◆第八章◆ 再会と再開

 「お兄ちゃん…」

胸元でアルの声がする。


 なんだか耳が冷たいし、胸元も冷たい。

しっぽも。


 「うわ、禿げてる!」

しっぽの先が禿げているのが見えたが、そのしっぽはアルが抱きしめている。


 「おーい、アルー」

普段通りに声を出したつもりだったけれど、掠れてうまく声が出ない。

しかし、のどがつぶれているとかではなく、寝起きにいつも起こる現象のようだ。


 どうやら、一部禿げたところがある以外、俺はいたって健康。

確認出来たところで、アルを抱きしめ、トラの耳を甘噛みする。


 「アルー」

人間の耳よりも良く聞こえるトラの耳の方に、直接声をかけた。


 「んー…お兄ちゃん?」

最初は意識が朦朧としていたアルだが、徐々に意識がはっきりする。


 「…っ…お兄ちゃん!! お兄ちゃん!」

俺が起きた事に気が付き、思い切り抱きついてくるアル。

アルを取り戻したあの瞬間がフラッシュバックした。


 胸元に顔を埋めて静かに泣くアルの耳を毛繕いしながら、背中をさすっていると、やがて泣き止んで欠伸をしたアル。

全く本当にかわいいやつだが、一〇歳になってもこの調子だと、今後が心配だな。

さすがに、ずっとこの調子と言うわけにもいかないだろう。


 それにしても、俺はどのくらい寝ていたのだろうか。

アルのこの様子じゃあ、一日や二日の話じゃないだろうな。

「ティグ!」

「お兄ちゃん!」

「起きたのか。良かった。」


 母さん、ティア、父さんがアルの声に反応してやってきた。

アルごとみんなに抱きしめられ、アルは窮屈そうだが、ここは自分の場所だ!

二度と離さない!と、ばかりにしがみついてくる。

寝ているのに、だ。


 「俺、どのくらい寝てた?」

「今日でちょうど二週間よ。」

なんと、二〇日間も寝ていたか。


 「俺、怪我した感じがないんだけど、誰か回復魔法かけてくれたの?」

「あいぃっ…」


 え?ウラ!?

今、母さんに抱えられつつ、赤ちゃん独特の声をあげながら、俺に向かって手をバタバタとさせて放ったのは。


 「回復魔法!?」

「そうなの!」

ティアがとても誇らしげだ。


 「じゃあ、俺の傷って。」

「ウラが一生懸命に回復魔法をかけてくれたのよね~。」

なぜかどや顔をするティアは、キースを抱えている。


 「うぅっ」

「うわっ!」

キースが眉間に皺を寄せて唸ったら、風が顔にドライヤーを当てた時のようにブワっと。


 「あらあらキース。お兄ちゃんがびちょびちょだから乾かしてあげたいの?」

母さんが尋ねると、キースは肯定するようにバンザイしている。

眉間に皺が寄っており、口はへの字なのだが、なんともかわいらしい。


 なんだこの生き物は!我が家にかわいいが大渋滞しているぞ。

「じゃあ、お姉ちゃんと一緒に、せーの!」

ブオーーーー。


 「おお、あったかい風。」

ティアの火属性魔法と一緒に使ったのか。

これはまさしくドライヤーだ。


 「すごいなティア、キース!」

「むんっ!」

と、キースがどや顔をして力むと、同時に「ブッ!!」と、すごい音のおならが出た。


 どうやらウンチも出たらしい。

しかめっ面に拍車がかかり、今にも泣きそうだ。

「はいはい、おむつ、変えましょうねぇ。」

ティアがお母さんのように対応している。


 「あいっ!あいっ!あぁぃっ!!」

ウラよ…

魔力切れで倒れるから。


 「こらこら、遊び感覚で回復魔法をかけるのはやめなさい。」

父さんが俺の気持ちを代弁してくれた。


 「ウラ~、ありがとうね。お兄ちゃんは、ウラのおかげで、もうすっかり元気だよ~。」

と、母さんからウラを引き取り、頬を合わせてすりすりすると、肋骨に圧迫感が。


 アル…

まさかおまえ、こんなに小さな妹に、ヤキモチを焼いているのか?

っていうか、もう起きたのか?

俺が二〇日間も眠っていた原因を作ったのは自分だ、という後ろめたさもあるのだろう。


 「ごめん、父さん母さん、ちょっとアルと話したいんだ。」

言いながら、ウラを父さんに託した。

「ああ、わかったよ。」

父さんは、もう受け入れているのだろう。


 一方の母さんは、名残惜しそうに、父さんに背中を押されていった。

ごめんよ母さん。

たぶん、きっと、アルが俺にこれほど執着するのは、俺のせいだ。


 「アル?」

ようやく腕を緩めたアルに、わかるくらい大げさな深呼吸をした。


 「ごめん、苦しかった?」

アルくんや、頼むから涙目の上目遣いはやめておくれ。

何を話そうとしたのか、忘れそうになるじゃないか。

お兄ちゃん、いま大事な話をしようとしているんだよ。


 「大丈夫だよ。アルは俺のこと好き?」

違う、そうじゃない。

なんか口から勝手に出た!?


