新たな問題
翌朝、俺は陛下の呼び出しに応じて、城へと向かった。
二〇日ぶりの街の景色は、なんだかこれまでと違って見える。
一般街は、多少物が壊れたりしているらしいけれど、騎士団員が先頭に立って、外周の守備を固めていたから、王都民の有志団は軽傷程度ですんだらしい。
魔王と俺が対峙した時には、マリスのおかげもあって、ほとんど周囲に影響を出さずに済んでいると思う。
一番近くで守備にあたっていた父さんが無傷だったし、アルが解放された瞬間に四方八方へ広がった強い光を目撃しただけだったらしい。
多くの国民が、魔王討伐に尽力した。
陛下は、みんなを労って下さっただろうか。
軽傷程度の傷を負った者は、今では皆、すっかり回復して、日常生活に戻っているのだとか。
特に大変だったのは、重傷のけが人よりも、治療に当たった回復魔法使いのみなさんだったようだ。
欠損は、なるべく早く治療する必要がある。
そうでなければ、元に戻せなくなってしまうから。
軽症者は後回しになるが、この場合、欠損がないとか、命に関わらないというだけで、実際には決して軽症とは言えない方が、圧倒的に多かったはずだ。
連日連夜の回復魔法使用で、魔力切れになった者も多かったに違いない。
母さんの実家は、畑の半分くらい魔物に踏み荒らされていたらしいけれど、建物や人には被害がなかったんだって。
エノーク伯父さん一家も無事だと聞いている。
友人たちは、俺が意識を失っている間に何度か尋ねてくれたらしい。
みんな無事で、本当によかった。
明日にでも、みんなに連絡しよう。
などと考えながら、病み上がりだということを意識して、ゆっくり歩いた。
城の門に到着すると、門番からしばらく待つように言われた。
「少し時間がかかるだろうから、この椅子に座っていると良い。」
と、進められるままに腰掛ける。
門番の詰め所に、少し入った位置で、往来する人々の視線が気にならないよう配慮してくれたことがわかった。
多分、俺が来たら知らせるよう、父さんが出勤時にあらかじめ門番へ伝えておいてくれたのだろう。
そして、俺が病み上がりであることも伝えられていたに違いない。
しばらくして父さんが速足でやってきた。
「父さん!」
俺は父さんの姿を見るや、努めてゆっくり立ち上がり、手を挙げた。
父さんは、門番と言葉をいくつか交わしてから、俺を呼んだ。
「椅子、ありがとうございました。」
去り際に門番の方へお礼を伝え、父さんのそばへ行く。
いつも歩調を合わせてくれるけど、今日は一段とゆっくり歩いてくれている気がした。
少し会話を交わす余裕があるほどに。
あれ…俺の背、少し伸びたのかな。
父さんの背中を見て、ふと、そんなことを感じた。
城内を移動する時には、あまり会話をしない方がいい。
どこで誰の耳の入るかわからないし、人の往来が多いから、常に会釈を交わすことになるから、話している隙が無いとも言える。
何よりも陛下と出くわした時に、後ろを振り返りつつ話していると、失礼に当たる。
陛下本人は気にしないが、やはり国王陛下への最低限の礼儀を、特に王城内では、大切にするに越したことはない。
基本的に城の中を移動している者は、目的が城内の案内でもない限り、静かなものである。
父さんもそのあたりは十分にわきまえているので、短い会話をぽつぽつと交わすに止めている。
俺は、父さんが戦いの中で一度失い、いまはすっかり元に戻っている脚へ、ふと視線を落とした。
魔物の大量発生から終結までの日数は、たったの一六日間。
訓練期間が一年あったっから、日数だけど捉えるととても短くかんじるけれど、すごく長かった。
あまりにもめまぐるしく沢山のことがあったから。
俺が眠っている間に年が明けたから、次の魔王覚醒は七六年後。
後世へと伝えるため、今回の魔王覚醒について、記録を残しておく必要がある。
きっと、今日呼ばれたのも、そういう話なのだろう。
これまでで、一番時間をかけて執務室に到着した。
これまで、常にバタバタしていて、あまり実感してこなかったが、執務室は王城の四階にある。
俺に与えられた三階の部屋から移動するイメージが強く残っているのかもしれない。
本当に久しぶりに、王城へ入ってまっすぐ執務室へ向かったから、すごく遠く感じた。
父さんはドアの前まで送り届けてくれただけで、仕事へと戻って行った。
ドアの前に一人。
久しぶりだからなのか、なんだか少し緊張しているらしい。
ずっと眠っていたから、実感があるわけではない。
一度、深呼吸をしてみる。
いつまでも部屋の前でドキドキしていたって仕方がない。
意を決し、許可を得て入室すると、そこにはマリスがいた。
挨拶もそこそこに、マリスが話を始める。
「まずはティグの生還と、弟の救出を祝おう。そして、魔王討伐、本当にお疲れ様。今日来てもらったのは、私から話があるからだ。」
どうやら、俺の当ては外れたようだ。
マリスが、七人の魔女の一人であることは、国民には”女神”として認識させるため、相変わらず秘匿されている。
きっと、今後、召喚者の存在が明るみに出るとしても、魔女の存在は秘匿されたままになるだろう。
魔王討伐後、魔法研究所所長室の奥にある、マリスの家直通の魔法陣は、また使えるようになっているのかな。
大森林の奥深く、誰も近寄らない場所にあるマリスの家は、魔王覚醒の影響を受けなかっただろうか?
