【モノローグ】魔王の葛藤
名前は、とうの昔に忘れた。
最初は無力な魔王だった。
他の種族に見つからぬように、隠れて暮らして、やっと魔族を守っていた。
特に何をしたわけでもないのに、魔族や魔王は目の敵にされた。
誰が教えるのか、悪しき存在として一掃すべきもの、と、考えられた。
理不尽な暴力。
確かに、魔族や魔王と言えば、世界を闇で覆い、魔界を作るのが常だ。
人間や獣人には生き辛い世界になるだろう。
だが、こちらが何もしていないうちから、危険だからと言う理由で攻撃してくる。
そんな暴力から身を隠すしかない頼りない魔王に、付き従ってくれた従者たちが、それぞれ七度の生を終えて、久しい。
憎悪し、何度蹂躙しても足りないほどの怒りを抱えている。
魔王たるもの、七つの大罪を一人で犯しているのが通常だ。
だが、
身体を失った時に、捨てたものだ。
我が血族は死に絶えても、魔王と言う存在は、この世界にあり続ける。
魔族もろとも、世界を一一回滅ぼすことで、我は本来なら七回の生を、七七回まで引き延ばした。
遥か遠い宙の果てに、青い惑星を見つけた時、
魔王だけが行使できる、禁術を使う、と。
それにしても、なんなんだ。
こいつは、どれだけ兄のことを慕っているのか。
計り知れない。
これまで幾人もの人間や獣人に憑依してきた。
が、これほどまでに実の兄に執着している者はなかった。
まあ、どうだっていい。
一番の問題は、
ただ、それだけなのだ。
肉体が脆弱なら、根本から作り変えればいいだけのこと。
美しいだの醜いだのと、そんな価値観は、
しかし、今回はあまりにも状況が悪い。
完全に不利だ。
何故、よりにもよって召喚者の実の弟なんだ。
そもそも、召喚者は異世界の人間じゃないのか。
あいつは獣人だったし、弟がいるという事は、この世界に産まれた獣人なのだろう。
今までそんなことはなかった。
こいつの心の中にあふれんばかりに渦巻いている感情。
実の兄に対して抱くものではないだろう。
記憶をたどってみると、物心がつく以前から、兄にべったりだったらしい。
しかも、実の姉すら兄に近付けまいと牽制していたようだ。
なるほど、こいつの兄が召喚者で、転生者だから、前の人生を負っているのか。
なるほど、ただの兄ではない。
魂の領域で、惹かれあっているということになるのか。
兄の方も、こいつのことを相当溺愛しているようだ。
大切な弟の身体を傷つけることなど、絶対に出来ないだろうな。
それを利用すれば、容易に倒せそうだ。
あとは、この強すぎる思いをなんとかしなくては。
思いが強すぎて、この
まるで、
「ぐぅっ…」
なるほど、そのような感情を兄に対して抱くのは、自分だけで良い、と、主張しているのだな。
ああ、面倒くさい。
裏を返せば、これほどの執着心があるからこそ、
こいつは嫉妬の大罪を犯している。
兄に近付く者は、何者も許さないという、悪意にも近い感情が渦巻いている。
時空間回廊が七年毎に少しずつ開いていき、七七年目に極大に達する。
その時、
あの青い惑星を、わが眷属で埋め尽くし、赤く黒い星に作り替えるのだ。
『お兄ちゃんが前の人生を過ごした惑星を、そんな風にさせない。』
頭の中に、まだ意識を保っている体の主の声が響く。
全くもって、うるさいやつだ。
何しろ感情が強すぎて、
魔族の、それも魔王の精神魔法だというのに。
「お主、この世界に兄さえいればいいのであれば、この世界に二人だけ生き残れば、それでいいんじゃないのか。」
『え…』
なるほど、兄と二人きりで生きる世界を望む気持ちを利用すれば。
「兄だけ生かして、他は全て葬り去ってやるよ。全部
大切な者を全て失い、ただ一人残された弟を愛する兄。
しかし、大切な者を全て奪ったのが、自分の弟だと知ったらどうなるんだろうな。
『お兄ちゃんにとって大事な人は、僕だけでいい。』
「ああ、そうだろう。」
こいつ、とことん歪んでいやがる。
『僕がおとなしくしていればいいの?』
「そうしてくれると、助かるのぅ。」
悪魔は、目的のために手段を選ばない。
魔王であろうと同じことだ。
低姿勢で相手に取り入ろうとすることだって、厭わない。
それで目的が達せられるのであれば、何を惜しむことがある。
『お兄ちゃんには、傷一つ付けないでよね!』