 「うん。大好き。」

って、アルも素直に答えるんじゃありません。いや、嬉しいけれども。


 「俺もアルが大好きだよ。だから、絶対に守りたかった。」

自分が魔王に憑依されたことで、たくさんの人が死傷して、俺もきっと瀕死の重傷だったんだろう。

きっと、アルはひどく自分を責めているから、伝えたい。


 「アルが魔王に憑依されたのは、事故なんだよ。アルは、自分のせいで、とか思わなくて良いんだ。」

ちょっとひどいことを言うけど、許してほしい。


 「アルだったから、俺は守りたいと思った。他の知らない誰かが憑依されていたら、何も考えずにその人を魔王ごと討伐していたかもしれない。いや、きっとそうしていた。」

俺はアルが憑依されたから、助けようとすることが出来た。

その意味は、今すぐにはわからないかもしれないけれど、いつかわかると良いな。

「ありがとう、アル。」


 アルは、赤ちゃんみたいに泣いた。

あの日の俺みたいだ。

お城で、真実を知ったばかりのあの時には、まさかアルが魔王に憑依されるなんて想像もしていなかった。


 みんなが無事で、本当に、本当に良かった。

俺は、アルの前では泣かないように我慢しながら、アルが泣き疲れて眠るまで宥めていた。


 後から聞いた話では、眠っている間、俺の世話を、何もかもすべてアルがやっていたそうだ。


 最初の二、三日は、誰も近付かせまいと、威嚇までしたらしい。

アルなりに、俺のことを必死で守っていたんだね。


 そんなアルを怖がりながらも、果敢に近づいて行ったのが、ウラだったんだって。

涙目になりながら、アルに近づいて。


 「あうっ…あぁっ…」

と、幼いなりに何かを訴えながら、手足をばたつかせて、アルに回復魔法をかけたらしい。

そして、なんと最初の言葉を発したのだとか。


 「にいにっ! あぅあぅあぁ~。」

後半は、多分「痛いの痛いのとんでけ」って言いたかったんじゃないか、と、目撃したという母さんが話していた。


 アルは、それでようやく落ち着いて、威嚇をやめたらしい。

アルが心を痛めていることがわかったんだろうな。


 すごいな、ウラ。よくやったぞ、ウラ。

それから、ウラが呼吸するように発し続ける回復魔法を、俺にあたるようにして、出来る限りかけ続けたんだそうな。


 ウラ、魔力切れで何度も寝落ちたに違いないから、魔力量の上限上がるだろうな…

末恐ろしい。


 絵面を想像すると、なんだかシュールだな。

自動回復魔法発生装置じゃないんだから。

ちなみに、そんな魔法道具は現状存在していない。

あったら案外便利かもしれない。


 元々大きな傷は、王家騎士団付きの回復魔法使いと、マリスによって殆ど治してもらっていたらしい。

そりゃあそうだよね。


 けれど、いつ目覚めるかも、本当に目覚めるのかもわからない。

あまり期待しない方が良い、と、言われたのを、アルも聞いていたそうだ。

きっと、俺に付ききりで、ろくに寝ていなかったのだろうから、たくさん寝てほしい。


 「ティグ、起きたばかりで悪いが、伝えておく。」

軽めの食事を済ませた俺に、父さんが少し申し訳なさそうに切り出した。

「ティグが目覚めたら、城に来るように陛下から伝言を預かっている。今日は起きたばかりだし、明日か、明後日にでも行けるだろうか。」

陛下に報告するために確認したいのだろうことがわかったから。


 「明日行くよ。」

俺はそう答え。

「今日はもう寝るね。」

と、続けた。

「わかった。ゆっくり休むと良い。」


 俺の傷は、それほど深くはなかったらしいが、闇の力が強く残っていて厄介だったそうだ。

手足が引きちぎられたような感覚があったけれど、どうやらそこまでではなかったみたい。


 生まれつき存在していた虎柄が何本か増えたみたいになっているのが、傷跡なんだと思う。

これ、なんか刻印みたいな…

あ、もしかして、魔王が七七年後俺を見つけるために付けたのかな。


 直後には、ガラス片が掠めたような細かく浅い傷から、剣で切りつけたような傷まで、大小さまざまな傷が、心臓や顔を避けて放射線状に広がっていたらしい。


 恐らく、心臓や頭の周辺を避けたのはアルの抵抗なんだろう。

「結局、アルが俺を助けてくれたんじゃないか。」

寝ているアルの髪を撫で、俺は自分のベッドで横になった。


 それにしても、魔王は、最後に俺にそんな攻撃をして去って行ったのか?

八つ当たりか?

それほどあっさり聞き入れてくれたわけではないけれど、魔王にとってはとても長い時間、ずっと目的を果たすために続けてきたことだ。


 若造の言う事を素直に聞いて、そのまま素直に退散するだけでは気が済まなかったのかもしれない。

それとも、魔王にとっては必要なことだった、とか?


 どちらにせよ、七七年後に確認できるだろう。

長生きするために、マリスに相談しなくちゃな…


 などと考えているうちに、眠りに落ちたらしい。

二〇日間も寝ていたのにな。

翌朝、目が覚めると、いつもと同じ光景に思わず笑みが漏れた。


 「まったく、君は毎度毎度、俺を起こさないように、どうやってこの位置に潜り込むんだろうな。」

変な妙技を身につけたものだ。



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