マリスの住居が他の者に知られないよう、マリス本人でさえ、必ず城内の転移魔法陣から移動するように言われているんだって。
だから、マリスの家を訪ねる際は、必ず、城を経由する。
マリスの家は、本当にこじんまりした小屋。
部屋の中には、本当に最低限の生活環境があるだけ。
前世で言うところの三畳一間のアパートくらいの感覚だ。
屋根裏に寝ているらしいから、ベッドはそこにあるとして、外観から想像するに、ベッドを置いたら他に何も置けないだろう。
庭の方がよほど広い。
しかし、庭のすぐそばは、もう大森林。
魔物がたまにこちらの存在に気が付いては向かってきて、結界に激突しては失神する。
決してのどかな環境ではないのに、なぜか妙に落ち着くんだよね。
時折、無性に行きたくなる。
「本当は私の自宅で話そうと思ったんだが、こいつがここで話せと言うものだから、仕方がない。」
俺の気持ちが読まれたのかと思い、驚いた。
マリスは、陛下を”こいつ”呼ばわりする。
この世界を守護する魔女だし、年齢も相当上だから。
と、言うのもあるだろうが、どちらかと言えばマリスの性格の問題だと感じられる。
「まずは、ティグの弟のことから話そうか。」
まさかアルの話。
あまりに予想外過ぎて、少し動揺する。
「魔王憑依の後、生き残ったのは、私の知る限り、お前の弟が初めてだ。」
知らない範囲で過去に起きていたとしても、知り得ない。
何しろ、女神歴が始まって以降の記録しか残されていない。
マリスが知らなければ、即ち、わからない、と、いうこと。
「魔王を討伐したあの日、意識のないお前を治療するため。そして、あの子を検査するために、二人そろって城へ連れ帰った。」
続けてマリスがしてくれた話によると…
俺の治療は、最初の三日間は城で行われた。
呪いを帯びた傷だったから、光属性の魔法と回復魔法と合わせなくてはならず、治療に時間がかかった。
ある程度傷が治ったあとは、魔力の補充を行う為に、大森林の中にあるマリスの小屋で二日ほど経過観察。
魔植物が放出する魔力を吸収すれば、目が覚めるかと考えていたが、魔植物がまだ枯れていることもあり、変化なし。
結局は家へ帰すことにした。
と、俺についてはそんなところらしい。
アルは、付き添いとして俺のそばに居ると聞かなかったから、王城で魔法研究員に再三にわたり検査することで、なるべく俺から離すようにしていたんだそうだ。
俺の治療にはマリスや、回復院の総院長の他、多くの回復師が力を尽くしてくれたそうで、治療の邪魔にならないよう、アルを離す必要があったんだって。
アルをマリスの家には連れていけないから、俺がマリスの自宅にいる間は、自宅待機させたらしい。
「アルの身体を詳しく調べた結果、魔物、魔女、獣人、の細胞組成が混ざり合っているような状態だった。」
「かなり変化していたんですね。」
「どのタイミングで話すにしろ、話さねばならないことだから、先に話した。」
「父さんはまだ知らないんですね。」
俺が確信を持って言うと、マリスは、まず俺に話そうと考えた、と、応えた。
「なにぶん前例のないことだから、推測でしか言えないのがもどかしんだが…おそらく、魔王の膨大な魔力が肉体に満ちたことにより、変化してしまったのだろう。」
「魔王が肉体を故意に変化させたのではなく、膨大な魔力に適応するように変化したということですか?」
膨大な魔力で細胞が変化したのなら、生月症候群を発症する可能性があった、ということではないか。
生月症候群は誕生月に急激な最大魔力量の増加が起きることで、細胞に負担がかかり激痛を生じる。
その時に、防衛反応として、細胞の構造が変化するんだ。
魔王に憑依されていなければ、もしかしたらアルは、魔物化まで進む可能性があったのではないか。
