終わりよければ全てよし
「七人の魔女の力を継承するとは、どういうことでしょうか。」
そもそも、七人の魔女の役割って何なんだ?
「これまでに去った六人の継承陣は私が管理している。」
継承陣?
「私からは直接継承させるつもりだ。七人分の魔力と知識を継承するのだから、それなりに負担がある。全てを継承するまでに、最低でも七ヵ月かかるだろうな。」
一ヵ月につき一人分を継承するということか。
「俺はその後、何をすればよいのでしょう。」
マリスは、一度遠くを見た。
「七七年毎に転生召喚を続け、この世界を良くしてくれれば、あとは好きに生きてくれ。」
その言葉には、とても重要な意味があるように感じられた。
マリスは、好きに生きることが出来なかったんだもんね…
「と、言うはずだったが、事情が変わったな。」
「え?」
「お前が次回の魔王覚醒で、魔王を引き受けるのならば、もはや召喚者の力が不要ではないか。」
「七七年毎に召喚をするのは、異世界の知識を得る目的が大きいんだ。この世界は、それでここまで発展してきたからね。」
陛下の言葉からは、責任と言うものがまるで感じられない。
それが当たり前のことだと思っているような。
「それは、今後も、転生召喚で続けるということでしょうか。」
「…正直、ティグに実際会って話をするまで、私は召喚者が別の世界を生きている一人の人間だという意識を持っていなかった。だから、今後も継続していくものだと当たり前に考えていた。だが、いまは違う。」
「では、先ほど仰られたのは、あくまでも過去はそうだった、と、言う意味、なんですね。」
俺の言葉には、明らかにトゲがある。
だが、いまとなっては不要になったと言える召喚を、国の発展のためだけに、今後も継続する気持ちがあるのかどうかは、どうしても確かめたかった。
「ティグ、本当に申し訳ない。結局、何もかもを君に背負わせてしまっている、と、私は自覚している。」
「…すみません。ちょっと熱くなりすぎました。」
「この世界に七人の魔女は、この世界に救世主をもたらすために存在してきた。召喚が不要になったいまとなっては、魔女も不要なのかもしれない。」
「マリス…」
「しかし、だ! アルがこうなったいま、いつまで続くかわからないアルの人生に、寄り添う存在が必要なのではないか?」
「俺が魔女の力を継承すれば、寿命も延びるという事ですか?」
「まず間違いなく、延びる。魔女の力は、本来魔法使いか魔女が継承すべきものだ。だが、お前なら継承できる。もともと召喚者だから、受け入れられただろうけれど、さっき、魔王とのやり取りを聞いて、もう一つ納得したことがある。」
はて?
「お前の細胞も、魔王によって意図的に変化させられてるようだ。
だが、その状態が、魔力を継承した後の魔女のような状態でな…。」
「まるで、俺が魔女の力を継承することになる、と、わかっていたよう、なんですね?」
「…ああ。そうだ。」
「魔王め…」
マリスと俺は顔を合わせ、大笑いした。
「いまは空っぽの器のような状態になっている部分へ、魔女の力を入れ込む。すると、ほとんど生まれつき魔法使いの状態と同じになるだろう。寿命はどのくらい延びるか、はっきり言ってわからない。」
「え、そうなんですか?」
「これもまた、前例のないことだからな。理論上可能だろうから、やろうとしているに過ぎない。安心しろ、もし、無理そうなら中止する。」
それは安心して良いことなのだろうか。
俺自身、なんとなく、七人の魔女の力を継承して次の世代に繋ぎたい思いがある。
「本来なら、魔女は自分の子供に力を継承するんだが、七人の魔女は、犠牲を払ってくれたんだ。自らの力を継承することなく、この世界を守るために尽力してくれた。」
「魔女は、子供を産むと、力を子供に継承するんだ。意思に関わらず、強制的にな。」
自分の子供を産むことなく、この世界を守り続けた、と、言うわけか。
特にマリスは、愛の魔女だ。
愛する人との間に子供を設けたい、と、言う思いがあったんじゃないだろうか。
「のんきに干しブドウを食べながらする話じゃないでしょう、それ。」
執務室の応接テーブルの上には、数種類のドライフルーツが並んでいる。
俺もすすめられてはいたが、話の内容が内容だけに、手を付けていなかった。
「陛下、このタイミングで干しブドウつまむんですか!?!?マリスはまだしも、陛下はダメでしょ!?」
「ああ、こいつはこういうやつだから、気にするな。」
「ティグ殿の仰るとおりですよ、陛下。アマビリス様も陛下を甘やかさないでください!」
「だって~、この顔ぶれなら、王様っぽくしなくてもいいじゃぁん。」
だってじゃないわー!
「陛下、少々よろしいでしょうか。」
あ、エゼルさん怒ってる。
「それで、ティグ。魔女の力、継承してくれるか?」
「ああ!エゼル!痛いっ!つねるな!」
「俺に選択肢ないですよね、どう考えても。」
「まったくあなたって人は!どうしてそう…ガミガミガミガミ…」
「ありがとう。ティグが継承してくれることが、純粋に嬉しいよ。」
「俺に出来ることなら、何でもしますよ。」
「来月の最初の日にまた来い。黄金の女神の力を継承するからな。」
そんなにすぐ!?
