活路を見出したようです
アルの救出方法を探して、対応策を検討するのに四日を要した。
魔王が憑依して、馴染むまでにかかる時間は二週間とされている。
残り、一六日。
「守備体制を整える必要があるから、今すぐに飛び出してもらっては困る。だが、魔王に二週間丸々時間をやるわけにもいかない。」
完全に馴染む前に、引きはがす方が、救出の可能性が上がるだろう、と、マリスは言った。
「なるべく急がせるが、どうしたってあと五日はかかる。」
陛下は鎮痛な面持ちで、だが、しっかりと告げる。
俺は、陛下が魔王討伐のためだけに存在している国王だ、と、ある瞬間に気が付いた。
即位した時点で、魔王討伐を担うことは明らかだ。
いや、次の国王が自分だとわかった時点で、明らかだったはず。
その瞬間から、他のことにはほとんど触れず…
いや、触れられなかっただろう。
政治的なことの一切を宰相のエゼルさんが、担っていたんじゃないだろうか。
宰相にしてもそうだ。
この陛下の就任時に、自分が宰相になるという事は、魔王討伐時に宰相の任にあたる、ということ。
これまで三八五年にわたり、王室がどのように対処してきたのかまで、俺は調べていない。
俺は、召喚者として何ができるのかを調べるので手一杯だった。
陛下も、同じなんじゃないだろうか。
俺の転生召喚にあたり、配慮に欠けた点が多々あったことは事実だが、状況的に仕方がないのかもしれない。
と、徐々に思えるようになってきた。
無知は罪だが、知り得ないこともある。
結果的に、俺がいまこの立場にあることは、不幸中の幸いだと思っている。
もし、俺がトラの獣人意外を選択して、この場に立っていたら。
もし、俺の大切な弟が憑依された、と、という状況でなければ。
俺自身が、魔王に憑依された者を、なんとしてでも救いたいとは考えなかっただろう。
『もし』をいくら考えても仕方がないけれど、俺が召喚者で、アルが魔王に憑依されたいま、この状況を、救いだと思う。
「マリス、五日間で出来ることはありますか。」
「魔王と対峙するその瞬間に、お前の魔力が全回復している必要がある。実践訓練をするなら二日間だけだな。あとの三日間は、とにかく休息し、イメージトレーニングすることに集中してもらう。」
実践か…
「実践と言っても、実際に魔王が憑依した状態を作り出せるわけではないから、下手にやらない方が良い、と、私は思うぞ。」
俺も同じことを考えていた。
何かをしたい気持ちはあるけれど、何もしないのが最適と言うことは、確かにあるんだ。
「落ち着かないだろうが、どうにもならないことだからな。」
四〇〇年以上の人生経験ってやつは、なんだかなぁ。
魔王が具体的にどういう方法で、憑依した本人を生かしたまま、身体を動かしているのかは予想することしかできない。
いくら考えても、精神魔法だろうという結論にはなるけれど、その精神魔法の構造がどうなっているか、という問題だ。
どういうことなのか。
燃料の分子構造が炎の性質を変えるように、魔法もイメージにより変化する。
水なら、純水を生み出すこともできるけれど、きれいな湧き水をイメージすればミネラルを含んだ天然水に近い状態になる。
最もわかりやすいのは土かもしれない。
簡単な構造の魔法なら、理解せずとも、対処はできる。
だが、複雑な構造の魔法は、そうもいかない。
魔法使いや魔女は大抵、複雑な構造の魔法を使うのだそうだ。
「精神魔法で相手の精神を支配する場合、それほど複雑にはなり得ない。精神と言うのは物質ではないからな。より相手を知っている方が精神を支配…」
マリスが硬直した。
「なぜ、私はこんな単純なことに気が付かなかったんだ!」
こんなマリスは初めて見た。
「マリス…」
「いいか、ティグ! 魔王よりもお前の方がアルのことを知っているはずだ。魔王が憑依してから馴染むまでの時間が、相手の精神を理解するために必要な時間だと考えると、魔王はその場で魔法を強化していっていることになる。」
「マリス、一旦落ち着いて。」
俺の言葉にハッとして、マリスは一度背を向けて呼吸を整えた。
振り返ると。
「結論だけ言う。お前が、アルに、精神魔法をかければいい。」
「魔王の憑依を解くのではなく?」
俺は思考をめぐらせた。
「そうか! 上書きをすれば良いのか!」
