【モノローグ】魔王の葛藤

 ワレは魔王。

いにしえよりこの世界に存在している。


 名前は、とうの昔に忘れた。

ワレが産まれたのは、五千年以上も昔のことなのだから。


 最初は無力な魔王だった。

他の種族に見つからぬように、隠れて暮らして、やっと魔族を守っていた。


 特に何をしたわけでもないのに、魔族や魔王は目の敵にされた。

誰が教えるのか、悪しき存在として一掃すべきもの、と、考えられた。


 理不尽な暴力。

確かに、魔族や魔王と言えば、世界を闇で覆い、魔界を作るのが常だ。

人間や獣人には生き辛い世界になるだろう。


 だが、こちらが何もしていないうちから、危険だからと言う理由で攻撃してくる。

そんな暴力から身を隠すしかない頼りない魔王に、付き従ってくれた従者たちが、それぞれ七度の生を終えて、久しい。


 ワレは、これまで殺された魔族のことを想い、人間や獣人を呪った。

憎悪し、何度蹂躙しても足りないほどの怒りを抱えている。


 魔王たるもの、七つの大罪を一人で犯しているのが通常だ。

ワレも例外なく、七つの大罪を犯している。


 だが、ワレには繁殖能力がない。

身体を失った時に、捨てたものだ。


 ワレが滅びたところで、自然と新たな魔王が生れる。

我が血族は死に絶えても、魔王と言う存在は、この世界にあり続ける。


 魔族もろとも、世界を一一回滅ぼすことで、我は本来なら七回の生を、七七回まで引き延ばした。


 遥か遠い宙の果てに、青い惑星を見つけた時、ワレは決意した。

魔王だけが行使できる、禁術を使う、と。


 ワレは魔力の導きのまま、引き寄せられて憑依する。

ワレが意図して選ぶことはできないから、こういう面倒なやつに憑依してしまうことだってある。


 それにしても、なんなんだ。

こいつは、どれだけ兄のことを慕っているのか。

計り知れない。


 これまで幾人もの人間や獣人に憑依してきた。

が、これほどまでに実の兄に執着している者はなかった。


 まあ、どうだっていい。

一番の問題は、ワレと波長が合うか。

ただ、それだけなのだ。


 肉体が脆弱なら、根本から作り変えればいいだけのこと。

ワレは見た目については気にしない。

美しいだの醜いだのと、そんな価値観は、ワレにはない。


 しかし、今回はあまりにも状況が悪い。

完全に不利だ。

何故、よりにもよって召喚者の実の弟なんだ。

そもそも、召喚者は異世界の人間じゃないのか。


 あいつは獣人だったし、弟がいるという事は、この世界に産まれた獣人なのだろう。

今までそんなことはなかった。


 こいつの心の中にあふれんばかりに渦巻いている感情。

実の兄に対して抱くものではないだろう。


 記憶をたどってみると、物心がつく以前から、兄にべったりだったらしい。

しかも、実の姉すら兄に近付けまいと牽制していたようだ。


 なるほど、こいつの兄が召喚者で、転生者だから、前の人生を負っているのか。

なるほど、ただの兄ではない。


 魂の領域で、惹かれあっているということになるのか。

兄の方も、こいつのことを相当溺愛しているようだ。

大切な弟の身体を傷つけることなど、絶対に出来ないだろうな。

それを利用すれば、容易に倒せそうだ。


 あとは、この強すぎる思いをなんとかしなくては。

思いが強すぎて、このワレが侵食されそうになる。

まるで、ワレ自身が、こいつの兄を想い慕っているかのような錯覚に…

「ぐぅっ…」


 なるほど、そのような感情を兄に対して抱くのは、自分だけで良い、と、主張しているのだな。

ああ、面倒くさい。


 裏を返せば、これほどの執着心があるからこそ、ワレと波長が合ったのだ。

こいつは嫉妬の大罪を犯している。

兄に近付く者は、何者も許さないという、悪意にも近い感情が渦巻いている。


 ワレは、はるか昔に、魔界を築くため、自ら実体を失くした。

時空間回廊が七年毎に少しずつ開いていき、七七年目に極大に達する。

その時、ワレの力を解放し、この世界を滅ぼして魔力を注げば、回廊は、より大きく開くようになる。

あの青い惑星を、わが眷属で埋め尽くし、赤く黒い星に作り替えるのだ。


 『お兄ちゃんが前の人生を過ごした惑星を、そんな風にさせない。』

頭の中に、まだ意識を保っている体の主の声が響く。


 全くもって、うるさいやつだ。

何しろ感情が強すぎて、ワレの精神魔法をもってしても制御しきれない。

魔族の、それも魔王の精神魔法だというのに。


 「お主、この世界に兄さえいればいいのであれば、この世界に二人だけ生き残れば、それでいいんじゃないのか。」

『え…』


 なるほど、兄と二人きりで生きる世界を望む気持ちを利用すれば。

「兄だけ生かして、他は全て葬り去ってやるよ。全部ワレのせいにすればよいであろう?」


 大切な者を全て失い、ただ一人残された弟を愛する兄。

しかし、大切な者を全て奪ったのが、自分の弟だと知ったらどうなるんだろうな。

ワレはその様子を見てみたいぞ。


 『お兄ちゃんにとって大事な人は、僕だけでいい。』

「ああ、そうだろう。」

こいつ、とことん歪んでいやがる。


 『僕がおとなしくしていればいいの?』

「そうしてくれると、助かるのぅ。」

悪魔は、目的のために手段を選ばない。


 魔王であろうと同じことだ。

低姿勢で相手に取り入ろうとすることだって、厭わない。

それで目的が達せられるのであれば、何を惜しむことがある。


 『お兄ちゃんには、傷一つ付けないでよね!』

