隠された救世主
一五分ほどの休憩を経て、再び、陛下のお話を聴く。
「魔女と言えども、寿命はある。七人の魔女は、年々数を減らし、今や一人を残すのみ。」
たしか、魔女の寿命は四、五〇〇年だったか。
ことしは女神歴三八四年。
仮に女神歴〇年の時に一〇〇歳の魔女なら、今年で四八四歳。
最年少の魔女が一人生きているとして、四〇〇歳は下らないだろう。
「魔女が四人いたころまでは、魔女だけで召喚魔法を発動出来た。だが、魔女が三人にまで減ってからは、王国魔法騎士団と共に召喚の儀を行うようになった。」
魔女だけで行っていた召喚に、王国が関わるようになった。
いや、七人の魔女が、いま一人だけならば、もはや王国主導になっているのかもしれない。
「三人目の召喚者までは、魔女だけで召喚していたが、四人目からは魔法騎士団の精鋭を加えて魔女と共に行うようになった。最初は、犠牲者を出さぬように、魔女が死力を尽くし、召喚の儀によって、一人の魔女が死した。」
死力を尽くすほどの儀式。
そうまでして、召喚する必要がある、と言う事なのか。
「五人目の召喚の時には、魔女が二人だけになっていたから、魔法騎士団の犠牲が多く出た。魔法騎士団は、命を賭す覚悟をもって臨んでいるが、なんとか犠牲を減らしたい、と、我々も研究を進めた。」
人間の存在そのものを召喚するより、肉体を持たない魂を召喚する方が、負担がかからないという理由で、転生召喚された、という事なのだろうか?
俺は、何故自分が転生召喚されたのかを知りたい気持ちが抑えられなかったが、俺は気が付いた。
転生の話になりそうになる度、陛下が話を後回しにするのは、父さんがこの場にいるから、なのだ、と。
父さんの耳に入らない方が良い内容が、あるのだろう。
それならば仕方がない。
陛下が、いまこの時点で俺に伝えるべきことを話し終わり、先ほど宰相のエゼルさんに控えてもらった内容について俺が見解を話す番になった。
国家機密が多分に含まれていて、頭の仲はぐちゃぐちゃだけれど、話しているうちに、整理がつくかもしれない。
と、自分に言い聞かせ、話し始める。
「『地球人と魔力容量』についてですが、一先ず、俺のことは保留にして、この世界に産まれた生命体と比較した時に、おそらく地球人は魔力の許容量が大きいのでしょう。だから、召喚されてこの世界を救う力になることが出来る。」
「地球人は、魔力に対する抵抗力が強いのか、元々容量が多いのか、詳しいことはわかりません。けれど、魔女や魔法使いが人間や獣人よりも魔力量が多いように、地球人は、この世界の誰よりも多くの魔力を扱えるという事なのだと思います。」
「そして、地球人が魔王に対抗し得る力を持つのは、魔女の呪いの影響を受けていないことが一つの理由と考えます。」
陛下は時折頷きながら、興味津々の様子で俺の話を聞いている。
その横で、宰相のエゼルさんは、俺の話す内容の要点をまとめてくれていた。
父さんは、何も言わずに見守っているのだろうか。
俺は、陛下と宰相さんへ向かったままで、一瞥さえ出来ずにいるから、父さんの様子がわからない。
気になりながらも、俺は話を続けた。
「推測しかありませんが、少なくとも召喚される地球人は、生月症候群にかからないし、魔物化もしないでしょう。」
「なぜ地球なのかと言うことを、先ほどから考えていたのですが、一つ思い当たるのは、時空の歪みです。」
「時空の歪みによって、地球とこの世界に繋がりがあるのだと思います。俺も、宇宙とか時空については、詳しくないので、説明するのは難しいですが、宇宙とか時空は、未知数であるからこそ、色々なことが起こり得るのです。」
「七七年毎に彗星が飛来する。その時に歪みが起きているということでしたね。それは、七七年毎に極大になるのだとしたら…つまり、実際の位置関係、距離に関わらず、この世界と地球が時空間回廊で七七年周期で繋がっているのかもしれない。」
と、言ったところで、きっと意味がわからないだろう。
正直、俺もよくわからない。
地球人にとって、この手の話は、映画やアニメ作品があることで、詳しくない人でもある程度理解できるはずだ。
ワームホールを日本語的に言うと、きっと時空間回廊と言う言葉になるんじゃないかと思って、勝手に言ったけど、ワームホールと言っても良かったのかもしれない。
いずれにしても伝わらないことに変わりはなさそうだ。
実際、陛下と宰相が瞬き一つせずに硬直している。
「科学的な説明ができるわけじゃないですから、要点を言います。魔王が地球を狙っていると仮定した場合、地球の人間にとってもこの世界で起きている魔王覚醒は他人事ではないということです。」
この世界と地球が時空間回廊で繋がっているのだとすれば、魔王が地球に目をつける可能性は十分に考えられる。
そして、時空間回廊があるからこそ、召喚が可能だった。
そう考えると、地球から強制的にこの世界に転移して見知らぬ世界を守る、と、いうだけでは収まらない話だ。
魔王覚醒に地球人が対応することは、結局のところ地球を守っているという可能性がある。
実際にそうなのかは確認のしようがない。
しかし、この仮説があるとないとでは、俺自身を含めて、今後の召喚者の気持ちがだいぶ変わると思う。
陛下は、俺の話を聞き終わると、徐に書棚の中にある一冊の本を一度そのまま押し込み、垂直に持ち上げてから引き抜いた。
動かすたびに、金属がこすれる音がする。
