守り抜く決意
「ティグ!ティグ!!」
陛下が、声をかけながら俺の体をゆすっていた。
寝ぼけながら体を起こすと、俺はソファで寝ていた。
父さんが運んでくれたらしい。
ふらふらしながら、陛下の後をついて部屋へ行くと、マリスが難しそうな顔をしており、その横で父さんもまた困惑した顔をしていた。
「ああ、ティグ。」
父さんが、俺に気づいて声をかけた。
きっと、眠った俺を執務室のソファまで運んで、そのあとはあまり休んでいないのだろう。
父さんにとっては、息子二人の一大事だ。
きっと、眠れないだろう。
俺も、気絶するように眠る以外は、全く眠れる気がしない。
だから、父さんに休んで欲しい気持ちはあったけど。
『少し休んでください。』
と言う言葉を、飲み込んだ。
「ティグ、結論から言って、魔王に憑依された者…いや、あんたの弟を、助けられるかどうかは、わからない。」
「…」
予想はしていた。
けど、一番聞きたくなかった。
「何しろ、魔王に憑依されて、生き延びた者がいないんだからね。」
それはもっともだ。
「理論の話をすると、まず魔王が憑依するのに使っているのは、おそらく精神魔法だろう。ここで問題になるのは、精神魔法が闇魔法なのか無属性魔法なのかと言うことなんだ。その研究は未だに明確な答えが出ていない。」
「はい。」
魔法使いや魔女ですらわかっていない魔法に関する問題は、人間や獣人がわかるはずがない。
俺は、はやる気持ちを何とか落ち着かせて、先の話に耳を傾ける。
「仮に闇属性だとすれば、光属性の魔法で対抗することになる。だが、無属性魔法であれば、無属性で反対の作用が起こるように魔法を使う必要がある。だが、どちらなのかを事前に調べようがないから、両方試すしかない。」
属性の問題は、魔女にとってそれほど重要なことではない。
と、いうより、基本的にすべての属性が使用できるから、属性に対する意識が根本的に違うのだ。
反対魔法で応戦するという戦い方は、人間や獣人ならではの対応方法。
魔物の中には、魔法を使う物があって、反対魔法で対応するのがセオリーとなっている。
魔法使いや、魔女たちは、人間や獣人と比べ、魔力量が格段に多い。
魔力そのものが強大であれば、属性の有利不利など些末な問題だ。
わかりやすい例を挙げると、山火事を鎮火するのにどれだけの水が必要になるか、とか。
火山が噴火して流れ出した溶岩に水をかけると、一瞬で水が沸騰し、水蒸気になってしまう、と言う状態を想像してもらえると良いんじゃないかと思う。
ただし、その概念は光属性と闇属性になると話が変わる。
闇属性の魔法にのみ存在する、毒のような効果を打ち消すことが出来るのは、光魔法だけだ。
「属性にこだわらず、アルが憑依されている状態から解放したいというイメージを持てば自ずと答えが出るようにも思います。」
「ティグは全属性使えるのだから、そうなるな。なんにせよ、弟には相当な負担がかかる。弟にだけ、回復魔法をかけながらやるのが理想的だ。」
周囲で話を聞いている者達は、呆然としている。
無属性の反対魔法と、光属性の魔法と、回復魔法を同時に。
それも、回復魔法については、魔王に憑依されている肉体だけに回復効果が作用する魔法を、同時に全て発動する必要があるということだ。
無茶苦茶なことを言っているのに、俺の反応が平静だから、マリスは念押ししているようだった。
「そんなことできるのか。」
横から疑問を呈したのは、陛下だった。
「こいつならできる。いや、現状できるのはこいつだけだと言うのが正しいね。」
「そんな…」
父さんは、かなり衝撃を受けたようだ。
「私が手を貸すこともできるけれど、これは危険すぎる。私の命なんて、大したことじゃない。そもそも、もうじき死ぬんだからね。けど、これは、ティグの弟に危険が及ぶかもしれないことだ。」
余計なことをして不測の事態を招くより、自分の力だけで何とかした方が良い、と、俺も思う。
「はい。俺一人でやります。どんな魔法を使えばいいのかわかりますか。」
「ティグなら簡単にイメージできるはずだ。だけど、一つ問題がある。」
おいおい、マリス。
さすがに、そんな混成魔法、そう簡単には、想像も創造も出来ないよ。
それでも、やるしかない。
「なんでしょう?」
俺の覚悟が伝わったのか、マリスは。
『本当に出来るのか?』
『本当にやる気か?』
などと、追及しなかった。
「魔力切れだ。魔王の魔力がどのくらいあるのか計り知れない。ティグの魔力もまた計り知れない。どちらの魔力が先に尽きるのか、誰にも予想がつかない。」
魔法そのものが機能したとしても、魔王に通用するか。
防がれたら、通るまで魔法を続けなくちゃならない。
その攻防を延々と続けてくれるほど、魔王は優しくないだろうから、攻撃を防ぐために結界魔法を発動したり、他の魔法を使うのに魔力を消費するかもしれない。
「ティグの魔力が先に尽きた場合、ティグは死ぬだろう。そして、弟のアルも魔王に憑依されたまま、となれば、結果、世界が滅びる。」
「そんなことにはさせません!」
それが何を意味するのか。
アルの憑依が解けない。
