秘密
「ティグ…いや、二コラティグ・フィルスター・グラウディール。
君は、異世界からの
俺は、驚きすぎて、すぐには反応出来なかった。
自分のフルネームをきちんと呼ばれたことが初めてだったから、半ば忘れかけていた。
(ああ、そういえば、俺そんな名前だったな。)
と、思うと同時、陛下の口からいきなり転生者だと、ほぼ断定的に言われたことに、驚いたからだ。
「…はい。」
陛下は、俺の返事を聴くと、心底安心したようだが、次の瞬間には平静を装った。
「君がこの世界に産まれるようにしたのは、他ならぬ我々だ。」
なんだと!?
それなのに、今の今まで何もアクションを起こさなかったのか!?
「召喚の儀式を行った直後には、君を探そうとした。だが、時が来るまでは、この世界での生活を普通に送ってもらおう、と、いう結論に至った。」
「産まれて間もない赤ん坊に、話をするのは、現実的ではない…ですよね。」
幼い頃に見つけても、事情を話す相手は保護者になる…のか?
赤ちゃんが言葉を理解しているという状況など、受け入れがたい。
両親にしてみたら、『この赤ん坊は、災厄の時に戦ってもらうために転生召喚によってこの世界に産まれてきた。』
などと言われたら、何とかして逃がそうと試みるかもしれない。
保護者の隙をついて、赤ん坊にだけ話をするにしても、反応が曖昧で確信を得られないだろう。
確かに、明らかな愚策だ。
五歳の頃ではまだ早い、か。
しかし、一〇歳の時に見つけようとしても、良かったのではないか?
「成人まで待つ事になったのは、具体的にどうしてでしょうか?」
やはり気になって聞いてみた。
「我が国では、一人で自由に歩き回れるのは、一一歳になってからだろう?
特異な存在に対して、国民がどんな風に反応するかわからない。それに、正直なところ、我々としても、どう対応したらよいのかが、わからなかったんだ。」
全属性の魔法が使用できる、魔力量が膨大な一〇歳の子供。
保護者が近くにいても、恐れられる可能性がある。
城内で身柄を預かるという選択肢を取ることも、難しかったんだろうな。
実際、もし、そんな提案をされていたら、俺は全力で拒否したけどね。
「真鑑定は、通常通りに行う予定だったのだが、
なるほど。
執務室に入るなり、陛下に半ば強引に促されたのに従って、ソファに座っていてよかった。
立ったまま話を聞いていたら、驚きのあまりずっこけていたかもしれない。
なんだか、今のところ、ものすごく無計画で大雑把な話を聞かされている。
父の方を見ると、どうやら、俺と同じように事なきを得たようだ。
陛下の御前にも拘らず、頭を抱えたい気持ちが抑えきれないのか、額に拳を当てて呼吸を荒くしている。
そもそも転生者がなんなのか、父さんはわかっているだろうか。
少なくとも…
「俺を災厄に備えてこの世界に転生召喚したものの、どうやって探すのかを予め考えてはいなかったんですね。」
と、いう事は、転生者をこの世界に迎えることは初めて、ということになるのかな。
陛下をはじめ、その場にいた全員が目を丸くしていた。
陛下が人払いをしたから、今この部屋にいるのは、陛下と宰相様、父さんと俺の四人だけ。
陛下はバツが悪そうに一つ咳払いをして。
「すまない。君の言う通りだ。本当に、申し訳ない。」
と、テーブルをはさんだ向かいのソファに座ったまま、頭を下げる。
「いや、あの、責めているわけでは…」
ない、とは言えなかった。
この一四年、俺は答えを探し続けていたから。
姿勢を正し、俺は改めて口を開いた。
「謝罪を受け入れます。」
「感謝する。」
陛下が、王都の中を積極的に歩き回って、各家庭を訪問していたのは、もしかして、自ら探していたからだろうか。
一旦上げた頭を、ますます深々下げる陛下に。
「陛下、どうか頭を上げてください。」
と、声をかけると、陛下は心底申し訳なさそうに肩をすぼめている。
一国の主とは言い難い。
そんな俺の気持ちに気が付いたかのようなタイミングで、陛下の隣に座る宰相さんが、控え目に咳払いをした。
それでも陛下は、変わらず。
ついに宰相さんは。
「陛下。しゃんとしてください。」
と、明確に言葉にした。
宰相のエゼルさんが王族の方だという事は、この国で歴史を学んでいれば知っていること。
ライオンの獣人である宰相さんの身体はとても大きいのに、陛下より目立たぬように気配を消して、そばに控えているのが、なんだか可愛く見える。
けれど、ライオンの獣人だから、やっぱり迫力がある。
