【モノローグ】ティアの決意
「アルが…魔王に憑依された。」
お父さんが回復したのを喜んだ途端に、お父さんから聞かされた。
さっき、お兄ちゃんは、どんな気持ちで、ここに立っていたんだろう。
占いで言われた事を、私はちっとも信じていなかった。
だって、お兄ちゃんとアルが敵対することなんて、天地がひっくり返っても、絶対にありえないと思ったから。
「あなたのお兄さんと弟さんは、この先反目することになる。その時、あなたはどちらの味方に付くのか、決断を迫られます。」
反目って、敵対ってことだよね。
え?
お兄ちゃんと、アルが?
そんなこと、起こるはずがない。
「その時に、決断を誤れば、あなたは命を落とすことになるわ。」
どういうこと。
そんなに一大事なの??
「どちらかを、かならず選ばなくてはいけませんか?」
「どちらも選ばないというのも、立派な一つの選択です。あなたはとても聡明ですね。」
それなら答えは決まってる。
私は、どちらにもつかない。
自分を選ぶ。
お兄ちゃんは、アルのことを溺愛した。
アルが産まれる前までは、わたしのことをかわいがってくれていたから、少し寂しかった。
(ほんの少しだけなんだからね!)
けれど、そんな気持ち、一瞬で吹き飛んだ。
お兄ちゃんは、自分がアルを可愛がりすぎて、私が拗ねたとか。
お兄ちゃんの愛が強すぎることが怖いからとか。
そう思っていたと思うけど、違うわ。
アルは、1歳になる前から、お兄ちゃんを独占しようとしていた。
まともに喋れないくらい小さい頃だからこそ、言葉ではない会話をするのが動物の血が入っている獣人というものよ。
言葉ほど断定的で明確なものじゃないけれど、感情のこもった空気の塊みたいなものが迫ってくる感覚。
あまりにも強い感情だと、言葉よりも明確に意思が伝わってくる時もあるの。
私が、お兄ちゃんを呼ぶ度に、アルから感じられたのは、殺気に近い感情。
もう、怖いったらなかった。
お兄ちゃんを取り合えば、どちらかがケガをするだろうし、仲裁に入ったお兄ちゃんがケガするかも。
だから、離れたところから見守るしかなかった。
今回も同じよ。
私だって、お兄ちゃんに甘えたい時はあった。
だけど、それよりもずっと寂しかったのは、アルにとっての私が【お兄ちゃんの妹】だったこと。
私だってアルのお姉ちゃんなのに、お兄ちゃんを奪い合うライバルのようにしか見えていなかったみたい。
私が、アルのお姉ちゃんとして関係を築けていたら、三人の関係性がもう少し変わっていたんじゃないか、と、思う。
もう少し、年齢差があったらよかったのかもね。
我が家のダイニングには、四人掛けのテーブルがある。
家族が、お父さんと、お母さん、お兄ちゃんと私の四人だったころは、お父さんとお母さんが隣り合い、お兄ちゃんと私が隣り合って座っていた。
アルが一人で座れるようになってからは、椅子を買い足して、テーブルの三面を使うようになり、私が追いやられて、お兄ちゃんが教えてくれた【お誕生日席】と言う場所にいる。
お母さんの側で、お兄ちゃんは一番遠い。
いつの間にか、アルがお兄ちゃんに寄り過ぎて、アルの隣に私が座れるんじゃないかってくらいの隙間ができていた。
それを見る度に、とても心に大きな穴が開いたような気持ちになったわ。
最初はお兄ちゃんがお誕生日席に座るって言ってくれたんだけど、隣り合ってどこか触れてないと気が済まないらしいアルが、お誕生日席にどんどん侵入していった。
さすがに二人でテーブルの短い方の面は狭そうだったから、私がお誕生日席に移動したのよ。
実際には、長い方の面に三人並んで座っても、大して変わらないと思う。
どうせアルがお兄ちゃんにべったりになるんだから。
だけど、うっかりお兄ちゃんと手が触れ合うだけでもアルが怖いから、私はここでいい。
双子が育ったら、どう座るのかしら?