しかし、唯一対抗し得る俺が死んでしまったら、全力でアルを殺しにかかるだろう。
俺は何としても生きてアルを救い出さなくてはならない。
「それより、俺が心配なのは、魔王が現れた時、俺たちからも魔力を吸収していたことです。魔王が俺の魔力を吸収するなら、最大魔力量の優劣は無関係になります。」
「どちらの魔力が多いか、ではなく、魔力の奪い合いになる可能性もあるな。」
マリスは、顎に手を当てて思案にふける。
「魔王と召喚者の戦いの際、膨大な魔力同士がぶつかり合い、その衝撃で、世界が更地になるほどの爆発が生じる。これまでは、その衝撃から世界を守るのが、魔女の大切な役割だった。」
マリスが独り言のように話しはじめ、俺はそれを話しかけられていると受け止めた。
「だが、今回は力と力のぶつかり合いで、大きな衝撃派が生じるような可能性は少ない。あったとしても、他の者が力を合わせれば補える。」
マリスは再び考え込んだのち。
「わたしが魔王の魔力供給を妨害すれば、なんとかなるかもしれない。」
と、俺をまっすぐに見て言った。
マリスが魔力の調整を担当してくれるなら、俺はアルを救い出すための混成魔法と、アルの身体が消耗しないよう、回復魔法をかけ続けることに集中できる。
「それなら、うまくいくかもしれませんね。」
「ああ。」
マリスは、瞳を輝かせていた。
これまで、五人の召喚者は、魔王を殺すことを前提にしていた。
それが唯一の討伐手段と信じて疑わず、全力で力をぶつけることしかしてこなかったんだ。
誰もがそう信じていたし、考える余地なんてなかっただろうから。
他の手段を試してみよう、などと言っている場合ではない。
魔王がこの世界を滅ぼしてしまう前に、さっさと倒さなくてはならなかったのだから、仕方がないことだと思う。
ここへきて、俺が魔王を殺して倒すわけには行かない状況に直面しているのは、何か大きな意味があるような気がする。
神の思し召しとか、運命のいたずらとか、言い方は色々ある。
そういう何か、なんじゃないか。
「いざと言う時は、魔王を殺してしまえ、と言うのがお前の考えか?」
マリスは、ふと、陛下へ尋ねた。
「…。」
陛下は、答えず、黙ったまま。
「俺は…アルを助けたい。」
どれだけ状況が絶望的だろうと、確実に助けられる方法が、何一つ見つからないとしても。
「まあ、そうだろうね。」
マリスだけではない。
その場にいた誰もが、俺の気持ちを理解を示してくれた。
こうなってみて、はじめて、俺にとって、他の誰を置いても、アルが一番大事なのだと自覚した。
どうやら、周囲の者達にとっては、今更と言いたくなるほど当たり前のことのようだけど、俺自身は、いま初めて実感したんだ。
一番守りたい存在。
命が果てるその時まで、共に在りたいと願う。
アルを愛している。
恋愛感情とは違う。
この感情を、どう呼べばいいのかわからない。
いや、何かにあてはめたり、名前をつけなくたっていいんだ。
俺にとって、唯一無二の存在が、アル。
ただ、それだけのことだ。
「なんにせよ、悠長に考えてる時間はないよ。」
「そうですね。」
「ティグ、口調が戻っているぞ。」
「え? ああ…ごめん。」
魔王の強大な魔力が、まだ遠くだが、徐々に迫っているのを感じる。
街の最外壁に沿って張られた魔法結界が、どれくらいもつのかはわからない。
とにかく、一刻も早く魔王を討伐するに越したことはない。
わかっている。
もう、それしか選択肢がないところまで突きつめて、最後の最後の選択としてでもなければ、俺がアルを殺す道を選ぶことはない。
いや…
「ごめんなさい。どうしても、アルエルト一人を守れない世界を、俺は守りたくない。」
「私は、君の選択を尊重する。」
「陛下!?」
エゼルさんが、驚嘆し、陛下を見た。
「一人の民より、多くの民を救うのが、一国の主に求められる姿勢だろう。だが、私にはティグにそんな選択を求めることは出来ない。」
俺だって、そう思っていたから、驚いた。
まして、この陛下が、そんなことを言うなんて。
ああ、もう!
何がどうしてこうなったんだ。
きっと誰も悪くない。
みんな誰かを守ろうとしていただけ。
そうだよ、そうだ。
悪いのは魔王じゃないか。
「俺は、アルエルトを守ります。」
それでどうなったっていい。
「だけど、この世界そのものを守りたい理由がある。」
父さん、母さん、ティア、キース、ウラ。
それに、ニコライ、サーシャ、ルヴィ、ギデオン、ベン。
「俺には、大事な家族や友達がいますから。」
まだ一歳のキースとウラに、この世界の未来を見せたい。
友人とは、毎日会うわけじゃないけど、みんながそれぞれ笑って暮らして。
それで、時々一緒に食事をしたり、どこかへ出かけたりしたい。
俺の知識で、もっとこの国をもっと発展させるんだから。
キースとウラには、あの怖いトイレに行かせないからな!
うん、大丈夫だ。
俺には、その先の未来が見えている。
だから、俺はそこへ行ける。
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