と、思わなくもなかったが、いまから一ヵ月近く先の話だ。
ところで、魔法陣の文書を見てから疑問なんだが。
「ところで、マリス…全知の目って、何!?」
「ごめんなさい!ごめんなさいぃ!!」
「陛下! ちょっと静かにしてください。」
「すみません。ティグ様。今、片付けますから。」
片付け!?
え!?
エゼルさん!?
「…お、お願いします。」
「…全知の目か。話しておらんかったな。そうだな。私について詳しく知りたいと念じてみろ。」
「え…はぁ!?」
なんだこれは。
理解が出来ない。
視界に、いわゆるゲームのステータス画面のようなものが見える。
名前が表示され…
「アマビリスって、何語なの?」
「わからん。気にしたことがない。」
「明らかにこの世界の文字じゃないよね。」
「私が知っているのは、その文字をアマビリスと読むという事だけだ。」
これ、明らかにアルファベットなんだよな。
この世界と地球には共通点があるってことなのか?
「全知の目は、エマが持っていたんだ。だから、教えてもらった。」
「エマって、狭間の魔女?」
「そうだ。…全知の目はそれだけではない。便利ともいえるが、恐ろしいぞ。何しろ全てを知ることが出来る目だからな。」
「ええ…誰ですか、こんなの魔法陣に入れたのは。」
「おそらく、魔王に憑依された者を助けるためだろうな。おおかた、魔法陣開発の一団に、過去に身内が魔王に憑依された者がいたんだろうさ。」
当事者のひ孫とかだろうか。
「…もしかして、あの時、アルを魔王から解放するために何をどうすればいいか、その場でわかったのは…」
「ああ、そうだろうな。まったく、この国の魔法研究員は一体どうなっているんだか。」
「マリスも知らなかったの?」
「こんなもの、私が許可するはず無かろう。本人に言うのもおかしな話だが、成功したのが奇跡だ。全く、こんなものを魔法陣に組み込むから何度も失敗するんだ。」
マリスが転生魔法陣の完成までの数年に、全く関わっていなかったのは、以前の話からわかっていたけれど、本当に何も知らされていなかったんだな。
陛下は、もしかして、自分が全ての責任を背負うつもりで、マリスに何も知らせなかったんだろうか。
マリスに言えば、反対されるし、知っていて止められなければ、マリスまで責任追及されるかもしれない。
陛下なりの考えあってのことだと、思いたい。
いや、むしろ、そうでなくては困る。
ふと陛下がいるであろう方向を見ると、エゼルさんに落とされた陛下が横たわっていた。
床に放置!?
エゼルさんは、何食わぬ顔でにっこりと微笑むから、俺は背筋が寒くなったので、見なかったことにした。
「本当に何もかもが宿命だったのだろう。あらゆる方向性から検討を重ねた結果、今回の転生召喚は、結果的には成功と言える。お前にとっては辛く、災難でしかなかったかもしれないがな。」
唐突にマリスは姿勢を正した。
「今回、転生召喚をした理由は、獣人で産まれさせたかったこと。七人の魔力を継承させたかったこと、そして…」
俺の手の届くところへ差し出された文書。
「これは、恐らく定められていた。私も魔女だからな。見えない力、自然の摂理、大きな流れ。まるで意志のように作用する”なにか”を、感じることがある。」
読んでみると、転生召喚の魔法陣に刻む文字の選定に関わる文書だった。
魔法陣には、何をどうしたいのかを、前世でいうところのルーン文字のようなものを、出来るだけ詳細に刻み込む必要がある。
俺を転生召喚する時に、刻まれた文字の意味は。
・異世界より魂を召喚し獣人に産まれるよう受胎する
・全属性魔法を使用する
・全知の目を持つ
・魔王に打ち勝ち、人と獣人を救う力を持つ
「大雑把にまとめて、そのような内容が書かれている。」
と、教えてくれる。
無闇に実験することが出来ないから、ぶっつけ本番でやるしかない。
転生召喚をする時期を綿密に逆算し、三七〇年愛の月に産まれる範囲内で何度も試み、数回失敗。
魔法陣に魔力を流し込む役割の人が、何名か死傷した挙句、七回目でようやく成功し、魂が転生召喚されたことが確認できた。
と、いうことだった。
「以前、スキルの話をしかけたことがあったろう?」
「ああ、あったね。」
結局、あの後、バタバタして聞けずじまいだった。
「全知の目はスキルの一つだ。」
「そう、なんだ。」
「全知の目は、欠陥があってな。自分自身については、見る事が出来ない。もし、自分のことを知りたいなら、鑑定のスキルを使うと良い。きっとお前も鑑定スキルを使えるはずだ。これまで、召喚者は皆、鑑定スキルを使えたからな。」
「鑑定…」
自分について鑑定したい、と、思えば良いのかな?
