大切な命の奪還を果たします
大森林だというのに、ここまでの道のりで見かけた魔植物は、全て枯れ果てていた。
魔物が一体もいなかったから、ただひたすら、真っすぐにここまで歩いてきた。
魔力を極力使用せずに、魔王と対峙するためだ。
食料や荷物は、アイテムボックスに入れているから、荷物はほとんどない。
アイテムボックスの理論はあまり研究が進んでいないらしい。
だから、魔法具すら存在していなかったんだ。
アイテムボックスの中に収納物がある時とない時。
内容物の量が少ない時と多い時で、魔力の消費量が変わるのかを確認したことがあるのだが、不思議と一切変わらない。
いわば、拡張した自分の一部のような感覚だ。
冷静に考えてみると、アイテムボックスに収納した荷物があるから魔力を消費するのでは、意味がない。
それも、この世界の決まりみたいなものなのだろう。
なににせよ、助かる。
途中までは、父さんと一緒だったが、第一防衛線の地点で分かれ、いまはマリスと二人。
丸一日をかけてたどり着いた大森林の深部、魔王の気配がすぐそこに迫る位置。
マリスに魔力結界を貼ってもらい、俺は叫んだ。
この結界は、あくまでも魔力の流出を避けるためのものだ。
もちろん、マリス自身も同じ結界を貼っている。
「アルエルト!!」
ものすごく遠くの方まで声が響いたように感じる。
周囲には、声を跳ね返すものがほとんどないからか。
アルの意識が、自力で魔王に反抗してくれるように、もう一度、全身全霊で叫ぶ。
「アル!!」
刹那、背後に気配を感じた。
前世の俺は、こんな日が来ると、想像していなかった。
まんがやアニメで観たことのある戦闘シーンを、自分がやることになるなんて。
後ろにいる。
と、思うより先に身体が反応していた。
結界を張っていたから、攻撃を受けたところで大してダメージはなかっただろうが、かわしていた。
こんな風に動けることは、到底信じがたい。
けれど、この身体は、確かに自分の身体だと感じられる。
とても奇妙な感覚だ。
俺は、この世界に産まれてきた時からずっと、前世の魂が、この世界での肉体に入っている。
と、感じていた。
自分自身の肉体を、とてつもなく遠くに感じたわけではない。
思い通りに動くし、間違いなく、実体を伴う自分の存在そのもの。
けれど、前世の肉体のイメージが残存しているのか、サイズの合わない洋服を着ているような感覚が、いつも付きまとっていた。
訓練を重ねているうちに、どんどん違和感が少なくなり、適合していくのを感じていた。
それが、いま、ジャストフィットした。
騎士団員の方々に教わる形で始めた戦闘訓練の中で、俺は最初、自分がどう動くかばかりを考えていた。
見取り稽古は知っているが、前世の俺に武術の心得はない。
それこそ、まんがやアニメでみた戦闘シーンのように動くイメージ。
しかし、それは相手もそのイメージ通りに動いてくれないと成立しないものだ。
マリスが。
「お前に必要なのは、相手の動きをよく見ること。見えない動きは、感じることだ。」
アドバイスを受けて、俺の動きは変わっていった。
武道には型がある。
同系の武術を習っていれば、互いに型通りに動くから、型通りに対処できる。
それは自分の動きさえ、相手に読まれやすいという事を意味している。
しかし、空手家と柔道家が対戦をしたらどうなるのか。
互いに、かなりやり辛いだろう。
武術の論理が全く通じない相手には、武術家は得てして弄されるものらしい。
それが命を懸けた戦いなら、次はない。
或いは、相手の動きなど問題にならないほどの絶対的な力で圧倒する。
攻撃が大したダメージにはならないまでに研鑽を重ねた強固な肉体で、拳に拳をぶつけた時に、相手の力に押し勝つという自信。
強さと言うのは、どういう事なのか。
俺はそれを説明できない。
ただひたすらに相手の動きを見て、感じて対応する。
それをいかに多く体験するか。
総団長まで辿り着くことを目標に、俺が指導する訓練の合間を見ては騎士団の方々と実戦訓練を重ねた。
俺は決して強くはない。
魔力とか、魔法だけで考えたら、強いかもしれないけれど、肉弾戦では圧倒的に不利だ。
体格とか純粋な肉体の力では俺よりも更に不利に見えるマリスは、とにかく身のこなしに長けていた。
四〇〇年以上の経験は、そんなところにまで…
と、感じた。
実際、模擬戦に参加したマリスは、総団長の攻撃を全く受けなかった。
防いでいるというのでもなく、相殺している風でもない。
勝ち負けではなく、相手が攻撃に使った力を無効化する。
限りなく合気道に近いと思うけれど、きっと合気道の先生は。
「違う!」
と、言うんじゃないかと思う。
あくまでも想像だけれど。
俺は、マリスに教わり、最後には、総団長の攻撃を受けなくなるまでになった。
マリスは、魔法でも肉弾戦でも根本的に同じ考え方を持っている。
最初から、戦う気がないのだ。
戦わなければ、勝ち負けは存在しない。
俺は、マリスに教わってきた。
攻撃に対抗するのではなく、無効化すること。
それが俺の戦い…
いや、対峙の仕方だ!