怒らせたら怖そうなんだけど、陛下は。
「この場に限り、許してくれ。この件に関しては、本当に申し訳なくてな。それに、あまり私がしゃんとしていない方が、ティグも気を張らなくていいだろう?」
(ええぇぇぇえええ)
この人、こんなキャラクターだったのか。
王族と言うものは、表の顔と裏の顔を使い分けているものだと想う。
とはいえ、方向性が意外、と言うのかな。
普段は威厳を保とうと頑張っているんだな、と、想うと、頷くしかない。
「陛下の仰る通り、その方が気楽で良いです。」
「ありがとう。ここからの話はとても長くなる。希望があれば、途中で一度帰宅してくれても構わない。」
長くなるなら、余計に気を使わないで済む方が良い。
「帰りが遅くなる分には、問題ありません。ただ、他の家族も聴いた方が良い話は、同席してもらいたいと考えています。」
家族へは、父さんから話をしてもらうことになるだろう。
間違いなく、母さんやティアから質問攻めにされる。
最初から、家族が聞いても良い話なら、直接聞いてもらう方が良い。
父さんや俺から説明するのは二度手間になるし、ただでさえ父さんだって相当なショックを受けているんだ。
俺からも、転生について家族に説明しなければならない部分がある。
できる限り、また聞きにならないよう、一度で済ませたい。
「そうだな。国の機密に関わることは、最少人数に留めるとして。ティグの今後に関わることは、ご家族にも聞いてもらった方がいいね。では、その方向で話を進めよう。」
「よろしくおねがいします。」
今日は、機密を中心に話を進めるということで落ち着いた。
「何か質問があれば、都度聞いてくれ。それから、何かティグの見解がある時には、是非、聞かせてほしい。」
異世界の視点で意見が聞きたいということか。
「見解については、まとめて後からお話する方がよさそうですから、控えておくのはどうでしょう。」
「そうだな、エゼル、ティグが声をかけたら書き留めてくれるか。」
「かしこまりました。」
そうして、陛下から聴いた国家機密に関わる話は、想像したよりもはるかに複雑だった。
「まず最初に。君を転生召喚したのは、七七年毎に訪れる災厄を制してもらうためだ。」
これは、予想通り。
「七七年毎に起こる災厄とは、魔物が大量発生し、人間と獣人を襲う状態がしばらく続いたのち、彗星が飛来と共に魔王が現れること。”魔王覚醒”と呼んでいる、一連の現象をさしている。」
”魔王覚醒”という言葉は、一般的には知られていない。
あくまで”災厄”として広まっていた。
「大量の魔物の発生源は、主に大森林の奥だと考えられている。魔物の大群は、時に魔物同士でも争い、大変な大混乱になるんだ。王都や、周辺の町や村への被害を防がなくては、甚大な被害を出すことになる。」
順を追って話してくれているのだと思うが、なんとなく、核心に至るまで相当かかりそうだ、と、思った。
「魔王覚醒は、まだまだわからないことが多いが、現時点では自然現象の一つと考えられている。」
きっと、父さんにとっては、大混乱だろう。
常識だと信じていたことを覆される衝撃は、俺よりずっと大きいはずだ。
「魔王には実態がなく、依り代となる人間、あるいは獣人に憑依して現れる。」
依り代か。
「依り代となった者は、どうなったのですか?」
陛下は一度視線を落としたが、すぐに目が合う。
「残念ながら、魔王を討伐するにあたり、みな絶命した。」
「それは、憑依された者を殺すことで、魔王を討伐する、と言う理解で良いですか?」
「ああ、そうだ。」
「女神歴〇年を起点に、これまでに五人の召喚者によって、この世界は救われてきた。いずれも転移と言う形で、最初の一人が一五歳の時。あとの四人は一四歳の時に召喚された。」
「転移…だったんですね。」
「その点については、あとで詳しく話そう。」
「召喚するタイミングが、一五歳から一四歳に変更されたのは、一年ほどの期間が準備のために必要だと、最初の召喚者に提案されたからだ。」
いきなり召喚されて、見知らぬ世界を救え、と、言われて、困ったに違いない。
まして、一五歳であれば、なおさらだ。
「いずれの召喚者も、「地球」と言う場所の住人であった。」
「女神歴の制定や、治世における改善点、広める情報の選定、広め方について、全て、異世界から召喚した人間による助言を受けた。」
「その結果…七人の女神として流布することになったのが、七人の魔女の存在だ。」
頭がまっしろになった。
七人の女神が、魔女?