そんな考えに至ると、むしろ魔王が憑依してくれたことで、アルの命が救われた可能性が浮上する。
物事はいつだって、視点を変えれば見え方が変わるものだ。
「厳密には、三段階で変化していた。まず膨大な魔力の急激な流入に対する自己防衛反応。次に、魔王が魔力をなじませるために意図的に変化させた、思われるもの、だ。三段階目については、ちょっと複雑でな…」
「アルは、外見上は全く変化していませんよ。」
「そこが不思議なところだ。あれだけ急激な変化なら、細胞の変化に引きずられて、筋肉や皮膚が変形してもおかしくない。だが、お前の弟にはそのような変化が見られない。」
「はい。」
「詳しい事情は、これ以上調べてみてもわからないだろう。」
「そう、ですよね。」
「今回一番伝えたいことは、三段階目の細胞変化について、だ。」
「複雑と、仰ってましたが…」
「三段階目の変化は、魔王が意図的に行っていると思うのだが…どうにも意図がわからないんだ。ただ、重要なことは、アルはその変化によって魔王や、魔法使いの平均寿命五〇〇年と、同等の寿命を得ていると思う。」
え…
もしかして、それって。
魔王が、俺が長生きできるよう手助けすると言ってのって、アルを長生きさせることで、俺が何としても長生きするように仕向けたってことか!?
「もしかしたら、魔王の意図がわかるかもしれません。」
「ほぅ。」
「俺は、アルの精神世界で、魔王を会話をしました。」
俺が、事の顛末を話すと。
「なるほど、それであの傷…そうか、これは刻印なのか!」
俺の身体に残る傷跡を、まじまじと見るマリス。
「俺も、そう考えていました。」
「実はここにあった傷、呪いに似てはいるが、どこか違った。解呪ではどうにもならなくてな。闇魔法でついた傷だから、闇魔法に対して光魔法で浄化した後に回復魔法をかければ良いと考えたが、なかなか治らなくてな。納得がいかなかったんだ。」
「そうなんですか。それで、結局…」
「これは、魂への刻印だ。外傷で魂へ刻印するのは、相当に難しい。本来ならば、深く、命に関わるような傷がつけられるはずだが、いくつもの傷をつけることでその問題を解消したのだろう。」
「え~と…」
「魂に直接刻印が出来ればその必要もないが、双方の合意なしに一方的な刻印を施す場合、魂に近いところまで外傷を与えることで、魂へ刻印するんだ。これは魔族特有のやり方でな。魂に浸透するまで、何をどうしても傷は治らん。」
「どんなに頑張っても、自然に治るまで放置するしかなかった、ということですか?」
「そういうことになる。状況から考えて、お前の精神に入れなかったのも頷ける。」
「入ろうとしたんですか?」
「ああ、回復の糸口がないかと思ってな。どういう状況で傷を受けたのか。精神世界でどんな会話がされていたのか、意識のない者に確認しようとしたら、精神世界に入るしかないだろう。」
「確かに、そうですね。」
「魔王による刻印が施されていたのならば、合点がいく。おそらくは契約のための刻印だから、契約がしっかりと魂に刻まれるまでは、他の誰にも干渉させないよう、結界のような機能をあわせ持っていたいたんだろう。」
「な、なるほど。」
「それにしても、次回、魔王の憑依を受け入れる宣言したとはな。」
マリスが大笑いする横で、陛下とエゼルさんが呆然として何も言えずにいる。
「その話は、改めてするとして、マリスの用事って?」
「ああ、それはな。」
「私は、もうすぐこの世を去ることになる。寿命があるからな。」
俺は何も言えず、ただ聞いていることしかできない。
「私が死ぬ時、七人の魔女が全てこの世を去る。それは、この世界にとって、とても不都合なことでな。ぜひとも、ティグに七人の魔女の力を、継承して欲しいんだ。」
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