魔法の上書きと言う発想は、日常的ではない。
上位の魔法使いや魔女の間でしか起こりえないことだ。
「それなら、訓練は可能だ。例えばこいつ。」
マリス、この場で陛下を『こいつ』呼ばわりはダメな気がする。
案の定、エゼルさんが咳払いをしてから、すぐに人払いをした。
廊下から執務室へと場所を移し、改めて話してもらう。
「私がこいつに精神魔法をかける。そこへお前が精神魔法を上書きするという訓練だ。」
「確かに、それなら。謎の魔法を解くための、余計な魔法をかけるリスクがない分、回復魔法も不要になるのでは?」
マリスは思案したのち。
「それも含めてこいつでやってみよう。」
陛下を実験台にするのはいかがなものかと思うが。
「それは、許容できません。」
いつの間にか執務室に入ってきていたエゼルさんが、マリスを制止した。
「エゼル、良いんだ。私がやる。」
「こいつのことは、ティグより私の方が良く知っている。良い訓練になるだろう。」
なるほど、実際には魔王より俺の方がアルを知っているけれど、魔王の魔法が強力であるという状況に近くなるというわけか。
「実際にやってみて、こいつがどれほど消耗するかを確認する。」
「それで、回復魔法が必要かどうかも確認できる、と。」
「そうだ。」
その後、陛下に付き合ってもらい、二日間訓練をし続けた。
おかげで、俺は陛下の精神を垣間見て、これまで以上に陛下への同情心を持つことになった。
精神魔法を上書きしようとすると、精神世界に飛び込むことになる。
エゼルさんが、三人とも急に意識を失くしたように動かなくなった、と、証言してくれて、その後マリスが水晶映像記録を使用して俺たち三人の状態を第三者の目線で実際に見たんだ。
マリスでさえ、これまで精神魔法を上書きするような局面に遭遇したことはなかったようで。
「こんな風になるんだな!」
と、まるで子供のようにはしゃいでいた。
そんなマリスのおかげか、俺はアルのことで悲壮感が漂う程に思いつめることもなく、ひたすら前向きに打ち込めた。
魔王は精神世界に入れないように抵抗してくるだろうけれど、今更戦闘訓練をしても仕方がない。
家に帰ろうとも思ったが、帰る時は、アルと一緒がよかった。
だから、ずっと王城の一室で過ごした。
マリスの家である、大森林の小屋へ通ずる魔法陣は、魔王の侵入を防止するために封じていた。
そのため、マリスも家には帰れず、ずっと王城で過ごしていた。
魔王討伐に向けて訓練を重ねた一年の間に、俺は、王城の一室を与えられていた。
ほとんど寝るためだけに使用していた部屋で、長い時間を過ごすのは初めてで、最初は些か落ち着かなかった。
王城とは言え、質素倹約を掲げているから、豪華な調度品は一つもない。
ただ、造りが広いから、殺風景で落ち着かないんだ。
俺はなるべく目を閉じて魔力を消耗しないよう、イメージトレーニングを続けた。
落ち着かなくなると、廊下へ出てうろうろしたり、マリスの部屋へ意味もなく行ったりして。
「お前は、最初に比べて格段に強くなっている。自分では全くわからないだろうがな。」
マリスの言葉に勇気づけられながら、俺は何度となく、何かしたくなる衝動をやり過ごし、三日間を全力で休んだ。
そうして迎えた決戦当日。
三八五年、狭間の月、三五日目。
俺は、父さんと共に家へ顔を出した。
家の敷居は跨がずに、みんなの顔を見た。
(ほら、やっぱり。)
俺は、みんなの顔を見ると、アルがいない現実を突きつけられるから、帰ってこなかったんだ。
「アルは、俺が必ず救い出すから。みんなは、無事で待っててね。」
俺は、それだけ言って、すぐに出発した。
父さんは、一番近くの部隊で結界を貼っていてくれる。
一番リスクが高い、最前線の守備だけど、俺の姿は見えない位置。
「私の姿が見えなくても、ティグなら魔力を感じるだろう? それに、一番近くで守備につけば、戦いが終わった時に、一番早く駆け付けられる。」
父さんは、そう言って俺の肩に手を置いて、力を込めた。
「うん。ありがとう、父さん。行ってくる。」
「ああ、行ってこい。」
「マリス、行こう。」
「ああ。」
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