことにする。


 「ティア、今日はアルの迎えをよろしくね。」

学校に到着すると、いつものようにアルをティアに託す。

ティアに、学校の入り口まで引っ張って行ってもらわないと、アルはいつまでも俺から離れず、切りがないのだ。


 いつもは、帰りも俺がアルの迎えをしている。

だが、今日は、王城に迎うと、今日中に帰宅できるかわからない。


 「うん…。」

いつも勝気でしっかりもののティアが、やはり少し不安げだ。

ティアの肩に手を置いて、痛くない程度に力をこめる、と。


 「わかった。任せて。」

ティアは、吹っ切ったように顔を上げた。

動物的勘、あるいは女性の勘で、俺の気持ちを察しているのかもしれない。


 「アル、今日はティアと一緒に帰るんだよ。」

いつもなら、すぐには納得しないはずだが。

「…うん。」

不満げではあるが、すぐに頷いた。


 「俺は、この後一度家に寄って、母さんに話してから王城へ向かう。二人とも、帰ったら母さんと一緒に居てあげてね。」

きっと、不安に感じるのは母さんも同じだろう。


 「お母さん、大丈夫かしら。」

ティアが、もうすっかりいつもの調子で、安心する。

本当に、頼もしい。


 「二人が帰るまでに、お菓子を作ってくれるようにお願いしておくから、きっと大丈夫だよ。」

何かに没頭すれば、余計なことを考えずに済むはずだ。


 気持ちを落ち着かせるために作業に没頭しすぎると、多少作りすぎたりするかもしれない。

それでも、ずっと色々と考えて不安になるよりは良い。

食べきれないほどなら、母さんの実家に持っていけば良いんだから。


 「じゃあ、またお家でね。」

アルは、初めて登校した時みたいに、なかなか離れたがらない。


 「お兄ちゃん、もう行くね。」

ティアが、敢えて強気な姿勢を見せてくれたことがわかった。

「二人とも、気を付けてね。」


 しかし、アルは、まだ後ろ髪を引かれている様子で、なかなか一歩を踏み出さない。

「ほら、アル。」

ティアに促され、アルは意を決したようだ。


 「…うん。行ってきます。」

「行ってらっしゃい。」

俺は極力いつも通りに見送ったつもり。

アルが校舎に入ったのを見送ってから、俺は急いで帰宅した。


 きっと、これまでわからなかったことが全てわかる。

はやる気持ちと、知るのが怖いという感覚が混在して泡立つ心を、落ち着けようと、自宅のドアを開ける前に大きく何度か深呼吸をした。


 「母さん。」

「ティグ、どうしたの?忘れ物?」

双子の世話をしていた母さんが、心配そうな様子で歩み寄って来る。

「いや、街に触書が出てたんだ。多分、父さんが城で俺を待ってる。」


 母さんにはため口で、父さんに対しては敬語なのは、決して女性を軽んじているわけではない。

母さんはせっかちだから、敬語だとイライラしてしまうんだ。


 その苛立ちは、他人行儀だとか、喋り方に矛先が向く。

だから、母さんにはため口だ。


 「え、触書って…」

「三七〇年愛の月産まれの者は、真鑑定をすぐにやるって。」

「え…どういうこと?」

こんなことは過去になかっただろうから、母さんが驚くのも無理はない。


 「これからいろんなことが起きるかもしれないけど、家族みんなで乗り越えよう。」

母さんは、混乱していて、際限なく質問攻めにされるのは間違いない。

一つ一つに応えている余裕はないから、敢えて強く言った。


 「え、ええ。」

どうすればいいかわからない様子の母さんへ。

「母さん、双子が不安になっちゃうよ。」

と、一先ず、気持ちが別の方向へ向くように仕向けた。

「…そうね。わかったわ。」


 「アルの迎えはティアに頼んだからね。」

いま、伝える必要のある事を、漏らさず伝えなくては。

「ええ。ありがとう。」

俺の気持ちが、いつになく張り詰めているのを母さんは察してくれたのか、以降はじっと俺の言葉に耳を傾けていた。


 「もしかしたら、父さんと俺は帰りが遅くなるかもしれない。心配だろうけど、大丈夫だから。」

少なくとも、今すぐどうこうと言うわけではないはずだから。

「ええ。わかったわ。」


 「それで、母さんに一つお願いして良いかな?」

考える余地がないほど、次から次に畳みかける。

「なにかしら?」

「ティアとアルの為に、お菓子を作ってあげてくれる?」


 「そうね。父さんとティグの分も作っておくわ。」

一瞬、驚いたようだけれど、すぐに余裕のある応えをしてくれて、俺は少しホッとした。

「楽しみにしてる。」

「ええ。いってらっしゃい。」

いつもの笑顔を見せてくれる母さんのおかげで、安心して城に迎えそうだ。

「ありがとう。行ってくるね。」


 一四年分の思いが巡りながら、歩いていたら、気が付いたら城に着いていた。

門をくぐると、すぐそこに父さんは待っていた。

あたりには、何人かの人がまばらにいる。

おそらく子供を待っているのだろう。


 城職員は、たいてい7時過ぎには出勤するから、前半の学校に登校するよりも早く、城で勤務している者が殆どだ。

弟や妹を送ってから学校に来る者は多いから、俺と似たようなタイミングで城に到着子供が多いんじゃないだろうか。


 「父さん。一度家に帰って、母さんに話してきました。」

「そうか。助かるよ。ありがとう。」


 父さんと話す時には、専門的な内容が多いから、考えたり、整理しながら喋る。