魔王は、戦う事しかしてこなかったのだろう。
攻撃をすれば、相手は防ぐ。
衝撃が産まれる。
それが常だったに違いない。
「貴様! なぜ攻撃してこない!」
同時に、マリスが魔力を制御しているから、魔王はますます動きづらいはずだ。
「魔王が怒りに任せて強力な魔法を放った時、この魔法を使うと良い。」
マリスが教えてくれた奥義。
魔王がした事が、言葉通り何も起こらなかったかのように衝撃一つ起こらない。
俺は、マリスが教えてくれた空間制御魔法の奥義【アブソープション】を、極限まで魔力を節約する方法を思いついた。
休息とは、時に最大の効果をもたらすもの。
イメージトレーニングの中で、思いついたことだった。
相手の放った魔法を、アイテムボックスに収納してしまうのだ。
取り出して相手に放つことも可能だが、相手はアルの身体だから、決してそんなことはしない。
そもそも、俺はマリスの弟子だから、相手をなるべく攻撃せずに、無力化することを第一に考える。
マリスは、これまで、不本意な闘い方をしてきたんじゃないだろうか。
ああ…そうか…
マリスは、本当に【愛の魔女】なんだな。
魔王は、マリスへも同時に攻撃しようとするが、マリスは【アブソープション】で対応する。
攻撃が通らない、自分自身も攻撃されるわけではないのに、確実に消耗している。
勝敗を決したい相手が、勝負をさせてくれない状況は、ひたすら精神が疲弊する。
勝ち負けをそもそも争っていないのに、負けたような気持ちになる。
勝負にこだわる者こそ、そうなる。
マリスの魔力結界は、一方向にのみ有効な結界だ。
これは一朝一夕にできることではない。
戦わないことを最も大切してきたマリスだからこそ、編み出せた魔法だ。
使いようによっては、一方的に蹂躙することになるから、この世界にその魔法の存在を広めなかった。
俺たちの戦わない応じ方が、魔王の苛立ちと疲弊を加速させていく。
「なんなんだ! 貴様らは!」
理解できないものごとは不安や恐怖の対象になる。
「これまで、人や獣人はずっと争ってきた。平和になってからも、魔物は殺し続け、他の命を食らい続けている。ましてや、お前は、あの青い惑星の人間だろう!? なぜ戦わない!?」
魔王は、ひどく混乱している様子で、叫び散らしている。
その声は、アルのようでいて、アルではなかった。
「俺は、お前がこの世界を害さないというなら一緒に暮らせばいいと思う。」
ずっと、考えていた。
魔王は、本当に討伐しなければならないのか?
「貴様、何を言っている?