「それは少し難しいな。どうせ回復魔法で綺麗に元通りになるであろう?」
『それはそうだけど、嫌なものは嫌なの。』
こいつの方がよほど悪魔的ではないか。
魔王に憑依される者は、魔王になる素質がある、と言える。
その事実は、何年たっても、魔王のみが知ることだ。
恐らく、広く知れ渡らぬように仕組まれている。
自然の摂理と言うものなのだ。
この世界に魔界を作り出せないこともまた、自然の摂理。
なんと、口惜しいことか。
魔界の王として君臨してこその魔王であるのに、
地球と言う惑星は魔力に満ちているどころか、魔王の素質を持った者が大勢いる。
戦い合わせ、頂点に立った者を支配すれば、さぞかし立派な魔界が出来上がるだろう。
ちょっと手を加えれば、魔物や魔人も簡単に生み出せる。
この惑星が地球と同等になる日は、恐らく来ない。
最初に計画したよりも、随分遅れている。
それは、人間と獣人が戦争を起こしたことで、時空間回廊が開かなくなったからだ。
戦争が続いていた間、
戦争が終結し、再び時空間回廊が開くようになって以降は、七人の魔女と召喚者に邪魔をされ、一度もこの世界を滅ぼせていない。
この調子では、
魔女のやつらが、地球から召喚などしなければ、もっと早くに目的を達成できていたものを。
魔族は七回生きるから、死んでも六回は蘇る。
一一回世界を滅ぼすと、一一倍の生を得られるという、魔王にのみ行える破滅魔法だ。
破滅魔法とは、使用すればその先には破滅が待っていることを意味する。
使用した本人は、実体がなくなるし、リスクやデメリットが大きいから、積極的にやる魔王はいない。
そもそも、七回生きられるのだ。
途中で殺されない限り、一度の人生が五〇〇年ほどはある。
合計で三五〇〇年生きれば、十分だろうという意見を持っている魔王ばかりだったのだろう。
しかし、そう思うことが出来るのは、統治する立派な魔界が存在してこその話だ。
人間や獣人が、実質的に世界の頂点だ。
この世界には、魔界に作り替えられるだけの闇が、圧倒的に足りない。
怒り、憎しみ、悪意、そういうものに満ちた世界は、魔界にしやすい。
この世界は、明るく、穏やかで、幸せに満ちていた。
戦争の間でさえも、希望を失わず、終結した折には和解したのだ。
この世界には、根源神と言う存在がいる。
惑星の中心で、今もなお、光り輝いている。
あの、青き惑星も、かつてはそうだったのだろう。
しかし、長い年月を経て、光は陰り、もう蘇る様子がない。
まだ魔界に変貌を遂げてはいないから、他の魔王が支配してはいない。
ほんの少しの調整で、すぐに魔界に作り替えられるだろうに、魔王があの惑星へ触れられない理由でもあるのだろうか。
いずれにしろ、
成しえれば、最後の一度の生は、千年になると言われている。
千年あれば、あの惑星に魔界を築けるだろう。
ああ…
あの青き惑星を、早く
忌まわしき魔女どもが、意図的にあの惑星から召喚したのかどうかはわからない。
しかし、これがいわゆる神の采配と言うやつなのだろう。
因果関係は、必ずある。
時空間回廊が存在している以上、そこを通ってきている可能性が高い。
しかし、どうして
『お兄ちゃんの生きていた世界は、とても美しいんだね。』
またお前か。
こいつの思いへ引きずられそうになる。
「おい、頼むからおとなしくしてくれよ。」
ふいに、こいつの両親、姉、妹弟の姿が浮かぶ。
おいおい、守りたいのは兄だけじゃなかったのか?
強欲の大罪も犯すつもりなのか。
精神魔法で押し負けたことなど、これまでただの一度もなかった。
敗北こそしないが、危うさがある。
少し間違えれば、逆に制御されかねない。
魔王が実体を失くして、より長い魔王生を生きようとした時、最大のデメリットは、精神魔法で押し負ければ消滅するということだ。
他の魔王へ託すことなど、論外だ!
これは
今回の戦いは、面倒この上ない。
いざと言う時には、精神魔法で押し負ける前に、自らこの体を去ることすら考えなくてはならない。
一度憑依が解ければ、また、七七年後を待たねばならないというのに。 くそぅ。
飛んだ外れくじだ。
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