私が八歳の時のこと。
「アルは、【お姉ちゃん】ってことばを知らないんじゃないかしら?」
もう、何年も疑問に思っていたことを、ついにお父さんに話した。
「ティア?急にどうした。もちろん、知っているだろう。」
私は、アルから『お姉ちゃん』と、呼ばれた記憶が殆どなかった。
「アルには、お兄ちゃんしかいないみたいじゃない。私は『お姉ちゃん』って、呼ばれたことはない。」
お父さんは、記憶を探っているのか、考え込んだ様子を見せたあとに。
「…」
どうやら、思い当たらなかったみたい。
「ほら、ね。」
お父さんは、何も言えなくなり、話題を無理やり変えようとした。
お父さんはとても優しいから、私を思いやってのことだと、わかっている。
だけど、私は。
「私のことをお姉ちゃんって呼んでくれる妹か弟がほしい。」
そう言って、項垂れた。
その時には、あまり深く考えずに言ったのだけれど。
今年の太陽の月、お母さんの実家に農作業を手伝いに行った時に、お母さんのおなかに赤ちゃんがいることがわかった。
とても嬉しかった。
私は、お母さんがビルキル先生に診てもらっている時に、そばにいたから、家族の中では一番に知ったの。
自分の顔が喜びと驚きにあふれているのを感じて、ますます笑み崩れたくらい。
そのあと、みんなが待っている庭に戻って、お母さんがみんなに赤ちゃんのことを伝えた時、私は見逃さなかった。
「アルもお兄ちゃんになるんだね!」
と、お兄ちゃんが嬉しそうにアルへ語り掛けるその時まで、アルはとてつもなく微妙な表情をしていた。
アルにしてみたら、お兄ちゃんを取り合う、新たなライバルの出現、なのよね。
大丈夫よ、アル。
そんなに心配しなくても、私がすっごくかわいがるんだから。
産まれてこられなかった子の分も、ね…
私が妹か弟を欲しがって、両親は応えてくれようとしていた。
一度は新しい命がお母さんのおなかに宿ったけれど、産まれてくることが出来なかったんだって。
お母さんが話してくれたけれど、そのあとお兄ちゃんにも話を聞いた。
「ティア、誰も悪くないんだよ。赤ちゃんが産まれるのは、奇跡なんだ。」
学校で教わっていることは一緒なのに、お兄ちゃんはすごく物知りだった。
あの時は、図書館でたくさん本を読んでいるからだと思っていた。
けれど、あの触書が出て、お兄ちゃんが王城に行った数日後に、お兄ちゃんは【転生者】なんだと聞かされた。
話を聞いても、よくわからなかった。
けれど、お兄ちゃんが色々なことを知っていたのは、【転生者】だからなんだ、ということだけは、わかった。
私は、わからないからこそ、ありのまま受け止められた。
でも、アルはパニックになった。
あの時、アルが初めて、私も頼って良い存在なのだと思ったみたい。
これから、姉と弟として、何かが変わる気がしていた矢先、アルが、魔王に憑依された。
初めて、占いの意味を本当に理解した。
これが、どちらかを選択しなければいけなくなるというやつなのか。
「アル、いつだってあんたがそうしてるみたいに、私は、私のために行動するわよ。」
私は、この子たち、双子の弟と妹を守るためだけに行動する、と、決めた。
あの時はまだ、双子の存在はなかったから、わたしの占いにも影響を出さなかったのかもしれない。
もし、いま占ってもらったら、三つの選択肢になっている気がする。
私は、お兄ちゃんがすることも、アルがすることも手助けしない。
ただ、この子たちを守るのだ。
お姉ちゃんって、たくさん呼んでもらうためにも、ね。
アルのことは、お兄ちゃんが絶対に助けてくれる。
だって、お兄ちゃんが助けなくちゃ、他に誰が助けるの?
お兄ちゃんが、一度家に顔を出してくれた。
ほんの短い時間だったけれど。
「アルは、俺が必ず救い出すから。みんなは、無事で待っててね。」
それだけ言って、お兄ちゃんは出かけて行った。
だから、私は、お兄ちゃんのことを信じて、双子やお母さんのことを守る。
有志団のみんなが受けた訓練を、私はお兄ちゃんから個人的に教わった。
ほとんど家には帰ってこなかった訓練の時期、たまに帰ってきた時。
あの時ばかりは、アルの存在を無視した。
私は家族を守りたかったから。
私が元々使えた無属性魔法は、アイテムボックスだけだったから、結界魔法を使えるようになりたかった。
だけど、有志団に参加はしないし、双子がいるから、訓練に参加するのは難しくて、お兄ちゃんに相談したの。
アルは訓練に参加していたけれど、お父さんやお兄ちゃんとは違って毎日家に帰ってきていたから、そのうちアルから教わるようになった。
お兄ちゃんが言うには、アルはお兄ちゃんよりも結界魔法を上手に使えるんだって。
お兄ちゃんの結界より、アルの結界の方がとても精密だと感じた。
お兄ちゃんの結界は厚くて硬い。
どちらも頑丈さは同じくらいなのかもしれないけれど、私はアルの作る結界が、純粋に好きだと思った。
魔王と直接戦うのは、お兄ちゃんと、師匠の魔女マリスさんだけだと聞いている。
お父さんは、少し離れたところで、待機するんだそうだ。
みんな、揃って帰ってきて欲しい。
あ、いけない。
こんな気持ちになると、双子が不安になっちゃう。
「アル…無事に帰ってきなさいよ。」
私は、窓越しに空を見ながら、つぶやいていた。
黒い雲が広がり、遠くで雷が鳴り始める。
今、この家には男手がない。
他のどの家も似たようなものだ。
家の中は、主に女性が守っている。
毛先がピリピリして、空気が急激に変わるのを感じた。
キースとウラが不安そうな気配を発して、今にも泣きだしそうな顔になるっている。
「おかあさ~ん。この子たち、泣きそうだから、抱っこしよう。」
一人で二人を抱っこすることも出来るけれど、一人ずつの方が安心できるんじゃないかと思った。
だけど、お母さんからも不安や緊張が伝わってきて、双子はますます泣きそうになった。
「お母さん! 大丈夫よ。お兄ちゃんとアルから教えてもらった結界魔法で、私がみんなを守るから。」
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