さすがに父さんのことが心配になって横にいる父さんの表情を伺うと、なんとも言い表しがたい表情をしていた。
「女神歴〇年は、最初に七人の魔女が、”異世界の力”を得るため、
召喚魔法を使用し、異世界より召喚した者と共に力を合わせ、
魔王討伐に成功した年だ。」
理解が追い付かない。
女神歴とは、すなわち、召喚の歴史と言うことになるじゃないか。
「この世界に満ちている魔力は、魔王の影響で過剰になっている。
その魔力を素直に取り込んでしまうと、許容量を超え、魔物化してしまう。
だから、魔女がこの世界に対して呪いをかけてくれた。」
生月症候群として知られている、魔力過多の状態。
いま、滅多に魔物化する者がなく、生月症候群もそれほど重篤になる者がいないのは、女神の加護とされている、魔女の呪いがあるからなんだな。
「魔力をバランスよく配分するため、それぞれの産まれ月で、使える魔法が異なるように魔女が調整している。だが、魔女だとか、呪いという言葉は、どうしても悪い印象が強いから、女神の加護として広く世間に知らしめるのが良い、と、これも召喚者の意見だ。」
確かに、この世界の中でも、魔女は珍しい存在だ。
差別こそされていないが、奇特であることは確か。
そして、呪いは、恐ろしいものと言うイメージが強い。
「召喚者から得られる恩恵は、魔王討伐だけではなかった。貴族制の撤廃、教育制度の整備に対する助言は大変有意義であったと記録されている。私も、いまの国を見て、そう感じている。食料についての知識が得られるのも、大変貴重だ。」
単に、魔王討伐を目的とした召喚ではなく、この世界の維持や発展に召喚者が大いに貢献してきた。
俺が今まで、この世界に感じていた違和感は、それか。
そもそも、陛下が話している内容は、体験ではない。
王室に伝わる話を学んだことを話しているのだと思う。
七七年前は、陛下は産まれていなかったはずだから、実際に召喚者を迎えるのは、陛下にとって初めてのことなんだ。
ふいに、その点に思い至り、暗闇にすごいスピードで落ちたように錯覚する。
「召喚者本人の希望と、獣人と人間の和平維持を考慮し、召喚者の力によって災厄を鎮圧していることを、王室は秘匿してきた。」
何かが引っ掛かった。
「あまりに強大な魔王の力を抑える術を、召喚者によるものだと説明するわけにいかず、未だに七人の女神の加護としている。」
頭がぐちゃぐちゃな状態のまま、次々に情報が追加される。
少し休みたい…
「陛下、少し休憩を取らせてもらえませんか。ちょっと、情報の処理が追い付かなくて…。」
「これは申し訳ないことをした。エゼル、お茶のお代わりを頼む。」
俺がここまで混乱しているのだから、父さんは…
あ、やっぱり。
思考停止してる。
「父さん、お気を確かに。」
「…ああ…」
そもそも”異世界の力”、つまり地球人が持つ力とはなんだ?
俺の能力から想像するに、魔力の容量と言う可能性が高そうだ。
おそらくは、この世界の住人にとっては過剰となる魔力を、地球人なら取り込めるのだ。
もしかしたら、地球上にも魔力は存在しているのかもしれない。
普段使われることなく、有り余っているのなら、過剰な魔力を取り込んで魔物と化する者がいない方が不思議、と言うことになる。
あくまでも仮説だが、地球人は、少なくとも魔物化しないのではないだろうか。
個人差があるかどうかまでは、さすがに検討がつかないな。
それに俺は、これまでの転移者とは異なり、転生している。
俺は、この世界の身体だ。
細胞レベルで、この世界の者だ。
肉体的な差異でなく、魂の影響を受けているのか?
「宰相様。『地球人と魔力容量』と、書き留めておいていただけますか。」
「はい。」
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