「それは少し難しいな。どうせ回復魔法で綺麗に元通りになるであろう?」

『それはそうだけど、嫌なものは嫌なの。』

こいつの方がよほど悪魔的ではないか。


 魔王に憑依される者は、魔王になる素質がある、と言える。

その事実は、何年たっても、魔王のみが知ることだ。


 恐らく、広く知れ渡らぬように仕組まれている。

自然の摂理と言うものなのだ。


 この世界に魔界を作り出せないこともまた、自然の摂理。

なんと、口惜しいことか。


 魔界の王として君臨してこその魔王であるのに、ワレを王として崇める者はおらん。

地球と言う惑星は魔力に満ちているどころか、魔王の素質を持った者が大勢いる。


 戦い合わせ、頂点に立った者を支配すれば、さぞかし立派な魔界が出来上がるだろう。

ちょっと手を加えれば、魔物や魔人も簡単に生み出せる。

この惑星が地球と同等になる日は、恐らく来ない。


 最初に計画したよりも、随分遅れている。

それは、人間と獣人が戦争を起こしたことで、時空間回廊が開かなくなったからだ。

戦争が続いていた間、ワレは洞穴の奥深くで眠り続けるしかなかった。


 戦争が終結し、再び時空間回廊が開くようになって以降は、七人の魔女と召喚者に邪魔をされ、一度もこの世界を滅ぼせていない。


 この調子では、ワレがここに留まり、この星で魔界を築くことが出来るようになる方が、あの青き惑星へと続く時空間回廊を通れるようになるよりも先になるやもしれない。

魔女のやつらが、地球から召喚などしなければ、もっと早くに目的を達成できていたものを。


 魔族は七回生きるから、死んでも六回は蘇る。

ワレは、特殊魔法を行使して、生の機会を七七回にまで増やした。


 一一回世界を滅ぼすと、一一倍の生を得られるという、魔王にのみ行える破滅魔法だ。

破滅魔法とは、使用すればその先には破滅が待っていることを意味する。


 使用した本人は、実体がなくなるし、リスクやデメリットが大きいから、積極的にやる魔王はいない。


 そもそも、七回生きられるのだ。

途中で殺されない限り、一度の人生が五〇〇年ほどはある。

合計で三五〇〇年生きれば、十分だろうという意見を持っている魔王ばかりだったのだろう。


 しかし、そう思うことが出来るのは、統治する立派な魔界が存在してこその話だ。

ワレには、魔王と言う立場があり、ある程度の魔物が生息している世界があるだけだった。


 人間や獣人が、実質的に世界の頂点だ。

この世界には、魔界に作り替えられるだけの闇が、圧倒的に足りない。


 怒り、憎しみ、悪意、そういうものに満ちた世界は、魔界にしやすい。

この世界は、明るく、穏やかで、幸せに満ちていた。


 戦争の間でさえも、希望を失わず、終結した折には和解したのだ。

ワレが、闇を満ちさせるために、仕組んだ戦争だというのに、時空間回廊は閉じてしまうし、結果的にワレの計画の達成を先送りにしただけだった。


 この世界には、根源神と言う存在がいる。

惑星の中心で、今もなお、光り輝いている。

ワレが、何度この世界を壊そうとも、その光の下に蘇り続けた。


 あの、青き惑星も、かつてはそうだったのだろう。

しかし、長い年月を経て、光は陰り、もう蘇る様子がない。


 まだ魔界に変貌を遂げてはいないから、他の魔王が支配してはいない。

ほんの少しの調整で、すぐに魔界に作り替えられるだろうに、魔王があの惑星へ触れられない理由でもあるのだろうか。


 いずれにしろ、ワレが生を繰り返すごとに、この世界から根こそぎ魔力を吸収し、再び眠りにつくことが出来れば、七七回の生の後、ようやくあの惑星に手が届く。

 

 成しえれば、最後の一度の生は、千年になると言われている。

千年あれば、あの惑星に魔界を築けるだろう。


 ああ…

あの青き惑星を、早くワレの手中に収めたい。

ワレにとって、この世界よりも、あの青き惑星の方がよほど魅力的なのだ。


 忌まわしき魔女どもが、意図的にあの惑星から召喚したのかどうかはわからない。

しかし、これがいわゆる神の采配と言うやつなのだろう。

因果関係は、必ずある。

時空間回廊が存在している以上、そこを通ってきている可能性が高い。


 しかし、どうしてワレは…


『お兄ちゃんの生きていた世界は、とても美しいんだね。』

またお前か。

こいつの思いへ引きずられそうになる。


 「おい、頼むからおとなしくしてくれよ。」

ふいに、こいつの両親、姉、妹弟の姿が浮かぶ。

おいおい、守りたいのは兄だけじゃなかったのか?

強欲の大罪も犯すつもりなのか。


 精神魔法で押し負けたことなど、これまでただの一度もなかった。

敗北こそしないが、危うさがある。

少し間違えれば、逆に制御されかねない。


 魔王が実体を失くして、より長い魔王生を生きようとした時、最大のデメリットは、精神魔法で押し負ければ消滅するということだ。


 ワレが滅びれば、間もなく新たな魔王が生まれるが、それはワレではないのだ。

ワレはまだ目的を達成していない。

他の魔王へ託すことなど、論外だ!

これはワレが、ワレの生で成し遂げるべきことだ。


 今回の戦いは、面倒この上ない。

いざと言う時には、精神魔法で押し負ける前に、自らこの体を去ることすら考えなくてはならない。


 一度憑依が解ければ、また、七七年後を待たねばならないというのに。 くそぅ。

飛んだ外れくじだ。

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