すると、なかなか立派な金具が出てきて、それが本ではなかったことがはっきりとわかった。
続けて、陛下は書棚を右方向へ動かした。
そんな動きをするとは想像もしなかった書棚は、部屋の奥にある壁面へと吸い込まれていく。
先ほどまで書棚があった位置には空間があり、その奥に別の書棚が現れた。
王城の執務室ともなれば、さすがに王陛下と宰相、国の幹部クラスしか入らない部屋だ。
その部屋に、こんな風に隠された書棚だなんて、一体どんな本が収納されているのか。
陛下は。
「先ほど言いそびれたが、ティグは救世主だ。国のトップである私でさえも、敬う存在なのだ。」
言いながらも、手早く書物を集めていく。
「堅苦しい言葉は不要。陛下などと呼ばず、アロームと呼んでくれ。もちろんこの部屋にも出入り自由だし、ここにある書物も好きに見て欲しい。」
元居た場所に腰を下ろしながら、六冊の書物を俺の目の前へと静かに置いた。
おおよそ王族とは思えぬ立ち居振る舞いだ。
この人を国王陛下だと知らずにいたら、側近の者と思うだろう。
「これは、魔女七人の話を簡単にまとめたもの。こっちの五冊は、これまでの召喚者の人生を簡単にまとめたもの。書棚にある残りの書物は、召喚者当人の雑多な覚書や、日記や日誌であったり、第三者が公的に会話を記録したものだ。」
俺は、魔女七人について書かれた書物は後回しにした。
召喚者の記録は、姿絵付きで文書が残されていた。
一人目の召喚者は、自分のことをドイツ人だと話していたらしい。
俺は歴史に詳しくはないが、この世界と前世の世界の時間が並行しているとするなら、三八四年前は一六四〇年と言うことになる。
この世界を再建するにあたり、一七世紀ドイツの影響を少なからず受けただろう。
魔女狩りと言う単語が出ており、追われて身を隠す生活を送っていたから、召喚されて救われた、と、話していたらしい。
貴族制を撤廃したのは、日頃から貴族なんていなくなればいいと思っていたから。
一五歳で召喚され、魔王討伐後の再建にも多大な影響を及ぼしているのだから、相当に利発な女性だったに違いない。
当時魔女狩りに遭ったのは、現代では珍しくもない、自己主張の強い女性だったはずだ。
宗教や政治的の面で、独裁的な指導者が多かった時代には、右へならえ、と言われ。
『今は左を向くべきだ!』
と、主張するような女性を、危険な存在として魔女扱いし、排除した。
そんな印象。
二人目の召喚者は、最初の召喚者の時に、この世界を救う役割をすんなり受け入れられなかった心情に配慮。
時期を考慮して1年前倒し、召喚された。
おそらく西暦一七一六年を生きていた一四歳のフランス人男性で、戦争ばかりが続く世界に嫌気がさしていたらしい。
「男子たるもの」と言う概念に苦しめられ、自分の在り方に迷っていた。
魔女は長い時を生きるし、男性の姿に変わることも可能だから、性別感が年を追うごとに崩壊する者が少なくないらしい。
魔女たちの言葉に救われ、理不尽な災厄を止めるべく奔走した。
三人目の召喚者は、一七九三年のアメリカから一四歳で召喚された女性。
魔王討伐に向かう年に、この世界の成人年齢の一五歳であるように、一四歳の者を、災厄の時から遡って一年前に召喚したのだろう。
そのあたりは、七人の魔女について記した書物に詳しく書かれていそうだ。
彼女は、いわゆる先住民族。
アメリカ合衆国の誕生後に、先住民を排除する動きがあり、故郷の地を追われ、身内が次々に殺された。
命からがら逃げていたところを、召喚されたから、とても感謝していたそうだ。
四人目は、西暦一八七〇年のイギリスから召喚された男性。
工場とか、都市部に人が移住しているとか、書かれている内容から思うに、たぶん産業革命のことだろう。
なんとなくぼんやりと、前世で習った気がする。
男性は貧民街で、日々苦痛にあえいでいた。
こんなことまでして、こんな思いまでして生きる意味があるのか。
と、思いながら、眠れば目が覚めないかもしれない恐怖を感じた。
自分の中にある、生に対する執着と、渇望がかろうじて命を繋いでいた。
と、壮絶な内容がつづられていた。
五人目は、西暦一九四七年を生きていたであろう、イタリア人女性。
なんでも、王制から共和国性に変更されたばかりで戸惑うことが多かったらしい。
この世界に来たことで、王制を維持したままでも共和国のような政治ができるのだと関心した様子が残されている。
一九四七年と言えば、第二次世界大戦が終結して間もない頃だ。
イタリアも敗戦国の一つだったから、それ故の苦労もあったに違いない。
ここまでの記録を見るに、他の国の人が来ていた可能性は十分にあっただろう。
自分が何者であるか、居場所がないと感じている人ばかりのようだ。
きっと、最初の召喚者は、魔王覚醒直前に召喚されたのだろう。
困惑し、状況が呑み込めず、戦い方もろくにわからぬままで事に当たった。
だから、もっと早めに呼んでほしい、と、苦情を言ったに違いない。
さて、ここまでで、俺の疑問は頂点に達した。
もはや、父さんがいるからとか気にしている場合ではない。
これまでは、転移召喚だったのに…
「なぜ、俺は転生したのでしょうか。」
わざわざ、魔王討伐のその時を、一五歳で迎えられるように計算され、この世に転生召喚されている。
その理由はなんだったのか。
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