「あ!」
全治の目で見たマリスの情報表示画面とは異なる様式だが、俺の体力とか、魔力量が全部…
全部…?
んん??
「マリス、なんかすごく長い…」
「スキルの発動には、通常言葉を発することが必要なんだが、ティグはどこまでも規格外だな。すごく長いとは…。まったく、いくつスキルがあるんだか。」
地球人は、揃いも揃ってこんなものなのかな?
それとも、俺が魂だけでこちらに転生してきたから、また別の話なんだろうか。
「これ、魔王討伐の前に教えてくれたらよかったんじゃあ。」
「いや、私はこれで良かったと思っている。」
「どうして?」
「長いんだろ? ものすごく。」
「うん。」
「まず、お前のスキルを全て把握するのに時間がかかる。最も有効なスキルの組み合わせを検討する。選択肢が多ければ多いほど、組みわせの数が増える。結果どうなる?」
「…ああ…」
「単体で、かなり有力なスキルもあるが、スキルに頼りすぎるのは良くない。特に全知の目は、戦闘中に使用するには不向きなスキルだ。」
「どういうことでしょう?」
「相手が魔王の時に、全知の目なんて使ってごらんなさいよ。」
「あ…ものすごく長いのか。」
「全知の目は、文字に起こすだけじゃない。感覚として、次に取るべき行動が察知できるのも、全知の目のスキル効果のうちなんだ。イメージが見えるとか、感じるという部分が使えているだけの状態の方が良かったんだよ。ほら、魔法の素の構造を理解できたのは、それが原因だ。」
「ああ! あれ!」
「ティグは、転生召喚だからなのか、色々と読めないことがある。
これまでの召喚者とは、かなり違うことが多い。」
「そう、なんだ。」
「お前のその瞳。それが、お前の在り様を表しているんじゃないか。」
俺の、左右で色が異なる瞳。
異世界と、この世界のハイブリットってことに、なるのかな?
地球人がこの世界から見たら超人的であるのは間違いない。
そして、魔王に憑依されるのは、この世界に産まれた者の中でも、特異体質で、転移者や転生者に近いところがあるのかもしれないな。
ん?
俺の家族に、人間の血が混じっているという話は聞いたことがないけれど…
まさか!
「すみません、陛下!」
俺が陛下に声をかけた途端、エゼルさんが、床に転がったままの陛下の腹を蹴りつけた。
唸り声と共に、陛下は目覚める。
エゼルさん…
きっと加減はしているんだろうけど、怖い(泣)
「転移召喚者は、この世界で生涯を終えたのですよね。」
「ん?…ああ、これまで五人全員そうだが。」
「子供は!? 転移者の子供の記録はありませんか?」
「全て管理して、記録しているはずだが、俺もちゃんと見たことはなかったな。」
陛下、あなたって人は、なんでそう、いちいち迂闊なんだ。
二人目の召喚者は、おそらく、子供をもうけていないだろう。
可能性があるとしたら、一人目と、三人目、四人目、五人目…
だけど、五人目は直近すぎる。
きっと…
ん?いないな。
まさか五人目、なのか?
「あ…」
「どうした?」
「陛下、見てください。」
「ん? グラウディール… グラウディール!?」
しかも、俺はその人に会ったことがある。
そうか…あの人が。
「俺の高祖母が五人目の召喚者、アウロラです。道理で我が家は妙に他の獣人族よりも魔力量が多いし、使える魔法も多いわけですよ。」
「ほぅ。そのあたりの因果関係も、検証する必要があるかもしれないな。」
マリスが目を輝かせている。
この様子なら、まだまだ長生きするんじゃないだろうか。
「そうか…ティグ…というか、お前の家族、アウロラの子孫だったのか。」
そう言いながら感慨深そうに、俺を見つめるマリス。
と、陛下もその隣で、涙目になっている。
グラウディール家での彼女の立場は、お手伝いさんだった。
きっと、父さんも、彼女と血のつながりがあることを、知らない。
「あれ? …陛下! 城内に、アウロラが自宅と王城を行き来するための魔法陣がある、と、書かれていますが!?」
これはつまり、父さんの実家に、この城から転移できるということなのでは!?
「ああ、ちょうど、ティグに使ってもらっている部屋が、かつてアウロラが使っていた部屋だから…」
と、陛下。
またも衝撃の事実。
しかし、話を先に進めるためには、いちいち反応していられない。
「仕掛け扉の奥の部屋。と、書かれていますね。」
俺が記録を読み上げ。
「ああ、あの扉は塞いだんじゃなかったか。」
陛下が言うと。
「魔法陣はそのままだろう。」
マリスが言った。
「使えるなら、使わせて下さい!」
と、いうか、あれだ。
「いっそ、誰でも使用可能な、各集落と行き来できる国営の魔法陣を作りましょうよ…」
「ぜひ!作りましょう!」
エゼルさんが、横からすごい勢いで賛同してきた。
ご家族が王家の別邸に住んでいるから、魔法陣を使いたいんだな。
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