油断させるための戦略などではなかった。
けれど、その時に生じた一瞬の隙をついて、精神世界へ飛び込んだ。
『アルを返しやがれぇぇぇぇぇぇぇぇ』
必死の叫びと共に、アルが閉じ込められているイメージが脳裏に浮かび、そこへ向かって手を伸ばす自分の姿を思い浮かべる。
魔王の部分を蹴散らして、アルをこの腕に抱きしめるんだ。
魔王の精神を蹴散らす…
いや、違う、そうじゃない。
それじゃあ、結局、同じことの繰り返しだ。
『なあ、魔王…』
『…やめろ…』
俺は、魔王の精神に触れた時、走馬灯のように記憶を見た。
魔王の根本にある気持ち。
『
『それは、魔族が人や獣人に、理不尽に殺されないためだろ?』
『うるさい! お前に何がわかるというのだ!』
『お互い様なんだよ。攻撃は最大の防御って、結局は行き過ぎた守備なんだ。』
信頼関係を築くのは難しい。
最初から話が平行線になって、どうにもならない。
そんな話を、何度も見てきたな。
思い描く理想郷は、きっと実現しない。
理想は理想でしかない。
『それでも、俺は努力したい。俺も、たくさん魔物を殺した。守るためには仕方がない、そう思った。』
『そうだ! 守るためには、殺すしかないであろう。』
『魔族だって同じだろう? 人や獣人がいなくなって、魔物だけの魔界が出来たら、今度は魔族同士で殺し合うんじゃないのか?』
魔王は何か言おうとして、言葉に詰まった。
揃いも揃って、同じことをしている。
種族が違うだけで、何故こうも敵対しあうのか。
『俺は、魔族も一緒に暮らしたら良いと思う。殺して食うのはさ、生きるための手段でしかなくて、それは争いとは別次元の話だろう。かといって、魔族が人間や獣人を狩って食べたら一緒には暮らせない。そこは要相談だな。』
『い…今更、そんなことが出来るわけがなかろう!』
『かつて人と獣人は殺し合ってたんだぞ。それがいまは平和に一緒に暮らしてるじゃないか。魔族だと出来ないのか?』
魔族だって、出来るはずだ。
魔王がこんな性格なら、絶対にできる。
魔王は、いつから、どのくらいの時間、人や獣人に敵対心を持っていたのだろう。
いつからか。
『魔族だけの世界にしか、魔族の平和はない。』
と、信じ込んで、魔界を創るのに相応しい惑星に焦がれ続けて、自らの形さえも変えた。
『俺は、お前を許すよ。』
『貴様の弟を、こんな目に遭わせた
『無事に返してくれたら、それでいい。』
『肉体を失えば、
ちょっと魔王がかわいく思えてきた。
『七七年なんて、お前にとったら、あっという間だろう? 次に目覚める時、俺が引き受けるよ。』
『貴様、自分が何を言っているのかわかっているのか!?大体、お前は七七年後には生きていないであろう!?』
『俺が魔王になるって、ことだろ。もちろん、俺の精神を明け渡すつもりはない。必死に長生きするさ。きっと、マリスが力を貸してくれるはずだ。よぼよぼのおじいちゃんの身体は不満か?』
『いや、生きてさえいれば、若返ることもできるからな…その点は良いとして。お前の精神世界で、
『一緒に暮らせばいいと言ったのは俺だからな。』
『お前が、魔族を率いるというのか。』
『一緒に、だろ。』
『…貴様と言い、貴様の弟といい、変わった奴らだのぅ。』
『お前だって、もう、疲れたんだろ。こんなこと、延々と続けるの。』
かなり長い間、沈黙が続いたと思う。
俺はその間、ずっと黙っていた。
『ああ…そうだな。』
魔王は、ため息でも漏らすかのように言った。
『だが、条件がある。』
『なんだ?』
『七七年間、お前たちが魔族とどう接したか、俺はそれを確認する。気に入らなければ、別の者に憑依し、お前を殺して、世界を滅ぼす。七七年後、お前が本当に生きているように、
『それはどういう…』
『すぐにわかる。
アルの精神世界から、魔王が去ろうとしている。
と、アルの姿が見えた。
『アル! 大好きな俺のアル! おいで!!』
次の瞬間、アルの中心部分から外側へ向かって、強い光が四方八方へ放たれた。
その光景が、現実世界のものなのか、精神世界のものなのか、俺にはわからなかった。
感覚が何一つなくて、自分がどうなっているのか、見当もつかない。
ただ、俺を呼ぶアルの声だけが、遠くに聞こえていた。
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