敬語を使うと、多少なり考える時間が出来て都合がいいんだ。


 元々、父さんが家族に対しても敬語を使うことがあるから、つられている部分もある。

普段から敬語を使うのが癖になっているけれど、たまに敬語でなくなることもある。


 「じゃあ、行きましょうか?」

「そうだな。行こう。」


 城の中を迷いなく進む父さんの後を追いかけ、真鑑定の会場へ辿りついた。

俺は結果の予測がついているから冷静だったけれど、会場にはなんだか物々しい雰囲気が満ちていて、影響を受けて緊張感がわいた。


 真鑑定は、三つの魔法鑑定具で行われており、三列に分かれていた。

魔法鑑定具にはレベルがあり、五歳と一〇歳の簡易鑑定時に用いられるのは最高でも三種類までの属性や魔力量が簡易に鑑定できるものだ。


 一五歳になる年の一日目に、真鑑定を行う時のみ、今いる王城の大ホールで魔法鑑定が行われる。

真鑑定を行うための鑑定具は、全属性測定可能で、魔力量も上限なく計測できるという話だ。


 成人の儀は、城内が祝賀ムードに包まれるが、今回は真鑑定のみを前倒しで行う異例中の異例。

 

 学校で行われる簡易鑑定具は、全ての初等学校に国から貸与されている。

全属性鑑定可能な魔法鑑定具は、王城にある三つだけ。


 俺は、一番人が少ないように感じる列を見定め、父さんと示し合わせて並んだ。

同学年の中でも愛の月産まれに限定すると、それほど人数は多くない。

およそ二〇〇人くらいだろうか。


 同学年の人数が一五〇〇前後とされているから、単純計算で七分の一にするとおおよそ二〇〇人くらいだ。

いま、会場に集まっているのは、せいぜい五〇人くらいだろう。


 順番を待っている間、父さんは黙って横にいてくれる。

殆どの人が保護者同伴で、極まれに一人で来ている様子の人が見受けられるくらいだ。


 急なことだったから、親が付き添えなかった者もいるだろう。

実際にこの場にいる当事者は、三〇人くらいだろうか。


 成人の儀であれば、両親や保護者、親戚までもが集まるため、王城は多くの人で埋め尽くされる。

王城主催のパーティーが開催される折、給仕の役割を担当する者が募集され、一三歳以上なら参加できる。


 成人の儀の雰囲気を先立って経験できる機会とあって、人気があるのだが、俺はやらなかった。

けれど、従兄姉たちの成人の儀に、都度参加してきたから、完全にお祭り状態の人の多さと、喜びに満ちた空気を知っている。


 今回の真鑑定は、付き添いを一人に限定しているようだから、人はそれほど多くないし、この張り詰めた空気の中で、父さんがそばにいてくれるのは、すごく心強い。

お触書には、付き添い一人までとは書いていなかったから、城の中には何人でも入れたみたいだけど、会場内には一人だけ、と、入り口に張り紙がしてあった。


 順番はすぐにやってきた。

俺は鑑定に使う右手を、一度自分の胸元で握りしめて一息つき、ゆっくりと鑑定具の前へ翳した。


 次の瞬間、俺の目のまえにいる鑑定員を中心にして、波紋のようにざわめきと、どよめきが広がっていく。

鑑定具が強く光り輝いていたからだ。


 「…全属性…魔力量、測定不能です。」

俺が追い求めた理由に、近づいていることを感じたからなのか、身体に小さく電気が走ったように震えた。


 なんとなくわかってはいたけれど、やはりそういうことだったのか、と、改めて実感した。

今回の鑑定で、俺は初めて、自分の中にある魔法の力をありのまま鑑定具に伝える、と、言う意識をもって臨んだ。


 まだ鑑定を済ませていない者がいる中、鑑定会場は即座に閉鎖され、目的があらわになる。

この真鑑定は、間違いなく、俺を探すために行われたものだ。


 真鑑定を行ったかどうかは、身分証明プレートで確認できるし、未済の者は、後日改めて行うつもりなのだろうか。

それにしても、とてもわかりやすい。

触書を出しているのだから、真鑑定そのものは最後までしたら良いだろうに。


 しばらくすると、陛下がやってきて、俺を見るなり。

「君は…。そうか、ティグ。君だったんだね。」

当然と言えば当然なのかもしれないが、陛下は初めから事情を知っていたのだろう。


 いや、待て…もしかして、父さんも知っていたのか?

俺は、恐る恐る父さんの顔を見上げた。

表情の端に、怒りと困惑の感情がにじみ出ている。

どうやら、父さんは知らなかったようで、少し安心した。


 「ティグ、君に大事な話がある。ブライエン、君も同席してくれるね?」

「はい。もちろんです、陛下。」

父さんが食い気味に返事をした。


 「陛下、移動する前に、僭越ながら進言をお許しいただけますでしょうか。」

「なんだい?」

陛下は快く応じてくれたから。


 「お触書で、この後も真鑑定に来る者がいるでしょう。既に目的は果たしたかもしれませんが、無駄足は避けた方がよろしいのではないでしょうか。」

と、提案した。


 「ああ、そうだな。みな、我々がこの場を去ったら、真鑑定を再開するように。」

「かしこまりました。」


 俺たちは、陛下に促され鑑定会場を後にした。

道すがら、城の職員の人たちは、陛下にお辞儀しながらも、俺に対する興味を隠しきれない様子だった。

くすぐったいような、なんとも微妙な居心地の悪さを感じながら、通されたのは陛下の執務室だった。

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